新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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まだまだ足は止められない

 

 やや疑問の残る終わり方だったものの、戦績発表も終わり、最上階はいよいよ撤収ムードになってきた。ホテルの誇るスーパースイートルームは、もはや工事現場の有様で、風の音がやたらと騒がしい。

 マーモンと風は、バミューダについてアルコバレーノ全員と話し合うとのことで、足早にホテルを出て行ってしまった。バトルロワイヤル中にみんなで集まるというのも変な話だが、それだけバミューダの参戦が脅威ということだろう。

 

(私も帰らなくちゃな。ヒバリさん、バトりに行っちゃったけど)

 

 チームも敗退したし、このあとの予定は完全にフリーだ。目下の問題は、これからなにを食べるかと、今夜どこに泊まればいいのか、というところか。恭弥が延長戦に入ってしまった以上、雲雀家の世話になるのは気が引ける。家人なしで寝食を貪るほど、神経は太くない。

 

「スペルビさんたちはこれからどこに泊まるんですか」

 

 最上階は壁も柱も全壊の吹きさらしだ。ホテル従業員は幻術でごまかせても、ここで寝泊まりするのは無謀だろう。風に巻き上げられる髪をうるさそうに押さえながら、スクアーロは嘆息した。

 

「こうなることを見越して、下にも部屋を取ってある」

「わあ、さすが」

 

 戦闘がなかったら使ってない部屋代は無駄になるが、その程度の出費は痛くもかゆくもないに違いない。暗殺任務の報酬の高さは、彼らの根城の規模から鑑みられる。それだけ仕事があるというのも、恐ろしいものだけど。

 

「さーて、ボスの治療も終わったし、あんたたちも治すわよー!」

 

 非常階段を上ってきたルッスーリアが、注目を集めるように手を叩いた。利奈たちが戦績発表に夢中になっているあいだに、XANXUSの治療を終えていたらしい。自身の負傷も治し終えたようで、すっかり元気になっていた。

 

「俺無傷。ヘマしてないし」

「俺もだ」

「……」

 

 淡々と報告する二人と違い、レヴィは寝転がったまま押し黙っている。レヴィは戦闘中、風の猛攻にあって、ルッスーリアともどもしばらく意識を失っていた。XANXUSと共闘できなかったこともあり、強い負い目を感じているようだ。大きい背中が小さく見える。

 

「じゃあ治療はレヴィと利奈と……あら、マーモンは?」

 

 もう出て行ったことを知らないようで、ルッスーリアがぐるりと辺りを見渡す。マーモンとは入れ違いになったようだ。

 

「あいつなら、アルコバレーノに招集かけるってさっさと出て行ったぞ」

「そうなの? けっこう怪我してたように見えたんだけど。まあ、治療しなくていいって判断したんならそれでいいわ」

「それより、部外者を勘定に入れるな。敵じゃなくなったとはいえ、こいつはもうお客様じゃねえ」

 

 顔をしかめてスクアーロが苦言を呈する。なあなあになっていたところはあるけれど、今の利奈はもう、ヴァリアーに預けられたボンゴレ関係者ではない。スクアーロの言うとおり、怪我を治す筋合いはないのである。わかってはいても、こうやって念を押されるとしょんぼりしてしまう。

 

「隊長も大人げないわねえ。だからモテないのよ」

「うるせえ」

「隊長がモテないのは声がでかいからだろ。ムードぶち壊し」

「うるせえ! 俺は行くぞ!」

 

 スクアーロはルッスーリアとベルのからかいを一喝し、非常階段を下りていく。

 

(そうだ、階段使わなきゃいけないんだ……)

 

 天井まで吹っ飛んだので、最上階のエレベーターは使えない。ここが三十何階だったことを思い出すと、気が遠くなりそうだ。とはいえ、ここに残っていてもしょうがないし、痛む怪我の手当も早めにしなければならない。明日からも普通に学校はあるのだ。

 

(この服もどうにかしないとなあ。血だらけだし、だれかに見られたらめんどくさいし。だれにも会わずに駐車場までいけるかな)

