綱吉に協力すると決意を固めたところで、時間も時間なので武と隼人の病室に戻る。
武の父がもう迎えに来ていたので、綱吉の件に改めて触れることはできなかった。そもそも、病院を訪れたのは、二人の古いお守りを引き取るためだ。だいぶ寄り道をしたので、かなり時間がかかっている。
(家に帰る時間ないな。このまま行っちゃお)
京子の家には、前に花と遊びに行ったことがある。未来を挟んだせいで若干記憶は頼りなくなっていたものの、そこまで道に迷わずに辿り着くことができた。
インターホンを押すと、まだ制服を着ている京子と一緒に、イーピンが出迎えにきてくれた。
「イーピンちゃんも来てたんだ」
「うん。たまたま道ばたで会ったらしくて。裁縫道具運ぶのも手伝ってくれたんだよねー」
「えらーい!」
率直な褒め言葉に、イーピンは下を向いてもじもじと足をくねらせる。そういえば、照れ屋な性格だった。
「遅くなってごめん。作業どう?」
「今ね、お守りにつけるワッペンをみんなで考えててね。ハルちゃんがフェルト生地いっぱい持ってきてくれたから、見比べるのも楽しいよ」
スリッパを履いて、ペタペタと階段を通り過ぎる。人数が人数なので、リビングで作業をしているらしい。
「お待たせー」
「おはようございますー!」
「うわあ、ほんとにいっぱいある」
リビングのテーブルには、所狭しと裁縫道具が並べられていた。色とりどりのフェルトがまるで折り紙のようだ。机の隅には、すでに完成しているお守りの袋が四つ並んでいる。
「今回はお守りの袋、もっと丈夫なものにしてるんです。ツナさんたち、いっぱい無茶しますから」
「そうだね。ツナのとかボロボロになってたし」
「ふふっ、いっぱい頑張った証だね。そうだ、利奈の飲み物持ってくるよ」
「あっ、じゃあ私も……みんなのおかわり、持ってくる」
「ありがとう」
「ありがとうございますー!」
クロームが立ち上がり、京子のあとを追う。それを横目に、利奈はバッグからお守りを取り出した。ハルも、机に置いてあったファイルから薄い紙を二枚取り出した。
「これでお守りから形を写して型紙にするんです。モチーフ的には山本さんのボールが一番簡単なんですけど、ボールの縫い目の表現とか、ちょっと味なところがありまして」
ハルの言うとおり、一見シンプルなデザインの野球ボールだが、ボールの縫い目部分は赤い刺繍で忠実に再現されている。ちょっとでもズレたら目立つだろうから、もしかしたら一番難しいモチーフなのかもしれない。
「ねえ、ハル」
いそいそと転写の用意を始めるハルに声をかける。
「このお守り、もういっこ作れる?」
きょとんとするハルとイーピンに、利奈はさらに説明を続けた。すると二人は、口角を上げてにっこりと笑った。
「もちろんです! もう一個作っちゃいましょう!」
「手伝う!」
台所に行った二人が戻ってきたところで作業を開始する。
三人がフェルトを選ぶその横で、ハルに教わりながらお守り袋用の布に線を引いた。型紙の輪郭をなぞるだけなので、すいすいと書ける。
「利奈さんは最近どうですか? お忙しいですか?」
「うーん、忙しかったな」
継承式関連で単独行動した禊ぎもあったし、ここ最近はかなりハードなスケジュールだった。
とくに、ホテルでの戦いはキツかった。神経を削るベルとの戦闘。神経に作用するマーモンの幻術。そしてワンフロアすべてを吹っ飛ぶXANXUSの一撃。
「委員会活動が立て込んじゃって」
もちろんなにひとつ言えるわけがないので、すべてまとめて委員会活動ということにしておく。風紀委員長命令なので、ほぼほぼ同じようなものだろう。
「ハルは?」
「新体操の大会があるんだよね」
「はい。大会の調整には入っていますけど、あくまで楽しむためにやっていますので。よかったら見に来てください、みなさん」
「行くよー」
