放課後になり、利奈は単身、病院へと足を運んでいた。お守りを作り直すのに、武と隼人のお守りが足りなかったからだ。二人とも昨夜の戦闘で負傷して、並盛病院に入院となっている。
(みんなに聞かれたら困るから、京子にはあいまいに言ったけど。二人が入院してるなんて知ったら、クラス中大騒ぎになっただろうな)
二人とも女子人気が高いのは言うまでもないが、武は男子人気も絶大だ。並中生徒が押しかけて、病院が大混雑になってしまう。
そんなわけで、人知れず病院の安寧を守った利奈は、例のごとく腕章をちらつかせて二人の病室を聞き出した。まさか、二日続けて見舞いに来ることになるとは思わなかった。
「おっはよー」
ドアを開けると、同級生二人がこちらを向いた。しかし、二人と視線を合わせるよりも先に、利奈の目は隼人のベッドに吸い寄せられた。
「猫だー!」
隼人のおなかの上に子猫が寝転んでいる。もちろんただの猫ではなく、隼人が持っていた匣の猫、名前は瓜だ。ほっそりとした体をくるんと丸めた瓜は、耳をピクリと動かしはしたものの、目を開けようとはしなかった。
「え、いいの? 見つかったら怒られない?」
「勝手に出てくんだよ」
「朝は外に出ちまったよな。いつのまにか戻ってきたけど」
「へえ。お利口だね」
そわそわとベッドに近づく。子猫特有のふわふわな毛並みは是非とも触ってみたいけれど、手を伸ばすのは躊躇われた。飼い主であるはずの隼人が引っかかれるのを、基地でちょくちょく見かけていたからだ。
「で、なにしに来た。わざわざ煽りにでも来たのかよ」
「そんな、獄寺君じゃないんだから」
「あ?」
「二人とも具合はどう? 頭、大丈夫?」
もちろんこれも煽りではない。二人ともそろって頭に包帯を巻いているのだから、そう尋ねるのが筋というものだ。
利奈の質問に隼人は舌を打ち、武は苦笑しながら頭の包帯に手をやった。
「いやあ、どっちも頭から地面に落ちちまってよ」
「頭!? え、大丈夫!?」
受け身を取れずに落ちたなら大問題だ。そのときはなんともなくても、頭のなかにじわじわと血が溜まって突然バッタリ、なんてこともあると雷撃隊で教わった。
「CTスキャンとかされたけど、問題なしだってさ。退院許可も出てる」
「じゃあ、なんでまだいるの?」
「退院するときは親父がいないとダメなんだよ。保護者の迎えがいるってさ。昼の営業は終わったけど、片付けとかあるだろ? 夜の仕込みもあるし」
この前に武が入院したときも、武の父の到着は遅かった。店を閉めるのも時間がかかるらしい。
(風紀委員の名前出せば退院させられるけど……ヒバリさんに群れてる判定受けるよね、これ)
今日の戦闘時間はすでに終了している。奇襲の可能性はゼロではないが、二人が持っているのはバトラーウォッチで、ボスウォッチではない。いくら復讐者といえど、敵人数を減らすためだけに昼間の病院まで押しかけにはこないだろう。というより、これ以上の暴挙はさすがに見咎められるべきだ。
ちなみに今日の風紀委員長はというと、いまだにディーノとのバトルを継続しているらしい。今もなお。徹夜で。不眠不休で。さすがにどうかと思う。
「ったく、めんどくせーな。早く退院して、十代目の元に馳せ参じてえっていうのに!」
「獄寺君はどうすんの? お姉さん来るとか?」
すかさず隼人が顔をしかめた。
「俺の親父がいればいいらしいぜ。よかったな」
「言っとくが、これは借りじゃねえからな! すぐ返してやる!」
「はは、どっちだよ」
軽やかに武が突っ込んだところで、利奈はここに来た理由を思い出した。危うく本来の目的を忘れて見舞いで終わらせてしまうところだった。
「ちょっといい? 二人とも、お守りって持ってる?」
「お守り?」
「京子にもらったのあるでしょ。相撲大会の」
「相撲大会?」
二人ともまったくピンときていない。了平も、ウソをつくのなら裏でちゃんと辻褄を合わせておいてほしいものである。
「お守りって、あの安全必勝って書かれたやつか? 俺、バッグにつけてんだよな」
「ええ!?」
バッグというのは、登校時に使う通学バッグだろう。武は確か、ヒモの長い肩掛けバッグを使っていた。そしてここにそのバッグはない。
(家にある可能性もあったかー。ミスったなー)
