新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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鉢合わせ×2

 利奈はすっかり遊園地を満喫していた。

 顔見知り程度の同級生と二人だけで行動、それも囮役としてだから、そんなに楽しめないだろうと思っていた。けれど、そんなことはなかった。楽しすぎて笑いが止まらなかった。

 ノンストップで絶叫系が制覇できたのだ。楽しくないわけがない。次々と刺激的なアトラクションを体験し、ベンチに座った今は、冷めやらぬ興奮で体が熱い。

 それでも連れのことを忘れてしまうほどには夢中になっていなかったので、隣で放心している綱吉の様子をそれとなく窺った。

 

「沢田君、落ち着いた?」

「……」

 

 絶叫フルコースを味わって、綱吉は精が尽き果ててしまったようだ。目がどこか遠くを見つめているし、魂が肉体からわずかに浮き上がっているように見える。

 絶叫系が嫌いだとは言っていなかったけれど、こんなに連続で乗ったら気分も悪くなるだろう。そのわりには、最後までいい悲鳴をあげていたけれど。

 

「……ちょっとね」

 

 根気強く返事を待っていたら、やっと一言返事を返してくれた。しばらく休んだほうがよさそうだ。

 余談だけど、隼人が絶え間なく無線を送ってくるので、二人とも眼鏡を外してしまっていた。具合の悪そうな綱吉が心配なのはわかるけれど、限度というものがある。綱吉は帽子も脱いでいるので、半分くらい元の綱吉に戻っている。

 

「いっぱい乗ったから疲れたよね。私は絶叫系大好きだから、すっごく楽しかったんだけどさ」

 

 途中から綱吉の様子がおかしかったのには気付いていたけれど、マンモー君が言葉巧みにアトラクションに案内するものだから、ついそちらを優先してしまった。

 最初にもらった風船も、最後に行ったお化け屋敷の入り口で黄色の風船と交換された。奇しくも、園内最後の絶叫スポットだった。

 

(怖かったなあ、お化け屋敷。いきなり出てくるのもびっくりしたけど、ずっとついてくるのも不気味で怖かったし)

 

 お化け屋敷は締めを飾るのにふさわしいクオリティのもので、ずっと叫びっぱなしだった。とくに綱吉の絶叫はすさまじく、もし隼人に聞かれていたなら、作戦をかなぐり捨てて駆けつけてきただろう。風紀委員に追い詰められた人間でも、なかなかあんな声は出せない。

 

 ちなみに、綱吉が一番大きな悲鳴をあげたのは、出口付近にいた女性を見たときだった。出口の明かりが逆行になって女性の顔はあまりよく見えなかったが、両手にあった皿の中身――食べ物とはいえないものが、生々しく蠢いていたのは、利奈も恐ろしかった。普通の恰好で、先に入った客かと思わせておいてのこれだ。やられた。

 

「お化け屋敷でも写真もらったよ。驚いた顔、全部撮られてるみたい」

 

 綱吉が全部の仕掛けで驚いていたので、綱吉の顔のアップがかなり多い。こうして写真で確認してみると、綱吉の驚き顔はバリエーションがたくさんあって、見ていて飽きない。

 

「サービス満点だったよね。あっ、もしかしたら、ヒバリさんが裏から手をまわしてくれたのかも! じゃなきゃ、あんなに私たちばっかり特別扱いされないし」

 

 遊園地の責任者と会談してくると言っていたから、それとなく圧力をかけておいたのかもしれない。そう思えばあのひいきも納得できたのだが、なぜか綱吉は考えもしないで首を振って否定した。

 

 綱吉の体調はなかなか戻らなそうだ。目星のアトラクションはあらかた回れたので、別に不満はない。それに、これ以上はしゃいでいたら、囮であることを忘れてしまいそうだ。

 

「ちょっと飲み物買ってくるよ。沢田君、なに飲みたい?」

 

 冷たい飲み物を飲めば少しは楽になるだろうと声をかけると、綱吉がわずかに腰をあげた。

 

「いいよ、私が買ってくるから。ついでにトイレにも行っておきたいし。

 で、なにがいい?」

「ありがとう。冷たい炭酸あるかな」

「あるでしょ。じゃ、炭酸ね。並ぶかもしれないから、気長に待ってて」

 

 ついでに軽食も買っておこう。いっぱい声を出したから、小腹が空いた。それか飲み物だけ買って、綱吉の体調が戻ったらランチを食べてもいい。

 そんなことを考えていたら、遠くから利奈を呼ぶ声が聞こえた。

 

「相沢!」

 

 聞き覚えのある声に目を向けると、武が右手を振りながら、左手で眼鏡をつついた。

 

(いけないっ、眼鏡外しっぱなしだった!)

