新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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しかし脱兎は逃げられない

 

 利奈がまだ事態を把握しきれないなか、ヴァリアー四人が一斉に動き出す。

 風の参戦で暗殺者モードに切り替わった彼らは、すぐさま風に躍りかかった。先ほどまでとは比べものにならないほどのキレで繰り出された剣先を、風は身体を極限まで後ろにそらすことで躱した。編んだ髪の毛先が、床に触れている。そうして躱しながらも、追撃のレヴィの剣を足で弾き――なんと、身体を反らした状態で片足を上げ――弾いた剣でベルの投げたナイフのワイヤーを断ち切った。そして床に手をつき、反動で飛び出してレヴィの腹に跳び蹴りを食らわせる。

 

「ぐぶぅ!」

 

 頑丈さが取り柄のレヴィもこれにはたまらず唾を吐き散らす。

 

「ちょっと!」

 

 その唾を思わず避けてしまったルッスーリアを風は見逃さない。レヴィの腰が床につくのを待たず、すかさずルッスーリアに詰め寄って指先を突き出す。

 

「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと! ああもう!」

 

 素早い突きをすべて受け流しながらも、ルッスーリアは余裕がなさそうに叫んだ。ルッスーリアはムエタイの使い手で、決め技は膝に埋め込んだ金属を活かした膝蹴りだ。しかし風はルッスーリアに足技を使う隙を与えない。恭弥と戦ってる姿を見て、攻略をすでに終わらせていたようだ。

 

(すごい……)

 

 倒れ伏した体を起こす気にもならない。風の動きに見惚れてしまう。惚けるように見つめていたら、視線に気付いた風がこちらを向いた。そしてノールックでベルのナイフを指で挟み取る。

 

「せっかくですから、お手本を見せましょう。掌底を相手に打ち込むさい、こうして気を練り――」

「待って、私を実験台にするつもり!?」

 

 非難の声を上げるルッスーリアの体に、さっきと同じように風が打ち込みを始める。違うのは、手の形だ。指先ではなく、掌底をルッスーリアの腕にぶつけている。

 

「いなされると一撃一撃のダメージは少ないですが、こうやって雨の炎を注ぎ込んでいけば、相手の動きを鈍らせることができます」

「やめて! 活性化の晴に雨を注ぎこむのはやめて!」

「ああいえ、私は練った気を当てて力を分散させているだけです」

「だからナニ!?」

 

 ルッスーリアの悲鳴ももっともだ。実験台にされる側はたまったものじゃないだろう。とはいえ、その合間にほかの三人とも戦っているのだから、風も余裕があるわけではない。むしろ、こちらのほうが不利のはずなのだ。

 

「どうでしょう、なんとなくつかめそうですか?」

「あ、ハイ……」

 

 できるできないはともかく、言わんとしていることはわかった。なんとなくだけど、頷いておく。

 

「ふざけおって! もう許せん!」

 

 レヴィが怒りの声を上げた。それと同時に雷を纏った状態で突っ込んでいくので、ルッスーリアが大きく身を引いた。

 

「拳法だがなんだか知らんが、反射には敵うまい!」

「確かに、麻痺は厄介です」

「ぬおっ!」

 

 レヴィの突進はさらりと躱される。

 

「ですが、ほんの一瞬接触するくらいなら、効果は最小限かと」

 

 風の目が光った。体勢を崩したレヴィの横腹に軸の入った回し蹴りが入り、レヴィの巨体が吹っ飛んでいく。そして身を引いていたルッスーリアにとどめとばかりに連撃を入れる。レヴィの体は壁を突き抜け、ルッスーリアはその場に倒れこんだ。ベルが投げたナイフはベル自身に弾き返され、当たることはなかったが、ベルのバトラーウォッチはいつの間にか壊されていた。

 

(ふぉ、風さん……!)