「行く行く」
「行く!」
クロームは控えめに頷いて答えた。
「フェルト、この色でいいかな? 真っ白だと汚れやすいかな」
「そうですねえ。……あ、でも、ボールならちょっと汚れたくらいのほうが味があるかもです」
「そっか! お兄ちゃんのグローブもすぐ汚れちゃうんだけど、なんかそれがかっこいいところあるし」
「爆弾もきれいじゃないほうがなんかそれっぽいよね。魚は……焼き魚?」
「はひっ!? それはちょっとあまりよくないかもです!」
きゃいきゃい言いながらお守り袋を作っていく。
新しいお守り袋は元になるモチーフがないので、一からデザインを考える必要がある。だから、机の隅でひっそりとデザインを書いた。袋のほうは手慣れた様子でハルが縫ってくれているので、すぐにできあがるだろう。
「そういえばお兄さん、部屋にいるの? 部活?」
「いないよ。たぶん、ツナ君のところに行ってると思う」
「なんで?」
京子がフフフと笑みをこぼす。
「下駄箱で見かけたんだけどね。私と目が合ったら、お兄ちゃん、露骨にギクーッてしてから走って帰っちゃったから」
「あー……」
それで家にいないのなら、行き先はひとつしかないだろう。
「まったく! みなさん、すーぐ隠し事するんですから」
そう言って頬を膨らませるハルだが、表情はなんだか楽しげだ。未来でのこともあって、彼らの後ろめたいことを隠したいという気持ちも理解できるのだろう。今回は二人とも巻き込まれていないし、まさか、またもや世界の命運がかかわっているなどとは夢にも思うまい。利奈だって、昨日まではそんなこと考えてもいなかった。
(でも、なにもわかんなくても応援したいってすごいよね。ツナたちを信じてるっていうか)
こうやってお守りを作り直すのだってそうだ。このまっすぐな気持ちが、綱吉たちの助けになるのだろう。なあなあで協力関係にあるだけの利奈としては、背筋を伸ばす思いである。
「できましたー!」
最後のお守りの紐を結び終えて、ハルが両手を上げる。それに合わせて腕を上げた利奈は、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「つっかれたー!」
「お疲れさま」
チクチクチクチクしっかりと針と糸で縫い付けていく作業は、思っていたよりもずっと苦行だった。みんなに比べれば作業量は少ないはずなのに、何度も途中で音を上げてしまった。ごろりと横になると、イーピンに頭を優しく叩かれる。
「おつかれ!」
「おつかれー。あー、だめだ、目がシパシパする」
「大丈夫?」
あまりに脱力していたためか、クロームまでにじり寄ってきた。なので、その心配そうな眼前に、手に持っていたお守り袋を突き上げる。
「はい」
「……?」
クロームの眼前で、お守りをくるりと裏返す。五つめのお守りのデザインは髑髏で、そう、クロームのお守りだ。クロームは何度か目をしばたいて、それから口元に両手を合わせた。
「これ……!」
「驚きましたか!? 利奈さんが提案してくれたんです!」
「クロームちゃんもみんなと頑張るんでしょう? 私たちからの応援、受け取ってね」
まだ理解が追いついていないのか、クロームは口をパクパクさせながら目を泳がせている。
「ふっふー。サプライズ成功」
むくりと身体を起こすが、クロームはまだ混乱しきりといった様子だ。元から赤い頬がさらに赤くなってしまっている。
「わ、私……てっきり……」
「ん?」
「雲雀恭弥のかと思ってた……」
「ナイナイナイ」
それは一番ない。かりに作ったとしても、絶対に受け取らないだろう。人の好意とか善意とか願いとか、そういったものを歯牙にもかけない人間だ。体育会系のノリが合わないし、円陣とかも絶対に組まない。
(まあ、勘違いさせようとは思ってたけど)
