新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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二日目:乙女の熱量

 

 

 雲雀邸での目覚めは穏やかなものだった。和室にあまり馴染みはなかったけれど、慣れない布団でもぐっすり眠れたようだ。客人用の備えは万全で、枕元には水差しも置いてある。目覚めの一杯をもらいながら、薄暗い室内に目を配った。

 

(なんか旅館みたい。ヒバリさんの家にお泊まりしてるって感じじゃないな。……お泊まりって感じでも困るんだけど)

 

 とはいえ、あまりにも日常感がなさすぎる。掛け布団に顔を埋めてみるが、生活臭がまるでしない。買いたての服みたいな、素知らぬ匂いだ。布団を出て、昨日も着た私服に袖を通す。朝の空気で、ひんやりと冷たくなっていた。

 

 いつもなら日課のジョギングに出るところだけど、この辺りは土地勘がまるでない。おまけに今日の戦闘はまだ始まってもいないし、単独行動はできるだけ避けたいところだ。道に迷ったところで敵に襲われたら目も当てられない。なので利奈は、昨日約束したとおり、屋敷の庭へと向かった。

 

(あっ、もういる)

 

 縁側越しに、庭に降りた風の姿が見えた。約束は六時からだったけれど、先に始めていたようだ。片足を上げた状態で微動だにしておらず、横に広げた腕も完全に静止している。さらに、頭の上に乗った猿も同じポーズを取っていた。名前は確か、リーチだったか。トーテムポールみたいになっている。

 集中しているところに声をかけるのも気が引けて、利奈は足を止めたままその姿を見つめる。しかし、十秒も経たずにリーチが風の頭上から降り、風も振り返った。気配に気付くのが早すぎる。

 

「すみません、気を遣わせてしまったようで」

「あ、いえ。全然待ってなかったです」

 

 そう応えてから、自分が敬語を使っていることに違和感を抱く。風は本来大人なのだからこれが正解なのだが、実際に目の前にいるのは赤ちゃんだ。なんだかズレている気がする。

 

(んー、でも拳法教えてもらうんだから、敬語は普通か。師匠みたいなものだし――師匠が増えたな)

 

 レヴィとレヴィの部下である雷撃隊からは、暗殺の基礎を教わっている。かんざしに仕込まれている隠し針も、レヴィからの贈り物だ。しかし昨日の実戦では、仕込み針の出番はなかった。暗殺特化した武器なので、傷つけたくない相手にはとても使いにくい武器なのである。

 

「ですが、ある程度相手にダメージを与えたあとなら、時計を壊すのに使えると思いますよ。素手で時計を叩き割ろうとすると、予備動作が入りますから」

 

 太極拳の動きを利奈に見せながら風がアイディアを出す。今日は基本の動きを勉強しましょうとのことで、ゆっくりと呼吸しながら風の動きを真似していく。最近の太極拳は武術としてよりも健康法として取り入れられていることが多いらしく、なるほど、確かに健康に良さそうな動きだった。美容にもいいらしいので気合いも入る。

 

「あの、風さんって君付けで呼ばれるのは抵抗ありますか? マーモンとリボーン君は呪いのこと知らなくて、呼び方こんななんですけど」

「好きに呼んでくださって構いませんよ。この身体です、子供扱いも慣れました」

 

 フフフと笑うけれど、これはどっちだろう。温和なだけに、建て前と本心の区別がつきづらい。

 

「君付けでもいいですか? 外で名前呼ぶとき、変な感じになっちゃいますし」

「ええ、どうぞ。敬語も外していただいて構いませんよ」

「それはさすがに」

「雲雀恭弥はそうしていましたが」

「ヒバリさんはヒバリさんだから」

 

 恭弥が敬語を使っているところなんて見たことがない。なにせ、彼が並盛の頂点である。

 

 

「雲雀恭弥の下について長いのですか? 風紀を取り締まっているそうですが」

「風紀委員なんです。入ったの五月だったから、まだ半年くらいですね」

「そんなものなんですか」

 

 そう、そんなものなのだ。なんなら一年前にはこの学校にいなかったくらいで、並中生としても風紀委員としても歴は浅い。一番最後に風紀委員に入ったから、ギリギリ新米である。

 

「となると、貴方はマフィアとはまったくもって無関係なのですね」

「もちろん! まったくもって、です!」

 

 そこだけは声を大きくして主張したい。ただたんに巻き込まれやすい立ち位置にいがちなだけで、自分からマフィアのあれこれに志願しているわけではない。

 

「だからリングも持っていないのですね」

 

 その言葉にも、はいと答えさせてもらう。無理矢理押しつけられた一式があるけれど、あれはあの日の午後、遺失物としてそのまま恭弥に預けてしまった。たぶん、応接室の机の引き出しにでもしまわれているだろう。知らない人から物をもらってはいけないと、父に教わっている。白い人も同じだ。

 

