新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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一歩前へ

 

 雲雀家の車で並盛中央病院まで運んでもらい、病院入り口で待っていたクロームと合流する。クロームの顔色が暗く見えるのは夜のせいか、乱入者のせいか。

 

「お待たせ。行こ」

 

 クロームとともに、夜の病院に足を踏み入れる。病院内はいつでも同じ明るさ同じ室温なのに、夜だとやっぱり不気味に感じてしまう。受付に人がいなくて、椅子にだれも座っていなくて、静かで、落ち着けない。

 

(前に来たのって、山本君のときだったっけ)

 

 あのときも時間帯は夜だった。だから、よけい憂鬱になるのかもしれない。手術室の前で待っていたときのことを思い出すと、今でも胸が重くなる。そして今回は、そのときの加害者が被害者側にまわっていた。因果は巡るという話なら、とんだ皮肉である。

 

「すみません、風紀委員ですけど」

 

 三階のナースステーションで声をかけた。

 至門生たちの処遇は、風紀委員預かりとなっている。でなければ、ここにも民宿にも、警察やマスコミが大勢押し寄せていただろう。中学生七人が民宿で何者かに襲われて意識不明の重症というニュースが、全国区レベルで広まっていたに違いない。

 

「ちょっと前に、ほかの並中生たちも来てたんですよぉ」

 

 間延びした話し方に連動するかのようなのったりとした足取りで、中年の男性職員が病室への道を先導する。哲矢が前もって根回しをしているので、面接時間外でもこの通りだ。

 

「一人すごい髪の子がいてねぇ。銀髪っていうの? 最近の学校は校則が緩いんだねぇ」

 

 間違いなく隼人だ。クロームと視線を交わし合う。となると、駆けつけたのは綱吉たちだろう。

 そして隼人の髪色は、あれが地毛だから許されているだけだ。染めた場合、風紀委員一同環視のもと、反省文を書いてもらうことになる。

 

「そんときはみんな意識なかったんだけど、今し方、男の子が目を覚ましましてね。ほかの子の容態聞いたきり、黙り込んじゃったんだけど」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 案内された病室のプレートには、古里炎真の名前しかなかった。職員にお礼を告げて、病室のドアを叩く。しかし、なかからの反応はない。

 

「炎真君、入るね」

 

 病室はまだ明るかった。手前と左奥のベッドにはだれもいなくて、右奥のベッドだけがカーテンで覆われている。もう一声掛けてカーテンをめくると、枕から頭を上げかけていた炎真と目が合った。

 

「相沢さん!? それと……君も?」

 

 クロームがぎこちなく頭を下げる。

 

 思っていたよりも炎真は元気そうだ。目覚めた早さからして、一番負傷が少なかったのかもしれない。それでも首回りには包帯が巻いてあって、首を絞められたのだとわかってしまう。

 

「炎真君、大丈夫? 身体の具合は?」

「あ、いや、僕は平気……えっと」

「事情は聞いてる。さっきツナ達も来てたんだけど、知ってた?」

「えっ!?」

「知らないか。私たちよりも先に来てたらしいんだけど、まだ炎真君起きてなかったから帰ったみたいで。戦績は聞いてる?」

「あ、ううん。相沢さんは、まだ――」

「負けた。ヒバリさんが自分で壊しちゃって。それで炎真君は? だれが持ってったかとかってわかる」

「ごめん、わかんない、んだけど……」

 

 戸惑いながら言葉を濁す炎真に、ようやく利奈は言葉を切った。

 

(そうだ。炎真君、まだ起きたばっかりだった)

 

 奇襲されたのだから、事態なんてほとんど把握できていないだろう。もしかしたら、相手が復讐者だということも認識していないかもしれない。仲間の容態も気にしていたそうだし、矢継ぎ早に質問されたって思考が追いつかないだろう。

 

「ごめん、一気に言っちゃった。炎真君も聞きたいことあったら聞いて」

 

 椅子が一脚しかなかったので、向かいにある椅子も持ってきてクロームに渡す。見咎める人もいないし、そもそもほかに患者はいない。

 

