代理戦争前日、応接室にディーノがやってきた。リボーンが来たとき以来の勧誘である。
「てっきり諦めたんだと思ってました」
「リボーンに聞いたけど、そんときはまだルールも決まってなかったんだろ? 今ならルールも敵陣営も把握できてるし、きっと恭弥も参戦したくなると思うぜ」
「……」
恭弥はとなりで腕を組んでいる。今回はソファまで来たところを見ると、それなりに関心はあるようだ。
一昨日、白蘭が襲撃してきたのも影響しているだろう。あの日の午後、学校に行ったときには白蘭の居場所を突き止めていた。別荘地の一軒を借りて、ファミリーで生活しているらしい。ちなみにあれ以来、白蘭からの接触はない。
「代理戦争のルールはシンプルだ。アルコバレーノ一人につき七人が代理を務めるチーム戦。七人のうち一人がボスになって、そのボスがやられたら負けだ」
「七人……」
炎の属性を指折り数えていく。大空、晴、雨、嵐、雷、霧、雲――狙ってか偶然か、ぴったり合致している。
「ディーノさんも、リボーン君のチームなんですよね?」
「ああ、もちろん。リボーンに頼まれたからな」
ディーノはリボーンの弟子の一人で、綱吉の兄貴分だ。自称ではあるが、恭弥の師匠を自負しているだけあって実力もある。ただ、聞いたばかりの人数制限が頭に引っかかった。
「ディーノさんの部下はチームには入るんですか?」
「不参加だ。人数制限もあるしな」
「……大丈夫なんですか?」
外にいるだろう部下に目をやりながら尋ねると、ディーノがぱちくりと瞬きした。
「なにがだ?」
「……えっと」
まっすぐに聞き返されると言いづらい。言いづらいけど、言っておこう。
「ディーノさん、部下の人がいないとうまく動けないじゃないですか……」
「そんなことないぞ?」
(あるんだよなあ……!)
ディーノのボスとしての振る舞いは完璧だ。だがその完璧さは、彼を慕う部下がいなければ発揮されない。人に見られているとダメなタイプな人はよくいるけれど、ディーノはその真逆。部下がいなければポンコツなのだ。
(ロマーリオさんとかがいないといっつも抜けてるのになあ、ディーノさん。ペットのエンツィオ何回も暴走させてるし、すぐ転ぶし、すぐ物落とすし)
そして厄介なのが、本人にその自覚がまったくないという点である。今までだってそれとなく伝えてきたけれど、部下といるときのほうが多いせいで、うっかりしていたからとかで、全部流されてしまった。ロマーリオたち部下側も、ボスはときどき抜けてんだよなあと笑うだけで、事の深刻さに気がついていない。
(私も、ヒバリさんがドジっ子だって言われたって信じないけど)
置き換えればそういうことだ。お手上げである。それに、ドジを気付かせたところで治す手立てがない。あればリボーンがなんとかしていただろう。ぐぬぬと唸っていたら、ディーノが声を上げる。
「ああ、連携の話か! そりゃファミリーの仲間がいれば心強いが、こっちの代表者はツナだからな。逆にツナたちの連携が乱れるし、俺は俺でうまく合わせるから、心配いらねーぜ!」
「あ、はい」
そんな心配はまったくしていない。だから胸を張られても意味がない。恭弥には利奈の言いたいことが伝わっているだろうが、説明する気はないようだ。
(まあでも、扉越しでもだれかいれば大丈夫なところあるし、気の持ちようならなんとか……なるのかな?)