 

 慌てて掛け直すと、耳元で武の声がささやく。

 

『ちょっとこっち』

 

 手招きをして辺りを窺う武に、利奈はさりげなさを装いつつ近づいていく。

 

 武がいるのは、奇しくも利奈が立ち寄ろうとしていたカフェスペースだ。テーブルに二人分の飲み物とお菓子があるけれど、隼人の姿はない。

 

「よっ」

「ごめん、呼んでた? 全然気付かなくって」

「ううん。それより、ツナは大丈夫か?」

 

 遠めに見ても、綱吉の体調不良は伝わっていたのだろう。苦笑交じりに武が尋ねる。

 

「ちょっと酔っちゃったみたい。休んだら治ると思うから、しばらくは乗り物に乗るのやめておくよ。そっちはどう?」

「俺たち? 俺たちは交代で行列に並びながらそっち見てるけど――って、ああ、不良か。今のところ、カップル狙ってそうな奴らは見てないぜ」

「だよねえ」

 

 こんな明るくて賑わっているところで因縁をつけてくる輩もそうそういないだろう。経験則からいくと、暗がりで人気の少ないうらぶれた雰囲気のところが狙われやすいのだが――娯楽施設である遊園地に、そんな場所はない。高校生がどのあたりで襲われたのか、もっと詳細なデータを調べておくべきだった。

 

(相手は高校生ヤンキーらしいから、そこまで考えてないかな? むかついたらすぐ突っかかってきそうだし、見つけ次第、目の前でいちゃつけば――って無理だけど!)

 

 囮役が自分だったことを思い出して我に返る。いくらお芝居とはいえ、そんなこと、できるわけもない。

 

「そろそろ戻るよ。獄寺君にもよろしくね」

「ん。ほい」

「うん?」

 

 武がテーブルに置いていたチュロスを差し出してくる。チュロスは紙コップに入っていて、表面に粉砂糖がちりばめられていた。

 

「おなか空いたろ? これ、二人で食べてもらおうと思って買っておいた。コーラも」

「えっ、ありがとう! いいの?」

「俺たちも適当に食うからさ。獄寺がなに食いたいかわかんねえから、乗り終わったら一緒に買うよ」

「ありがとー! ちょうど飲み物買おうとしてて。沢田君も炭酸飲みたいって言ってたの!」

「ん、ツナはそうだろうって思ってた」

 

 そう言って武は笑った。

 チュロスとコーラを受け取って、意気揚々、綱吉の元へと戻る。自分で思い出したのか、綱吉も眼鏡を掛け直していた。

 

「お待たせ。買ってきたよ」

「ありがとう。あ、お菓子も買ってきたんだ」

 

 綱吉の視線がチュロスに注がれる。顔色はだいぶ良くなっていた。

 

「山本君が先に買っててくれたの。だから私はもらっただけなんだけど。

 山本君すごいよ、沢田君がコーラ飲みたがってたの当てたから」

「へー。さすが山本」

 

 綱吉がコーラをぐびぐびと飲み始める。それを見届けて利奈もベンチに座り、ストローを咥えた。そして一口すすったところで、綱吉の視線と利奈の視線が、ある一点で交差した。

 

「げっ」

 

 声を漏らしたのはどちらだったか。どっちもだったかもしれない。

 

「あれ? 沢田ちゃんじゃん!」

 

(内藤ロンシャン――!)

 

 こちらに気付いたのは、同級生の内藤ロンシャンだ。よりにもよって同じクラスの、しかも口がとてつもなく軽そうな人物である。そのうえ、目が合った彼はずんずんとこちらに近づいてきた。

 

(ど、どうしよ、大変だ!)