「えっと……相沢さん」

「うん」

「……どうして、来たの?」

「うん?」

 

 こわごわ尋ねる炎真に、利奈は小首を傾げた体勢のまま固まった。予想外の出来事があると、人は固まってしまうものらしい。

 

「あ、その、迷惑とかじゃなくて。その、相沢さんは僕のこと……嫌ってるって、思ってたから」

 

 利奈はまだ動けない。あまりの衝撃に口もきけない。クロームはオロオロと視線を彷徨わせているが、なにも言えない。それを見てさらに炎真が加速する。

 

「わ、わかってるよ!? わかってるよ、僕が悪いって! 相沢さんが嫌っても仕方ないよね。僕、こんなだし、あんなことしちゃったし。嫌われて当然っていうか」

 

 炎真以外だれも喋らない。いや、喋れない。炎真の暴走は留まることを知らない。

 

「ごめんね、最初に起きたのが僕で。相沢さんは情報収集のために仕方なく来たのに。えっと、襲ってきたのは聖地で会った復讐者と同じ恰好の人たちで――」

「待って!」

 

 炎真の暴走を止めたのはクロームだった。そして利奈は、わなわなと拳を震わせて立ち上がる。

 

「心配して来たんだけど」

「え?」

「……心配して来たんですけど!?」

 

 惚けた顔の炎真を睨む。首に包帯が巻かれていなかったら、掴みかかっていたところだ。

 

「病院に運ばれたって聞いてすごく心配したんだけど!? 炎真君が起きててよかったって思ったんだけど!? 嫌いなんて言ってないしっ、――、ひどい……!」

「え、ええ?」

 

 声が詰まって、代わりに涙が出た。慌てふためいた炎真が身を乗り出そうとするが、目が眩んだのかベッドに沈み込む。

 

「大丈夫?」

 

 炎真を気にしたのはクロームだ。なんでもないと炎真は首を振ったが、もう身を起こそうとはしなかった。

 

「利奈は貴方のこと、嫌ってないと思うよ」

「でも、ずっと」

「それは炎真君が悪いんじゃん!」

 

 そこは譲らない。

 

「だからって、そんな、いやいや来たんでしょみたいな、そんなの言う!? 私のことそんなふうに思ってたの!?」

「ちがっ、だって――」

「だってなんで来たのとか言った!」

 

 被せるように叫ぶ利奈に、炎真は鼻白む。

 炎真はあのときのまま、なにも変わっていない。泣き喚く利奈にオロオロしているだけだ。誤解していたとはいえ、見舞いに来た人にあんな言い草はないだろう。

 

「友達が怪我したんだから、心配するに決まってるでしょ! 私は炎真君のこと、ずっと友達だって思ってたよ!」

「え!?」

 

 ここで素直に驚くからだめなのだ。一人だけ騒いでいるのがバカらしくなってきて、椅子に座りこむ。ずっとずっと一人で空回りしている。

 

「どうせ炎真君は友達だなんて思ってなかったんだろうけど。いいよべつに。私、ツナみたいに心広くないし。すぐ文句言ってウザいだろうし」

「そんなこと」

「うそ。炎真君だって、私じゃなくてツナに来てほしかったんでしょ。私負けたからもう役に立たないし」

 

 視線を床に落とした利奈の背中を、クロームが撫でる。

 

「利奈ね、バトルが終わってすぐここに来たの。心配してなかったら、こんなに早く来てなかったと思う。本当に、すごく気にしてたよ」

 

 机の上からティッシュ箱を取って膝に乗せる。クロームが一緒に来てくれてよかった。二人きりだったら収拾がつかなくなるところだった。泣いて病室を飛び出すのは、あまりにも子供すぎる。

 

「……ごめん、相沢さん」

「……なにが」

 

 ひどい鼻声だ。炎真と目線を合わせないまま、ティッシュで鼻を押さえる。

 

「全部。ひどいこと言って、ごめんね」

「……」

 

 謝り返すことはできなかった。ごまかそうと鼻をかんだけど、思っていたより大きい音が出てしまった。ますます顔が上げられなくなる。

 

