新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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風には負ける

 

 

 一日目の代理戦争は終わったものの、利奈にはまだやるべきことが残っていた。

 代理戦争は開始時間が前もって知らされないので、戦闘につねに備えておく必要がある。利奈の参戦はリボーン陣営に知られてしまったし、ほかの陣営に知られるのも時間の問題だ。これからは学校以外の場所で襲われるリスクがある。つまり、学校生活以外でも恭弥から離れられなくなるわけで。恭弥が風陣営に入ると決まったとき、利奈が頭を抱えた理由の第一位がそれだ。

 

(ヒバリさん家に泊まれって、簡単に言われてもねえ。私のこと、女って思ってないのかな)

 

 異性の先輩の家に連泊すると言って、快く送り出す親がどこにいるだろう。友達の家に泊まるのとはわけが違う。必然的に、ウソをつく必要があった。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 リビングに入ると、母はテレビを観ていた。まだ夕食の用意はしていないようで、ひとまず息をつく。

 

「あのさ、お母さん」

「んー?」

「お願いがあるんだけど」

 

 母がこちらを向いた。ここからは、説得力が勝負だ。

 

「今日からさ、何日か友達の家に泊まりたいんだけど、いい?」

「え?」

 

 本来、入念な下準備が必要な交渉だ。数日となるとそこには理由が必要だし、名前を借りる友達への根回しもいるし、友達の親を欺く必要がある。とくに、説得できそうにない友達の親が厄介だが、今回ばかりは打つ手があった。そのあたりの面倒がなく、二つ返事で引き受けてくれそうで、なおかつ親がすんなりと納得してくれるだろう理由を持つ友達が、ただ一人。

 

「クロームがね、一人で眠れなくなっちゃったんだって。だから、安心できるまで一緒にいてあげたいなって」

 

 我ながら最低な言い訳である。母の良心につけこむばかりか、クロームを都合よく扱っている。当然クロームに話は通してあるけれど、あとでもう一回謝らなければいけない。そして、自身の良心を犠牲にしただけあって、効果はてきめんだった。眉をハの字に曲げる母に、罪悪感は加速したが。

 

「やっぱり、女の子がいきなり一人暮らしなんて大変だと思った。ねえ、だったらうちに泊まってもらえばいいんじゃない」

「あー……」

 

 それでは意味がない。利奈は即座に悪知恵を働かせた。

 

「私もそう言ったんだけどね。クロームが、この家で眠れるようになりたいって言ってて。ほら、友達の知り合いが紹介してくれた家だからさ。私と一緒に過ごして安心できたら、落ち着いて眠れると思うって」

「健気……!」

 

(ごめんクローム。いろいろ盛った)

 

 早く言いくるめようと焦るあまり、クロームの言葉を無から捏造してしまった。そのせいかまたもやいろいろと日用品を持たされ、利奈はよろよろとクロームのアパートへと向かった。

 

「というわけで、今度ぜひ泊まりに来てってお母さんが」

「うん……」

 

 クロームは日用品の多さに戸惑っている。家の物は明日買い直せばいいからと、使いかけの掃除用品やらトイレットペーパーやら、とにかく重たい物を持たされた。家にあまり食料品がなかったのはさいわいだ。持たせる惣菜がないからと、夕食用にお金を渡された。

 

「私、ヒバリさんちでご飯だからこれ、クロームが使っちゃって。明日はおかずたくさん作るって言ってたから、おかず持ってくるね」

「ありがとう」

「私こそ。ごめんね、迷惑かけて」

「ううん。利奈も大変だね」

 

 朝になったらお弁当を取りに家に寄らないと行けないし、放課後は着替えとおかずを取りに自宅にも帰らないといけない。恭弥のせいで、いらない労力が無限に増えていく。

 戦闘は一日一回だから今日はのんびりできるけど、明日からはいつ始まってもいいように戦いに備えなければならない。こうやってクロームの家でのんびりできるのも、今だけだろう。

