――アルコバレーノは、世界を守るための人柱である。
そう聞かされた利奈は息を止め、それから炎真を見た。炎真も同じことを考えていたようで、示し合わせたかのように二人の視線が合う。そう、二人とも、同じ疑問を抱いていた。
(人柱って、なに……?)
聞いたことのない言葉だが、マフィア界での専門用語だろうか。
いつもなら気兼ねなく聞き返していたが、今回は場の空気がそれを許さなかった。言い終えたユニはつらそうに唇を結ぶし、ずっと騒がしかったスカルですら俯いて拳を握り込んでいる。それに、人柱の意味を知っていたらしいアーデルハイトは、驚愕に目を見開いた。ここで口を挟むのは、あまりにも難易度が高い。
「アルコバレーノが授けられたおしゃぶりは、この世界の秩序を守るための宝でした」
二人は神妙な顔で黙り込むことを選んだ。
「おしゃぶりが壊されれば、世界の均衡が崩れてしまう。だから、おしゃぶりを授けられるのは、その時代最強の七人でなければならないのです」
「どこかにしまっちゃだめなの?」
「取れないんだよ! 取ろうとしてもダメなんだ!」
そう言いながら、スカルがおしゃぶりを引っ張ってみせる。ぐいぐいと力いっぱい引いているように見えるのに、おしゃぶりはスカルの首元からまったく離れようとしなかった。いや、そんなことより――
「……それ、なんで落ちないの?」
スカルのおしゃぶりに、ヒモの類いはついていなかった。それなのに、まるで手品のようにおしゃぶりは宙に浮いている。ユニのおしゃぶりはリボンで吊されているというのに。
(そういえば、呪解してたときの風さん、おしゃぶりつけてなかったよね?)
マーモンはどうだったか細かく覚えていないけれど、元に戻った風の胸元におしゃぶりはなかった。半裸の男性がおしゃぶりをつけていたら、絶対に記憶に残るはずだ。
「えっと、つまり? おしゃぶりを外せれば元に戻れる?」
「そうだ!
俺もそうだったろ!? 八頭身のイケメンだったろ!?」
同意を求めるようにスカルが炎真たちを見るが、二人の反応は芳しくない。
「あのとき、座ってたから……」
「成長してたのはわかったけど、敵の攻撃でよく見えなかったわ」
「なんだとー!」
スカルはよほど顔に自信があるらしい。今は包帯でグルグル巻きにされているからなんとでもいえるが、ここまで言われると興味がわいてくる。
「外せない以上、私たちはこのおしゃぶりに炎を灯し続けなければなりません。ですが、それにも限界はあります」
「限界? 限界って――」
そこで利奈は口を噤む。そして、ユニとスカル、それぞれのおしゃぶりを見比べた。
二人のおしゃぶりはそれぞれの色で輝いている。オレンジと紫。大空の七属性だと、大空と雲。煌々と光っているわけではないが、なかの炎は一定の明るさで燃え続けている。いやな予感がする。
「……アルコバレーノは、定期的に世代交代が行われます」
ユニの声のトーンがさらに落ちた。
今さらながら、人柱の意味に察しがついた。人柱というのは、生け贄に近い意味合いのなにかではないかと。
「私たちの代は、仕事の依頼で集められました」
「待って」
「そして今、新たに最強の七人が集められようとしています」
追いついた理解をさらに超えて、ユニは続ける。
「そう、これは――この戦いは、次のアルコバレーノを決めるための戦いなのです」
「……っ」
言われてみれば、至極合理的な手段である。
次の世代の最強を集めたいのならば、現アルコバレーノに人材を集めさせて、その上で次の七人を選べばいいのである。そう、それは至極合理的で――
「ひどい……!」
きわめて残酷なやり口であった。元の姿に戻れることを餌にして、次の犠牲者を募るのだから。
「ツナ君もそう言ってたけど、じゃあ、もしかしたら、ツナ君もアルコバレーノになっちゃうかもしれないの?」
「……おそらく、沢田さんは最有力候補だと」
「そんな!」
「なら、炎真も可能性があるということじゃない!」
「じゃあヒバリさんも――」
強者が選ばれるというなら、まず間違いなく恭弥も選ばれるだろう。ほかにもヴァリアーの面々や骸、それから――
(白蘭ならいいんだけどな! 白蘭が選ばれるんなら全然いいんだけどな……! 白蘭だけ選ばれたりしないかな……!)
