一日目:雨には負けず
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戦いのサイレンは、放課後に鳴らされた。
校内など、もはや恭弥の手の内も同然。ましてや、慌ただしく移動する三人など、目をつむっても察知できただろう。どうやら彼らは、ボスの綱吉を探しているようだ。部活動から抜け出した武と了平はともかく、隼人は綱吉とずっと一緒にいたはずだ。それなのに、なぜか外の二人と合流して綱吉を探している。綱吉は今も教室前にいるのに。
「校舎に侵入者が現れたそうです」
「だれかわかる?」
「該当者なし――大工姿の男だそうなんですけど」
「それは門外顧問ですね。沢田家光だと」
つまり、綱吉の父だ。通話相手からの情報によると、ツルハシを持った男が教室の壁を吹き飛ばしたらしい。だが、それを言うと恭弥が不機嫌になるので、口には出さない。教室が破壊されたわりに音が聞こえないのは、向こうの処理班の仕業だろうか。なにかしら対策をとってもらわないと、学校と恭弥の機嫌が大変なことになるから、ぜひそうであってほしいところだ。
「おや」
「わあ!?」
校舎のほうから爆発音があがった。電話口からも爆発音が飛び込み、利奈は咄嗟に携帯電話を耳から離す。
「派手にやってるようですね」
「派手すぎ――あっ」
音を聞きつけて校舎へ向かおうとする三人の前に、恭弥が飛び出した。
「うおっ」
「ヒバリ!?」
突然木の上から現れた恭弥に、了平たちが動揺を見せた。仲間の交渉をしていたはずの恭弥が、敵対しているほかのアルコバレーノを頭に乗せて現れたのだから、当然だ。木の陰にいる利奈も、気まずさを感じている。ただ、当人は一切負い目を感じていないようで、即座にトンファーを変化させて攻撃し始めた。
「てめえ! どういうつもりだ!」
「言っただろ。敵同士だって」
「なぜだ! 同じファミリーではないか!」
ファミリー。恭弥とは一番縁遠い言葉だ。了平の熱い言い方に失笑すると、恭弥も同じタイミングで笑った。
「だれがファミリーだって? 僕は群れるのは嫌いなんだ」
それは周知の事実である。群れるのをなにより嫌う恭弥に絆を説くくらいなら、ヒバードに歌を覚えさせるほうがまだ有益だろう。利奈は自分が好きな曲の一番を覚えさせた。
にべもない恭弥の返答に、今度は隼人が苦笑いを浮かべる。
「よく言うぜ。そいつの代理になったってことは、ほかの代理と群れるってことじゃねえか」
「まさか。僕のチームに余所者はいないよ」
「あ?」
恭弥の言葉で、三人の視線が一斉に利奈へと向いた。なので、観念するように木で隠していた半身を晒す。携帯電話を持つ利奈の左手には、三人と同じ色のバトラーウォッチが装着されている。
「なっ、お前も参加してんのか!?」
「おいおい、ヒバリ……」
「なに」
武の言外の非難を、恭弥はたった一言で封殺する。利奈はもう笑うしかなかった。
(私だってこんなのつけたくなかったよ!)