 

「お菓子いっぱい持ってきたからいっぱい食べよ。ちょっと高いチョコもあるよ!」

 

 母用のちょっといいお菓子も分けてもらえた。いそいそとバッグから取り出すと、クロームも立ち上がる。

 

「冷たいレモンティーあるんだけど、飲む?」

「飲む! そうだ、粉のココアも持ってきたよ」

「もらっていいの?」

「うん。お父さんが飲まないから全然減らなくて」

 

 机の上にココアの袋を乗せようと持ち上げた瞬間、バトラーウォッチに変化が起きた。

 

『お疲れ諸君』

「わああああ!」

「っ!?」

 

 時計から聞こえて声に驚く利奈の悲鳴でクロームが驚き、レモンティーを注いでいたコップが倒れる。

 

「あっ……!」

「ごめんごめん! すぐ拭くね!」

『この声は、代理戦争用の腕時計をしている者すべてに届けている』

「待って、声が」

 

 布巾を濡らそうとする手を止められる。

 

『私が虹の代理戦争主催者のチェッカーフェイスだ』

「チェッカーフェイス?」

「変な名前……」

 

 チェッカーと言えば、腕時計や時計を入れていたジュラルミンケースもチェック柄だ。なにからなにまですべてチェックで統一するなんて、自己主張が激しすぎる。

 そのチェッカーフェイスによると、今後試合後にホログラムを使って、戦績を発表する予定だそうだ。七陣営もあると、どのチームにどれだけ人が残っているか調べるのも大変だし、こうして主催者側から発表があるとわかりやすい。台所に立ったまま、二人で結果を確認する。

 

「えっと、倒した数と倒された数と、残り人数? リボーン君のチームの倒された人は笹川先輩だと思うんだけど」

 

 表の一番上がリボーン陣営だが、倒された人が一名なのでわかりやすい。まだ今日の戦闘の話をしていないから話し始めようとしたものの、クロームは表に釘付けになっていた。

 

「ここ、ヴェルデチームって――」

「うわ、すごい!」

 

 あんまりちゃんと見ていなかったけれど、骸がいるヴェルデ陣営が五人も敵を倒している。ほかの陣営を参照するに、コロネロ陣営とユニ陣営を倒したらしい。ほかの陣営に脱落者はいない。

 

(白蘭やられてくれてないかな……)

 

 三人もやられているなら、可能性はゼロではない。

 

「……ねえ、利奈」

「なに?」

「戦闘って、いつあったの?」

 

 浮かない顔でクロームが問う。代理戦争のことを利奈が話したときもそうだったけど、戦いが始まって、いろいろと思うところもあるだろう。

 

「学校終わってからだよ。委員会活動中だったんだけど。なにかあった?」

 

 立ちっぱなしもなんなので、コップを持って部屋へと戻る。こぼしたレモンティーはあとで拭くことにしておく。

 

「……帰り道に、骸さんが現れて」

「骸さんが!? え、巻き込まれたの!?」

「ううん、そうじゃなくて。骸さんの、幻覚が」

 

 どういうことだろう。いまいちわからないので、クロームの言葉を待つ。

 

「骸さんが、幻覚を使って私の様子を見に来たの。たぶん、その最中に戦闘が始まったんだと思う」

 

 なんとも間の悪い。それに、骸と会えたというのにクロームの表情は冴えなかった。

 

「骸さん、なんだって?」

「……」

 

 クロームはレモンティーに目を落とす。

 いい話でなかったのは明らかだ。骸の心証が悪くなることをクロームは言わないだろうし、こうなると平行線だ。骸のところに乗り込むのも恭弥に禁止されているし、どうしたものか。

 

「ヴェルデ陣営、入れって言われた?」

「ううん」

「リボーン陣営に入れって言われた?」

「ううん」

「……えー、あとなに」

 

 正解を導き出す頭が足りない。そもそも骸はクロームをかわいがっているはずで、ひどい言葉を浴びせる姿が想像できない。

 

