綱吉たちがいる居間からそれなりに距離があったのに、周囲があまりに静かだから、綱吉の声がはっきりと聞こえてしまう。そして綱吉は、ここに京子とハルがいることに気がついていない。
「一度外へ行きましょ。ツナはそうしてほしいはずよ」
二人が綱吉の姿を認めたことを確認し、ビアンキが退席を促した。呼びかけに頷く二人の表情に不安はない。
(クロームは残ったほうがいいよね)
利奈がクロームに目を向けると、クロームは小さく頷いた。
幻術が使えるクロームは、どんな作戦でも重宝されるだろう。二人も薄々わかっていたようで、利奈と同じくクロームに目配せをした。
(私も行こ。作戦、参加できないし)
もはや陣営は一体となり、人員もこのとおり、部屋に納まりきらないほどだ。恭弥がいるのなら、利奈がこの場に残る必要もない。
そう考えて二人の後ろに続こうとしたが、それは半歩も進まなかった。スコーンと、後頭部に球体が直撃したのである。
「いったー!」
鈍い痛みに悲鳴を上げ、それから周囲の視線で言葉を飲み込む。一瞬、綱吉の声が止まった気がするけれど、振り返って確認する度胸はなかった。そして元凶はというと、何食わぬ顔で利奈の頭に乗っかった。
「ヒーバードー?」
押し殺した声で元凶を咎めるが、まったく微動だにしていないことは重みで伝わった。主同様、ふてぶてしい。
「わあ、小鳥さんですね!」
「ヒバリさんの鳥だ! かわいー!」
ヒバードの悪行を目にしていない二人は、呑気にそんなことを言った。一部始終を目撃していたと思われる関係者たちは、笑いを堪えるように顔を背けている。
綱吉たちから見えにくい場所でよかった。だれかに見られたら、しばらくネタにされるところだった。
「あら、男に引き留められるなんて、イイ女の素質があるわね」
「オスなんですか? その子」
「わかんない……」
わかるのは、利奈もここに残ったほうがいいらしいということだけである。
「ヒバリさんいるから、私も残る」
「あっ、そっか。風紀委員だもんね」
「ならあとで! お話が終わったら、ツナさんに私たちのこと伝えてください」
「うん、おっけ」
これですれ違いになることはないだろう。今度こそ出て行く二人にビアンキが続く。会議が終わるまで、二人と一緒にいてくれるようだ。
「そういえば」
門越しにハルの声が耳に届く。
「リボーンちゃんがいませんでしたね」
「ええ。この集まりはリボーンたちアルコバレーノには内緒だったの。……ほんとはね」
含みのある言葉とともに、ビアンキの目が茂みに向かう。その先を追った利奈は、見覚えのある包帯グルグル巻き赤ちゃんに目を見開いた。
(え、スカル!?)