 

 血塗れの中学生が補導されないのは並盛町だけだろう。――いや、並盛町でも通報はされるか。されるに決まっている。未来に行って以降、感覚がズレすぎている自覚はある。

 

「じゃあ、私帰ります。お騒がせしました」

「あ、ちょっと待って」

 

 重い体を引きずって帰ろうとしたら、ルッスーリアに引き留められた。すでに晴孔雀のクーちゃんは外に出ていて、部屋とは言えなくなった最上階の惨状に目をパチパチさせていた。周りが廃墟同然に荒んでいるので、クーちゃんの色彩がやけに際立って見える。

 

「レヴィの治療したいんだけど、動けないみたいなのよ。ボスにみぞおちを殴られたみたいで」

「え、大丈夫ですか?」

 

 そういえば、いまだにレヴィは体を起こしていない。風の攻撃も何発かみぞおちに入っていたし、XANXUSの一撃がトドメになってしまったのかも知れない。

 

「ふっ、あの状況で的確に負傷部位を狙うとは、さすがボス」

「容赦ないですね……」

「だから支え起こしてあげてちょうだい。ほかの隊員には復旧進めてもらいたいし」

 

 すでに術士らしい隊員が外壁を作り上げている。パトカーやら消防車やらのサイレンが聞こえない辺り、外部と内部でべつに幻術を使い分けているようだ。そのうちホテル従業員も訪れるだろうし、それまでに内観を完成させる必要があるだろう。他人事ながら、事後処理が終わらなすぎる。いや、あのときは応接室だったから規模が違いすぎるが。とりあえず、レヴィの腕を取る。

 

「大丈夫ですか?」

「これくらい、なんともない」

「なら起きろよグズ」

「ベル、手伝わないなら黙ってて」

 

 からかうだけでベルは手を貸そうともしない。大きくて固い背中に手を回すと、レヴィは残りの腕一本でよろよろと体を起こした。よほど痛むのか、顔色が悪い。

 

「いいわ、そのまま押さえておいてちょうだい。さっ、クーちゃん、もう一踏ん張りよ」

 

 ルッスーリアの掛け声に応え、クーちゃんが色とりどり絢爛な羽を惜しみなく広げた。そこから活性の炎が照射され、レヴィの傷を癒やし始める。

 

(あれ、これって……)

 

 照射範囲は広く、レヴィを支える利奈にも炎は降り注がれた。顔の痛みがなくなり、足の傷もみるみる塞がっていく。

 

「はい、これでよし。動いていいわよ」

「これ……」

「あら、貴方の傷も治ったみたい。よかったわね」

 

 しれっとのたまうルッスーリア。そもそも、体に炎を照射するだけなので、体を起こさなくても回復はできたのだ。ついつい口角が上がってしまう。

 

「ルッスーリアさん大好きっ」

「ありがとっ。もっと鍛えてから出直してっ」

「ウゲ」

 

 ハートマークを付けながら会話する二人に、ベルがわざとらしくえずいて見せた。失礼にもほどがある。文句を言おうと首を動かしたら、唇にベチリと髪が当たった。思ってもない感触に、文句を言うのも忘れて肩を見下ろす。普段ならそこにあるはずの毛先が、胸元にまで伸びていた。

 

「そうだ、髪伸びるんだっけ……」

 

 ルッスーリアの晴孔雀は、体の細胞を活性化させて傷を癒やす。活性化とはつまり体の成長を促すということで、怪我口が塞がるかわりに、爪やら髪やらがすさまじい速度で成長するのだ。レヴィも髪や髭がボサボサになっていて、未来での面影が滲んでいる。

 

「これ、切らなきゃですよね」

「あら、そのままでいいんじゃない? 似合ってるわよ」

「一日で伸びたら変じゃないですか。切っても目立ちますけど……」

 

 未来から現代に戻るときにも長さを調節したけれど、切ったばかりというのはそれなりに目立つ。目ざとい花なんかは、一週間会っていなかったにもかかわらず、髪型の違いに気付いていた。

 

