二日目の戦闘が終わり、ようやく利奈は肩の力を抜いた。
「やっと終わった……」
一日目と違って、少しでも気を抜いたら命を落とす危険な戦いだった。戦闘時間の長さもあるが、やはり本職は段違いだ。
「ム。引き分けか」
「つまんねーの」
一方、ヴァリアー側は余裕がある。端のほうでヒイヒイ言っていた利奈と違い、彼らはこれが日常だ。XANXUSの全方位巻き添え攻撃にもすぐさま退避行動が取れていたし、チームワークでもマーモンチームに軍配が上がる。とはいえ、勝負は勝負。引き分けは引き分けだ。
「まだだ」
「え?」
恭弥がふらりと立ち上がる。その目に宿る闘志はまだ衰えていなかった。
「これで終わりなんて納得できない。決着を付けなくちゃ収まらない」
「そんなヒバリさん無茶な――」
『それはだめですよ、ホホホ!』
「うわっ」
第三者の声が、恭弥のボスウォッチから響いた。知らない声だった。ヴァリアーの面々は聞き覚えがあるようで、レヴィが神妙な顔で眉を寄せる。
「ぬう。企画者の遣いの尾道か」
「尾道さん?」
「呼び捨てでいいよ。僕たちをこんな姿にした男の手下なんだから」
恨み骨髄とばかりにマーモンが吐き捨てる。風はなにも言わなかったが、そういうことなら好ましく思ってはないだろう。
『代理同士の戦闘時間以外の戦闘は禁止しています! それを許したら戦闘時間の意味がなくなってしまいますからね、ヘヘ!』
それはそうだ。それを許したら闇討ちが横行してしまうし、暗殺部隊が優位に立ってしまう。
「うるさいよ」
だがしかしそれで納得する恭弥ではない。昨日の戦いも武たちに逃げられたのもあって、不完全燃焼のようだ。
『いやあの、うるさいとか言われましてもですね。それが代理戦争のルールなので……フフ』
尾道も言い返されると思っていなかったのか、声に困惑が滲んでいる。納得するしないにかかわらず、ルールを破れば即失格だ。ここは矛を収めて明日に備え――
「いちぬけた」
――雲雀恭弥はルールに縛られなかった。代理戦争が戦闘の邪魔だと判断するやいなや、躊躇いなくボスウォッチを破壊した。トンファーを受け、液晶画面がパラパラと床に散乱する。
(ついにやった、この人――!)
この行動には敵味方全員が絶句した。尾道とやらも、さぞ驚いただろう。ボスウォッチが壊れてしまったので、もう声は聞こえないが。
「い、今までの戦いはなんだったんだ……」
絞り出すようなマーモンの言葉が、全員の心情を代弁していた。恭弥の行動は、今までの死闘すべてを茶番へと変えた。
「ちょっと! 私頑張って生き残ったんですけど!」
「お前、なにしたかわかってんのか!?」
「優勝したら私と戦うという約束はよかったんですか?」
味方陣営がこぞって非難の声を上げた。風なんて、もっとも被害を受ける立場だというのに、あまりにもあまりにすぎてあっけにとられている。しかし恭弥はそのすべてを黙殺し、ただXANXUSを見据えてこう言った。
「僕は戦いたいときに戦う」
これである。さすがのXANXUSもこれには呆れ果て――
「ダハッ! 同感!」
「同感した!?」
初めてXANXUSが笑った。そして恭弥に同調するように自身のボスウォッチを見下ろし、その炎圧でボスウォッチを破壊しようとする。だが、さすがにそれは待ったがかかった。ヴァリアー幹部一同が、一斉にXANXUSへと飛びかかったのである。
「それはだめです! ボス!」
「マーモンの一生のお願いなのよ!」
「離せ! カスども!」
ボスウォッチの破壊を阻止すべく、幹部全員がXANXUSの身体を取り押さえる。示し合わせたみたいな動きに利奈は呆然としたが、ぎゃあぎゃあ騒いで暴れるXANXUSを見ているうちに、笑いが込み上げてきた。
「あはっ、もうめちゃくちゃだ!」
「ですね」
風もつられて苦笑している。こうなってはもうどうしようもない。
それにしても、恭弥に感化されて時計を壊そうとするなんて、XANXUSもわりとユーモアがあったようだ。もっと凝り固まった非情な俺様キャラだと思っていた。そして、どことなく抱いていた既視感に説明がついた。
(うん。あんま考えないようにしてたけど、この人ヒバリさんに似てるとこある)
横柄、暴君、独裁者。すべて恭弥にも当てはまる特徴だ。それなのにこうも違う印象を抱くのは、圧の質が違うからだろうか。恭弥が静なら、XANXUSは動の恐さがある。
「う゛ぉぉい! さっさとヒバリをどうにかしろぉ!」
もみくちゃになりながら、スクアーロがディーノに叫んだ。標的の恭弥がいる限り、XANXUSは抵抗をやめないだろう。戦闘時間でもないのに時計を壊されるなんて、堪ったものではない。
「どうにかってお前ら……」
「お前の弟子だろうが跳ね馬ぁ!」
「弟子じゃない」
