役所の人たちが責任をたらい回しにするさまを眺めた次の日。
利奈は決戦の地となるであろう、自然公園に足を踏み入れた。
公園付近はすべて封鎖しているものの、関係者の姿は多い。戦闘に備え、各陣営の術士や構成員がそれなりに動き回っている。ほとんどが場に合わせずスーツを着ているので、昼間の公園とは思えない絵面だ。
利奈などは一般人と間違われそうになるところだが、頭からすっぽりと被った布が、そのまま関係者の証となっていた。
(炎探知対策の炎遮断特殊繊維。軽いし動きやすいし、服だったら便利かも)
これまでの復讐者の出現の早さからして、敵はこちらの死ぬ気の炎を目印にワープしていると断定された。となると、囮以外は炎を隠す必要がある。よって、ステルス性能のある新素材が発明された。戦いに参加しないメンバーも、どこかでこの布を被って待機しているだろう。
(あとヒバリさんと、イェーガーと戦う予定の人たちか。ツナたちも被ってんだろうな)
夏場でなくてよかった。さすがに通気性は考慮されておらず、じんわりと熱がこもってくる。
リボーンは噴水広場に待機していて、その周辺は参加者以外は近づかないようにと厳命されている。利奈が向かっているのは林のなかでも拓けた場所で、そこには、目隠し布で覆われた大型のトラックがあった。その影に、作業服姿の二人組。手を振りながら声をかける。
「おはよー!」
スパナと正一は今回メカニックとして参加しており、科学者のヴェルデと組んで、いろいろな新兵器を開発していた。利奈が羽織っている特殊繊維もそうだし、メンバーを偽装した囮人形なんかもそうだ。トラックに乗っている仰々しいなにかも、その一環だろう。
トラックにかけられた特殊繊維布が天幕の役割を果たしていたので、利奈は羽織っていた布を脱いだ。熱がこもりやすいのは要改良だ。
「おはよう。間に合ったね」
「学校帰りか」
「うん、午前授業だったから」
今回はなんの役割も与えられていなかったので、普通に学校に行った。途中で戦闘が始まったら呼び出してもらう手筈になっていたけれど、その必要もなく。
スパナの視線が、利奈の制服に向く。
「本当に日本の学校はみんな制服だ。面白い」
「海外の学校って制服ないんだっけ」
「うん、ない。だからこれでもイケる」
「えー……」
作業着で胸を張るスパナに、利奈は疑いの目を向けた。
さすがにつなぎで学校に行くのはアウトなのではないだろうか。業者の人に間違われそうだ。
「でも、なんか変な感じ。二人とも大人じゃないし、入江さん……入江君?が年下になってるし。
背、私より低いんじゃ――」
頭に手を添えて正一に近づくが、大きくのけぞるようにして避けられた。
「そりゃあ十年前だからね! 僕はどっちも知ってるから、そんな驚かないけど」
「ウチからしてもそのままだな。みんな変わりなくて嬉しい」
スパナが嬉しそうな顔をする。
「スパナだけ外国だもんね。最初、夢だって思わなかった?」
「そんなことない。その証拠にホラ、第一号モスカ」
スパナの後ろから、ピルピルと音を立てて小型モスカが現れる。一応は戦闘兵器のはずだが、膝丈くらいの大きさなのでかわいく見えてしまう。
「設計は覚えてたから、試しに作ってみた。素材は安価だけど、基本的な動作は一通り」
モスカがキュルキュルと両腕を上げる。試しに手を差し出すと、そっと指先を握られた。
「すご……」
与えられた記憶を元にモスカを作ることで、夢でないことを実証するとは。技術者らしい証明の仕方である。
「差し入れにパン買ってきたよ。メロンパンがおいしいお店で、メロンパンと、コロッケパンと、イチゴメロンパンと、ウインナーパンと、メロン――」
「僕、ウインナーパンもらっていい? あっ、それカレー?」
「うん。いいよ何個でも。委員会の経費だから」
「ありがと!」
正一にウインナーパンとカレーパンを手渡す。
甘いものだけだと男子には不評かと、惣菜パンを多めに買ってきてよかった。というか、おまけ扱いでメロンパンをもらいすぎた。どれが期間限定のメロンパンかわからないくらい種類がある。
「助かるよ。朝から緊張しっぱなしで、ほとんど食べれてなくて」
「食べて食べて。飲み物ある? 自販機あったし、買ってこよっか?」
「ううん、大丈夫。飲み物はあるんだ。それに、飲みすぎてトイレ行きたくなっても困るし」