「それなら、編み込むのはどう? 長さをごまかせるわよ」

「やったことないんですけど、難しいですか?」

「そうね、いきなりは――そうだ、レヴィのかんざし使えばいいじゃない」

「ム」

 

 ピクリとレヴィが反応する。最近は武器として使ってばかりで、装飾品であったことをすっかり忘れていた。さっそく髪を結っていく。

 

「鏡ないから今はあれだけど、サイド編んでから結えばもっと短く見えるわよ」

「ありがとうございます、助かります。じゃあ、また」

「ええ、また会いましょ」

 

 みんなに手を振って階段を下りる。三十七階という表示にゾッとしたが、上りよりはマシだ。

 

(そうだ、草壁さんに連絡しなきゃ)

 

 哲矢もバトラーウォッチをつけているし、結果はもう把握しているはずだ。脱落者が一人なのにチームが敗退しているのだから、壊れたのが恭弥の時計であることは明白だろう。予想通り、着信履歴には哲矢からの着信が残っていた。戦闘中に一回。戦闘後に二回。かけ直すと、すぐに繋がった。

 

「草壁さん」

『どういうことだ。恭さんは』

「無事です」

 

 呼び方が変わっている辺り、かなり気を揉んでいたらしい。深く息を吐き出す音も聞こえた。

 

『いったいなにがあった。対戦相手は?』

「ヴァリアーです。全員と戦ってすごくすごい大変だったんですけど、ヒバリさん、終わったあとに自分で時計壊しちゃったんですよ」

『はあ!?』

「はあですよね、ほんと。終わってから戦ったら失格ですって言われて、自分で壊したんですよ? ほんとまったく」

『そういうことか……納得した』

 

 副委員長は話が早くて助かる。

 

『それで、ヒバリさんは? 俺からの電話に返信はないが』

「だから、戦いたくて壊したんですよ。今頃、ディーノさんとバトってるんじゃないですか」

 

 足音を弾ませて階段を降りる。いいホテルでも非常階段は質素だ。今のところ階段を上るのはヴァリアー隊員ばかりで、足音が始終反響している。そういえば、ホテルすべてのエレベーターが最上階に通じているわけではない。最上階まで通じていないエレベーターは問題なく動いているのだろう。とはいえ、血塗れの恰好でエレベーターに乗る度胸はない。

 

『そっちの事情はわかった。こちらからも報告があるが、今いいか?』

「いいですよ。あと二十五階、階段降りるだけなんで」

『長いな。いやそれより、並盛病院からの連絡だ』

「病院から?」

 

 哲矢の役割は並盛町での情報収集だったが、公共機関の情報もちゃんと押さえられている。今回みたいに現場に術士がいる場合は機能しないが、突発的なバトルの場合、必ず警察やら病院やらに通報が入るはずだ。

 

『救急搬送者情報。民宿で至門生が全員やられて、意識不明の状態で発見されたらしい』

「え――」

 

 空中で止めてしまった右足が、重力で直角に落ちる。ジンとした痛みが膝まで伝わった。

 

『通報者は俺たちと同じくらいの年の外国人。外を歩いていたらなかから悲鳴が聞こえたと証言しているらしいが、どこかのチームの人間だろう。病院に確認させたところ、バトラーウォッチを身につけていた。それと、同じ病院に白蘭も運び込まれて――』

「待ってください!」

 

 このさい白蘭はどうでもいい。そんなことより、脱落者がいないはずのスカルチームが、全滅しているとはどういうことか。

 

「全員って、全員ですか? 一人も?」

『ああ。いや、意識はないが命に別状はないらしい。部屋は荒れていたし、何人か首を絞められた形跡やら殴られたあとやらはあったらしいがな』

「首を?」

 

 首を絞めたというと殺意があるように感じられるが、実際の致死率はそこまで高くない。絞め殺すなら頸椎を折るか酸素の供給を止めるだが、前者は力が、後者は時間が必要だ。複数人相手に使う殺害方法ではない。

 