 

 君付けなんてとんでもない。これはどう考えても風さん呼び確定である。

 

「ちょっと、なに余計なことしてくれてんの」

 

 横から獲物をかっさらわれた恭弥が、不満の声を上げる。

 

「失礼。緊急事態でしたので」

「べつに、見殺しにしてくれてかまわなかったのに」

「ひどい……」

 

 強制参加させておいてなんという言い草だろう。ズルズルと起き上がるが、恭弥はまったく目もくれない。利奈へのむかつきより、風へのむかつきが勝ったようだ。

 

 しかし、風の飛び入りのおかげで、一瞬にしてヴァリアー幹部三人を撃破できた。残るはスクアーロのみで、こちらは二人。人数の差は逆転した。ゆえに勝機が見出せると利奈は思ったのだが、そんな甘い期待はただちに断ち切られた。

 

「あ゛ちっ! 餅かよ、う゛お゛おい!」

 

 スクアーロが黒服についた餅を煩わしげに落としていく。緊張感のない光景だが、利奈の心拍は最高速レベルまで上がっていった。耳の奥でキインと耳鳴りがする。

 

 この部屋の四辺のうち一辺にはふすまがあった。つまり和室が続いていた。

 

(なんで。いないって――)

 

 いや、だれもボスがいないとは言っていない。『戦闘が始まったのに姿を現さないなら、きっとここにはいないのだろう』と利奈が思い込んでいただけである。その見通しの甘さがこの体の震えだ。まだ注意がこちらに向いていないのに、体が震えて止まらない。

 

「ヒバリさん、私、脱落してもいいですか」

 

 貼りつく舌をやっとの思いで動かすが、返ってきたのは凍てつくような眼差しだった。

 

「なんて言った?」

「だつ、離脱してもいいですかっ!」

 

 金切り声を上げながら利奈はなおも乞うた。

 

 無理だ。もう無理だ。XANXUSの視界に入りたくない。敵だと認定されれば、その瞬間、死を確信して心が潰れるだろう。

 ここで初めて利奈の様子が尋常でないと恭弥が気付くが、だからといってどうなるものでもなかった。これは本能だ。理屈でどうにかなるものではない。

 

「ここからは戦いも激化しますし、退いてもらったほうがよいのでは? 巻き添えにしても忍びないですし」

 

 風の口添えに、恭弥が顔を背ける。それを是と取り、利奈はドアへと飛びこんだ。入ったときのドアとは反対側で、エレベーターは向かいの廊下だ。ドクドクといやな跳ね方をする心臓を押さえながら、小走りで逃げる。

 

 この時代のXANXUSのことはよく知らない。そもそも、未来のXANXUSですら一回しか会っていない。ただ、その一回が、あの一回が利奈に拭うことのできないトラウマを植えつけた。苦手な動物ランキングトップにライオンが君臨し、動物園にも行けなくなった。あのときのことを思い出すたびに指先が震える。

 

 命からがらエレベーターホールまで走った利奈だったが、そこで当初の目的人物と遭遇する。

 

「ディーノさん?」

 

 最初に入ってきたドアの前にディーノがいた。わずかに開けたドアから、なかの様子を窺っていたようだ。人差し指を口に当てる仕草で、静かにと合図される。

 

(そうだ、ディーノさんに会いに来たんだっけ、私たち)

 

 バトルが始まってしまったからすっかり忘れていた。手招きされたので、利奈はエレベーターに心惹かれながらもディーノの元へと歩く。

 

「ずっと様子見てたんですか?」

「いや、学校の仕事に時間かかってな。今来たばっかだ」

 

 ひそひそと話していたら、ディーノの胸元からバイブ音が鳴った。リボーンから着信があったようだ。

 

「なに? 白蘭がコロネロにやられてツナが家光さんのところに飛んでいった?」

「!」

 

 あちらではリボーン・ユニ・コロネロチームが交戦していて、どんなチーム編成かは知らないけれど、白蘭が負けたらしい。

 

(うわあ、やった! 白蘭負けた!)

 

 他人の不幸は蜜の味。それが怨敵ならば極上の甘露である。先ほどまでの恐怖はどこへやら、利奈はうれしさに顔をほころばせた。白蘭がやられる瞬間を目撃できなかったのは残念だが、それは高望みしすぎだろう。

 

「こっちも始まった!」

 

 リボーンへの言葉に、利奈もドアの隙間を覗きこんだ。

 四人が戦っているが、早すぎてよくわからない。かろうじてスクアーロの銀色の髪がなびくのが見えるくらいだ。風の赤い服も目立つが、宙を舞うので目が追いつかない。そして、XANXUSの銃撃で早くも壁一面に大穴が空いた。こちら側に向けられた攻撃だったら、今頃二人とも無事では済まなかったろう。

 

「ディーノさん、逃げたほうが!」

「大丈夫だ。俺が守る」

「でも……」

 