そもそも、綱吉のようにお守りをそのまま持ち歩いている人のほうが珍しいだろう。お守りなんて、たいていキーホルダーにつけるか、机の引き出しにしまわれるものである。
「で、あれがどうした?」
「京子が作り直すって。ツナのもボロボロになってたし」
「ツナに会ったのか?」
「うん、朝ね」
「……それで?」
「それで?」
言われた言葉をそのまま繰り返すが、武は応えない。そこでやっと、綱吉が行方不明扱いになっていたことを思い出す。
「朝に空き地で見かけたの。問題なさそうだったよ。学校には来れないって言ってたけど、たぶん明日の準備だろうし。そのときに、京子がお守り受け取ってて」
「ん、そうか」
武にしては、返事の歯切れが悪い。なにかまだ気にかかることがあるのだろうか。
「やまも――」
「お前、まさか代理戦争のこと」
武に話しかけようとしたところで、タイミング悪く隼人に遮られる。京子に情報を漏らしたのではと疑っている顔だ。
「言うわけないでしょ。ほら、笹川先輩ウソ下手だから」
「チッ、あいつかよ」
隼人が悪態をつく。
これに関しては京子の勘が鋭いとも言えるが――いや、京子は鈍感だ。わかりやすい綱吉の好意にまるで気付けないくらいには鈍い。となると、やはり了平の落ち度と取るべきか。
「獄寺君は? お守りどうしてる?」
「……」
無言で顔を背けられる。まさか、捨ててしまったのだろうか。
「獄寺君?」
「……どっかにはあんだろ」
「えー、獄寺君も家ぇ? 取りに行くのめんど」
深くため息をつくと、隼人がガバリと身体を起こした。
「入れねえよ! なに家に入るつもりでいんだよ! ――ってえ!?」
寝床に動かれた瓜が、すかさず隼人の腕を引っ掻く。長袖でも爪は通ったようで、痛そうに隼人が腕を引っ込める。
「だって、今日作り直さなきゃいけないんだよ。明日じゃ終わっちゃうじゃん」
「めんどくせえ……」
さらに隼人が体を動かすので、瓜が抗議の声を上げた。それを無視して隼人が体を起こすと、さらにウニャウニャと鳴いて瓜はベッドから飛び降りた。くるりと利奈の足下を回って、それからベッドの下へと隠れてしまう。
「おらよ」
「わ」
瓜を目で追っている最中にお守りを投げ渡され、慌てて両手で受け止める。綱吉のボロボロのお守りと違って、こちらは新品同然だ。
「なんだ、持ってたのか」
「えー、隠してたの?」
「違えよ! 財布に入れっぱなしだったのを思い出したんだよ! 今!」
「えー」
持っていると言い出すのが恥ずかしくなっただけに決まっているが、つついたところで機嫌を損ねるだけだろう。だからニマニマ笑うだけに留めておいたが、隼人は布団を被って背中を向けてしまった。子供みたいな拗ね方である。
「あとは俺のだよな。親父に言って持ってきてもらうか?」
「いいの?」
「仕込み終わってから来るって話だから、電話すれば持ってきてくれると思うぜ。退院してからだと時間かかるし」
「助かる! じゃあ待ってようかな」
とりあえず隼人のお守りをバッグにしまっておく。綱吉のお守りの絵柄は魚だったけれど、隼人の絵柄は爆弾だ。わりと物騒な絵柄だが、彼女たちにとって、隼人といえば爆弾なのだろう。
「そうだ。私、至門中のみんなのこと見てくるよ」
待っているあいだに見舞いに行けば、時間も潰せて一石二鳥だ。
二人も誘ったけれど、武は電話をかけに一階に下りる必要があるし、隼人には興味がないと断られた。なので、一人で病室を出る。
(炎真君の病室はわかってるし、みんな同じ階だよね。まっ、いなくても炎真君に聞けばわかるでしょ)
バミューダチームに奇襲を受けたスカルチームこと至門生――いや、この場合はシモンファミリーか。搬送当時は全員意識不明状態だったものの、命に関わる外傷はなく、数日で退院できるだろうと昨日の職員は言っていた。
踊り場で階数を確認しようと顔を上げた利奈は、その瞬間に目を見開いた。
「うひゃあああ!? な、なに!?」
見上げた天井に、蜘蛛のような化け物が貼りついていた。
長い足が四本、短い足が四本。暗がりに息を潜めるようにそれは存在していた。ただの蜘蛛ならばそこまで驚かなかったが、それが蜘蛛でないことはなによりも明らかだった。自分よりも大きいサイズの蜘蛛なんて、それこそ化け物だ。
(なになになにキモキモキモ!)