他人事ながらあれこれ考えてしまうが、ディーノは気付かず話を進める。
「バトル形式はバトルロワイヤル。この、相手のバトラーウォッチを狙って戦う」
そう言ってディーノが時計を取り出す。男性物の、ちょっといかついデザインのデジタル時計だ。ベルトが白黒のチェック模様で、文字盤の枠はシロ。時間はゼロゼロゼロゼロになっていて、その上に英語でREBORN――リボーンと書いてある。
「……なんか、学校でのバトル思い出しますね」
「ん? ヴァリアーとのあれか? 言われてみれば似てるな」
あのときは腕輪だったが、今回はこの時計が鍵になるらしい。毒なんかが、仕込まれてなければいいけれど。
「リーダーの持つ時計は色違いで、壊されたらそのチームは問答無用で失格だ。ボス以外のメンバーも、時計を壊されたら参加資格を失う。時計を持ってないやつも、参加者じゃないってすぐに相手にバレるわけだ。ほら、持ってみろ」
差し出された時計を、恭弥はいやそうに受け取った。そして軽くひっくり返して検分したあと、ためいきをつくようにしてディーノへと返す。
「なるほどね」
「なにがですか?」
「脆い」
「ほら、利奈も」
持つように勧められ、時計を手に取る。なんの変哲もない腕時計だ。素材もプラスチック製というわけではないし、それなりに頑丈そうだが――
「トンファー一発で壊れますね」
「そのとおり!」
それが言いたかったとばかりにディーノが手を打った。時計を壊されたら終わりなら、奇襲を受けたチームの最優先事項は、それぞれの時計を守ることになるだろう。つまり、不参加の恭弥が攻めても相手は乗ってこない。恭弥は強者と戦いたいのだから、守りに入られては意味がない。全力の敵と戦いたいなら、代理戦に参加しなければならないということだ。
「代理にならないと戦えないのはわかった。でも、それだけじゃ足りないな」
思わせぶりに恭弥が背もたれに腕を乗せた。地味にこっちの肩に当たるので、横にずれる。
「で、もうひとつのほうは? いい獲物は揃えてあるのかな?」
まるで代理戦そのものが生け簀であるかのような口振りだ。当事者のアルコバレーノが聞いたら憤慨しかねない。
「ああ、今回は豪華メンバーだぞ。ヴァリアーに骸、ミルフィオーレにCEDEF、それからシモン――は炎真だけだったか」
「炎真君も参加するんですか?」
付け足されたように告げられた名前に反応する。
「ああ。えーっと、あいつは……スカルか。スカルにスカウトされてる。ツナが声かけようとしてたんだけど、先超されたな」
「ツナも仲間に入れようとしてたんですね」
今回はアルコバレーノの争いなので、マフィア派閥を気にせずにチームを組める。だから綱吉が炎真に声をかけようとしたのも、スカルというアルコバレーノが炎真に声をかけたのもわかる。継承式でボンゴレを蹂躙したさまを見れば、真っ先にスカウトするべき逸材だろう。
「六道骸も参加するんだ」
恭弥がなにか言いたげにこちらを見る。
「いや、私は知りませんでしたよ!?」
「どうだか」
「ほんとですって」
「リボーンに聞いてなかったか? あいつら、わりと早く宣戦布告しに来たらしいけど」
「そうなんですか?」
恭弥相手なら、一番の殺し文句だったろうに。あまりにも恭弥が乗り気でなかったから、端折ってしまったのかも知れない。リボーンがじつは成人男性だったという衝撃も大きかったし。
「ちなみに骸はヴェルデ陣営だ」
「ヴェルデ……?」
てっきりフラン繋がりでマーモン陣営だと思い込んでいたものの、人数制限があったことを思い出す。ヴァリアーは人材が豊富だし、あそこに入り込むのもなにかと不和が生まれるだろう。一応、ヴァリアーもボンゴレの一部だ。それなら、仲間を引き連れてヴェルデという第三勢力に加わったほうがなにかと都合がいいだろう。
「俺もよくは知らねえが、科学者らしいぜ。で、ミルフィオーレはユニ、CEDEFはコロネロ。コロネロは軍人だ。CEDEFは知ってるか?」
恭弥の顔を窺うが、恭弥も聞き覚えはなさそうだ。いや、もしかしたら継承式のあれこれで名前くらいは聞いているかもしれないけれど、記憶にはない。
「知らないです」