 

 今のところロンシャンが気付いたのは綱吉だけだ。無関係を装うべきだと判断して、利奈は綱吉から若干距離を取って顔をそむけた。

 

「うっわ、全然気づかなかったよ。 今日の沢田ちゃんチョーきまってんじゃん! なになに? デート?」

「あ、えっとこれは――」

「お洒落眼鏡なんて掛けちゃってー! 髪もワックス塗った? イメチェン?」

「いや、これは別に!」

 

 ロンシャンの指摘にいたたまれなくなった綱吉は、わしゃわしゃと髪を崩して眼鏡を外した。それでもロンシャンは止まらない。

 

「こんなばっちりお洒落してデートじゃないとか嘘っしょ! 隣、彼女?」

「っ!」

 

 他人のふりもむなしく、セットで扱われた。回り込んできたロンシャンに至近距離で見つめられ、言葉が出ない。

 

(最悪。どうしてこのタイミングで)

 

 クラスではかかわりがないが、風紀委員として、何度かロンシャンの遅刻を取り締まったことがある。見覚えくらいはあるだろう。

 

「あれ、この子――」

「ああああ! じ、実は俺たち、風紀――」

「チョーかわいいじゃん! だれ? 沢田ちゃんの知り合い?」

「え?」

 

 綱吉と利奈の声が揃った。

 

「うちの学校の子じゃないよね。それとも三年生? え、もしかして高校生だったりする? ヒャー、沢田ちゃんおっとなー!」

 

(え、まさか本当に気付いてない?)

 

 ロンシャンの目は好奇で輝いていて、本当に利奈の正体がわかっていないようだった。

 初対面じゃないのに。同じ教室で授業を受けているのに。

 

(せ、セーフ!)

 

 どうやら、大人っぽい格好が功を奏したらしい。

 落ち着いて考えてみれば、髪型を整えて眼鏡を掛けただけの綱吉と違い、利奈は化粧をしたうえに髪型もがらりと変えている。利奈を利奈だと思って観察しない限り、見透かされはしなかっただろう。女の子同士だったらともかく。

 

 危なかった。下手に喋っていたら、声で正体がばれてしまうところだった。さすがに声音は変えられない。

 

「で、名前は? 俺、内藤ロンシャン! 沢田ちゃんの友達で、トマゾファミリーの――」

「ストップストップ! 自己紹介始めなくていいから!」

 

 紹介されなくても知っている。一学期始業式の日に、みんなの同情を買って学級委員になったのも覚えている。

 

 綱吉がロンシャンの不毛な自己紹介を止めてくれたものの、ロンシャンが空気を読んで立ち去ってくれない以上、ピンチなのは変わらない。そして、ロンシャンは友人の連れに興味津々である。

 

「ね、どこの学校? 沢田ちゃんとはどこで知り合った感じ? 告ったのは沢田ちゃん?」

「……」

「焦らしちゃってー、教えてよー」

 

 利奈が答えなくても、しつこく話しかけてくるのだから質が悪い。

 

(ずっと黙ってたら怪しまれるよね。でも、声出したらバレちゃうし……)

 

 それに遠目から見たら、この現状が不良に絡まれているようにも見えてしまう。隼人に見つかったら、十中八九、綱吉を助けに来てしまうだろう。そうなったら、事態がより面倒になってしまう。

 

 早くロンシャンを追い払わなくてはならない。

 迷った末、利奈は大胆な手を打つことにした。

 

「っ!?」

「ありゃー、恥ずかしくなっちゃった?」

 

 しがみつくようにして綱吉の背中に顔をうずめる。合図なしの行動に綱吉が背をのけぞらせたが、利奈はかまわずに顔を押しつけた。ついでに眼鏡のつるを押し、通信を入れる。

 

『同じクラスの内藤君に見つかりました』

 

 恭弥も聞いていることを考慮して、現状を事務口調で伝えておく。とりあえず、これで隼人の暴走は防げるだろう。

 

「内気な彼女さんだねー、かわいいねーいいねー沢田ちゃん!」

「あ、いや……」

 

 盛り上がっているところ悪いけれど、うずめた顔は完全に真顔だ。こうしていれば、口をきかなくて済むし、ついでに顔も見られないで済む。代わりにやり取りすべてを綱吉に任せなければならなくなるが、うまく対処してもらうしかない。