階段を転がってでも逃げるべきかと重心を後ろに引いたものの、自身の服装を鑑みて動きを止める。膝丈スカートでの階段落ちは、さすがに抵抗があった。
そしてその一瞬の迷いのあいだに、相手が利奈の存在を感知した。つるりとした頭が動き、短い前髪がひょろりと垂れる。
そこで利奈は、相手が後頭部をこちらに向けた人間であると気付き、続いてそれが天井の隅にしがみついている人間だったと気付き、そして顔立ちを見て、その人物が自分の知り合いであると気付いた。
「し、しとっぴ」
「NO」
「あ、えと、しとぴっちゃん……」
「YES!」
蜘蛛のような化け物、もとい、天井に張りついていたSHITT・P!は、浮き輪をクッションにして床に落ちてきた。
四本の長い足はそのまま本人の手足で、短い足は浮き輪ふたつがクロスしていた影がそう見せていたらしい。よりにもよって黒い全身タイツを着ているから、巨大蜘蛛に見間違えてしまった。
(そうじゃなくても、壁に貼りついてたら化け物にしか見えないけど……!)
すらりとした肢体の無駄遣いだ。隼人が未だにUMA扱いするのも頷ける。
「こ、こんなところでなにしてたの? 体調は?」
「もう完全体。元気いっぱい。病室で寝てたら大声出されたから、だれもいなそうなところに来たの」
「そ、そっか……」
この病院の看護師たちは、度重なるチンピラたちの搬送によって、たいていのことには動じない。そんな彼女たちが大声を上げたのなら、よっぽどによっぽどだ。おそらく同じように天井に貼りついて寝ていたに違いないし、大声というか阿鼻叫喚だったろう。同室には絶対なりたくない。
「えと、ほかのみんなはどう? もう全員目が覚めた?」
「うん。みんな元気。会っていくといいよ」
話は終わりとばかりに、SHITT・P!が腰を落とす。そして浮き輪に身体を落ち着けると、なにも言わずに階段をなめらかに滑り下りていった。人に見つかったので、さらなる秘境を探しに行ったのだろう。できれば、人にあまり驚かれない体勢で眠ってほしい。
「……行くか」
会話の内容は普通だったのに、終始圧倒されてしまった。未知と対話した気分である。気を取り直して病室へと向かおうとしたが、またもや利奈は足を止めることとなった。
「だから! 退院まで病室でおとなしくしてください!」
「もー、そんな怒んないでよ。退院までお姉さんとお話ししたいだけなんだからさー」
(うわ……)
ナースステーションの受付にもたれかかるジュリーに、利奈は先ほどとは違う意味でドン引きした。昨日襲撃を受けて負傷したはずなのに、もう看護師をナンパしている。
「だからさー、連絡先教えてよ。そしたらベッドに戻るから」
「そういうのは受け付けてません! 早く戻らないと、ほかの人呼びますよ!」
「とか言っちゃってー。どうせならお姉さんがベッドまで着いてきてくれてもいいんだけど。休憩時間、いつ? 俺と休憩しない?」
ピロン。携帯電話の動画モードをスタートさせると、起動音に気付いてジュリーが振り返る。そして、真顔で真後ろに立つ利奈に大いに身体をおののかせ、やたら大げさに顔をしかめた。
「おうわっ、風紀委員のかわいこちゃん! なに、どうしたの?」
「……」
「もしもーし? えっと、ナニ撮ってるのかな?」
「至門中学三年生が公務執行妨害している様を、物的証拠として記録しているところです。現行犯ですので、こちら正式な証拠品と主張させていただきます」
「やめやめやめー!」
前もって用意していた台詞を述べると、顔を引きつらせたジュリーがこちらに腕を伸ばしてきた。その手をひっぱたきたいところではあるが、一応は怪我人だ。後ろに下がりつつ録画を止める。
「なにやってんの。恥ずかしい」
「なにって、献身的に世話をしてくれたナースさんにすっかり惚れちゃってさ。真心込めて口説いてたとこ」