すかさず訂正を入れる恭弥。本人は認めていないのに、順調に外堀から埋められている。
「離せ!」
スクアーロの顔にXANXUSの肘鉄が入った。しかしさすが独立暗殺部隊作戦隊長、怯むことなくXANXUSのボスウォッチを押さえ続ける。
「クッ、このままじゃホテル全部がかっ消されるぞぉ!」
「いや、それは困るが――」
「ディーノさん」
利奈は困惑しきりのディーノに近づいた。ディーノにはまだ借りを返していない。
「ん? どうし――」
「お返ししますね!」
紳士らしく屈もうとしたディーノの顔面に、利奈はエンツィオの甲羅を押しつけた。
「ぅお!」
エンツィオの甲羅は普通の亀よりも凹凸が大きい。さぞかし高い鼻が痛むことだろう。
「よくも挑発してくれましたね! よくも!」
このフロア壊滅大惨事事件の引き金を引いたのはディーノだ。巻き込まれて死にそうになったし、マーモンの術もあって身体ももうボロボロになっている。
「いや、あれは恭弥が――」
「問答無用! ヒバリさん、やっちゃってください!」
ビシッとディーノを指差すと、それに呼応するように恭弥がトンファーを構えた。こういうときはノリがいい。
「やるなら外でやってちょうだい! これからここ復旧させなきゃいけないんだから!」
「早くどっか行って!」
幹部たちから次々と非難の声が上がり、やむなくディーノは恭弥を引き連れてホテルを出て行った。利奈は彼らについていくことなく、最上階に残る。チームはもう負けたのだから、二人の個人的な戦いに付き合う義理はないはずだ。委員会活動にしても時間外である。
だが、それはそれとして、利奈にはやらなければならないことがまだ残されていた。同じくその場に残った風の前に屈み、神妙に頭を下げる。
「ヒバリさんがごめんなさい。せっかく助かったのに、自分で壊しちゃって……」
今回の一番の被害者は風だ。自身も時間切れになるまで戦ったというのに、勝負と関係ないところで敗退になってしまった。一度元の姿に戻ってしまったぶん、元の姿に戻りたい気持ちは強くなっていたはずなのに。それなのに、それが叶わなくなってしまった。
「そんな顔をしないでください」
肩を落とす利奈に、優しい声で風が言う。
「元々人の力を借りた戦いですし、勝者が一人なら、それ以外は敗者になるのです。貴方は精一杯戦ってくれました。気に病む必要はありません。それに――」
そこで風が茶目っ気たっぷりに口角を上げる。
「雲雀恭弥の闘争本能を甘く見ていました。まさか、負けを選んでまで戦いを選ぶとは。あっぱれです」
皮肉だろうか。それとも、褒め言葉なのだろうか。風自身は賛辞として言っているのだろうけれど、あまり素直に受け取れない。
「ごめんなさい、私もちょっと予想外で」
「予想外の連続でしたね。XANXUSがあそこまで力を発揮するとは思ってませんでしたし、雲雀恭弥があれをしのいだのも予想外でした。私がXANXUSの時計を壊せてればよかったのですが……いやはや、力及ばず」
「負け惜しみかい」
すすすとマーモンが近づいてきた。XANXUSのほうは落ち着いたようで、瓦礫を撤去して現れた隊員に誘導されて、非常階段のほうへと歩いている。ほかの隊員はせっせと復旧作業に入っているし、改めて今回の戦いの規模の大きさを実感した。こちらに請求が来たら全力ですっとぼけるか、キャッバローネファミリーに押しつけるしかない。
「まあ、生き残れたのは褒めてあげるよ。最後のあれは同情するけど、勝ったのは僕だ。お前は僕が元の姿に戻るのを指を咥えて見てるんだね」
「マーモン、お口悪いよ」
「そうですね、せっかくですし見届けてから帰ろうと思います。頑張ってくださいね、マーモン」
「……やっぱりお前は嫌いだ」
自分から絡んできたのに、マーモンは小さな口をきゅっと引き結んで去ってしまう。嫌味を嫌味だと思わない風とは、相性がとことん悪いらしい。
「おや、またいやがられてしまいました。マーモンは口うるさいのが嫌いなようですし、気をつけなければなりませんね」
そして風は、マーモンの態度の悪さをまったく気にしていない。この大人な対応がマーモンをさらに苛立たせているのだろう。
(マーモン、意外と子供かも。次会ったとき、ちょっとからかってみよーっと)
元の姿に戻ってもマーモンはベルより小さかったし、実年齢は意外と近い気がする。
「風さんは日本に残るんですね」
「はい。ほかのチームの戦いも見物したいですし、弟子に会いに行くのも一興かと」
風はもう新しい予定を立てているらしい。負けたあとの切り替えが早いのも、一流格闘家の証だろう。
「貴方は明日からどうするのですか? どこかのチームへ合流を?」
「まさか。終わったからもう終わりです。ヒバリさん、どこが勝っても興味ないんで」