正一が苦笑いを浮かべた。
彼らは昨日の夜からこの場所で待機している。休みは取っているだろうが、いつ始まるかわからないバトルのために待機し続けるのは、神経を使うだろう。だからこそ、休憩が必要だ。
「あとね、スパナはこういうの好きかなって。あんパン食べる?」
「あんパン……!?」
スパナが声を震わせた。日本大好きなスパナなら日本らしいパンを見せたら喜ぶのではと思っていたけれど、どうやら大正解だったようだ。
「これがあのあんパン……! 張り込みのときに食べる携帯食料……!」
「それ、ドラマのなかだけだよ」
「そうそう。やるなら羊羹のほうが持ち運びやすいし食べやすいよ。腹持ちするし」
「相沢さん?」
羊羹はいい。どこにでも売っているし、安いし、どの服のポケットにも入る。そのうえトイレが遠くなるので、張り込みだけでなく、待ち伏せにも重宝されていた。とはいえ、厳つい風紀委員が揃って羊羹を食べている光景は、なんらかの違法性を感じさせる絵面ではあった。
なにか言いたげな正一をよそにしみじみしていると、布を引きずりながらヴェルデがやってくる。
「なんだ、こんな時間に昼食か?」
「差し入れもらった。食べるか?」
「けっこう。集中力が低下する」
小さな身体で利奈と同じサイズの布を羽織っていたからか、声に疲れが滲んでいた。
「なにかあった? こっちに来て大丈夫?」
正一が心配そうに尋ねる。
リボーンが待機している噴水広場は、このトラックを挟んだ向こう側だ。ギリギリ目視できる距離ではあるが、復讐者たちに察知されないよう、ここから反対側は布がしっかりと固定されている。向こうでなにかあっても、対処が遅れてしまうだろう。
「なに、最初はリボーンが対応するだろう。それに今までの統計の結果、試合開始時間はゼロ分ちょうどになる可能性が高いと判断した。ここにきてのイレギュラーは寒いだけだ」
確かにこれまでの戦闘は、ゼロ分ちょうどに音が鳴っていた。今の時刻は二時十七分で、なんともいえない中途半端な時間である。
「日が暮れるとなると、調節が必要だと思ってな。暗視ゴーグルと熱源センサーの動作確認、それから調整をしにきた」
「そっか、また調整しなきゃいけないのか。気温は夜でもそんなに変わらないみたいだけど」
「対復讐者用繊維は熱がこもる。こちら側を解放することで熱を逃がしているようだが、内部温度は一度確認しておきたい。それと――」
技術者たちが専門的な話をし始めたので、利奈はメロンパンを頬張りながら広場を映すモニターを覗き込んだ。
広場にはリボーンがいる。それと、直立不動の人影がよっつ。それからさらに、彼らが微動だにしていないことを示すように群がる無数の鳩。払いのけさせてもいいところだが、エネルギーを消費させないよう、あえてそうしているのかもしれない。
(リボーン君だけずっとあそこにいるんだよね。差し入れ渡せたらいいんだけど、そのタイミングで始まったら目も当てられないし)
それこそ、飛んで火に入る夏の虫だ。参加者じゃなくても、彼らが庇うことを見越して攻撃を仕掛けるくらいは平気でするだろう。闇討ちをする人間の倫理観なんて、そんなものだ。
(時間までここにいようかな。ヒバリさん探すのも大変だし、これがあればいろんなとこよく見えるし)
足下に布を敷き、ゆったりと足を伸ばす。明日が日曜日ということで、今日も泊まりの予定があることにしてある。深夜になろうともどんとこいだ。
「……おい。そこの一人くつろいでる小娘。我々が開発したのはピクニック用のブルーシートではない」
目ざとくヴェルデに見咎められた。特殊繊維布の転用は許されないようだ。
ピクニックシートも用意していたのでバッグから取り出すと、最初からそれを使えとばかりに睨まれる。技術者二人は目もくれなかった。
__
「きた!」
ヴェルデの予想が当たり、午後三時。試合開始一分前の合図が鳴り響いた。
一斉に飛び去る鳩が利奈たちの頭上を飛び去り、三人は同じモニターを覗き込む。すぐさま夜の炎がリボーンの正面に現れ、緊張が走った。
「よし、予測どおりだ! イェーガーが来た!」
「ん、マーモンチーム側も一人。予定どおり」
モニターはみっつ用意されていて、それぞれの陣営の情報が流されている。
