新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

181 / 186
それでも前を向く

 

 

 

 ――アルコバレーノは、世界を守るための人柱である。

 

 そう聞かされた利奈は息を止め、それから炎真を見た。炎真も同じことを考えていたようで、示し合わせたかのように二人の視線が合う。そう、二人とも、同じ疑問を抱いていた。

 

(人柱って、なに……?)

 

 聞いたことのない言葉だが、マフィア界での専門用語だろうか。

 いつもなら気兼ねなく聞き返していたが、今回は場の空気がそれを許さなかった。言い終えたユニはつらそうに唇を結ぶし、ずっと騒がしかったスカルですら俯いて拳を握り込んでいる。それに、人柱の意味を知っていたらしいアーデルハイトは、驚愕に目を見開いた。ここで口を挟むのは、あまりにも難易度が高い。

 

「アルコバレーノが授けられたおしゃぶりは、この世界の秩序を守るための宝でした」

 

 二人は神妙な顔で黙り込むことを選んだ。

 

「おしゃぶりが壊されれば、世界の均衡が崩れてしまう。だから、おしゃぶりを授けられるのは、その時代最強の七人でなければならないのです」

「どこかにしまっちゃだめなの?」

「取れないんだよ! 取ろうとしてもダメなんだ!」

 

 そう言いながら、スカルがおしゃぶりを引っ張ってみせる。ぐいぐいと力いっぱい引いているように見えるのに、おしゃぶりはスカルの首元からまったく離れようとしなかった。いや、そんなことより――

 

「……それ、なんで落ちないの?」

 

 スカルのおしゃぶりに、ヒモの類いはついていなかった。それなのに、まるで手品のようにおしゃぶりは宙に浮いている。ユニのおしゃぶりはリボンで吊されているというのに。

 

(そういえば、呪解してたときの風さん、おしゃぶりつけてなかったよね?)

 

 マーモンはどうだったか細かく覚えていないけれど、元に戻った風の胸元におしゃぶりはなかった。半裸の男性がおしゃぶりをつけていたら、絶対に記憶に残るはずだ。

 

「えっと、つまり? おしゃぶりを外せれば元に戻れる?」

「そうだ!

 俺もそうだったろ!? 八頭身のイケメンだったろ!?」

 

 同意を求めるようにスカルが炎真たちを見るが、二人の反応は芳しくない。

 

「あのとき、座ってたから……」

「成長してたのはわかったけど、敵の攻撃でよく見えなかったわ」

「なんだとー!」

 

 スカルはよほど顔に自信があるらしい。今は包帯でグルグル巻きにされているからなんとでもいえるが、ここまで言われると興味がわいてくる。

 

「外せない以上、私たちはこのおしゃぶりに炎を灯し続けなければなりません。ですが、それにも限界はあります」

「限界? 限界って――」

 

 そこで利奈は口を噤む。そして、ユニとスカル、それぞれのおしゃぶりを見比べた。

 二人のおしゃぶりはそれぞれの色で輝いている。オレンジと紫。大空の七属性だと、大空と雲。煌々と光っているわけではないが、なかの炎は一定の明るさで燃え続けている。いやな予感がする。

 

「……アルコバレーノは、定期的に世代交代が行われます」

 

 ユニの声のトーンがさらに落ちた。

 今さらながら、人柱の意味に察しがついた。人柱というのは、生け贄に近い意味合いのなにかではないかと。

 

「私たちの代は、仕事の依頼で集められました」

「待って」

「そして今、新たに最強の七人が集められようとしています」

 

 追いついた理解をさらに超えて、ユニは続ける。

 

「そう、これは――この戦いは、次のアルコバレーノを決めるための戦いなのです」

「……っ」

 

 言われてみれば、至極合理的な手段である。

 次の世代の最強を集めたいのならば、現アルコバレーノに人材を集めさせて、その上で次の七人を選べばいいのである。そう、それは至極合理的で――

 

「ひどい……!」

 

 きわめて残酷なやり口であった。元の姿に戻れることを餌にして、次の犠牲者を募るのだから。

 

「ツナ君もそう言ってたけど、じゃあ、もしかしたら、ツナ君もアルコバレーノになっちゃうかもしれないの?」

「……おそらく、沢田さんは最有力候補だと」

「そんな!」

「なら、炎真も可能性があるということじゃない!」

「じゃあヒバリさんも――」

 

 強者が選ばれるというなら、まず間違いなく恭弥も選ばれるだろう。ほかにもヴァリアーの面々や骸、それから――

 

(白蘭ならいいんだけどな! 白蘭が選ばれるんなら全然いいんだけどな……! 白蘭だけ選ばれたりしないかな……!)