 

「そ、そういえば、ロンシャンはだれと来たの? ファミ――いつものみんなと?」

「まっさかー! 彼女と来たにきまってんじゃん! 今ちょっとお化粧直しにいってるとこだけどさ」

 

(あー、そういえば、すっごい体型の人と付き合ってたっけ、内藤君)

 

 しかし、彼女と来ているのなら好都合だ。その彼女が戻ってきたら、ロンシャンも立ち去ってくれるだろう。そう思って安心した利奈だったが、現実というものは、いつだって一筋縄ではいかないものであった。

 

 バシャッと液体が零れた音がしたと思ったら、顔を押しつけていた綱吉の背中が、ピシッと硬直する。それと同時に、ロンシャンが爆弾を放り投げた。

 

「あれ? あの子、沢田ちゃんの彼女じゃん」

「!?」

 

 すぐさま利奈は綱吉から距離を取った。

 

 その子は、離れた場所に立っていた。友達と来ていたようで、周りの子が不思議そうな顔で彼女と利奈たちを見比べる。その足元には紙コップが転がっていて、ほとんど解けていない氷とジュースが、乾いた地面に大きなシミを描き始めていた。

 

「ハル……!」

 

 綱吉が顔面蒼白になりながら相手の名前を口にした。

 

(ま、まずいんじゃないかな、これ)

 

 恋人がいるなんて聞いてなかったけれど、さっきの体勢はどう頑張っても言い訳ができない。

 

「ツナさん、これはどういうことですか。 まさか、まさか――!」

 

 数歩踏み締めた彼女が、なにかを察した表情でまた数歩後ずさりする。

 まるで舞台女優のような大げさな動きに気を取られていたら、女の子はみるみるうちに目に涙を浮かべた。そして、辺り一面に轟かせる声量で叫ぶ。

 

「ハルというものがありながら、浮気ですかあああ!?」

「なっ――」

 

 綱吉が息を呑んだ瞬間、こらえきれずにといった様子で女の子が走り出す。スポーツでもやっているのか、無駄にフォームがきれいだった。あっというまに背中が小さくなっていく。

 

「あらら、これって修羅場? ってか、沢田ちゃん、もしかして浮気?」

「い、いや、全然。そもそも俺たち付き合ってなんか――」

「いいから早く追いかけなよ! こっちはいいから、早く!」

 

 綱吉が弁明すべき相手は利奈たちではない。

 早く誤解を解かなければ、二人の関係に大きな溝が生まれてしまう。

 

「本当に違うからね!? 付き合ってないからね!?」

 

 念を押しつつも、綱吉は彼女を追った。なんとか誤解が解ければいいけれどと背中を見送っていた利奈は、ロンシャンと二人きりな現状に気付くのに時間がかかってしまった。

 

「……なんか、聞いたことある声のような」

 

(あっ)

 

 綱吉を促すためとはいえ、うっかりロンシャンの前で声を出してしまった。

 利奈は咄嗟に口元を手で覆ったが、ロンシャンは疑惑のまなざしで利奈を見つめる。

 

「どっかで見たことある顔の気もするんだよね。俺と会ったことない?」

「っ……」

 

(お願い、気付かないで!)

 

 彼女はまだ戻ってこないのだろうか。武たちはどこにいるのだろうか。

 

「んー、だれだったっけ、あとちょっとで思い出せそうなんだよね。えーっと――」

「思い出さなくていいよ」

 

 背後から伸びた手が、利奈を覆うようにベンチの両側に置かれた。

 

(ひ、ヒバリさんっ!)

 

 見なくてもわかる。やっと助けに来てくれたらしい。

 安堵しかけた利奈は、ロンシャンの顔があまりにもひきつっているのを不審に思って顔を見上げて――凍りついた。

 

 度重なるイレギュラーは、綱吉と利奈を苦しめるだけでは終わらなかった。恭弥の顔を、夜叉のものへと変容させていた。

 

「次から次へと邪魔が入って、今度は逃亡? どういうことなのか、一から説明してもらおうか」

「……はいっ」

 

 自分に落ち度がないことを素早く確認してから、利奈は頷いた。作戦が失敗に終わりそうな予感を、考えないようにして。

 

 

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