二度にわたる炎の放出で、戦っていないのに疲れ切ってしまった。二人の搬送を見送り、深々と息をつく。
もはや自分の足で立つのも困難で、両脇を抱えるレヴィが動くままに広場前まで運ばれる。そして、正一に差し出されるままにメロンパンを口にくわえた。こんなときだけど、栄養補給が一番の回復になるらしい。
(私はこれだけでヘトヘトになるのに。あの人、何回ワープできるんだろう)
メロンパンをもそもそと噛みながら、イェーガーに目をこらす。
死ぬ気の炎は無尽蔵ではない。このとおり、放出しすぎれば動けなくなる。利奈ならば、生命力を使い切ったとしてもワープはできないだろう。資質が違うと言ってしまったらそれまでだが、それくらいワープに使われる炎量は多い。
そもそも、元の身体能力が桁外れだ。素手で人体を貫くばかりか、スクアーロの剣まで砕いてしまった。
元アルコバレーノということは、つまり、かつての人類最強である。その集められた人類最強のなかで生き残れたものが復讐者になり、さらにそのなかでも一際優れているのが、ここにいるイェーガーだ。それはもう、人類史最強といっても差し支えがない。――付け足すとバミューダがその上にいるのだが、利奈はそこまで思い至らなかった。
「そろそろ最後のターンだね」
バミューダが言う。
戦闘中だというのに、ちょくちょくイェーガーのそばまで来ては、挑発して去っていくのだ。性格が悪い。
今度の標的は骸だった。
何回も見ているだけあって、背後からの奇襲は防御できたが、盾に使った槍はあっけなく折られてしまう。それでも、それすら予測して身をよじっていたために、手刀は腹をかすめる程度で済んだ。追撃を入れようとするイェーガーの腕も、ディーノの鞭が捕まえる。だが――
「手!?」
今度は捕えた腕以外がワープした。本体が向かうのは当然、鞭を押さえるために両腕が塞がり、すっかり無防備になっているディーノの眼前。
ディーノは逃げられない。ここで鞭を離せば、解放された左腕が骸を貫くだろう。避けることすら許されず、手刀が左肩に振り下ろされる。飛び散る血しぶき。追い打ちとばかりに遅れてワープしてきた左腕が、ディーノの顔面を狙い――
「ヒバリさん!」
林から飛び出してきた恭弥の鎖が、その左腕を鎖で弾き飛ばした。さらに恭弥が追撃を入れて、イェーガーをディーノから引き離す。
(なんとか助かった……!)
全滅するまで来ないつもりかと思っていた。ギリギリ、群れとは認識されない人数になっていたようだ。
しかし、これでディーノも脱落してしまった。致命傷は避けられたものの鞭は切られ、胴体からは大量に血が流れている。ディーノもすぐに病院につれていかなければならない。
「六道骸はまだ戦えるな」
レヴィの言うとおり、骸は脱落していない。負傷したものの傷は浅く、槍を折られたものの使用不能というほどではなく、そして骸の真骨頂といえば幻術だ。クロームや綱吉がまだ到着していない以上、イェーガーに対して、もっとも有効な対抗手段を持っている人物と言える。
「それより、見たか今の」
「ええ、もちろん」
ベルとルッスーリアが、訳知り顔でなにかを共有し合う。戸惑う利奈の頭上で、レヴィもフンと息を吐き出した。
「イェーガーのやつ、避けなかったのではなく、避けられなかったな」
「なんのことです?」
「ショートワープだよ。あいつ、ヒバリの攻撃だけは避けらんねーみたいだぜ。丸見えだったのに」
(そうなのぉ!?)