しかし仕方ないのだ。仕方ないのである。
――今朝、昨夜にあった電話通りに迎えに来た車で、雲雀邸へと連れて行かれた。
そのときは、参戦を決めたからリボーンのバトラーウォッチを家まで持ってこいということだろうと思っていたけれど、そうじゃなかった。考えてみれば、バトラーウォッチが必要なら、使いの人に渡せば済む話だったろう。しかし利奈はそれに気付かず、のうのうと恭弥の元へ向かった。そして、恭弥のとなりに並ぶ見知らぬアルコバレーノに驚かされることになる。
「初めまして。アルコバレーノの風と申します」
礼儀正しく自己紹介をするチャイナ服の赤ちゃん――もとい、呪いで姿を変えられた風。机の上にはチェック柄の主張が激しいジュラルミンケースが開いた状態で置かれており、代理戦争で使われる時計がずらりと並んでいた。いやな予感が止まらない。
「このたびは、雲雀恭弥に私の代理になっていただきました」
いやな予感が当たった。聞けば、風には自身の代理となる人物がまるでおらず、初めて打診したのが恭弥だったらしい。それも昨日の夜にというのだから、かなりギリギリだ。
「恥ずかしい話です。私も武闘家として弟子の育成は進めていましたが、この戦いに耐えうるような人材となると、なかなか難しく」
確かに、今回の暴力的な人員を前にすれば、そうなるだろう。一対一の勝負ならともかく、大人数でのバトルロワイヤル。おまけに飛び道具やら匣兵器やら、反則レベルの武器を持ち合わせている。集団戦というのも、武闘家には分が悪い。
「それに、優秀な弟子たちは各地を放浪している者が多く、日本に呼び寄せるのも難がありまして。日本にも才のある者はいるのですが、彼女には荷が重いかと」
戦いの舞台が日本なのも風にはハンデだった。考えてみれば、こんな小さな島国にメンバーを集めなければならないのだから、アルコバレーノの負担は大きい。リボーン以外は、まず自分が海外から日本まで来なければならない。
「それで、ヒバリさんに?」
「ええ。私の代理には適任だと思いまして。彼の戦いへのスタンスは、私の理想に近いです」
べた褒めだ。ちなみに、昨日が初対面らしい。それなのに恭弥を懐柔――もとい、説得できたのだから、たいしたものである。恭弥のほうもまんざらではないようで、涼しい顔でお茶を飲んでいる。
「えっと……じゃあ、昨日のディーノさんへの答えは、ノーってことですよね?」
「そうなるね」
「そうなるねって……」
不参加ならばともかく、当日になって敵チームに入るだなんて、とんだ裏切り行為である。利奈は小さくため息をついた。
(まあ、これが一番ヒバリさんが得するんだけど)
恭弥は強者との戦いを望む。そして、リボーンチームには強者が揃っている。第三勢力に入れば、次期十代目ファミリーと、キャッバローネファミリーボス、その両者と相まみえることができるのだ。第三どころか、第六くらいの勢力になっているが。
「いろいろとご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
「ああ、いえ」
提案はとんでもなかったけれど、風自身は行儀正しくて好感が持てた。だから利奈は受け入れたが、しかしそこで疑念を抱く。風の言い方が耳に引っかかったのだ。恭弥を借りるという意味合いではなく、利奈自身にも迷惑がかかるような言い方だった。それに、恭弥を代理にしたいだけなら、わざわざ呼び寄せてまで利奈に事情を説明する意味がない。
(……も、もしかして?)
いや、それはないだろう。だって、風の弟子ですら厳しいとされる戦いなのだ。敵が敵だし、そもそも足手まといにしかならない自信がある。利奈を入れるくらいなら、草壁とか吉田とか大木とか近藤とか竹澤とか、もっと筋肉のある風紀委員を――
「いいから取って」
「ハイ」
こちらの言い分は一切聞き入れられず、利奈は白い時計を手に取った。
――そんなわけで、利奈も風チームの一員である。
補足すると、その話を聞いた哲矢が「相沢が参加するなら俺も参加していいですよね?」と前のめりに意欲を示したために、彼もチームに入っている。現在はリボーンチームボスの綱吉を見張っていて、先ほどまでは電話で逐一状況を教えてくれていた。電話を切ったあとの追加メールによると、綱吉は家光に殴り飛ばされて外に落ちたらしい。しかし目の前の三人はそれを知らない。
「ええい、もういい! 俺が拳でわからせてやる!」
恭弥の裏切りに怒った了平が前に出た。ボクシング部主将だけあって、仲間意識が強い。
「おいやめろ! 十代目は仲間同士の争いなんて望んでねえ!」
「だれが仲間だって?」
「止めてくれるな、獄寺! 一度ガツンとやってやらねばならんのだ、こいつは」
ふんふんと鼻息荒く了平。是非とも一度ガツンとやってもらいたいところだけど、たぶん、この調子では無理そうだ。恭弥も同意見のようで、冷めた目を了平に向けている。