「CEDEFってのは……そうだな、諜報機関だ。ボンゴレとは独立してるから、形的にはヴァリアーに近いか? いや、だけど普段はボンゴレとは無関係の組織ってことになってるし……ん-?」
ややこしい組織なのか、ディーノが天井を仰いだ。とりあえず、ボンゴレに縁のある諜報組織らしい。
「ダメだ、説明しようとするとボンゴレの成り立ちから始めなきゃならなくなる。初代雲の守護者、アラウディの話になるが――」
「興味ない」
「だよな。まあ、今回の件ではこれまた第三勢力だよ」
「第三勢力多すぎますね」
ボンゴレファミリーが強大なばかりに、何処の組織ともなにかしらの軋轢がある。どれも綱吉本人とは無縁なのだから、本当に気の毒だ。
「いや、CEDEFのボスはツナの父親だから、まるっきり無縁ってわけじゃないぜ」
「……え?」
虚を突かれて利奈は瞠目する。そしてもう一回ディーノの言葉を咀嚼し、勢いよく立ち上がった。
「ええええええ!?」
「驚いたか?」
「おどろ、驚きますよ! ツナのお父さん、マフィアだったんですか!? ヒバリさん知ってました!?」
綱吉がマフィアのボス候補だと聞いたときと同じくらいの驚きだ。あまりの衝撃に恭弥にまで話を振ってしまう。
「知るわけないだろ。で、強いの」
「そりゃもちろん。若い頃はボンゴレの若獅子と恐れられてたって、ロマーリオが」
「……へえ」
恭弥が悪どい笑みを浮かべる。意表外のところから出てきた獲物に、期待が止まらないようだ。
「どうだ? めったにお目にかかれない豪華メンバーだろ?」
好感触を得たディーノが、ニコニコ顔で身を乗り出してきた。どちらかというと、お目にかかりたくない豪華メンバーである。それでもだいたいが既知の団体なので、やっぱりCEDEFが気になってしまう。
(ツナのお父さんがボスの組織……どんなお父さんなんだろう。ツナに似てるのかな)
綱吉が聞いたら即座に否定を入れる想像を働かせつつ、利奈も背もたれに体を預ける。
(ご先祖様がボンゴレファミリー創設者で、お父さんが関係組織のボス。……普通にツナが跡継ぎになっておかしくない流れだよね)
遠い祖先が初代ボンゴレのジョットだと聞いたときは運が悪いなと思っていたけれど、父親まで関係者ならば、後継者扱いは順当だったろう。むしろ、これまでの拒絶が白々しく感じられるくらいだ。今度綱吉に、父親の話を聞いてみよう。
「戦闘は一日一回。この時計で開始時間と終了時間が知らされる。敵チームがどこにいるかは表示されないから、自分たちで探す必要があるな」
「戦う時間はいつ知らされるんですか?」
「開始一分前だ」
「短い……」
明日は水曜日で平日だ。突然戦闘が始まるのなら、綱吉たちが学校に来る余裕はないだろう。下手したら、学校が戦場になってしまうし。
「なっ、楽しそうだろ? 好きなやつと戦えるんだぜ」
「どうだろうね。この前も同じようなこと言ってなかったっけ」
またチョイス戦の話をしている。
「チーム戦っつったって、ツナたちと一緒に戦う必要はないし、お前が一人がいいっていうなら、一人で戦っていい。お前の意志を尊重する」
「……」
チームに入っても行動は制限されないし、恭弥の好きなように戦っていい。条件は悪くないが、恭弥はスンとした顔で言う。
「考えとく」
「考えとくって、始まんの明日だぞ」
「なら明日答えを出すよ。その前に敗退するようなら、こちらから願い下げだ」
話はこれで終わりとばかりに恭弥が席を立つ。憮然とした顔のディーノとソファに取り残され、利奈は二人の顔を見比べた。今日のところは、これ以上進展はなさそうだ。
「えっと、じゃあ、時計だけ預かっときますか?」
「頼む」
恭弥が参加を決めた瞬間に渡せるよう、ディーノから時計を預かる。ルールを聞く限り、時計を持っているだけならば参加者にはカウントされないだろう。運悪く所持中に戦いが始まったとしても、そうタイミングよく敵チームの人間がそばにいることはないはずだ。――若干、フラグっぽくなっているけれど。
――結論から言うと、恭弥はリボーンチームには入らなかった。そして、強者とのバトルも諦めなかった。代理戦争一日目。恭弥に呼び出された利奈は、全力で頭を抱えた。