綱吉たちと学校で解散した利奈は、ビアンキとともに、再集合場所である並盛町駅に到着した。私服に着替えるために各自家に帰ったのだけど、どうやら、男子勢は一人も来ていないらしい。
(けっこう時間かかったのにな。私たちのほうが早いって、なんか不思議)
高校生らしい服装どころか、デートに似つかわしい服すら手持ちになかったくらいだ。そもそも、スカートだって制服でしか履いていない。もともと私服だったビアンキにスタイリストとして家までついてきてもらったたけれど、服選びはなかなか難航した。
(スカート、今度買ってもらおう)
足元を見下ろして、慣れないひらひらに足を閉じた。
この長いスカートは、母のおさがりだ。タンスをひっくり返して途方に暮れていたら、様子を見に来た母が、若い頃の服を何着か持ってきてくれたのだ。さすがにウエストサイズは合わなかったので、見えないようにベルトで固定している。
サンダルは綱吉と同じくさりげなく高いヒールで、発育途上の利奈の身長をそれとなく伸ばしてくれている。ちょっと捻りやすくなっているけれど、つま先はきつくないから、靴擦れの心配はなさそうだ。さすがビアンキが用意しただけある。
「急に友達のお姉さん連れてきたと思ったら、そんなおめかしして。イベントにでも行くの?」
「うん、まあ、そんなとこ」
これから不良をおびき寄せるために囮デートをするところ、なんて言えるわけもない。
「来たわ」
ビアンキの声に顔をあげると、綱吉たちが商店街からやってくるのが見えた。
「ごめん、遅くなって」
「ううん、いいよ」
謝る綱吉は、やはり別人に見える。
ボサボサでツンツンだった髪の毛は、ワックスでガチガチに固められ、帽子の中にしまわれている。それだけで印象が全然変わるから、髪型はやはり重要だ。
服装もきっちり固められていて、全体的にスマートな雰囲気に仕上がっている。洒落た薄青のシャツは綱吉の体よりも少し大きくて、袖が肘に届いていた。
「その上着、獄寺君のだったりする?」
「うん。やっぱりわかっちゃう?」
「なんか、獄寺君が着そうなデザインだったから」
服装には当人の趣味特徴が色濃く出てくる。武はTシャツにジーパンとラフな服装だし、隼人はアクセサリーが多くて、パンクな格好だ。綱吉はデートに見合う服装ということで、本人の趣味がほとんど入っていない。もっとも、それは利奈にも言えることなのだけれども。
「俺、いつもトレーナとかパーカーとか着てたからさ。こういう時、なに着ればいいのかわかんなくて」
「わかる。私もこれ、お母さんに借りたの。変じゃない?」
「うん、似合ってるよ。高校生みたい」
ビアンキが気合を入れてくれたおかげで、今日の利奈は特別仕様である。髪は巻いたうえに編み込んでもらったし、手どころか、足までネイルをしてもらった。爪の形がきれいでないからちょっと恥ずかしいけれど、黒いサンダルから覗くつま先は、薄ピンクのグラデーションで彩られている。
「獄寺君、大丈夫? よくなった?」
「ああ」
若干顔色が悪いけれど、腹痛は収まったらしい。おっかないのか、チラチラとビアンキの顔を見ている。ビアンキは服装を変えていないけれど、色の濃いサングラスがきまっていて、かっこいい。
「お前たちにもこれをつけてもらうぞ」
リボーンがずらりと眼鏡とサングラスを広げた。どれも色やデザインは違っていたが、耳に掛ける部分だけは同じように幅広くなっている。
「眼鏡型インカムだ。骨伝導式になっていて、つるの先から音が出る」
「なんかスパイグッズみたいだな!」
テンションが上がったのか、武が嬉しそうに四角いフレームの眼鏡を手に取った。
「右のつるを押さえると、マイクが入る。押さえながら喋れば、半径三百メートル以内に声が届くぞ」
「へえ、けっこう遠くまで大丈夫なんだね。これ、どこで売ってるの?」
「お、おもちゃだよ、おもちゃ! こいつ、こういうおもちゃが大好きでさ!」
「ハイテクだねー。私これにしようかな」
ふちが花柄になっている眼鏡を掛けた。視界の隅に映るふちが気になるけれど、今日一日くらいは我慢しよう。