敵の数はバミューダを含めて五人。それが三陣営に向かうので、人数比は二対二対一。となれば、一が当たるのは負傷者の多いマーモンチームになるだろうと、あらかじめ予測が立っていた。まったくもって、こちらの計画通りだ。
一分が経過した。
その一分のあいだに交渉は決裂し、即座にイェーガーが隼人の首を――いや、隼人を模した囮人形の首を吹っ飛ばした。
姿形どころか、七属性の炎や心拍音まで偽造した、最先端の囮兵器だ。
自爆機能をつけるかつけないかで最後まで揉めたらしいが、あそこにいる五人のなかで、リボーンだけが本物である。うっかりでリボーンのアルコバレーノウォッチが壊されたら目も当てられないと、最終的に自爆機能は却下された。
それと同時にほか二カ所の戦闘も始まる。
待機していたメンバーはすべて偽物で、一人で現れた復讐者は、炎真の重力操作によって地面に押さえつけられた。ヴェルデチームは、取り壊し予定のスーパーにある屋上駐車場で、綱吉たちが来るまでの時間稼ぎを始めている。クロームの幻術がここで役に立つわけだ。
囮人形が壊されたところで利奈は前のめりになったが、となりの正一は大きく身を引いた。そして、唇を震わせる。
「……今、なんの躊躇いもなく首を吹っ飛ばしたよね、あの人。偽物だって、知らないはずなのに……」
その目には怯えが滲んでいた。今までと違い、明確に恐怖の色があった。
「本当なんだ。本当に殺しにきてるんだ」
声どころか、肩まで震えている。
そうだ、目の前にいる正一はあの正一と同じではない。未来の知識を与えられただけで、彼自身はまだ普通の中学生だ。同一の存在ではない。
(でも、まったく別人ってわけじゃない)
ヴァリアーがいい例だ。
彼らはもう以前と同じ人物ではない。未来の記憶を得て、未来での人物像に近くなった。でなければ、ただの中学生である利奈にあそこまでよくしてくれるはずがない。ホテルで殺されても、おかしくはなかった。
ならば――ならば。
(ううん、もうどうだっていいんだ)
目の前の人物があのときの人物と同一なのかどうかは、もはや重要ではない。自分がどう思うか。自分がどうしたいかだ。
「僕からやらせてもらうよ。じゃんけんで勝ったんだ」
審判の時は早かった。そもそも、ショートワープを使うイェーガーの前では、時など簡単に超越される。
イェーガーは対峙している白蘭を飛び越え、XANXUSを標的に定めた。ショートワープで背後を取り、その右腕を吹き飛ばす。
比喩ではない。本当に、銃を持ったXANXUSの腕が、イェーガーの手刀で切り飛ばされたのだ。
しかし、こちらがそれに反応している暇はなかった。
すかさず残った左腕で発砲された銃弾を、イェーガーが並外れた身体能力で避ける。そこを狙い澄ましたかのようにスクアーロが横薙ぎを入れるが、それはショートワープで避けられた。それも、スクアーロの背後に。
スクアーロは即座に剣で防御の姿勢を取ったが、その剣はイェーガーの手刀にいとも簡単に突き折られ、そして――
「……あ」
スクアーロの左胸に、穴が空いた。このスクアーロは幻術じゃなくて本物だ。
「なんてやつだ! イェーガーの狙いは命だけだ!」
モニター越しにヴェルデの声が響く。
利奈も、モニター越しでなかったら悲鳴を上げていただろう。スクアーロが死んだと、思い込んでいたら。
モニターには、映像のほかに体温や心拍数などのデータが表示されている。
スクアーロの数値はどれも下がっているが、消えてはいない。心臓の辺りを貫かれたのにもかかわらずだ。なんらかの仕掛けが働いているのは間違いない。
ワープ対策で、四人の背後に岩のような壁が生成される。これがあれば、背後に回られても攻撃は受けることはない、と思われたが――
「ひっ」
白蘭の胸元から突如腕が生え、今度こそ利奈は悲鳴を上げた。
赤く染まった包帯の巻かれた腕はイェーガーのものだったが、イェーガー自身は離れたところにいる。
「画面拡大!」
正一の声も引きつっている。
拡大された画面に映るイェーガーに右手はない。二の腕の先は、黒い炎が広がっている。
「手、だけ、ワープ?」
そんなことがあり得ていいのだろうか。これでは、どんなに鉄壁な守りを築いても突破されてしまう。
白蘭がイェーガーの右手を握った。XANXUSが銃を撃った。今度はXANXUSの正面にワープしたイェーガーが、残った左腕で一閃、XANXUSの両足を切った。