『それと、これも看護師に確認させたが、至門生は全員バトラーウォッチを身につけていなかった。現場にも残されていなかった』

「え? でもそれ、おかしくないですか。だって――」

『ああ、スカルチームに脱落者はいない』

 

 全員やられているのに、脱落者はなし。バトラーウォッチが壊れれば参加資格を失うのだから、スカルチームのバトラーウォッチは無傷ということだろう。

 

「結果発表のあとに襲われたってことですか……?」

『お前、主催者の話を聞いてなかったのか?』

「え?」

 

 哲矢の言葉でチェッカーフェイスの言葉を反芻する。そして思い出した。

 

「スカルの、時計を奪ったって……」

 

 あのときはあまり意識していなかったけれど、時計を奪ったということは、スカルチームと交戦したということだ。その結果がこれなら、バミューダたちは炎真たちを気絶させたあと、時計を奪い取ったことになる。やはり首を絞めたのは殺すためでなく、抵抗を防ぐためだったようだ。ディーノも言っていたが、バトラーウォッチの耐久性は高くない。本格的に戦えば、奪い取る前に壊れてしまう可能性もあっただろう。となると、シモンファミリーは奇襲をくらったに違いない。

 

『あのとき、あの赤ん坊が立っていた床。茶碗が転がっていただろう』

 

 覚えている。ご飯が零れていたし、コップも倒れていた。

 

「じゃあ、あのときあの人たちがいた場所って――」

『至門生は食事中に襲われた。現場には食べかけの料理が散らばっていたそうだ』

 

 喉の奥で悲鳴が鳴る。あのとき、あの画面の向こう。佇む復讐者たちの足下に、気絶したみんなが倒れていたのだとしたら。

 

(――許せない!)

 

 ルール上、不意打ちは反則ではない。しかし、参加者ではない者が突然襲いかかるなんて、そして権利を横取りするなんて、反則同然の卑劣な行為だ。

 

『ヒバリさんには俺から報告しておく。それと、クロームから伝言がある』

「クロームから……」

 

 今日はクロームの家に行けないと連絡してもらったから、その返事だろう。

 

『バトルが終わったら連絡してくれだそうだ。もうクロームには、なにかあったときのために風紀委員用の端末を渡してある』

「さすが草壁さん、ありがとうございます。あと、みんなの病室も教えてもらっていいですか」

『三百番台。面会謝絶だから、腕章を忘れるなよ』

「ありがとうございます。じゃあ、おやすみなさい」

 

 電話を切って、また電話をかける。止まっていた足を動かして、階段を駆け下りる。

 

「あ、クローム? お待たせ、今終わった」

『うん。……なにかあった?』

 

 弾む息か、声色か。気遣わしげなクロームの声に、なんでもないと返せる元気は残っていなかった。クロームの問いに利奈は正直にすべて答えた。バトルは恭弥が自爆したこと。負傷したものの怪我は治してもらったこと。それから、シモンファミリーが奇襲されたこと。

 要点をかいつまめない利奈の言葉を、クロームはそのまま根気強く聞き通してくれた。おかげで頭のなかでぐちゃぐちゃになっていたものが一気に吐き出せて、ラウンジに降りたころにはすっかり落ち着きを取り戻せた。

 

「ありがとう。なんかすっきりした」

 

 並べてみれば、だいたいのことはもう終わった出来事だ。今から利奈にできることは限られている。

 

「とりあえず、これから病院行ってみる」

『今から?』

「うん。このまま帰っても落ち着かないし――って、帰れないんだった」

 

 この時間に家に帰ったりしたら、なにかあったと勘繰られるだろう。穏便な理由が思いつかないし、ウソでもクロームと喧嘩したなんて口にしたくない。

 

『だったら――本当に、うちに泊まる……?』

「いいの?」

『私は、大丈夫。それに、私もシモンファミリーのこと、気になるから。病院、一緒に行っていい?』

「もちろん!」

 

 炎真とはD戦で共闘していたし、今回の奇襲はクロームにとっても他人事ではない。並盛病院で待ち合わせることにして、利奈は駐車場へと急いだ。

 

 

 

 

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