隼人はサングラス、綱吉は赤いふちの眼鏡を選んだ。そして、しれっと現れた恭弥が、残った眼鏡を装着する。
「じゃ、試すぜ。あーあー、本日は野球日和なり! どうだ?」
「声でかくて無線使う意味がねえんだよ! もっと音量下げるか離れろ!」
『えー、こちら相沢。獄寺君が今日もうるさいです』
「おっ。聞こえたぜ、相沢」
ボソッと流したら、武が親指と人差し指でオッケーマークを作った。隼人は毛を逆立てている。
「どさくさ紛れに! 喧嘩売ってんのか!?」
「テストだから。試しに思ってること言っただけだよ」
「それが喧嘩を――クソ、姉貴の後ろに隠れやがって!」
そそくさとビアンキの背中に回る利奈に、隼人は舌打ちした。
「隼人。女の子をいじめるのはやめなさい」
「……クッ」
隼人が姉に頭が上がらないのは、この短時間で学習済みである。
険のある視線をやり過ごしながら、ついでにと恭弥を陰から観察した。
(うわあ、制服じゃないヒバリさんだ)
直接見つめるのが憚られるほど、レアな絵面である。白と黒の二色使いなので色味は同じだが、ポロシャツとチノパンだと風合いが変わる。
さらに、物珍しそうな顔で眼鏡のつるを押さえている姿は、成績優秀な理系男子にも見えた。リボーンの用意したスパイグッズ――綱吉が言うには子供向けのおもちゃは、どうやら恭弥の興味を引いたようだ。
「これ、もう実用化してるの?」
「まだ試験段階だ。だが、モニターになるっつうんなら、格安で用意してやってもいいぞ」
「ワオ、頼むよ。とりあえず、風紀委員全員分もらおうか」
――このあいだ徴収した活動費の使い道が決まったようだ。
そんなやりとりを挟みながら、電車に乗って遊園地へと向かう。
今回は委員会活動の一環なので、入園料、食事代、グッズ代などはすべて風紀委員会の活動費から賄われることになっていた。
一万円札を預かったせいで、しきりにバッグを確認してしまう。綱吉も同じようで、そわそわと落ち着きなくズボンのポケットをいじっていた。なくしたりなんかしたら、それこそ処罰対象になってしまう。
「ツナと利奈は、こちらから指示を出すまで、自由に園内を散策。怪しい不良連中を見つけたら伝えるから、そいつらの前でそれとなくいちゃつけ」
「い、いちゃ!?」
(無茶言うなー、リボーン君)
本当に付き合っているのならとにかく、そんなに簡単に同級生といちゃつけるはずもない。子供にはそんなのわからないよねと、利奈は生温い目になったが、綱吉はやたらあわてた顔でリボーンに文句を言っている。小さい子の言ったことを、そんな真剣に受け止めなくてもいいのに。真面目なのだろうか。
「じゃ、俺たちは後ろからついてけばいいんだな。アトラクションとかも乗っていいんだろ?」
「勝手にしなよ」
「チッ、なにが楽しくてこんな奴と――十代目! なにかあったときは俺が馳せ参じますので、心配なく!」
「う、うん」
リボーンとビアンキはデートを楽しみながら待機で、恭弥は作戦のついでに遊園地を視察して、お偉いさんと会談するらしい。
それぞれがどうするかを確認しあって、電車から降りると同時に、彼らとは他人になった。
『がんばれよ、二人とも!』
武の声が、二人の耳元で響いた。
__
建前として綱吉にチケットを買ってもらい、二人で遊園地に入園する。もう昼の時間帯なので、園内は人でごった返していた。
同級生がいないか気になるけれど、こうなったら覚悟を決めるしかない。いざとなったら、武と隼人も一緒に来ているという体にしてしまおう。――それはそれで、不興を買いそうではあるが。
「えと、どこか行きたいところ、ある?」
入口でもらった園内地図を開く。綱吉は緊張した声でそう言った。
この遊園地に来るのは初めてで、どんなアトラクションがあるかもわからない。パッと目についたのは大きな観覧車だけど、一番最初に観覧車に乗るのもどうだろう。
「とくにこれといって――私、ここ来るの初めてだから、よくわからないんだよね」
「そうなんだ。あっ、そういえば、今年転校してきたんだよね」