 

 ここぞとばかりに白蘭の名前を思い浮かべる。どうしても犠牲が必要というのなら、白蘭一人でどうにかならないだろうか。平行世界から六人くらい連れてきてもらって、それで解決したりしないだろうか。半ば本気で利奈はそう思った。

 

「それより先に俺のことを考えろ! 俺はもうアルコバレーノになっちまってるんだぞ! 負けたら用済みでお払い箱! 勝ってもあんなになるんなら意味がないじゃないかー!」

 

 スカルがギャアギャアと騒ぎ出す。とても病院内で出していい声量じゃない。しかしだれも注意しないのは、スカルの身の上があまりにも不憫だからだろう。

 すでにアルコバレーノにされてしまっているスカルには、もう逃げる手立てがない。それはユニも同じなのだが、ユニはまったく動じていない。かつてユニは、この世界のために命を捧げた。その記憶が残っているのかもしれない。

 

「落ち着いて、スカル。まだ決まったわけじゃないから」

「だってこれまでのアルコバレーノはみんなやられてんだぞ!? どうすりゃいい!? 死なないだけ、勝ったほうがマシか!?」

「貴方、もう負けてるじゃない」

「うあーっ!」

 

 アーデルハイトの指摘に頭を抱えるスカル。

 スカルの場合、もうチームの負けが確定しているため、このままではおしゃぶりを失って死ぬ未来しかない。それはユニも同じなのだが、ユニはなだめるようにスカルの背をさすっている。これでは、どちらが大人かわからない。

 

「で、でもいやだぞ! このまま死ぬのも、バミューダの計画に乗って死ぬのも!」

「計画って?」

 

 利奈の言葉に、アーデルハイトが目を瞬く。

 

「貴方、沢田綱吉から聞いてないの?」

「え?」

「僕は夜中に聞いたよ」

「夜中?」

「うん。ほかの人とも話すからって急いで出て行ったけど」

 

 つまり、利奈が去ったあと。さらに限定するなら、竹寿司で別れたあとに綱吉が病室まで会いに来たということだ。

 そういえば、綱吉は本日の戦闘時間後に復讐者に連れ去られている。そこで、バミューダの計画とやらを聞かされたのだとしたら。夜中の零時から動き回っていたのならば、朝に空き地で座りこんでいたのも納得だ。疲れ切って動けなくなっていたのかもしれない。

 

「なんだお前、そんなことも知らないのか! ユニ! 説明してやれ!」

 

 説明を中断させたのはスカルなのだが、それはだれも指摘しない。

 

「その前に。利奈さん、バトラーウォッチは持っていますか?」

「ううん。もう負けたから風さんに返したよ」

 

 勘違いで襲われたら堪ったものではない。でも、いったいなんの確認なのだろう。

 

「よかった。これから話す内容は、バトラーウォッチをつけている方の前では控えてください。チェッカーフェイスに盗聴される恐れがあります」

 

 バトラーウォッチには通話機能がついている。ならば、向こうが一方的にこちらの話を盗聴することも可能だろう。

 

「バミューダは、このアルコバレーノシステムを壊そうとしているんです。

 代理戦争が終われば、チェッカーフェイスは優勝者の前に姿を現す。そして、新しいアルコバレーノが生まれ、古いアルコバレーノはおしゃぶりの炎を抜かれる。ですが、前任のアルコバレーノはチェッカーフェイスに殺されるわけではない。蓄積された呪いに蝕まれて、命を落とすのです」

 

 幼児化は呪いではなく、おしゃぶりの炎を灯すさいに出る副作用である。長年身体を蝕んだ呪いは元に戻ってもそのままで、おしゃぶりの炎がなければ抑えられなくなる。代理戦争で勝利したところで、呪われた身体で残りの生を過ごすしかないのだ。

 ならば、あのバミューダは。そして、彼に協力する復讐者たちは。

 

(……あれ?)