「……私、やっぱり参加してないといけなかったのかな」

 

 ぼそりとクロームが呟く。

 

「参加しろって言われたの?」

「ううん」

 

 不正解記録が伸びていく。

 

「でも、今の私はどっちつかずで……だれの役にも立てなくて――ゴホッ」

 

 クロームが咳をこぼす。骸にそう言われたのかとはもう聞けなくて、利奈は静かにその背中をさすった。

 

 

――

 

 

 考えてみれば、今日は絶対安全なんだから、夕食はクロームの家で食べてもよかったのかもしれない。

 暗い顔をしていたクロームを思い出しながら、食卓に着く。恭弥の家はもはやお屋敷と言えるほど広く、食事もそれに見合って豪勢なものだった。小皿がたくさんあって、なんだか修学旅行の夜を思い出す。借りた浴衣を着ているところも含めて。

 

「おいしいです。日本料理はさっぱりしていて滋味深いですね」

 

 箸を器用に使いながら、風がニコニコしている。乳児用の浴衣も取り揃えてあったようで、みんなとお揃いだ。お風呂上がりだから、もちもちほっぺがポッポと赤い。ペットの猿も、皿に盛られた野菜やフルーツを食べている。

 

「中国料理って、辛いのが多いんですっけ」

「そうですね。でも私は辛いのがあまり得意でなく……本場の味が振る舞えなくて心苦しいです」

 

 中国人だからといって、みんな辛いものが食べられるというわけではないようだ。リボーンはブラックコーヒーを苦もなく飲んでいたけれど、アルコバレーノの感覚は大人のときのままなのだろうか。いや、立って歩けている時点で答えは出ている。

 料理はどれも薄味で上品だが、食べたことのない料理も多い。大人がいないのをいいことに、箸を迷わせながら口に運んだ。

 

「ヒバリさん、新任教師の件ですが」

 

 哲矢が恭弥に話しかける。

 本来なら新任教師がどんな人間かなんて気にも留めないが、代理戦もあって哲矢がちゃんと網を張っていた。さすが未来の記憶を所持し、未来寄りに性格が丸くなっただけある。ほかの風紀委員の前だと威厳を保っているので、違いに気付いている人はいないけれど。

 それはさておき、明日から英語の教師が着任することになっている。英語教師は三学年ぶん揃っているが、発音を教えるための外国人教師は一人しかいなかったし、人手不足といえばそうだったのだろう。だが、十一月半ばに着任するのは、どう考えても時期がおかしい。

 

「ディーノさんが先生だなんて、びっくりですよね」

 

 なんとディーノが並中の英語教師になったのである。いったい、どんなごり押し手段を使ったのか。

 

「ヒバリさん的にはアリですか? あれ」

 

 おおかた、授業中に戦闘が始まったときの備えだろう。ちょくちょく応接室には来ているものの、昼間に学校を闊歩するには肩書きが必要だ。綱吉があっさりやられてしまった件を、重く見たのかも知れない。下手したら、初日で脱落していたところだ。

 

「いいよ。襲いやすくなった」

 

 なんとも恭弥らしい解答である。なにかにつけてディーノに勝負を挑んできた恭弥だ。大義名分のもと、嬉々として襲いかかりに行くだろう。

 

「あの、今日の戦闘のことでひとつよろしいですか」

 

 箸を置いて風が声を上げる。体格に合わせて品数が少ないので、もうほとんど食べ終えていた。

 

「戦い方について、少し確認したいことがありまして」

 

 なんだろう。風の言葉を待ちつつ、胡麻豆腐を慎重に口に運ぶ。落とさずに口に入れられたところで、風が利奈を待っていることに気付いた。

 

「……え、私に言ってます?」

「ええ。少し見ただけですけど、あの仕込み針が主軸ではありませんよね?」

 

 主軸もなにも、元から戦闘員ではない。恭弥からその辺りの説明はなかったようだ。

 