「今の君になら、利奈だって勝てるだろうね」
「ちょっ――」
「なにぃ!」
不必要な恭弥の煽りで、了平の目が本気になった。
「いくぞ我流!」
カンガルーのボンゴレギアが変形して、了平のボクシング装備へと変わる。
「覚悟しろ、ヒバリ!」
了平が左拳を突き出した。ボクシング部主将らしい、腰の入ったいいパンチだ。この時点で勝敗が決まった。
恭弥の言ったことはただの事実である。かりにこのパンチが利奈に向かっていたとしても、利奈が勝利を手にしていただろう。これは三ラウンド制のボクシングではない。時計が鍵の攻防戦だ。だから、無策に時計を相手の眼前に突き出した時点で、もう了平に勝ち目はなかった。軽い音とともに、了平の代理としての権利が砕け散る。
「なにぃーーー!!!」
先ほどと同じ言葉を、さらにもっと強く了平が叫ぶ。
こればっかりは、運が悪かったと思ってもらうしかない。まだルールに馴染んでいないころに、恭弥とかち合ってしまったのだから。
「でもよかったんですか、先輩と戦わなくて」
「仲間とかチームとか、うるさいからね。それに、これみよがしに晒された弱点を見逃すのも間抜けだ」
「くう……!」
了平がギリギリと歯を食いしばっている。参加資格がなくなっているので、もう了平は拳を振るえない。
「次はどっち? まとめてかかってきてくれてもいいけど」
楽しそうな恭弥とは対照的に、二人はジリリと後ずさった。仲間になるはずだった恭弥と本格的に事を構えてしまっていいものか、まだ迷っているのだろう。綱吉もいないし、迷いを抱えたままでは恭弥とは戦えない。恭弥は二人の都合などお構いなしに咬むだろう。
(ツナはやられちゃったけどね……)
哲矢からの報告は、こうしている今も随時届けられている。綱吉を気絶させた家光はなぜかボスウォッチを壊さずにいたが、駆けつけたリボーンとディーノになにか取引を持ちかけているそうだ。話が聞こえる範囲にいたら標的にされかねないので、哲矢は奥の校舎から動けずにいるらしい。
『それでも一度、双眼鏡越しに目が合った』
『こわい』
端的に送り返し、二人に向き直る。こっちの話し合いも終わったようだ。バトラーウォッチをひとつ失ったあとだし、今度は簡単にはいかないだろう。
「瓜! 形態変化!」
隼人がボンゴレギアを使い、ダイナマイトを手に持った。ボムならば、遠くから攻撃ができるうえに、うまくいけば爆風で時計を破壊できる。この戦いでは有利なほうの武器だろう。利奈も携帯電話をしまい、仕込み針を取り出す。いざとなれば、打ち返すしかない。
「そう、君からね」
「果てな!」
隼人がボムを投げた。爆風から時計を守ろうとする間もなく、ボムは隼人の手元で爆発した。
(え、暴発!?)
すさまじい勢いで煙が立ち上り、利奈は顔を覆う代わりに一歩後ろに下がった。この煙の量なら、まともにくらえば無事では済まない。一見、自滅かに思われたが――
「山本!」
「あいよ!」
二人の声が、作戦であることを証明する。
「ゴホッ、これは煙幕か!?」
「煙幕!?」
巻き添えを食らった了平が咳き込む横で、声だけを頼りに恭弥が鎖を放る。二人は撤退を選んだようで、去りゆく足音が耳に響いた。
(追いかけなくちゃ!)
白煙を抜け出し、二人の背中を追う。間が悪く雨が降ってきたけれど、気にしていられない。むしろ、速度を上げて二人を追いかけた。途中で隼人が振り返る。
「おい! あいつなんでついてきてんだ!?」
「おわ、やっべ」
さらに二人は走るが、距離は次第に縮まっていく。なんだか今日は調子がいい。足が軽やかに動く。
「おい! なんでお前ついてこれてんだよ!」
「元陸上部の脚力舐めないで!」
日頃の走り込みが活きたと言ってもいい。得意になりながらも、聞こえるはずの足音が聞こえない違和感に振り返る。いると思っていた恭弥の姿は、そこにはなかった。
「……え?」
うっかり足を止めてしまうが、前の二人も立ち止まった。お互い息は上がっているが、まだまだ余力はある。
「どういうことだ山本!」
「んー? なんでだろうな」
想定外とばかりに二人が騒ぐが、こんなの利奈だって想定外だ。飛び出したのは利奈のほうが早かったが、それでもここまで距離が開くはずがない。爆風になにか仕込まれていたのだろうか。
「実践で使うの初めてだからな。普通のやつは雨の炎の影響があんまねえのかも」
「なんだよ! 使えねえな!」
二人が揉めている。しかし危機的状況にあるのは利奈のほうだ。勝ち目がまるでない。利奈の手元にある仕込み針は超近距離武器で、二人のリーチよりもずっと狭い。おまけに、武器といっても暗殺用の凶器なので、突き刺す以外の有効打がない。さすがに友達相手に暗殺術は使えない。
(おまけに私、守護者じゃないし! 絶対見逃してもらえない!)