「心配してくれてありがとう。来てくれてうれしかったよ」

 

 やっと炎真の声からためらいが消えた。ちらりと目だけ動かすと、おずおずと微笑む炎真の顔があった。よく見たら、炎真の赤みがかった瞳には、特徴的な黒い線が入っている。今まで、こんなにしっかりと目を合わせたことがなかった。

 

「……私ね。さっき、山本君のときのこと思い出したの。みんながああなったらどうしようって。……嫌味じゃないからね?」

「あ、うん」

 

 加害者側だから少し気まずそうだ。でも、本当に思い出したのだから仕方ない。

 

「私、バトルできないし。チームも負けてるから協力もできないし。また前みたいに、友達が傷ついてるのになにもできなかったらって、考えてたの。だから、炎真君が大怪我してなくて、ホッとして。あんな、喧嘩したままなんて、やだったし。でも……」

 

 そこで観念して姿勢を正す。

 

「やっぱり私、キツすぎたよね。ごめん」

 

 やっと言えた。いつもならもっと簡単に謝れるのに、どうしてこんなに喉につっかえてしまったのか。炎真相手だと、なぜか意地を張ってしまう。

 

「僕のほうこそ、あのとき、戻れなくてごめんね。それと、えっと、クロームさん」

 

 ぎこちなく炎真が首を動かした。

 

「あのとき、傷つけてごめん。Dに気付けなくて、怖い思いさせてごめん。謝って済むことじゃないけど……」

「ううん、気にしてない」

 

 そこで一旦会話が途切れた。後ろめたかったことを吐き出して、許し合って、なんだかちょっと気恥ずかしい。

 

「そうだ、話しなくちゃね。代理戦の」

「そ、そうだね。えっと、僕たちはとりあえず、負けたってことでいいのかな」

「私も気になってるの、それ」

 

 戦績発表のときにはスカルチームは脱落者ゼロで、敗退チームにもなっていなかった。あの発表時点でシモンファミリーがやられていたなら、脱落チーム扱いになっていたはずだ。戦闘時間外に壊された恭弥のボスウォッチも、ちゃんとカウントされていたのだから。

 

「みんなが襲われたのって、戦闘時間終わってから?」

「ううん、まだ時間内だったはずだよ。終了のアラーム鳴ってなかったから。……ちょっと騒がしくしてたけど、だれも気にしてなかったし」

「なにしてたの?」

「ご飯食べてた」

 

 そういえば、夕食中に襲われた形跡があると哲矢から報告があった。

 

(……え、戦闘時間中にご飯食べてたの?)

 

 それはあまりにも油断が過ぎるのではないかとも思ったが、部外者だったはずの復讐者が来なければ、それでよかったのである。シモンファミリーはほかのチームと関わりが薄いし、わざわざ狙い撃ちするチームもないだろう。

 

(あー、でも、初日襲ったってレヴィさん言ってたな)

 

 継承式での借りを返してやったと、崩壊したホテル最上階で得意げに語っていた。あのときは戦績発表前だから笑って流したけれど、ヴァリアーと対峙してよくあの程度で済んだものである。彼らなら、本気で殺しにきてもおかしくはなかったのに。

 

「戦績発表のときは無傷みたいな書かれ方してたんだけど……でも、ボスウォッチ取られてるんじゃ、参加できないよね」

「え!?」

 

 反射的に炎真が左腕を見た。ボスウォッチを奪われたことに気付いていなかったようだ。起きたばかりで、時計の所在までは気にかけていなかったのだろう。

 

「病院で外されたんだと思ってた……。じゃあ、あの人たちは僕たちの時計が目当てで?」

「そう。それでバミューダ――なんたらかんたらって子が、アルコバレーノのつけるあの――なんて名前? あの時計」

「……なんだっけ」

「アルコバレーノウォッチ」

「それ!」

 

 記憶の頼りない二人に代わり、クロームが答えた。さすがクローム、頼りになる。

 

「バミューダがそのアルコバレーノウォッチつけてた。炎真君のとこのアルコバレーノの時計だったはず」

「そっか。じゃあスカルも――スカルはどうしてる?」

「ごめん、最初にここ来たから……」

 