「なにかほかに使っているものはありますか? 武術を学んだ経験は?」

「あー……ちょっと護身術みたいなのを教えてもらったくらいです」

 

 正確には暗殺術だが、恭弥と哲矢もいるし、なんとなく口にしにくい。それに、ヴァリアーでも言い含められていたことだが、利奈が会得したのは護身術レベルのものである。

 

(チームにいらないとか言われちゃうかな。それはそれでショックなんだけど)

 

 できれば参加したくないけれど、役立たず扱いされるのはいやだ。でも風にとっては、大人に戻るための大切な戦いだ。戦えない人間がチームにいても、邪魔なだけだろう。

 

「雲雀恭弥、貴方は明日以降も彼女をチームに?」

「不満?」

 

 恭弥が斜めに視線を動かす。

 

「いえ。ただ、彼女も戦闘に参加させるというのでしたら、私にも少しお力添えができると思いまして」

「お力添え、ですか?」

「はい」

 

 そこで風がにっこりと笑う。

 

「私、武闘家ですが指南の心得もありまして。これもなにかの縁、よろしければ貴方にも体術指南を施して差し上げましょうかと」

 

 お辞儀をして風が立ち上がる。そして、いそいそと利奈のそばに寄った。

 

「今日の動きを見るに、貴方には気を練る才能があります。彼らのように匣に炎を注いだりするよりも、拳法で相手に気をぶつける戦い方のほうが合っているかと」

 

(うわあ、キラキラした目をしてるぅ……)

 

 指導者としての血が騒ぐのか、やけに前のめりだ。今日の動きといったって、逃げる彼らを追いかけただけでほかはなにもしていない。それとも、真の武闘家は走り方で才能を見抜けるのだろうか。

 

(なんか、ディーノさんみたいになってる……。ヒバリさん、こういうの嫌いだよね……)

 

 それとなく確認するが、恭弥は我関せずといった顔をしている。自分が巻き込まれなければ、ちょっかいを出されても気にしないのだろうか。

 

「いかがです?」

「あの、でも、ヒバリさんがなんて言うか……」

「雲雀恭弥が?」

 

 そこでくるりと風が振り返る。恭弥は巻き込むなと言いたげに吸い物を啜った。

 

「彼女を戦闘に参加させるというのなら、戦い方を身につけさせるべきかと思います。貴方が表立って戦うといっても、他陣営にとっては彼女も敵。抵抗する術がなければ、真っ先に狙われてしまうでしょう」

 

 それはそうだ。ボンゴレやヴァリアーはわざわざ利奈を狙ったりはしないだろうが、まったく面識のないCEDEFあたりは、即座に利奈を狙いに来るだろう。時計だけ破壊してくれるならまだいいが、相手にそんな慈悲があるかもわからない。ボスが綱吉の父親なら、息子の級友を痛めつけたりはしないだろうが――期待しすぎもよくないだろう。

 

「私の代理になっていただくにあたり、戦法は貴方にお任せしています。それはそれとして、彼女もチームの一員だというのなら、私にも多少は関わる権利があると思うのですが、どうでしょうか」

「……好きにすれば」

 

 至極面倒くさそうに恭弥はそう言った。利奈の意向を確認することなく。

 

(うーん、またやることが増えるのかあ)

 

 風の実力が如何ばかりかは知らないが、今はただでさえ仕事が多い。それに、積極的に人とバトルしたいわけじゃない。気落ちする利奈だったが、そこはアルコバレーノだった。

 

「あまり最初から飛ばしすぎてもよくありませんし、まずは太極拳あたりの動きをゆっくりとなぞっていきましょう。しなやかな動きで日頃の所作もよくなりますし、美容にとてもいいんですよ」

「やります」

 

 指導者だけあって、やる気に火をつけるのがうまかった。コロッと乗り気になった利奈に、恭弥と哲矢が肩をすくめた。

 

 

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