まだ戦ったことのないCEDEFには興味を示すだろうが、あちらはこちらに興味がないだろう。ディーノが最初に念押ししたとおり、敵対チーム以外との戦闘はまったくメリットがない。
「それなら、時間に余裕はありますか? ご迷惑でなかったら、拳法の指南を続けたいのですが……」
「え、いいんですか? 負けたのに」
「さすがにあれだけでは不十分でしょうから」
風が苦笑する。様子見というのもあって、初日は太極拳の動きをゆっくりとなぞっただけだ。夏休みのラジオ体操とほとんど変わっていない。まさかこんなに早く負けるだなんて、朝の時点ではどちらも想像していなかった。
「いつ終わるかもわかりませんし、次は実戦に使える動きを学びましょう。そうだ、餃子はお好きですか?」
「餃子? 好きですけど……」
突然変わった話題に戸惑いを覚える。もうとっくに夕食の時間だから、餃子が食べたいというアピールなのだろうか。恭弥はいなくなってしまったけれど、雲雀家の送迎車は残っている。お願いすればどこか連れてってもらえるはずだ。
『虹の代理戦争二日目、ご苦労だった』
全員のバトラーウォッチから、一斉にチェッカーフェイスの声が聞こえてきた。戦績発表があったのを忘れていたけれど、負けたチームにも通達は来るらしい。昨日と同じく、ホログラムの表が浮かび上がる。
「おや!」
「ユニチームが負けてる!」
「え!?」
アルコバレーノ二人の声で目をこらすと、確かに風チームと同様にユニチームも敗退扱いになっていた。累積とはいえ六人も倒され、一人しか残っていない。
(白蘭倒されたって言ってたっけ。白蘭がリーダーだったかはわからないけど……うーん、ユニが負けちゃうのはなあ……)
白蘭がやられたのは嬉しいけれど、ユニが負けてしまったのは嬉しくない。そもそも、どうしてそこがチームを組んでしまったのか。未来での加害者と被害者ではないか。
(っていうか、この戦いって勝ったアルコバレーノが元の姿に戻れるんだよね? ユニは赤ちゃんじゃないから、勝っても得しなくない? 賞金が出るとか?)
『彼らだよ』
「え?」
意味のわからない言葉とともに、映像が切り替わる。今度は表ではなく動画で、おどろおどろしい黒ずくめの包帯男たちが画面を埋め尽くしていた。
(ビンデチェだよね。日本語だと復讐者)
正しくはヴィンディチェだが、個性的な恰好のおかげで、人を覚えられない利奈でもすぐに何者なのかを思い出せた。マフィアを取り締まる組織だそうだが、Dとの戦いではなぜかリボーンの邪魔をしたし、よくわからない組織である。だが、風たちにとってはそれだけではなかった。
「マーモン、右から三番目の男の肩に!」
「あっ!」
右から三番目。もしくは画面中央。一際禍々しい男の肩に、アルコバレーノと同じ体格の赤ん坊が乗っている。その赤ん坊も復讐者と同じ恰好をして、さらにアルコバレーノと同じくおしゃぶりを首にかけていた。みんなとちがって、おしゃぶりに色はついていない。
「だれだい。こいつは!」
『彼の名はバミューダ・フォン・ヴェッケンシュタイン』
マーモンの問いに答えるようにチェッカーフェイスの声が被さったが、タイミングにはずれがあった。さっきの意味のわからない返答からして、こちら側全員の音声を拾っていて、そのなかのだれかの問いに答えているようだ。
(バミューラホン・なんとかシュタイン?)
海外の人名は長すぎて、一度ではとうてい聞き取れない。かといって聞き返すには二人の表情があまりにも真剣で、利奈はとりあえず話の続きを待つことにした。
『かつてもっとも優秀なアルコバレーノだった男さ』
「もっとも優秀……」
それは、アルコバレーノになにか役割があるという話だろうか。考えてみれば、世界屈指の実力者を赤ん坊にしたところで、チェッカーフェイスにそこまでの恩恵はない。むしろ、暗殺者やら武闘家やらを敵に回すことのリスクのほうが大きいだろう。
映像のなかのバミューダが、ふわりと床に降り立った。映像もバミューダを追い、床がアップになる。床には物が散乱していて、ひっくり返った茶碗からはご飯が零れていた。ほかにもコップなどが倒れていて、かなり汚い。
『彼も君たちアルコバレーノと同じ呪いを受けている。スカル君の時計を奪い、七人の復讐者を従えてきたということは、目的はひとつだろう』
『物分かりがいいね、チェッカーフェイス』
「え、繋がってる!?」
てっきり録画映像だと思っていたけれど、リアルタイムでの映像だったらしい。しかも、バミューダ側にもチェッカーフェイスの音声が届いていた。そしてチェッカーフェイスがバミューダの参戦を認め、バミューダが第八チームとして名乗りを上げたところで、二日目の戦績発表は終わった。全員の心に、妙な後味を残して。