「私、昨日出勤してませんので人違いです。口説くなら、回診の先生をお願いします!」
そう言うと、看護師はセカセカと業務に戻っていった。やはりここの看護師は強い。そしてジュリーの渋面を見るに、担当医は男だったらしい。
「あーあ、白衣の天使が飛んでっちまった」
「そういうの、普通に迷惑ですよ」
「んー? もしかしてやきも――」
「アーデルハイトさんの病室どこですか? ちょっとそちらの生徒のことでお話が」
「冗談冗談! アーデルは勘弁!」
足早に歩き始めると、慌ててジュリーが着いてきた。後ろで騒ぐのを無視して、とりあえずほかの至門生を探す。後ろにズルズルとだらしない足音が続く。
「しとぴっちゃんは階段で会ったんですけど、ほかの至門生はどこですか?」
「みんな病室だよ。おかげでむさくるしいのなんの」
「みんな同室なんですね」
「一気に運び込まれたからな」
ジュリーはどこか他人事のようにそう呟く。
――加藤ジュリー。至門中学校三年生、シモンファミリーの守護者。継承式騒動のころはDに身体を乗っ取られていたため、利奈と初めて会ったときの記憶はない。
あのころは軽薄さのなかにひやりとした危うさが感じられたが、今では軽さばかりが目立つようになった。学校にも来るようになったけれど、代わりに手当たり次第、並中女子生徒に声を掛けるようになったため、新たな問題となっている。いや、女子生徒だけではない。女教師にまで手を出している。
(そういう女の子絡みのやつ、全部私に来るもんなあ。ほんとやめてほしい。アーデルハイトさんにチクれば一発だけど)
――鈴木アーデルハイト。ジュリーと同じく三年生。シモンファミリー守護者にして、ファミリーのまとめ役。利奈からすると、粛清委員の肩書きがもっとも馴染みが深い。
転入直後は、乱暴な手段で風紀委員を乗っ取ろうとしていたけれど、今では風紀委員と肩を並べて風紀を取り締まってくれている。並盛に秩序はひとつでお馴染みの雲雀恭弥も、ただ一人で粛々と活動に勤しむ彼女にはシンパシーを感じるのか、活動に口出しはしていない。だから、風紀を乱した生徒が簀巻きで木にぶら下げられていても、だれも意見はしない。
(なんか、ツナもぶら下げられたって言ってたっけ。やってること、うちより過激じゃないかな)
強面野郎に囲まれて反省文を書くのと、スタイル抜群美女に木に吊されるのでは、どちらがマシなのだろう。
そんなことを考えているうちに、ジュリーたちの病室を見つけた。
四人部屋の名札には、炎真以外の至門男子の名前が書かれている。ドアは開きっぱなしで、ジュリーが先になかに入った。
「ジュリー! 結局またふらふらしていたのかお前は!」
「失礼します」
「ム? 女子も一緒か」
利奈に気付いて、紅葉が声のトーンを落とす。
「そそ、さっきナンパした」
「ので、これから粛清委員に引き渡そうかと」
「ナハハハ」
見たところ、三人も目立った外傷はなさそうだ。らうじはベッドで座っているが、紅葉と薫は、それぞれ思い思いに筋トレをしている。
「みんな元気そうですね」
「フン。あんなもの、不意打ちでなければどうということはなかったのだ」
「あー、あれズリーよな。いきなりドスッだぜ」
「ドス? え、なにがドス?」
「鎖が。ここに」
そう言ってジュリーが服をまくり上げる。肉のない脇腹には、まだ血が滲んだガーゼが貼り付けられていた。かすり傷でないことは明らかだ。
「ええ!? 怪我人じゃないですか! なにうろついてるんですか!」
「だから結局そう言っただろう! 貴様が一番重傷なのだぞ!」
「おとなしくしてなよ。傷口開いたら、一人だけ退院できなくなるよ」
「あーあー、うるせーうるせー。こんくらいかすり傷だっつの」