 最初の言葉通り、今日の特訓は基本の動きを習っただけで終わった。ラジオ体操のほうが激しいくらいだったけれど、全身を使ったおかげか身体がぽかぽかする。

 結局、朝に戦闘開始のアラームが鳴ることはなく、ただただ普通にお泊まりしただけになった。一度家に帰って荷物を受け取って、朝の風紀活動を終えてホームルームに出る。そしてホームルームが終わると、険しい顔をした隼人が勢いよく迫ってきた。

 

「てめえ、昨日はよくも!」

「おはよう、獄寺君」

 

 あえて朗らかに挨拶すると、思った通りに隼人は憤った。周りの席の子は、巻き添えをくらっては堪らないとばかりにそそくさと移動する。

 

「こいつですよ、こいつ! こいつのせいで駆けつけるのが遅れたんす、十代目!」

「まあ、いなかったらツナが外にいたことにも俺たち気付かなかったんだけどなっ」

 

 隼人の後ろからぞろぞろといつもの二人がやってくる。綱吉は利奈の時計を見て、うわあと声を上げた。

 

「本当に利奈も代理なんだ……」

「命令でね。でも、やるからには優勝目指すよ!」

「おっ、気合い入ってるのな」

「遊びじゃねえんだぞ」

 

 隼人が口をさすが、勝利を目指すのだから同じことだ。勝ちたいというよりは、負けたくない気持ちのほうが強い。

 

(白蘭に負けるのは絶対いやだしね。それに――)

 

「本気だよ。絶対に負けられない人がいるから」

「ヒッ」

 

 ひそかに聞き耳を立てていた炎真が、睨みつける利奈に悲鳴を上げる。

 そう、炎真も利奈の敵だ。裏切られた屈辱、継承式で受けた痛みを、この機会に存分に返すつもりである。これは八つ当たりではなく報復だ。

 

「え、えっと……炎真は昨日、だれと戦ったの?」

 

 空気をほぐそうと、綱吉が話題を変える。

 

「昨日はヴァリアーの四人に……。ボコボコにされたよ」

「四人!?」

「四人相手に戦ったのか!?」

「お前、よく無事だったな……」

 

 三人は感心しているが、利奈はツンと顔を逸らす。炎真と慣れ合うつもりはない。それに、その情報はすでに得ている。工場跡地でヴァリアー数名と戦ったらしい。何対一だったかは知らないが、彼らと交戦してよく無事でいられたものだ。

 

「スカルが守ってくれたんだ。それに、今回からみんなも参加してくれることになってて」

「みんなって……シモンファミリーが!?」

「うん」

 

 それは初耳だ。ついつい炎真を見てしまうが、炎真は気付かずに続ける。

 

「昨日、一方的にやられてた僕をスカルが庇ってくれたところを、アーデルが見てて。改めてみんなに話したら、全員協力してくれることになったんだ」

 

 それはじつに厄介なことになった。彼らの実力は折り紙付きだし、仲間ができたなら炎真に接敵するのも難しいだろう。一人ならば、隙を見て狙えると思っていたのに。

 

 始業のチャイムが鳴り、みんなが席に戻っていく。今日の一時間目は英語で、つまり、新任教師の紹介があるはずだ。そう、ディーノの登場である。

 

「チャオ! じゃねえか、英語はハローだな」

 

 金髪長身美形イタリア人の登場に、クラス中が湧き上がる。利奈も、これが初対面だったら前のめりに歓声を上げていただろう。たくさん美形を見てきたけれど、ディーノの顔が一番タイプだ。

 

(なのになんで私、好きになんなかったんだろう。……あ、部下の人たちがたくさんいたからか)

 

 当時の利奈はまだ、ボンゴレの事情に一切関わっていなかった。裏社会っぽい人間を部下として引き連れた、あからさまにわけありな青年に惚れるほど、脳天気ではなかったということだ。

 

(っていうか、ツナたちみんな驚いてない? サプライズ?)

 

 同じ陣営のはずなのに、情報共有はしていないのだろうか。今回の件を知らない京子は、未来で出会った人物に目を丸くして利奈のほうを見る。それに頷き、改めてクラスの反応を見る。男女問わず大騒ぎで、すぐには授業が始まりそうにない。フェラーリで乗り付けてきたところを目撃した生徒もいて、歓声は留まることを知らなかった。

 

(マフィアの仕事もあるし、代理戦争終わったら辞めるんだよね……。辞めるとき大騒ぎになりそうだなー、これ)

 

 きっと失恋者続出、阿鼻叫喚の地獄絵図になるだろう。ディーノはもっと、自分の影響力を考えるべきだ。と、完全に傍観を決めていた利奈だったが、そうは問屋が卸さなかった。

 

「利奈!」

 

(考えて! 影響力!)