倒れ込むXANXUS。倒れ込む白蘭。無傷のイェーガー。残るはディーノと骸。綱吉はまだ来ない。
「プレゼントプリーズだ!」
絶望的な状況のなか、ヴェルデの声が響く。正一とスパナが立ち上がる。
モニターのなかのヴェルデの背が伸びていく。同じモニターにいる白蘭の数値はスクアーロと同じく消えてはおらず、状況が状況なだけあって安堵した。
(……やらなくちゃ)
震える手でバッグを引き寄せる。トラックからG・モスカが射出される。ポケットを漁る。頭上からイェーガーが襲いかかる。リングを取り出す。頭上にメーザーが撃たれる。リングを嵌める。広場上空に炎弾が撃ち込まれる。走り出す。
突き返すつもりで持ってきたリングだ。この機会ならば絶対に顔を合わせるからと、匣と一緒に今日、応接室から持ってきた。
雨属性の炎の特性は鎮静。風から教わった戦法のなかに、応急処置としての活用法がある。細胞の働きを抑え、出血を抑える使い方があるのだ。となると、利奈がやるべきことはひとつ。
G・モスカが戦っている隙にとばかりに、スクアーロと白蘭がそれぞれの陣営によって回収されている。ルッスーリアとレヴィがスクアーロを担いできたが、二人がかりなのに動きが鈍い。二人とも、本調子ではないのだ。
「あら、利奈」
「スペルビさんは!?」
映像では心臓を貫かれていた。出血も止まっていなくて、引きずられた足下から血の痕が続いている。
「重傷よ重傷! すぐに病院まで運ぶわ!」
「待って、これだけ!」
リングに炎を灯し、傷口に押し込む。どれくらい効果があるかわからないけれど、ないよりはマシだろう。か細い呼吸音が上から聞こえる。
「助かるわ! 私も限界で」
「心臓は僕が作ってる! あっちの内臓も!」
マーモンもこちらに来ていた。あっちというのは白蘭だろう。二人とも、マーモンのおかげで即死を免れたらしい。それと、ベルがXANXUSの右腕と銃を回収していた。あとでつけるつもりなら、あそこに転がしておくわけにはいかないだろう。
広場から大きな音が聞こえたと思ったら、噴水から水しぶきが上がった。噴水に落下したG・モスカのなかから、ヴェルデが出てくる。目を離した隙に、イェーガーから反撃を受けていたらしい。そして、イェーガーはいまだ無傷だ。
「くそっ、あれでは時間稼ぎにもならんではないか!
ボス!」
「やめとけよ、今行ったらただ死にに行くだけだぜ」
XANXUSは倒れたまま動かない。
容態は右腕の欠損と両太ももの創傷。右腕は切られてすぐに自分で焼いていたから、出血多量によるショック死は心配しなくていいだろう。あの場で即その判断ができる辺り、さすがは暗殺集団のボスである。
「おい、お前ら!」
遠くからの呼びかけに反応すると、トラックの運転席から太猿が顔を覗かせていた。いつの間にか車を用意していたようだ。その荷台に、γが白蘭を乗せている。
「公園の外に運ぶ! そいつも運ぶなら乗せろ!」
「ええ、お願い!」
利奈はスクアーロを運ぶのを手伝わずに、トラックへと駆け寄る。
(これ、さっきG・モスカ載せてたトラックだ)
鍵は挿したままにしてあったらしい。横に回って、荷台に飛び乗る。
「おい、なにをするつもりだ!」
白蘭に馬乗りになる利奈に、γが声を荒げた。この時代のγとは初めて会うが、見た目も言動もだいぶ若い。弟だと言われても信じるだろう。
白蘭に意識はない。いつぞやと似たような状況だが、今回は本当に気を失っているだろう。息を切らしながら、利奈は再びリングに火を灯す。
「っ、これ、もらうから!」
そろいもそろって胸元に空いた大穴にリングを入れ、炎を流す。
ブルーベルの炎をイメージしてはいるが、出力の差は歴然だ。元の炎が少ないから、ありったけを注がないとリングが灯らない。そしてそのありったけを注ぎ込むので、二回目はドッと冷や汗が出た。
そのあいだにスクアーロが運び込まれる。
「せー、の!」
γも加わって、スクアーロが荷台に載せられた。トラックに柵はないが、公園の外で載せ替えれば問題はないだろう。
息を切らしていたら、脇の下に手を入れられて、ひょいと荷台から降ろされる。
「やらなくてよかったのか?」
頭上からのレヴィの言葉に、利奈は力なく笑って見せた。
「また今度」