 

 復讐者たちは、全員肌を包帯で隠している。暗くて寒い牢を縄張りとしていて、表に出てくることはない。それに、復讐者というあまりにもストレートな名称。普通に考えれば、取り締まっているマフィアへの復讐という意味に捉えられるが、そうではなかったとしたら。日の下を歩けない身体にされたことへの、復讐を誓っているのだとしたら。

 

「……復讐者って、もしかして。アルコバレーノだったの?」

「そうです」

 

 喉が引きつった。

 バミューダが元アルコバレーノであることは明言されていた。それは見た目からして納得できたが、その背後に立っていた彼ら全員が、元アルコバレーノだというのならば。代理戦争の勝者チームのアルコバレーノのみが、元の姿に戻るのだとしたら。

 

(いったい、いつからやってたの? 何人が犠牲になったの?)

 

 バトラーウォッチをつけた七人以外にも、奇襲で現れた三人、他陣営にも複数人。監獄に残った復讐者もいるだろう。その全員が過去の勝者だとしたら、その人数掛ける七。いや、代理戦争の参加者は大人の姿にすら戻れずに息絶えるとすれば、さらに二倍。軽く計算するだけでも、おびただしい人数がアルコバレーノシステムの犠牲になっている。そして新たに、綱吉たちがその候補に上がっているのだ。

 

「……それ、システムを壊すって……アルコバレーノがなくなるってこと?」

「はい。ですが、おしゃぶりがなくなった世界がどうなってしまうか。それに――」

「俺たち、もうアルコバレーノになってる奴らは全員まとめて死んじまうんだ! そんなのいやだ!」

「え、でももう負けてるから、このままでも死んじゃうって話、さっきしてなかったっけ?」

「うあーっっっ!」

 

 再度突きつけられた現実に、ゴロゴロと床で転がるスカル。だんだんオーバーリアクションが面白くなってきたけれど、笑ってる場合ではない。事態は深刻で、手段も猶予も残されていない。アルコバレーノにいたっては、生きるか死ぬかではなく、どう死ぬかの話になってきている。

 

(しかも、ヒバリさんやツナたちが新しくアルコバレーノにされちゃうかもしれないんでしょ? そんなの絶対にやだ!)

 

 アルコバレーノになってしまったら、これまでの生活すべてを捨てることになってしまう。恭弥ならば赤ん坊の姿になっても並盛町の風紀を守るだろうが、綱吉たちはもう普通の生活には戻れないだろう。

 

「リボーンおじさまはもう、バミューダに協力すると決められていて」

「え!? なんで!?」

「……おそらく、沢田さんたちを守るためかと」

 

 バミューダがチェッカーフェイスを倒せば、新たなアルコバレーノは生まれない。つまり、今回の代理戦争参加者が犠牲になることはない。次期アルコバレーノ筆頭候補である綱吉を守るのには、それが最適だと判断したのだろう。自身の命を長らえるよりも、教え子を守りたいという気持ちのほうが上回ったのだ。

 

「でも、沢田さんの意思は違うのでしょう? 昨夜、こちらに来られたというのなら」

 

 ユニの視線が炎真に向いた。

 そうだ。リボーンに従うというのなら、わざわざ夜中に炎真の病室を訪ねる必要はない。

それにあの綱吉が、リボーンたちを犠牲にする計画に賛同するはずがない。

 

「うん。ツナ君は、違うやり方でシステムを変えたいって」

「じつは退院次第、その話をするために沢田家に向かう予定なの。おそらく、そこで具体的な話が出るかと」

「そうだったんだ……」

 

 利奈が知らないうちに、そこまで話は進んでいたらしい。

 

(なら、お守りが夜に必要なのは、作戦の準備があるからか。山本君もなんか言いたげだったし)

 

 利奈が計画を聞いているか否か、そもそも計画に参加するかどうかを探っていたらしい。まったく知らなかったので、そのまま見送られたわけだが。

 

「つまりどういうことだ? 沢田綱吉はアルコバレーノシステムをどうしたいんだ?」

「それはほんとにこれからだけど、リボーン君を死なせたくないって言ってたから、うまくいけばスカルも助かるんじゃないかな」

「そうか! なら俺は全力で沢田綱吉の計画に乗るぞ! 死にたくない!」

 

 いっそ清々しいほどの物言いだが、これくらいあけすけとしてくれたほうが好感が持てる。

 

「お前たちも協力するだろ? するよな?」

「うん」

「だから、それは話を聞いてからって――」

「お前も協力するよな!?」

 

 初対面なのにぐいぐい来る。もちろん綱吉に協力するつもりだが、この段階で利奈が手伝えることなど、もうなにもないだろう。しかしそれをそのまま言うと悪態をつかれそうなので、利奈は訳知り顔で頷くに留めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。