スカルは茂みに腰掛けるようにして埋まっていた。包帯越しに目が合ったのか、小さい手足をバタバタと動かして茂みから抜け出し、こちらにやってきた。
「よう!」
「さっきぶり。え、いたんだ」
「当たり前だ! 俺たちの命に関わるんだぞ!」
病院で会議があることを聞いていたから、退院した炎真たちにひっついてきたらしい。そのわりに一人で庭にいたわけだが、あそこに混ざることは遠慮したのだろうか。
「違う! 炎真のとなりにいたのに、うるさいって放り投げられたんだ!」
「ああ、だから茂みに」
室内には最重要メンバーとして各陣営の代表者が揃っている。血の気の多い人が多いし、あんなところで騒いだら、容赦なくつまみ出されるだろう。スカルと初対面のクロームは、この騒々しさに目を白黒させている。
(炎真君のとなりはバジル君だけど、反対にXANXUSさんがいるし……スペルビさんもその後ろで……どっちかかな)
「まったく! ナイフを投げられるし、銃はちらつかされるし、あの髪の長いのにはこの前みたいに必殺技全部ぶつけてやろうかあって叫ばれるし、散々だ!」
(全員かあ)
ヴァリアーの会議参加者全員に脅されたらしい。現場は見ていないが、あの空気感のなかでそこまで騒げるのは一種の才能である。利奈などは、XANXUSが同じ空間にいるだけで息すらできなくなるというのに。
そんなやりとりをしているあいだにも、綱吉による状況説明が続く。
紡がれる言葉に淀みはない。いつもは、教科書の文を読み上げるのでさえ、たどたどしいというのに。きっと、散々考え抜いてきたのだろう。
「僕、昨日思いついたんです。おしゃぶりの炎を抜かれたら、アルコバレーノは死んでしまう。でも、そのタイミングで新しい炎を入れられれば、もしかしたら、生き延びられるんじゃないかって」
復讐者たちのおしゃぶりには、それぞれバミューダと同じ、夜の炎が注入されている。つまり、夜の炎を入れれば延命は可能なわけだが、あれを生きていると言い切るのは無理がある。ゾンビと同じで、生きながらの死だ。あれでは、闇の世界でしか生きられない。
しかし綱吉は、夜の炎で延命できるのならば、ほかの炎でも代用できるのではとひらめいた。それぞれのおしゃぶりに合った属性の炎を注入することで、復讐者の姿になることなく生き延びられるのではないかと考えた。いわば、臓器移植のようなものだ。
七属性の炎は、この時代ではまだ確立していない概念である。夜の炎の発明者であるバミューダも、七属性の炎はまだ試せていないはずだ。そもそも、夜の炎で生かされている彼らに、七属性の炎は使えない。
試してみる価値は十分にあるものの、ぶっつけ本番の一本勝負。失敗したら、その場でアルコバレーノたちは死んでしまう。あまりにもリスクの高い賭けだ。
「どう思うスカル」
「俺がわかるわけないだろ! でも、やらないよりやったほうがマシだ!」
利奈も同意見だ。このままなにもしないで死ぬか復讐者になるよりは、一か八かに賭けたほうがいいに決まっている。
この件についてはすでに彫金師のタルボ――ボンゴレギアを作ったあの老人に相談済みだそうだ。寿命を迎えるおしゃぶりの代替品を、考案してもらっている最中らしい。
「でもまずは、バミューダチームに勝たなきゃいけないんです。バミューダは復讐のために、チェッカーフェイスを倒そうとしているから」
チェッカーフェイスが倒されれば、アルコバレーノシステムは崩壊する。それは復讐者たちの死だけでなく、アルコバレーノたちの死でもある。さらに言えば、アルコバレーノシステムは世界の秩序を守るためのものであるので、世界の崩壊にも繋がっていく――という話を、すでに病院でユニから聞かされているが、そこについてはあまりピンときていない。いきなり世界がどうこう言われても、話が大きすぎて実感がないのだ。
(至門生が来る原因になった地震も、未来から戻ったときの影響かもって言ってたけど……そこまで考えてらんないし)