 

 授業終わりに名前を呼ばれ、利奈は一層強くそう思った。敵チームだからどんな手を使っても陥れるという宣戦布告だろうか。

 

「昨日はありがとな。バトラーウォッチ、返してくれて」

 

 ほかの生徒に聞かれないためにだろうが、距離を詰めて小声で話さないで欲しい。今なら利奈がマフィアの一員だったとしても、女子生徒たちの標的にされるだろう。

 

「いえ、もともと預かってたものですから」

 

 自分の声は周りに聞こえるよう、ハキハキ、丁寧にを心掛ける。他人行儀な態度にディーノが不思議そうな顔をするけれど、一歩間違ったら女子会議からのクラス八分を受けるので、素知らぬ顔でお辞儀をして席に戻る。

 

「さっきのなに!?」

「利奈、あの先生と知り合いなの!?」

 

 様式美のように女子生徒から囲まれ、利奈は心のなかで強くディーノを批判した。声をかけるなら、放課後とかにして欲しかった。しかし、昨日の時点でこうなることも想定していたので、利奈はわざとらしくない程度に間を置いた。わけありげに、気まずそうに見えるように。

 

「私がっていうか――ヒバリさんが」

「ヒバリさん?」

「うん。ヒバリさんの知り合いなんだ、あの人」

 

 その瞬間、押し寄せていた波がザッと引いた。ちょうど、利奈が初対面のときに感じたくらいの距離の取り方だ。二年生の二学期ともなれば恭弥の悪評はそれこそ折り紙付きで、恭弥繋がりともなればそれなりに警戒もするだろう。

 

「……つまり、コネ?」

「でもフェラーリ乗ってたんでしょ、そんな人がなんで?」

「なんかあれじゃない? だれかに追われてて、身を隠してるとか……」

「えー」

「でもディーノ先生ならそれでもよくない?」

「いい。あんなイケメン、ほかにいない」

 

 恋する乙女は強く、ひそひそと呟き合いながら席に戻っていく。これは辞めるときにさらに尾ひれがつきそうだ。

 

「花はどう? 大人っぽい人が好みって言ってたけど」

 

 念のため、友達の様子も確認しておく。ディーノに好意を抱いていたら、あとでどうやって慰めよう。そうひそかに思いながら尋ねるが、花は渋い顔をしている。

 

「なにその顔」

「……なんか、なんかなのよ。好みのはずなのに、好みじゃない気がする。なにかが違う」

 

 わずかな違和感に引っかかる探偵のように花が首をひねる。そして、その推理は的中していた。

 

(授業中、チョーク全部折ってたもんね……しかも全部額に命中)

 

 授業中のディーノは、それはもうポンコツだった。チョークを折り、数歩歩くだけですっころぶ。ふっとんだスリッパが頭に乗ったときは、芸術点をあげたいくらいだった。しかしそれらはすべて初勤務の緊張からの行動とされ、クラス女子の母性本能を大いにくすぐった。顔がいいとなにをしてもプラスになるのだなあと、他人事のように思ったものだ。

 

「それに、あの先生は普通に大人じゃない。大人っぽいとは違うでしょ」

「えー、難しい。先輩とかがいいの?」

「っていうか……」

 

 そこで花は珍しくもじもじと体を動かした。ディーノを見た女子と同じ、ときめき仕草だ。

 

「私、理想の人もう見つけてて……だから、ほかの人は今いいかなって」

「え! ウソ、ほんと!?」

 

 驚きの告白に前のめりになってしまう。これは恋バナチャンスだ。

 

「だれ? え、三年生?」

「ううん、学校外の人。大人っぽくて、色気があって、哀愁が漂ったいい男なの」

「えー!」

 

 大人びた花がそう言うのなら、間違いなく大人っぽい男子だろう。いや、高校生とか大学生かも知れない。

 

「もっと聞きたい! アイドルだとだれ似?」

「フフフ、それがね、外国の人なの。黒髪に緑の目をしてて、落ち着いた声で……けだるげな雰囲気がセクシーで……」

「写真は? 写真はないの?」

「利奈、利奈」

 

 盛り上がってきたところで、綱吉に声をかけられる。ちょいちょいと手招かれ、不思議に思いながら席へと向かう。なぜかとても気まずそうな顔をしている。

 

「なに?」

 

 綱吉は利奈の背後の花を見て、それからひそひそと呟いた。

 

「黒川が言ってるの、大人ランボなんだよ」

「……」

 

 ランボの十年後の姿を思い出す。黒髪に緑目、落ち着いた声。大人っぽい雰囲気で女の扱いがうまい。そして今のランボを思い出す。

 

(うん、真逆だ)

 

 時の流れはどっちに進んでも残酷なんだなあと思いながら、利奈は友人の元へと戻った。

 

「なんだったの?」

「うん……。今度さ、一緒にケーキ食べに行こうよ」

「は?」

 

 怪訝そうな花に、利奈は労りの眼差しを向けることしかできなかった。願わくば、彼女が真実を知る日が来ませんように。

 

 


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