ここぞとばかりに白蘭の名前を思い浮かべる。どうしても犠牲が必要というのなら、白蘭一人でどうにかならないだろうか。平行世界から六人くらい連れてきてもらって、それで解決したりしないだろうか。半ば本気で利奈はそう思った。
「それより先に俺のことを考えろ! 俺はもうアルコバレーノになっちまってるんだぞ! 負けたら用済みでお払い箱! 勝ってもあんなになるんなら意味がないじゃないかー!」
スカルがギャアギャアと騒ぎ出す。とても病院内で出していい声量じゃない。しかしだれも注意しないのは、スカルの身の上があまりにも不憫だからだろう。
すでにアルコバレーノにされてしまっているスカルには、もう逃げる手立てがない。それはユニも同じなのだが、ユニはまったく動じていない。かつてユニは、この世界のために命を捧げた。その記憶が残っているのかもしれない。
「落ち着いて、スカル。まだ決まったわけじゃないから」
「だってこれまでのアルコバレーノはみんなやられてんだぞ!? どうすりゃいい!? 死なないだけ、勝ったほうがマシか!?」
「貴方、もう負けてるじゃない」
「うあーっ!」
アーデルハイトの指摘に頭を抱えるスカル。
スカルの場合、もうチームの負けが確定しているため、このままではおしゃぶりを失って死ぬ未来しかない。それはユニも同じなのだが、ユニはなだめるようにスカルの背をさすっている。これでは、どちらが大人かわからない。
「で、でもいやだぞ! このまま死ぬのも、バミューダの計画に乗って死ぬのも!」
「計画って?」
利奈の言葉に、アーデルハイトが目を瞬く。
「貴方、沢田綱吉から聞いてないの?」
「え?」
「僕は夜中に聞いたよ」
「夜中?」
「うん。ほかの人とも話すからって急いで出て行ったけど」
つまり、利奈が去ったあと。さらに限定するなら、竹寿司で別れたあとに綱吉が病室まで会いに来たということだ。
そういえば、綱吉は本日の戦闘時間後に復讐者に連れ去られている。そこで、バミューダの計画とやらを聞かされたのだとしたら。夜中の零時から動き回っていたのならば、朝に空き地で座りこんでいたのも納得だ。疲れ切って動けなくなっていたのかもしれない。
「なんだお前、そんなことも知らないのか! ユニ! 説明してやれ!」
説明を中断させたのはスカルなのだが、それはだれも指摘しない。
「その前に。利奈さん、バトラーウォッチは持っていますか?」
「ううん。もう負けたから風さんに返したよ」
勘違いで襲われたら堪ったものではない。でも、いったいなんの確認なのだろう。
「よかった。これから話す内容は、バトラーウォッチをつけている方の前では控えてください。チェッカーフェイスに盗聴される恐れがあります」
バトラーウォッチには通話機能がついている。ならば、向こうが一方的にこちらの話を盗聴することも可能だろう。
「バミューダは、このアルコバレーノシステムを壊そうとしているんです。
代理戦争が終われば、チェッカーフェイスは優勝者の前に姿を現す。そして、新しいアルコバレーノが生まれ、古いアルコバレーノはおしゃぶりの炎を抜かれる。ですが、前任のアルコバレーノはチェッカーフェイスに殺されるわけではない。蓄積された呪いに蝕まれて、命を落とすのです」
幼児化は呪いではなく、おしゃぶりの炎を灯すさいに出る副作用である。長年身体を蝕んだ呪いは元に戻ってもそのままで、おしゃぶりの炎がなければ抑えられなくなる。代理戦争で勝利したところで、呪われた身体で残りの生を過ごすしかないのだ。
ならば、あのバミューダは。そして、彼に協力する復讐者たちは。
(……あれ?)
