新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

175 / 186
つかの間の小休止

 

 地元の人々に愛される地元の名店、竹寿司。店に到着するころには九時近くなっていて、通りに人の姿はまるでなかった。もう閉店しているのではとも思ったけれど、店はまだ明るく、暖簾もかかっている。

 カラカラと音を立てて引き戸を開け、店内に顔を突っ込む。カウンター席に、綱吉たち三人が並んで座っていた。

 

「よかった、ツナたちいたよ」

 

 店内にほかの客はいない。背後のクロームに声をかけると、綱吉がギョッとした顔で振り返った。

 

「え!? 利奈!?」

「おー、お疲れ!」

 

 遅れてこちらに目を向けた武が、笑顔で手を上げる。そして隼人は警戒心全開の顔で睨みつけてきた。三人とも傷だらけだ。

 

「なにしにきやがった。お前はもう負けただろうが」

「む」

 

 開口一番これだ。隼人は人が気にしていることを平気で口にする。

 

「戦いに来たわけじゃないんだけど」

「なら見張りか? 天下の風紀委員長様は試合に負けて勝負を取るんだったか。で、お前は下っ端らしく偵察ってわけだ」

「下っ端……!?」

 

 こき使われている自覚はあるが、それを人に言われるのは別問題だ。利奈は引き戸を開け放って隼人と距離を詰めた。すかさず隼人も立ち上がる。

 

「そういうそっちは作戦会議? 昨日なんてすぐ逃げたもんね。逃げやすいように、この辺の裏道いろいろ教えてあげよっか?」

「アア!?」

「ハア!?」

 

 バチバチと火花が飛び散った。瞬時に臨戦態勢に入った二人に綱吉は狼狽え、その横の武が苦笑する。一触即発の雰囲気を壊したのは、板場に立つ武の父であった。

 

「とりあえず座ったらどうだい? 外の子も」

「外? あ、クローム!」

 

 綱吉がまたもや驚きの声を上げる。クロームはまだ顔を出していなかったが、武の父には、すりガラスに映る影が見えていたらしい。人見知りなクロームは、ためらいがちに顔を出してから、そろそろと足を踏み入れた。

 

 気を取り直して、席に置かれた食器に目をやった。三人とも遅めの夕飯を取っていたようで、どんぶりと椀が並んでいる。それを見ただけでおなかが鳴ってしまうくらいには空腹だ。あんな時間に戦闘があったから、お昼以来なにも食べていない。

 

「まだお店やってますよね。お寿司食べていいですか?」

「それなら、そこの三人と同じまかない丼でも用意しようか? あまりものだからお代はいらないよ」

「やった! それお願いします。この子はご飯もう食べてて――お茶もらう?」

「うん」

「なんだ、そっちの嬢ちゃんはおなか空いてないのかい。だったら、あら汁だけでも飲んでいきな」

「あら汁?」

 

 クロームが聞き返すが、利奈も初めて聞く料理名だ。二人の反応を見て、武の父が椀を手に取った。

 

「魚のあら――骨やら頭やらを煮込んで、出汁をとった汁物だよ。魚のうまみが凝縮されててうまいぞー」

 

 二人の前にコトリと椀が置かれる。魚のいい匂いがして、ますますおなかが空いてしまう。利奈の椀には魚の身が入っているが、クロームのほうには汁だけが注がれている。

 

「汁だけなら飲めるだろ。熱いから気をつけな」

 

 クロームが椀を手に取った。何度か息を吹きかけてから一口啜り、眉を緩める。お気に召したようだ。

 

「あっ、おいしい!」

 

 続いて魚を口にした利奈も、そのおいしさに破顔する。魚の入った汁物は初めて食べたけれど、魚の出汁がこれでもかと口いっぱいに広がってとてもおいしい。おなかが空いていることもあって、ガツガツ食べてしまう。続いて届いたまかない丼も、魚の細切れがたくさんでとてもおいしい。寿司屋の魚だけあって、脂がのっていてペロリと食べられてしまう。どれがどの魚かはまるでわからないけれど、とにかくおいしい。

 しばらくは無言でがっついたあと、ズズリとあら汁を啜って箸を置いた。

 

「で、私たちツナに話があって来たの」

「でってなんだよ。いきなりまとめんな」

「今日っていろいろあったでしょ。復讐者が出てきたり、至門のみんなが攻撃されたり」

 