同じ場面を見ていたはずなのに、視座がまったく違う。避けられたものをあえて避けなかったのと、避けられずに防いだのでは、行動の意味合いがまったく異なるだろう。そしてその事実に気付いていなかったのは利奈だけだったようで、恭弥たちも余裕そうな顔をしている。利奈はだれにも気付かれないよう、ギュッと唇を引き結んだ。
「我らが第八属性の炎のショートワープに死角はない」
「どうかな」
イェーガーの言葉をあしらいながら、恭弥がロールを増殖させる。雲ハリネズミのロールは棘の生えた大きなボールに変形することができるので、こうやって障害物代わりにすることができるのだ。
恭弥はすかさずその影に隠れたが、イェーガーはショートワープで障害物を飛び越え、攻撃を放つ。しかし、聞こえたのは肉が絶たれる音ではなく、物が砕ける音であった。
「あら、囮人形?」
「いや、あれは骸による幻術だ。実体を伴っているようだが……」
「ヴェルデが開発を重ねていたからね。あれなら人形がなくても実用は――できるようになったかと思われます、はい」
解説をしようとした正一が、ヴァリアー一同の視線を受けて即座に縮こまる。
流れでヴァリアーと同席してしまっているが、今の正一にとって、ヴァリアーは恐怖対象であるらしい。――一番の巨漢が、利奈をプランと持ち上げていたとしても。利奈は低くなったつむじを見下ろし、そしてまた戦況に目を向けた。今度は骸が狙われたが、それもまた幻覚だ。
(でも、ほんとに避けられなかったのかな。ヒバリさんの攻撃だけ)
専門家のみんながそう言うのだからそうなのだろうけれど、利奈にはどうも納得ができなかった。
恭弥のボンゴレギアだけ避けられなかったと言うけれど、いったいほかとなんの違いがあるのだろう。投げられただけの鎖は、そのほかの武器と変わりがないように見える。
そして答え合わせのように、恭弥の背後にイェーガーが現れる。
「当てが外れたな」
首筋に向かう手刀を、利奈は目にしていなかった。いつもより高くなった視点から見える空を、流星のように滑空してくるひとつの炎。真昼の一等星。
「イェーガー!」
間に合った。駆けつけた綱吉が、惨状を目の当たりにして眉を寄せる。地面に残るおびただしい血の痕で、すでにいない二人の状態にも察しがつくだろう。
「倒れている人を診てやってくれ!」
「ボス!」
ロマーリオが飛び出した。ディーノはその場に倒れ込んでしまっている。
「ボス!」
そしてレヴィも飛び出した。つまり、抱えられていた利奈も一緒に運ばれるわけで。
「え?え? レヴィさ、降ろして!」
「ボスー!」
もう聞こえていない。あっというまにXANXUSの元へと連れてこられてしまった。そしてそのままXANXUSとともに肩に担がれる。XANXUSも気を失っているようで、まったく反応がない。
(ツナは!?)
揺られながらなんとか顔を上げる。時間を稼ぐように綱吉が連撃を入れていて、今度こそ利奈も異変に気がついた。
「ほ、ほんとにワープできてない!」
「早くボスを!」
XANXUSとともに芝生に降ろされ、寝転がったまま綱吉の様子を確認する。
二手に分かれた復讐者たちを倒してここまでやってきたはずだが、出血するような怪我はなかったようだ。ただ、一緒に飛んで移動していたはずの炎真とバジルの姿がない。二人とも、脱落してしまったのだろうか。
「炎真は残ってる。バジル、獄寺隼人、山本武がリタイア」
絶えず手元のモニターを確認していたスパナが脱落者を告げる。手を貸してもらって、なんとか上体を起こすことはできた。
ワープしたイェーガーが綱吉の背後に回ったところで、遅れて駆けつけたクローム――いや、フランが骸と同じ防御壁を展開させて防護する。しかし、それがイェーガーの気に障り、すぐさま炎真含めて三人ともやられてしまう。
「クローム!」
体は動かない。だが、恭弥の鎖が追い払うように飛んで、またもやイェーガーはワープをしなかった。
イェーガーにワープができないタイミングがあることは、もはやだれがどう見ても明らかである。そしてその理由を、何度も復讐者と戦ってきた綱吉がとうとう見抜いてみせた。
「復讐者たちはバミューダから与えられた炎エネルギーで戦っているんだ! バミューダが頻繁に肩に乗るのは、炎エネルギーを補給するためだ!」
そう、タネは単純。ショートワープに使う膨大なエネルギーは、すべてバミューダが肩代わりしていたのである。
「そうか、わかったぞ。復讐者が連続でワープできるのは二回まで。ゆえに、ヒバリと沢田の攻撃は腕で防ぐしかなかったというわけか」
XANXUSの搬送を見送ったレヴィが戻ってきた。立たせてもらおうと手を伸ばしたら、担いでくれという意味に取られ、またもや持ち上げられた。そのほうが楽なので、そのまま持っていてもらう。
「そうね、フランたちへのワープ、沢田綱吉へのワープ」
「ヒバリへのワープと六道骸へのワープ。ん?腕も飛んでね?」
「あれは消費量少なめなんじゃない? だから正確には、二回とパーツが何回かってとこかしら」