紅葉とらうじの小言にジュリーが耳を塞ぐ。しかし、腕を上げた拍子に脇腹が痛んだのか、顔を引きつらせながら身を屈めた。ナースステーションで身体をのけぞらせたとき、やけに大げさに顔をしかめていたのも、これが原因だったらしい。そうと教えてくれていれば、もっとゆっくり病室まで歩いてきたのに。
「ほかのみんなは、怪我の具合は?」
「見てのとおり」
フンっと鼻を鳴らし、紅葉が胸を張る。
堂々と裸の上半身を見せつけられても困るのだが、思いのほか筋肉のついた、いい身体をしている。顔は優等生顔なのに、身体はスポーツマンの身体だ。紅葉の成績を知らない利奈は素直に感心した。らうじと薫も怪我はないらしい。
「じゃあ、みんなも保護者待ちですか?」
「いや、並中の教師が迎えに来ることになっている」
「先生が? 家族じゃなくて?」
「うん。おいらたち、みんな家族いないからね」
何気ないように言ったらうじの言葉に、利奈は硬直した。そしてドッと冷や汗をかく。
(バッカ、私! 知ってたのに!)
シモンファミリー守護者の家族は、Dの策略によって皆殺しにされている。両親どころか、兄弟、祖父母、それから親戚、彼らの親族はもうだれも残っていない。そんな彼らに、家族がいて当たり前みたいな言い方をするなんて、無神経にもほどがあった。
「なあ」
今まで一切口を開かなかった薫に声をかけられ、肩が跳ねた。心臓がバクバクと音を立てる。
(お、怒らせた……!)
硬くなった首を動かし、観念するように薫と目を合わせる。しかし、重たげなまぶたの下、薫の瞳は凪いでいた。
「みんなもって、だれのことだ?」
「……え?」
「みんなもって言っただろ。ほかにも、迎えを待ってるやつがいるのか?」
あまりに緊張していたせいで、薫の質問の意味がすぐにはわからなかった。やや不自然な静寂のあと、やっと聞かれた内容を理解する。
「し、下の階に山本君と獄寺君がいるの。二人も、おと――お迎えが来ないと、帰れないって言ってたから」
「めんどくせーよな。俺ら保護者いないんだから、そのまま帰らせろっての」
割って入ったジュリーの言葉は軽く、含みがない。当事者でなければ、不謹慎ともいえる響きだ。部外者が同調なんてできないので、無言でやり過ごすしかない。
「それよりジュリー、貴様がいないあいだにアーデルハイトが来たぞ。教師が来る前に帰りの支度を済ませておけと言っていた」
「支度もなにも、俺らなにも持ってきてねえのに、なにを用意する必要があるんだよ」
「なにを言っている! 病院食だけでは足らんと、下の売店で山ほど間食を買っただろう!」
「アーデルハイトに見つかったら怒られるよ。今のうちに食べちゃおう」
らうじがごそごそと棚を漁る。紅葉が山ほどと言っただけあって、菓子パンやらスナック菓子やらが、まさに山のようにベッドに乗せられていく。そのなかからチョコレートを取ったジュリーが、ついでにとばかりに利奈にも差し出してきた。
「はい、おひとつどうぞ」
「ありがとうございます……」
「こっちもおいしいよ」
「あっ、ありがとう」
らうじにもスナック菓子を渡され、ふたつともバッグにしまう。
「まだ炎真のところには行ってない?」
「うん」
「なら、行ってあげて。アーデルもそっちにいると思うから。……ちょっと複雑かもしれないけど」
「え?」
含みのある言葉に引っかかったものの、すぐさま意味を理解した。らうじは利奈が炎真を避けると思っているのだ。
炎真と仲直りしたことを知っているのは、昨日同席していたクロームだけだ。それまでずっと冷戦状態を貫いていたし、炎真に会わずに帰ると思われてもおかしくはない。そしてらうじは、二人の関係をひそかに気にかけてくれていた。気遣わしげな表情がそれを物語っている。
だから、もう仲直りを済ませたことを伝えると、らうじは心底嬉しそうに微笑んだ。