 隼人の茶々は無視して話を続ける。

 

「私たちも、さっき病院行ってきてさ。それで、炎真君と話をしてきたんだけど」

「炎真と!?」

 

 そういえば、綱吉たちが行ったときには、炎真はまだ目覚めていなかった。思っていたより元気だったことを伝えると、綱吉が胸を撫で下ろした。ついでに仲直りもしてきたことを伝えると、さらに綱吉は肩の力を抜いた。わりと気を揉んでいたようで、ちょっと申し訳なくなる。

 

「それで、話って?」

 

 そこから先は利奈が口にするべき事柄ではない。利奈が振り返ると、三人の視線が一斉にクロームに向かった。

 

「……」

 

 座る向きを変えたクロームが、膝の上でギュッと拳を握る。それに合わせて、綱吉も律儀に背筋を伸ばした。

 

「私を……ボスのチームに入れてほしいの」

「え!?」

「私も、戦いたい」

 

 クロームの言葉に、骸の願いを思い出す。

 骸はクロームに、戦士の心構えを求めていた。今のクロームは、骸の言う戦士の条件を満たしているだろうか。

 

「いいんじゃないですか、十代目! クロームの幻術があれば、戦略も広がります」

 

 まず隼人が食いついた。日頃からひねくれた態度を取る隼人がまっすぐにこう言うのだから、クロームの実力は折り紙付きである。

 

「でしょ! 百人力でしょ!」

「だな! まだバトラーウォッチも残ってたよな、ツナ」

「あ、うん。でも……」

「でも?」

「ヒッ」

 

 利奈の発した声の強さに綱吉が怯んだ。なにか問題でもあるのかと、クロームから見えない角度で睨みつけると、とんでもないとばかりに綱吉は首を振った。

 

「その、危ないんじゃないかって。今日までもそうだったけど、復讐者まで出てきて、なにが起きるかわからなくなったし……」

「だったらなおさら力がいるでしょ。なに? クロームに不満?」

「お前、なんでそんなに熱量高いんだよ」

 

 隼人がシラケた声を出すが、友達なんだから熱が入るのは当たり前だ。しかし綱吉は、乗り気でなさそうに身を引いている。

 

「うーん。でも、メンバーはリボーンが決めてるからさ。俺はなんとも言えないよ。バトラーウォッチだって、リボーンが持ってるし」

 

 手ぶらであることを示すように、綱吉が両手をぶらぶらと振った。

 言われてみれば、今回は綱吉ではなく、リボーンが主体の戦いである。最初に恭弥の勧誘に来たのもリボーンだった。バトラーウォッチを装着していなければ代理人とは認められないし、綱吉の言い分には正当性がある。それならそうと、先に言ってくれればよかったのに。

 

「リボーン君はどこにいるの? ……あー、みんなで集まってるんだっけ」

「うん」

「そうなんすか?」

 

 アルコバレーノの集まりについて、隼人は聞かされていなかったらしい。

 

「そうなんだ。例の、バミューダっていう謎のアルコバレーノについて話し合うとかで」

「うちの風さんとマーモンも飛び出していったよ。そうだ、なんで復讐者が戦いに参加してるの?」

「俺たちが知るかよ」

 

 復讐者といえば、マフィアを取り締まる裏社会の番人――と聞かされてはいるが、その実態は謎のままだ。その謎の組織が突然乱入してきたことで、戦況は大きく乱れてしまった。

 

「ちょっと裏の片付けしてくらあ。武、暖簾降ろしといてくれ」

「わかった」

「じゃ、ちょっと失礼しますぜ。みんなはゆっくりしてってくんなあ」

 

 今日はもう店じまいのようで、武の父が奥へと引っ込んだ。

 これで気兼ねなく話ができるようになったので、改めて今日のヴァリアーとの戦いを振り返る。ディーノを狙いにいってヴァリアーにかち合うなんて、運が悪いことこの上なかったが、あのヴァリアー相手に少人数で立ち回れたのだから、上出来だったのだろう。最後のあれさえなかったら。

 

「ほ、ほんとに自分でボスウォッチ壊したんだ……」

「ほんとに自分で壊したよ。XANXUSさんも自分で壊そうとしてたからね」

「どういう状況!?」

「芝生バカをバカにしといてあいつ……やっぱあんな奴、仲間にしなくてよかったっすね」

 