そしてさらには、その直後は著しく体力が落ちる。今まではすかさずバミューダが回復していたから気がつかなかったが、イェーガーは大きく息切れをしていた。そしてそれは落ち着く気配がない。同じように炎エネルギーを消費した利奈は、徐々に回復しつつあるというのに。
ここで復讐者のもうひとつの弱点が明らかになる。
イェーガーたち復讐者は、生命力である炎を自分自身では生成できない。夜の炎を宿しているのではなく、夜の炎をバミューダに与えてもらっている状態なのだ。ゆえに、与えられた炎を使い切れば、動けなくなってしまう。
「ということは、アルコバレーノが復讐者になっても、自由になれるわけではないのだな。あくまでバミューダに生かされているだけなのだな」
いつのまにかヴェルデは赤ん坊の姿に戻っていた。
「なんだよそれ! 生きてるかぎり、やつのしもべなんてごめんだぜ!」
「そこまでして生きようとは思わねえな」
「黙れ!」
アルコバレーノたちの非難にイェーガーが吠えた。すかさずバミューダがその肩に乗るが――
「ダメです!」
「わあっ!?」
近くの茂みからシルクハットが飛び出し、利奈は悲鳴を上げた。チェック柄の派手な手袋をした男が声を張り上げる。
「呪解していないアルコバレーノは部外者扱いです! 以後のエネルギーの供給は、協力行為とみなして禁止します! 破れば反則負けです!」
「だれ……?」
「あっ、どうも。私、尾道と申します、ハハ」
尾道がひょいと帽子を上げる。聞いたことのある声だが、バトラーウォッチから聞こえた声だろうか。定かではない。
いずれにせよ、警告は少し遅かった。すでにバミューダは供給を終えていて、イェーガーがまたもや綱吉の背後に回る。
「君は、背後に回るしか能がないのかい?」
動きを読んでいた恭弥と骸が攻撃を防ぐ。
「動きが直線的すぎる。焦っているようだ」
冷静な判断力があれば、背後からの奇襲は防がれやすいとわかっただろう。からくりを見抜かれて動揺したのか、あるいは、復讐者のあり方を悪く言われたことに腹を立てていたか。
「ほざけ」
イェーガーがショートワープを使う。これで、使用回数ゼロになったはずだ。しかし、二人の死角である真上に現れたイェーガーは、両者に向かって両腕を突き出しす。二人の肩口から、勢いよく血が飛び散る。
「ぬっ!」
声を漏らしたのはイェーガーのほうだった。
同じくワープの残り回数を把握していた骸が、幻術で生み出した素材でイェーガーの腕を固める。自分の肩どころか、恭弥の肩まで固めたので、イェーガーの両腕は、完全に固定された。
「くっ、この!」
イェーガーは見るからに焦っている。どうやら、これはワープで逃げられないようだ。
「フフ、どうやら両手同時には切り離せないようだな」
レヴィが笑う。そういえば、今まで片手しかワープさせていない。二カ所同時には夜の炎を展開させられないようだ。炎の残量がもう残っていないのかもしれない。なんにせよ、この絶好の機会を逃す手はない。
「ツナ君! シモンリングも使って!」
負傷している炎真がシモンリングを飛ばす。カブトムシの形態になったリングが綱吉のリングに嵌まり、綱吉の纏う炎に大地の力が加わった。
「おいおい、あいつ、お前のボスごとヤる気だぜ」
炎を放出しようとする綱吉に、ベルがニヤニヤ顔で小突いてくる。そういえば、ヴァリアーは綱吉のこの攻撃を知らないのだ。
綱吉の必殺技――利奈は名称を忘れているが――X BURNERは、高出力の炎を前後に放つ全体技で、範囲は絞れない。しかし、炎真のシモンリングで重力操作の力を獲得することで、攻撃の範囲を極限まで絞ることができるのだ。ゆえに、利奈は知らん顔で胸を張った。
「あらっ」
「ぬおっ!?」
「……ふうん」
それぞれの反応にも胸を張る。綱吉にかぎって、味方を犠牲にする攻撃はあり得ない。なにがあろうともだ。
ただ、敵にも情けをかける綱吉が、イェーガーの胴体に大きな風穴を開けたことには驚いた。胸を張った以上、うろたえられなかったけれど。
「この程度で死ぬ相手ではない。トドメを!」
地に伏しながらも骸が進言する。その言葉に綱吉が逡巡し、その一瞬が、命取りになった。
「させないよ」
バミューダが場に躍り出た。しかし、呪解していないアルコバレーノは戦闘には参加できないはずだ。――そう、呪解しなければ。
「ツナ! バトラーウォッチ!」
イェーガーにトドメを刺す必要はない。これは命の奪い合いではない。バトラーウォッチ、いや、ボスウォッチを壊してしまえば、この戦いは終わるのだ。だから、この逡巡は痛かった。トドメで命を奪うことを意識してしまったばっかりに、綱吉は動きを止めてしまった。
バミューダがあの言葉を口にする。
「プレゼントプリーズ」
何度か聞いた電子音が鳴る。
『メッセージ受諾』
何度か聞いた音声が流れる。
「そーだった、そーだった。懐かしいなあ、この肉体」
遅ればせながら、人類史最強がイェーガーではなくバミューダであることに思い至った。いや、思い知らされた。
利奈ならば一度もできず、イェーガーですら二回しかできないショートワープを、バミューダが六回連続で使用したがゆえに。そしてその連続ワープで、綱吉以外のバトラーウォッチをすべて破壊し終えたがゆえに。