綱吉の目標は、あくまで現アルコバレーノの生存だ。となると、バミューダによるチェッカーフェイス殺害計画は実行させるわけにはいかず、となると必然的に、代理戦争で優勝する必要がある。というわけで、回り回って今回の会議の目的は、全陣営協力のもと、バミューダを打倒しましょうという話になる。ある意味、一番王道な展開だ。
「手伝うかどうかはさておき、このメンツが集められたわけがわかりました」
「現在考えられる最強メンバーだなあ」
骸とスクアーロが呟く。
現時点で考えられる戦闘最強メンバー。なかでも、骸にXANXUSに白蘭に炎真。それぞれがそれぞれの組織のボスであり、綱吉が死ぬ気で戦ってきた相手だ。これまでの経緯を思うと、こうやって同じ席に着いていること自体が、尋常ではない奇跡である。
「なんか、普通に勝てそうな気がするね」
「だな!」
外野の二人は楽天的にそう言ったが――心外にも白蘭も同じようなことを口走ったが、綱吉はそうは思っていなかった。
復讐者は残り四名。そのだれもが、一人で一チームを半壊まで追いやれるほどの力を持っている。いや――
(違う、奇襲した人はメンバーじゃないんだった)
となると、参加者の実力はそれ以上。なおかつ、復讐者最強格のイェーガーは、その実力が計り知れないと綱吉が語る。
交渉時に少しだけ戦ったそうだが、初動から圧倒され、リボーンもそれを見て棄権を促してきたらしい。今まで、どんなことがあっても綱吉を死地へと叩き出してきたリボーンが、だ。
「そ、そんなにヤバいのか? イェーガーは」
「スカル、見たんじゃないの?」
「俺のときは不意打ちだった! 卑怯な手で来るやつは、たいてい弱いもんだろ! 強いやつが闇討ちするな!」
スカルが憤慨する。
その理屈はともかく、それほどまでに実力があるのなら、奇襲など仕掛けずに正々堂々勝負してもよかったはずだ。なぜか結果的に許されているが、反則扱いで失格になる可能性もあった。
「それは風も言ってたな。で、ヴェルデが、復讐者というイレギュラーを入れることで、ほかのチームの危機感を煽るつもりかもしれないとかなんとか。奇襲のとき、あいつらは本当に殺しに来たらしいからな」
そういうことなら納得がいく。
ヴァリアー以外のチームは、時計を壊すことに注力していて殺意はなかった。代理戦争序盤はゲームのような感覚で、だから利奈も、バトラーウォッチをつけることにさほど抵抗はなかった。そんな緩い意識を改めさせたのが、復讐者による乱入である。皮肉にも、復讐者たちが一番、チェッカーフェイスの望む動きをしているのだ。
(だから、このままバミューダチームに勝ってもらうほうが、チェッカーフェイスにはよくて……でもバミューダたちは、チェッカーフェイスを殺そうとしていて……で、チェッカーフェイスか死んだら、今のアルコバレーノのみんなは一緒に死んじゃう、でいいんだよね?)
たった今聞いたことをもう一周することになったが、やはり問題は、バミューダチームとの戦闘だ。最短半日以下、最長でも一日半で次の戦闘が始まってしまう。あちらに殺意がある以上、生死のかかった戦いとなるだろう。
それを踏まえて綱吉がみんなに確認を取るが、席を立つ者は一人もいなかった。それどころか、戦闘狂たちはもっとも強いイェーガーと戦いたいと言い張りあう。綱吉の苦言を無視してだ。
「大人げない……」
さすがマフィア殲滅を企んでいた者、ボンゴレ乗っ取りを企んでいた者、世界征服を企んでいた者たちだ。こういう性格だから、ああいうことをしでかしてきたのだろう。改めて、彼らを仲間にしようとしている綱吉の懐の大きさを実感する。利奈なら、死んでも手を組まない。
(あれ、でも……)
ふと空を仰いでみるも、屋上の人影に動きはない。声が聞こえてないことはないだろうが、この件については静観するつもりらしい。なんなら、一番に名乗りを上げてもおかしくない、もっとも強者を欲する戦闘狂なのに。
「利奈?」
「あ、ううん」
結局、四人全員がイェーガーに当たることになり、それを踏まえて作戦を組み立て、今回の会議は終了となった。