渡す本人の目の前で作るのだから、バレないようにかなり気を遣った。利奈が率先して作っていれば、恭弥用のものを作っていると思うだろうし、クロームなら言及したりはしないと踏んでいた。京子にもデザインを見せるふりしてサプライズ計画を伝えたし、中身を作るときには、さりげなくクロームとともに追加の飲み物を用意しに席を外したりもした。
「ちゃんとみんなで作ってるよ。こっそり机の下で入れ替えて」
「イーピン、頑張った!」
お守り袋が全部同じ色なのもさいわいした。向かいの京子に渡すときは、イーピンが机に潜って届けてくれた。小柄だし、みんなの周りをチョコチョコ動き回っていても、まったく不自然じゃない。サプライズで一番の功労者だろう。
唯一心残りなのは、お守りの柄にこだわれなかったことだ。
クロームの眼帯には髑髏マークがついているが、デザインがかなり凝っていて、簡単に真似できるものではなかったのだ。作ってる最中に注視したらサプライズがバレてしまう可能性もあるし、やむなくデフォルメの髑髏にしたのである。
(お守りで髑髏も縁起どうなのかなーとか思ったけど、三叉槍は骸さんと被るしね。名字だし、眼帯の柄とお揃いだし、喜んでくれてるからいっか)
クロームの目はまだお守りに釘付けだ。瞳がキラキラ輝いていて、クリスマスプレゼントを見つけた子供みたいな顔になっている。事前に話していたら、ここまで素直な反応は見せてくれなかっただろう。それだけで、サプライズした甲斐があった。
_____
お守りを作り終えたので、全員で綱吉宅へと向かう。みんなの手際がよかったおかげで、日が暮れる前に終わらせることができた。
「みんな、本当にありがとう」
「いえいえ。頑張ってくださいね」
「ファイト!」
イーピンが京子の腕のなかでガッツポーズを作る。よほどうれしかったのか、クロームはお守りを手に持ったままだ。前を歩くハルも早く渡したくてうずうずしていて、三人分のお守りをもう取り出している。
(お守り、うまく渡せるかな。作戦会議があると思うんだけど)
病院での話だと、綱吉たちはこれから作戦会議の予定がある。どこでやるかは聞いていないけれど、各陣営の人間を招集するのなら、それなりの広さが必要だ。
「クローム、このあとは?」
先導する二人の背中を見ながら、小声で話しかける。
「指示はない、けど、ボスと合流するつもり。骸様からも、連絡は来てないから」
「そっか。たぶん一緒にいるしね」
代理戦争はもう、前半戦のバトルロワイヤルから一転、バミューダVSアルコバレーノの後半戦へと移行している。昨日、もしくは今日の戦闘でも共闘していたらしいし、もう因縁がどうこう言っていられる場面ではないだろう。ヴァリアーも、敵勢力との戦闘では一枚岩になると、ミルフィオーレ戦のときに明らかになっている。
(CEDEFはどんな組織かわからないけど、ボンゴレに関わる組織なら、ヴァリアーと同じでいいんだよね? ツナのお父さん、会ったことないけど)
一応バジルとは未来で面識があるが、あのときのバジルはボンゴレファミリーとして振る舞っていた。依然としてCEDEFの実態は謎のままだ。
「京子ー。お守り、今日中に必要って言ってたんだよね?」
「うん。夜に必要だって言ってたから、できたら届けるねって」
それなら、このまま自宅に向かっても大丈夫だろう。明日のために外出することになったとしても、受け取り態勢は整えているはずだ。できれば、直接渡したいところだけど。
綱吉の家が見えてきたところで、利奈はあることに気付く。
(なんか、人多くない?)
昼間の――いや、朝だろうが昼だろうが夜だろうが――住宅街にふさわしいとは言えない人相と体つきの男が、いたるところに佇んでいる。そしてそれは、綱吉の家を中心に広がっていた。つまり、マフィア関係者が綱吉宅に集結している。
(ウソでしょ!? 家で作戦会議してんの!?)