復讐者たちは、全員肌を包帯で隠している。暗くて寒い牢を縄張りとしていて、表に出てくることはない。それに、復讐者というあまりにもストレートな名称。普通に考えれば、取り締まっているマフィアへの復讐という意味に捉えられるが、そうではなかったとしたら。日の下を歩けない身体にされたことへの、復讐を誓っているのだとしたら。
「……復讐者って、もしかして。アルコバレーノだったの?」
「そうです」
喉が引きつった。
バミューダが元アルコバレーノであることは明言されていた。それは見た目からして納得できたが、その背後に立っていた彼ら全員が、元アルコバレーノだというのならば。代理戦争の勝者チームのアルコバレーノのみが、元の姿に戻るのだとしたら。
(いったい、いつからやってたの? 何人が犠牲になったの?)
バトラーウォッチをつけた七人以外にも、奇襲で現れた三人、他陣営にも複数人。監獄に残った復讐者もいるだろう。その全員が過去の勝者だとしたら、その人数掛ける七。いや、代理戦争の参加者は大人の姿にすら戻れずに息絶えるとすれば、さらに二倍。軽く計算するだけでも、おびただしい人数がアルコバレーノシステムの犠牲になっている。そして新たに、綱吉たちがその候補に上がっているのだ。
「……それ、システムを壊すって……アルコバレーノがなくなるってこと?」
「はい。ですが、おしゃぶりがなくなった世界がどうなってしまうか。それに――」
「俺たち、もうアルコバレーノになってる奴らは全員まとめて死んじまうんだ! そんなのいやだ!」
「え、でももう負けてるから、このままでも死んじゃうって話、さっきしてなかったっけ?」
「うあーっっっ!」
再度突きつけられた現実に、ゴロゴロと床で転がるスカル。だんだんオーバーリアクションが面白くなってきたけれど、笑ってる場合ではない。事態は深刻で、手段も猶予も残されていない。アルコバレーノにいたっては、生きるか死ぬかではなく、どう死ぬかの話になってきている。
(しかも、ヒバリさんやツナたちが新しくアルコバレーノにされちゃうかもしれないんでしょ? そんなの絶対にやだ!)
アルコバレーノになってしまったら、これまでの生活すべてを捨てることになってしまう。恭弥ならば赤ん坊の姿になっても並盛町の風紀を守るだろうが、綱吉たちはもう普通の生活には戻れないだろう。
「リボーンおじさまはもう、バミューダに協力すると決められていて」
「え!? なんで!?」
「……おそらく、沢田さんたちを守るためかと」
バミューダがチェッカーフェイスを倒せば、新たなアルコバレーノは生まれない。つまり、今回の代理戦争参加者が犠牲になることはない。次期アルコバレーノ筆頭候補である綱吉を守るのには、それが最適だと判断したのだろう。自身の命を長らえるよりも、教え子を守りたいという気持ちのほうが上回ったのだ。
「でも、沢田さんの意思は違うのでしょう? 昨夜、こちらに来られたというのなら」
ユニの視線が炎真に向いた。
そうだ。リボーンに従うというのなら、わざわざ夜中に炎真の病室を訪ねる必要はない。
それにあの綱吉が、リボーンたちを犠牲にする計画に賛同するはずがない。
「うん。ツナ君は、違うやり方でシステムを変えたいって」
「じつは退院次第、その話をするために沢田家に向かう予定なの。おそらく、そこで具体的な話が出るかと」
「そうだったんだ……」
利奈が知らないうちに、そこまで話は進んでいたらしい。
(なら、お守りが夜に必要なのは、作戦の準備があるからか。山本君もなんか言いたげだったし)
利奈が計画を聞いているか否か、そもそも計画に参加するかどうかを探っていたらしい。まったく知らなかったので、そのまま見送られたわけだが。
「つまりどういうことだ? 沢田綱吉はアルコバレーノシステムをどうしたいんだ?」
「それはほんとにこれからだけど、リボーン君を死なせたくないって言ってたから、うまくいけばスカルも助かるんじゃないかな」
「そうか! なら俺は全力で沢田綱吉の計画に乗るぞ! 死にたくない!」
いっそ清々しいほどの物言いだが、これくらいあけすけとしてくれたほうが好感が持てる。
「お前たちも協力するだろ? するよな?」
「うん」
「だから、それは話を聞いてからって――」
「お前も協力するよな!?」
初対面なのにぐいぐい来る。もちろん綱吉に協力するつもりだが、この段階で利奈が手伝えることなど、もうなにもないだろう。しかしそれをそのまま言うと悪態をつかれそうなので、利奈は訳知り顔で頷くに留めた。