「そうそう。だから動物園とかも行ったことなくて」
反抗期真っただなかだったため、休日も部屋に引きこもっていた。なので、並盛町の娯楽施設には一回も足を運んでいなかった。
「遊ぶの、今日が初めてなの。沢田君のおすすめは?」
「俺は……トロッコとか、ゴーカートかな」
綱吉は乗り物系が好きらしい。
利奈としては絶叫系が外せないけれど、一番の混雑時である昼時は、どこもかしこも行列だらけだろう。いきなり長い行列に並ぶのもつまらないし、ここはメジャーなものは避けたほうがいい。
(トロッコに行こうかな。派手なアトラクションじゃないから、そんなに混んでなさそうだし)
対象年齢が低いから、平坦なレールの上を走るだけのトロッコだろう。手始めにはちょうどいいと地図から顔を上げたところで、正面からマスコットキャラクターと思われる着ぐるみが歩いてくるのが見えた。
「見て! ゾウが来たよ」
「えっ――ってリボーン!」
「ぱおっス」
ゾウの着ぐるみが、片腕をあげて挨拶をする。こんなに早くマスコットキャラクターに会えるなんてと感動する利奈をよそに、綱吉がマスコットキャラクターに詰め寄った。
「なにやってんだよ、リボーン! そんな目立つ格好して!」
「ちげーぞ。俺はこの遊園地のマスコットキャラ、ゾウのマンモー君だ」
「はあ!?」
「ゾウなのにマンモスなんだ。面白いね」
この遊園地のマスコットキャラクターは喋ってもいい設定らしい。手には色とりどりの風船が握られていて、子供たちを集めていた。
「いや、だからなんでここにいるんだよ! お前、ビアンキと一緒に待機してるんじゃなかったのかよ!」
「ちょ、ちょっと沢田君!」
なぜか綱吉はマンモー君に攻撃的である。マスコットキャラクター相手に、その言動は問題だ。
「なに? 中の人、沢田君の知り合いだった?」
「そうだけど――わからない?」
「なにが?」
知っている人だったら声でわかるだろうけれど、本物のゾウを思わせる深みのある声に、聞き覚えなんてまるでない。綱吉は最初にリボーンと間違えていたけれど、どう見たって別人だ。
心当たりがなくてきょとんとしていると、なぜか綱吉は脱力した顔をする。
「お二人でデートですかな。さあ、この風船をどうぞ」
「ありがとうございます」
風船を差し出され、笑顔で受け取った。黄緑色の風船は、ほかの風船と違って形がややゆがんでいる。空気が少ないのか、風に吹かれてうぞうぞと形が変わった。
「その風船は特別優待チケットとなっておりましてな。乗り物すべて、待ち時間なく乗れるのです。」
「え、ほんとに!?」
「はい。今ですと、ジェットコースターが乗り放題ですな」
「はあっ!?」
「えー、すごい!」
綱吉が素っ頓狂な声をあげているが、ジェットコースターに並ばずに乗れるなんて、めったにあることじゃない。しかも乗り放題。響きがいい。
「どれでも乗れるんならジェットコースターじゃなくてもいいんだろ! なんでわざわざジェットコースター指定するんだよ!」
「それが、ただいまジェットコースターフィーバータイムでして。このフィーバータイム中に乗られると、なんと記念撮影の写真が無料で手に入れられるのです」
「うっそ!? あれ無料になるの!」
最後の急降下で取られる記念写真はやや高額で、気軽に買えるものじゃない。それが無料になるのなら、今すぐジェットコースターへ向かうべきだ。
今考えただろその企画と綱吉が叫んでいるが、スタッフの人がそんな急造でキャンペーンを作れるわけがないので見当違いだろう。
「ね、行こ。せっかくだしもったいないよ」
「え、まだ心の準備が!」
「お早いほうがいいですぞ。ちなみに、ジェットコースターまでの道のりは、その風船が教えてくれますぞ」
「すごい、風船が矢印型になった! すごいハイテクだね、この遊園地!」
「ってレオンじゃんかー!」
わけのわからない突っ込みをする綱吉を引っ張って、利奈は意気揚々と歩き出す。
その後、乗り終わった絶妙なタイミングで再登場を続けるマンモー君に従い、絶叫系巡りをする羽目になるのだが、このときの綱吉はまだ知らなかった。