前を歩く三人は、会話に夢中でまだ気がついていない。でも、時間の問題だ。
自宅ならば場所の問題は解決するだろうが、これではなにも言い訳が立たない。マフィア絡みの事案だと、だれでもわかる。もはやそんなことにはかまっていられないほどに切羽詰まっているのだろうか。
「いらっしゃい。待ってたわよ」
男たちの合間を縫ってビアンキがやってきた。その声に反応したハルが、異常に気付いて動揺の声を漏らす。
「はひ? なんか、雰囲気が」
京子も続いて周囲を見渡す。人がぎゅうぎゅうに集まっていて、そのだれもがこちらに一瞥をくれ、そして目を逸らす。外の人たちは、作戦会議の見張りも兼ねているのかもしれない。
(これ百人以上いない? 通報されない?)
庭に立つ男たちの姿が塀越しに見える。二人の様子を窺うが、ここまで人数が多いと、威圧感もさほど感じなくなるものらしい。戸惑いながらも、縮こまらずに前に進んでいる。
「あの方たち、ディーノさんの部下の方ですよね?」
ディーノの部下もいる。しかし、固まり方からして、複数の組織が集まっているだろう。
(ディーノさんの部下、ヴァリアーの隊員、……あとCEDEFかな)
この人数でピリピリした空気がまったくないということは、全員がボンゴレの関係者なのだろう。これでも一部なのだから、改めてとんでもない組織だ。
「ほら、貴方たちのよく知ってる連中たちもいるでしょう?」
やっと敷地内に入ったところで、ビアンキが親指で庭の先を示した。
居間に壁はなく、窓は全開になっていて、人の隙間から室内の様子が確認できる。
「はひっ! なんかすごく恐い人たちがいます!」
確かにものすごく恐い。いるのはわかっていたけれどすごく恐い。
「バジル君と炎真君だ!」
「骸様……」
やはり骸も来ていたらしい。
炎真は机の前で体育座りをしているものの、背中は丸まっていないし、瞳はまっすぐ前を向いていた。
「見てください! あの人、飛んでます!」
絶対に見ない。
「ねえ、おとなりの屋根にヒバリさんがいるよ」
「え」
やっと顔を上げると、確かに隣の家の屋根に恭弥が寝転んでいた。あの位置ではさすがに声は届かないのではと思ったものの、葉の落ちる音でも目を覚ます人だったと思い直す。
「ディーノさんと獄寺君に山本君……あっ、お兄ちゃん」
ディーノ以外の三人は綱吉の背後に立っていた。座っているメンバーに共通点はないので、席順はとくに決まっていないらしい。
「どういう集団なんですか!? いったいなんの集まりなんですか!?」
ハルが驚愕のあまり大声を出した。
抗戦中の未来だったならまだしも、こんな平和な町中にこんな物騒な人たちが集まっていれば、そうなるだろう。事情をすべて知っている利奈ですら、一言で説明することは難しい。
「そうね。とても恐い集団とも言えるわね。このメンツを集められる人間なんて、そうはいないわ」
ビアンキの言うとおり、このメンバーを招集できる人間は限られるだろう。マフィア関係者がほとんどだが、なかにはマフィアを憎む組織も混ざっている。いやそもそも、このメンバーがいがみ合うことなく一同に会している時点で奇跡なのだ。それほどまでに事態が深刻なのだとも、それほどまでに集めた人物に人徳があるのだとも言える。協力者として彼らを集められる人物なんて、それこそ一人しかいないのではないだろうか。
「そんなすごい人って?」
ハルの目が中心人物を探し始める。その場にいる全員の視線を追えば、だれが中心人物かは明白だろう。
「ほら、あそこにいるわ」
当たり前すぎて見逃していたのだろう。綱吉の家なのだから、綱吉がいるのは当たり前だ。しかしそれでも、だれがこの場を仕切っているのかははっきりとわかる。
このとんでもないメンツの視線を一身に浴びながらも、綱吉の表情に憂いはない。決意に満ちた眼差しで、はっきりとした声音で、綱吉は協力を呼びかけている。ただ、自分の家庭教師を救いたいという一心で。だからこそ、その声はどこまでもまっすぐに届くのだろう。闇に包まれた、夜のなかでさえ。