 至門生のみんながやられたと聞いて駆けつけたので、スカルというアルコバレーノについてはすっかり頭から抜けてしまっていた。会ったこともないのでなんとも言えないが、時計を奪われたのなら無事ではないのだろう。

 

「スカルは身体が頑丈だから、なんとか平気だと思う。でもそっか、僕ももう戦えないんだ……」

 

 参加資格がなければ、まともに戦うこともできない。仲間の敵討ちもできないと知り、炎真が悔しそうに拳を固める。かくいう利奈も、バトラーウォッチを一応つけてはいるが、戦闘資格は剥奪されている。

 

「ヒバリさんが時計壊さなかったら、この時計あげられたんだけど。まだよっつくらい余ってたし」

「うん……」

 

 本当に、つくづく無念だ。恭弥が欲望のままに振る舞わなければ、まだ打つ手はあったというのに。二人してがっくりと肩を落とす。

 

「……」

 

 そんな二人を見て、クロームがきゅっと眉を上げた。

 

 

____

 

 

「ツナのチームに入る!? え、クロームが!?」

 

 病院からの帰り道。クロームの発言に、利奈は二度見する勢いで驚いた。私も戦闘できたらと何度もこぼしていたけれど、こうやって断言するのは初めてのことである。すっかり暗くなった夜道でも、クロームの決意に満ちた表情ははっきりと見えた。

 

「私はまだどこのチームにも入ってないし、ボスのチームに術士はいないから。少しは力になれると思う」

「少しじゃないよ! すごく力だよ!」

 

 幻術の有用性はすでにこれでもかというくらい示されている。それにクロームは、シモンの聖地でDの攻撃から利奈を庇い、さらに、犠牲になることを覚悟していた炎真も守り抜いた。激化するであろうこれからの戦いに、おおいに貢献できるだろう。

 

「クロームがいたら絶対百人力だよ! 私も応援する!」

 

 全面的に賛同すると、クロームは照れた顔で視線を落とした。

 

「まだ、ボスが入れてくれるかわからないから……」

「入れるよ! 入れないわけない! え、ダメって言ったら私が怒る!」

「あ、うん……ありがとう?」

 

(さっそくツナたちに話しないと。今日も山本君ちだと思うんだけど)

 

 困惑するクロームを差し置いて、綱吉たちの今夜の動向を確認する。

 利奈たちよりも先に病院に来たと言っていたが、そのあと自宅には戻っていないはずだ。なぜなら、夜間の戦闘に備えてか、昨日から綱吉は、隼人とともに山本宅に泊まっていたからだ。そもそも沢田宅は父親が敵対チームのリーダーだ。身を寄せるなら、山本宅か獄寺宅になるだろう。

 念のためにメールで哲矢に尋ねると、やはり今夜も山本宅に身を寄せていた。

 

「クローム、もうご飯食べた?」

「え。あ、うん。利奈はまだだっけ?」

「そう。もうおなかペコペコでさ。ツナたち山本君の家にいるみたいなんだけど、行かない?」

 

 クロームが怪訝そうな顔をした。

 

「ごめん、話の繋がりがちょっと……」

「そっか、ごめんごめん! 山本君ち、お寿司屋さんなの! 回ってないタイプの!」

「あっ、そういうこと」

 

 武の父が板前をやっている竹寿司は、地元で愛される名店のひとつである。冠婚葬祭での出前でも引っ張りだこで、板前の包丁さばきがなせる鯛の活け作りは、宴会での目玉となっている。利奈も夏祭りの日に一度だけ店に入ったことがあるが、それ以外でも財団の接待などでしばしば口にしている。

 

「ごはんついでにさ、代理戦のこと相談しようよ。こういうの早いほうがいいし」

「今から?」

「朝に戦闘あるかもでしょ? 昼でも困るし、善は急げ!」

 

 参戦する前に敗退しましたでは笑い話にもならない。まだ戸惑っているクロームの腕を取った利奈は、その細さに驚きながらも腕を絡める。クロームが、また小さく咳をこぼした。

 

 

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