また細かい調整はあるだろうが、作戦内容ははっきりとしているし、チーム分けも終わっている。当たり前のように恭弥はチームに入れられなかったので、当日は恭弥の動向だけ追っていればいいだろう。バトルウォッチがなければ、敵に狙われることもないはずだ。
会議が終わり、強面集団がぞろぞろいなくなったところで、利奈とクロームは庭から居間へと入った。スカルは庭で炎真待ちだ。
「お疲れ、みんな」
「おっ、いたのか」
「おお、初日以来だな! クロームは……いつが最後だ!?」
「……歓迎会のとき」
武はクロームとチームになっているが、了平は今回の戦闘メンバーには加わっていない。単純に、バトラーウォッチの在庫が足りなかったのだ。
当然、了平は吠えたが、治療ができる人間は戦闘後の回復役として温存したいというディーノの提案を聞き、納得してくれた。相手が殺す気で来るのなら、重傷者が出ることは避けられない。
それはそうと、恭弥がボスウォッチを壊さなければ、ななつまるごと枠があったのだが、元凶はまだ悠々と眠っている。
(ツナはまだお話中か)
綱吉はバジルと話していたが、綱吉を見る利奈に、バジルが気がついた。それに綱吉が気付き、二人してこちらを見る。
「お久し振りです」
「お久し振り。ちょっとだけいい?」
綱吉を指差す。
「どうぞ。では、拙者はこれにて」
「うん、またあとで!」
バジルは綱吉や炎真とともに、遊撃隊として活動する予定になっている。三人は空を飛ぶことができるので、復讐者を各個撃破する役割があるのだ。
「来てたんだね」
「うん、京子たちとね」
「え!? いたの!?」
綱吉がものすごい勢いで庭を覗き込む。
「すぐにビアンキさんが外に連れてったから大丈夫。私はちょっと、ヒバードに捕まっちゃって」
「だから頭の上に……」
ヒバードはずっと頭の上に乗っている。肩辺りにとまってほしいけれど、利奈では肩幅が足りないらしい。
「で、会議終わったらみんな戻ってくるから、先に言っておこうと思って。
笹川せんぱーい、もうすぐ京子来ますよー!」
ついでで了平に声をかけると、今の綱吉と同じ勢いでこちらを振り返った。
「なに!? 極限に帰らなければ!」
「帰るな! お前は俺らと作戦会議だろうが!」
「場所変えようぜ。ファミレスとか」
「私、フラン連れてくる……」
みんなが慌ただしく動き始める。
「じゃあ私も行くね。公園の申請してこなきゃだし」
「申請?」
「ほら、公園使うって言ってたでしょ? 山はともかく、公園はちゃんと利用許可取らなくちゃ」
計画では、それぞれが持ち場について復讐者を待ち構える作戦になっている。
三カ所中二カ所はもう決まっていて、木々に囲まれた自然公園は、全日封鎖する必要があった。夜中に戦闘が始まる可能性を考慮すると、もう半日もない。
「ボンゴレとかヴァリアーとかの力使えば楽なんだろうけどさ。並盛のことなら、まず風紀委員を通してもらわないと」
「あ、うん。ごめん」
おそらくこれがこの場に留まらされた理由だろう。
なし崩しで町を戦場にされてきたが、並盛町でいつまでも好き勝手されたら困る。綱吉にその気はなくても、ちょくちょく行政に干渉されては、風紀委員の面目が立たない。
伝言と一応の忠告を終えたところで、ようやく綱吉宅を出る。役所が閉まるとなにかと面倒になるし、さっさと申請を出しに行ったほうがいいだろう。そして風紀委員とはいえ、利奈の権限ではそれは難しい。ここはやはり、代表者の顔がなければ。
待ち構えていたかのように地面に降り立った恭弥は、まだ寝足りないのか、あくびをひとつこぼしてみせる。
「意外でした」
「なにが?」
ヒバードが恭弥の頭へと移る。
「イェーガーと戦いたいって名乗り出なかったじゃないですか。寝てました?」
「……」
無言。あるいは無視。なかったことにしようと利奈は歩調を緩めたが、しばらく空けて、恭弥は答えた。
「群れるのはごめんだからね」
「なるほど」
今回はそちらの欲求が勝ったらしい。
だったら明日はどうするつもりなのかという新たな疑問が浮かんだものの、聞いたところで答えは返ってこないだろうと、利奈は離れゆく背中を追った。