 そのあんな奴の仲間だが、それはそう思う。ルールで縛れない人間を、ルールのあるゲームに入れてしまったのがそもそもの間違いだったのだ。

 

「それで、ツナたちのほうは? 混戦だったって聞いたけど」

「うん。骸のチームと戦ってたんだけど、あとからコロネロの――CEDEFってわかる?」

「リボーン君に聞いてるよ。あっ、お父さんとバトったって聞いたけど、ツナのお父さんもマフィアだったんだね」

「ぐっ、う」

「なに、え? どした?」

 

 なにやらよくわからないうめき声を上げる綱吉。それを見て武が苦笑する。

 

「ちょっとその辺複雑なのな」

「そう? 聞かないほうがいい?」

「いや、気にしないで。人から言われるとダメージが……」

「どゆこと?」

「あー……俺もまだちょっと受け入れてないっていうか……そもそもろくに家に帰ってこないダメ親父が、いきなり組織のボスとかなんとか言われてもちょっと……」

「そっち系? あんま仲良くない感じ?」

「そりゃあ、家にいなかったから。……まあ、ちょっとはやるみたいだけど」

「大丈夫です! 十代目なら、すぐに追い抜けますよ!」

 

 もごもごする綱吉を見当違いに励ます隼人。その言い方だと、現時点では綱吉の父のほうが綱吉より強いことになるが、綱吉は否定しなかった。話をまとめると、尊敬していない父親が自分よりもはるかに優れていると明らかになり、感情が事実に追いついていないらしい。

 

 綱吉が落ち着いたところで、話を戦闘に戻す。綱吉たちは、同盟を組んだユニ陣営とともに骸のヴェルデ陣営と戦っていたが、家光率いるコロネロ陣営に狙撃されたらしい。

 

「昨日、俺をボコボコにして同盟組めって言ってきたくせに、邪魔したら同盟破棄するとか言い出して」

 

 綱吉が唇を尖らせる。

 リボーン陣営はユニとコロネロ、どちらの陣営とも同盟を組んでいたが、その両者は同盟を組んでいなかった。ゆえに、コロネロ陣営はユニ陣営も攻撃の対象にしていたが、それを綱吉が了承するわけもなく。結果、家光に同盟を破棄されて敵対したというわけだ。

 ちなみに、綱吉が庇ったユニチームのリーダーは白蘭である。

 

「へえ、あの人庇ったんだ」

「え!? あ、いや、白蘭っていうか、ユニのチームだし……白蘭も前と違って、その、ちょっとさっぱりしてて? それに、白蘭は俺を庇ってリタイアしたからっ」

「白蘭が?」

「ああ、信じられねえだろうがな」

 

 右腕としての役目を取られたからか、隼人はちょっとふてくされている。それでも白蘭の肩を持つのだから、白蘭が綱吉を庇ったのは本当なのだろう。自身が重傷を負うことどころか、チームが負けるのも厭わずに。

 そう、ユニチームは敗退している。

 

(……そういえば押しつけられた匣、預けっぱなしにしてたな)

 

 遺失物は落とし主が出てこなければ拾った人のものになるが、受け取るつもりはさらさらない。その場合、保管期間が過ぎたら破棄されることになるが、軽率に捨てていい代物ではないだろう。なかに動物が入っていたらかわいそうだ。事情を話してディーノやリボーンに預けるか、落とし主に突き返すかしなければならない。

 

(いっか、また今度で。いろいろ立て込んでるし)

 

 落とし主は重傷を負っているし、リボーンたちは戦いの真っ最中だ。代理戦に片がついてからでも遅くはないだろう。

 

「それで、そのあとはどうなったの?」

「ああ、父さんのところに――」

 

 綱吉が不意に言葉を切った。どうしたのか尋ねようとした利奈も、遅れて外の気配に気付く。復讐者の使う、黒い炎の気配だ。

 

「出よう!」

 

 男子三人が一斉に店を飛び出した。

 

「私たちも」

「うん」

 

 クロームとともに遅れて席を立つ。そのまま店の外に出ようとするが、それは先に出ていた武の腕に阻まれた。

 そして二人は、武の腕越しに復讐者の姿を見る。夜の帳に溶け込むように、黒い影がひとつ、佇んでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。