すでに了平を脱落させたあとだ。報復に時計を壊されても文句は言えなかった。
「ねえ! 取引しよ!」
二人の意見が固まってしまう前にと、利奈は仕込み針を自身の胸に当てる。それを見て二人がギョッとする。
「利奈、ちょっと待て! 落ち着け!」
自決を想像してか武が青ざめるが、もちろんそんなつもりはない。二人の視線を浴びながら、利奈はゆっくりと懐からあるものを取りだした。腕に嵌めている元のほぼ同一の、リボーンチームのバトラーウォッチである。
「おい、それは――」
「昨日、ディーノさんから預かったリボーン君の時計」
「あいっつ、なにやってんだあああ!」
負けたときの了平に劣らない声量で隼人が叫んだ。
明らかにディーノの落ち度だが、これは致し方ないだろう。参加しないまでは読めたとしても、恭弥単体にオファーをかけるアルコバレーノが登場するなんて、想定できっこない。この時計の存在は恭弥も風も知らないので、次にディーノに会ったときにそっと返そうと思っていたけれど、使い道はあったようだ。
「見逃してくれるなら、私もこの時計返す。どうする?」
「どうするもなにも」
「ああ、クソ! あいつ絶対果たす!」
交渉成立だ。首の皮一枚繋がった。ホッとしたところで、武がひとつ付け足す。
「こっちからも取引。襲わないから、だれかに連絡取るのなしな。ケータイ、持ってただろ?」
「……オッケー」
こまめに見ていたのが目についていたのだろう。恭弥にこの場所を伝えるのは簡単だけど、恭弥がなにで足止めされているかわからないし、おとなしくしていたほうが良さそうだ。
「それじゃ、時間になったら時計渡すね。あっ、不意打ちで壊したりとかしたらヒバリさんに時計渡すから」
「しねえよ。ったく、めんどくせえ」
「時間になったらってことは、俺たちについてくるってことでいいんだよな?」
「うん、いいよ」
「ならさっさと教室に戻るぞ! あの爆発、教室がある校舎だった!」
恭弥に中断させられた綱吉探しを再開する二人。哲矢からの連絡を受けている利奈は、もう教室に綱吉がいないことを知っていたが、口には出さなかった。綱吉のそばにはコロネロ陣営の家光がいるし、問答無用で襲われたら打つ手がない。
「まさか、ヒバリがほかのチームに入るなんてな」
階段を上りながら武。
「私もびっくりした。今日の朝、突然呼び出されたんだよね」
「うわ、そりゃ大変だな」
「大変だよ。でも、断れないし」
「チッ、お前らには筋ってもんはねえのかよ」
隼人はまだ怒っている。
「そういや利奈、授業中バトラーウォッチつけてたか? 全然気付かなかったけど」
「つけてたよ、ここに」
そう言って利奈は左腕の腕章を指差した。バトラーウォッチを見られたら、一瞬にして恭弥の背徳行為が表沙汰になってしまっただろう。とはいえ、授業中に始まる可能性も低くはなく、苦肉の策として腕章で隠していたのだ。
(だれも来ないと思ってたんだけどね。みんな普通に学校来るからびっくりしちゃったよ)
前日時点では参加が決まっていなかった利奈はともかく、綱吉たちは真っ先に狙われる立場である。授業中に襲われたらどうするつもりだったんだろう。
「うわ! なんだこれ」
二年の教室に戻ると、廊下にも教室にも大穴が開いていた。人の気配はないけれど、ガラスが派手に飛び散っているし、机や椅子も散乱している。ここでバトルがあったことは明らかだ。
「十代目! 十代目ー!」
隼人が声を張りながら廊下の奥へと進んでいく。壊れている教室はひとつだけで、ほかの教室は無事である。利奈はバトラーウォッチを見た。残り二十秒。もう終わったも同然だ。
「ねえ! ツナは外だよ」
「ああ!?」
振り返った隼人に、外を指差してみせる。
「あっち! あっちに落ちた!」
「なんでお前が知って――」
そこで隼人がカッと目を見開いた。利奈が携帯電話から情報を得ていたことに気付いたようだ。
「お前! わかってて無駄足踏ませやがったな!」
「あっ、時間だ。はい、これリボーン君のバトラーウォッチ」
「ん。確かに受け取ったのな」
「無視すんな! 逃げんな! 手ぇ振るんじゃねえ!」
「まあまあ、獄寺、どうどう」
「馬扱い済んじゃねえ!」
「マジで生き物ばっかだな、今日」
代理戦争一日目は、リボーンチームが辛酸を舐める形で終わった。