 今の立場だとディーノとは敵同士だ。この状況で恭弥の顔色を気にする余裕はないが、ディーノの優しさに寄りかかるのも抵抗がある。そんな利奈の葛藤を見て取ったディーノは、通信機に耳を当てた。

 

「リボーン、俺はどうすればいい? 俺はどっちにつく?」

 

 ギョッと目を見開くが、ディーノはこちらを見ない。しかし口元には笑みが浮かんでいた。

 

「わかった、恭弥を助ければいいんだな。……理由? なんだそれ」

 

 リボーンがなにか言ったのか怪訝そうな顔をしているけれど、リボーンチームは風側につきたいらしい。それならひとまず、ディーノが利奈を守る道理は立つ。

 

(よかった、これでマーモン側だったらここでバトル始まってた)

 

 ディーノが鞭を出す前に不意打ちできればかろうじてチャンスはあるだろうが、だれも得をしない戦いだ。勝っても負けても恭弥にどやされる。

 とりあえずの身の安全が確保されたたところで、観戦に戻る。

 

(うわわっ、なんで風さん上脱いでるの!?)

 

 いつの間にか半裸になっていた風に顔を赤くするも、未来のトラウマ、XANXUSのライオンもその場にいたので、瞬時に青ざめた。恭弥もボンゴレギアを使っているし、スクアーロも鮫の匣動物を召喚していた。未来でも見たけれど、スクアーロの鮫は空中も泳げる。

 こうなると唯一匣動物を持たない風が不利なように見えるが、場を圧倒したのはまたもや風だった。死ぬ気の炎――いや、彼の場合は気か――がまるで龍のように踊り狂い、スクアーロのバトラーウォッチを破壊する。ライオンのべスターがXANXUSのボスウォッチを炎から守るが、風自身が頭上から直接ボスウォッチを狙う。XANXUSは炎に気を取られていて、頭上の風には気がついていない。

 

(やった、これで風さんの勝ち――っ!?)

 

 スイッチを押されたような、関節を鳴らされたような。そんな、固く乾いた、コキンという音が響き、利奈の脳は切り替えられた。と同時に、風の体から突然血が噴き出したので、利奈は悲鳴を上げる。

 

「キャア――」

 

 悲鳴のほとんどはディーノの手に飲み込まれた。風が床に落ち、恭弥とXANXUSが揃って風を見る。XANXUSの表情を見るに、XANXUSが仕掛けた攻撃ではなさそうだ。

 

「これでわかっただろ? 武術より幻術のほうが優れている」

 

 風と同じように元の姿に戻ったマーモンが、フードの下の隠れた瞳で風を見下ろしていた。

 

「貴方が放ったのは、脳に特定の縛りをつくり、その縛りを破ると肉体にダメージが返ってくる奥義……」

「ああ。今回は特別に縛りがなにか教えてやるよ」

 

 尊大な態度で話すマーモン。明らかに風を敵視している。そして、そんなマーモンが作った縛りというのが――

 

「勝利を疑ったものは自爆する」

 

 つまり、先ほど風は勝利を疑ったのだ。あの、どう考えても勝ち目しかなかった場面で。つまり、あのときの風には懸念が生まれていた。マーモンの仕掛けた奥義とやらを感知し、勝利に疑いを持ってしまったのだ。つまり、あの奥義には予兆があった。つまり、つまり。

 

(……あの、頭の変な感覚、もしかして)

 

 じわりじわりといやな予感が膨らんでいく。それはディーノも同じようで、かち合った視線に戸惑いがあった。つまり、ディーノにもあったのだ。頭のなかを揺さぶられたような、あの感覚が。

 

「この奥義は強力なぶん、技の範囲を絞れないんだ。――このフロアにいる全員、術がかかっているはずだよ」

 

 いやな予感ほどよく当たる。どうあっても、当事者として舞台に引きずり出される宿命らしい。

 

「利奈」

「あ……」

 

 ディーノの視線で、頬をなにかがつたっていることに気がついた。指でなぞると、真っ赤な血が指先を汚す。なるほど、マーモンの言ったとおり、奥義はこのフロア一帯にかかっているらしい。

 

「……やっぱ幻術ってズルいな」

 

 今日無事に帰れたらクロームに幻術の破り方を教わろうと、利奈は深く決意した。

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