新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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Wデート(現地解散)

 ――瞬きをしているあいだに、舞台は遊園地から動物園前に移動していた。

 正しくは、利奈が瞬きしかできずにいるうちに、話がまとまってしまっていた。

 

「じゃ、俺たち先に入るけど……その……頑張って」

「一緒に頑張りましょうね! さ、ツナさん、まずは腕を組みましょう! なんてったってデートですから!」

「やだよ!」

 

 恋人同士がじゃれて戯れているかのようなやり取りを見せながら前を行く二人の背を、呆然と見つめる。

 

(あれ、なんでこうなったんだっけ?)

 

 さっきまで遊園地にいたはずなのに。あの二人は、さっきまで喧嘩していたはずなのに。

 

「なにぼうっとしてるの」

 

 耳朶を打つ声に、反射的に背筋が伸びる。隣にいるのは、まったく知らない顔の人だ。

 

(行くしかない)

 

 足を踏み出すまでのほんの数秒で、利奈はこうなった経緯を思い返していた。

 

 

 ――あの女の子が現れてから、状況は激変してしまった。

 綱吉は女の子を追いかけて不在。利奈は同級生に絡まれて万事休す。利奈のほうは恭弥がやってきたことで解決したが、肝心の綱吉が戻ってこなければ意味がない。

 

「あちゃー、呼ばれちゃった! そーいえば彼女戻ってきてないね」

 

 どうやらロンシャンは迷子だったようで、呼び出しの放送とともに退場した。どうりで、いつまでたっても彼女が登場しなかったわけだ。

 

 一方その頃、綱吉は修羅場を迎えていた。

 

「だから誤解だって言ってるだろ! クラスの子と遊んでたらロンシャンに誤解されただけで! 別にデートしてたわけじゃないから!」

「嘘です! 絶対嘘です! だってあの子、ツナさんの背中にピッタリくっついてたじゃないですか!」

「あ、あれは……ちょっとふざけてただけで――」

「そんな言い訳、信じるわけないですかあああ!」

 

 紛れもなく修羅場だった。綱吉は女の子が逃げないように腕を掴んで弁明していたが、女の子はわんわんと泣きながら首を振っている。遠目にも二人がわかるほどの目立ち具合だった。

 第三者的な視点から見たら、どうあがいても綱吉が悪者扱いされるだろう。事情を知っていても綱吉の言い訳の苦しさがすごい。残念ながら、その原因は利奈だが。

 

(えー。どうしよう、近づきたくない)

 

 下手に近づくと女の子が逆上してしまうというのもあるけれど、周囲の好奇の目が痛い。ここで参加すると、浮気相手登場という、一番の見せ場が出来上がってしまいそうだ。火に油を注いでしまう。

 かといって、綱吉一人ではいつまで経っても誤解は解けないだろう。

 女の子は激昂しているし、状況証拠は綱吉の黒を示していた。つまり、どうあがいてもお手上げだ。――この場に、もう一人の人物がいなかったならば。

 

 炎に少量の水を入れたところで効果はない。しかし、炎は酸素がなくなればたちまち消滅する。炎を飲み込んでしまうほどの、酸素が消えうせるほどの、重圧があれば。

 

(あ、これはやばいやつ……)

 

 無言で歩を進める恭弥の背に、利奈はひやりと肝を冷やす。

 

 ――青い炎は、赤い炎よりも温度が高い。

 

「さあ、どうしてくれるのかな?」

 

 数分後には、恭弥の足元に座る二人の姿があった。もちろん、地面に正座である。二人とも頭を垂れ、ガタガタと体を震わせている。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい! ほら、ハルも謝れって!」

「うぐっ、ひぐっ、す、すみませんでしたっ……!」

 

 二人とも目に涙を浮かべている。女の子――ハルのほうは最初から泣いていたけれど、半泣きが号泣になっていた。綱吉が囮役をやっているなんて知るはずもなかったのだから、今回一番の被害者だ。

 第三者であるビアンキが当事者に代わって説明してくれたおかげで、彼女の誤解は完全に解けていた。利奈と恭弥以外はみんな知り合いだったようで、全員が集まったら驚くほど早く自分の勘違いを認めてくれた。

 

「うっ、ツナさんがそんな使命を担っていたとは露知らず……っ! ハル、ツナさんのお嫁さん失格です……!」

「なっ! そういうの挟むのやめろ!」

「うるさい」

「ひい、すみません!」

 

 ハルは他校に通う同い年の女の子で、いつも綱吉に猛烈アタックしている面白い子だそうだ。綱吉と付き合っていないのならばさっきのは浮気にならないと思うのだけど、綱吉のお嫁さん志望の彼女にとっては、そうではなかったらしい。頑なな態度からして、思い込みが強い子なのだと思う。

 

(沢田君の知り合いはみんな変わってるなー)

 

 自分のことは完全に棚に上げておく。所属している委員会が異質なだけだから、数には含めない。

 

 正座を免れたので、利奈は三人の横顔を見ながら、武と一緒に隼人を挟み込んでいる。

 綱吉が正座させられていることに隼人は青筋を立てているが、ここで割って入られると面倒なことになるので、なんとか我慢してもらいたい。なにかあったら二人で抑え込めるようにと、利奈と武は隼人に警戒を配っていた。

 

「君たちのせいで計画は台無し。この落とし前、どうつけてくれるつもりなんだい?」

 

 舐る声音は完全に悪役のものだ。その筋の人がいたら、小指に別れの挨拶をしていただろう。小刻みに震えていた二人の肩がビクッと跳ね、それからまたガタガタと震えだす。

 

 これだけ騒ぎが大きくなってしまっては、もう作戦の続行は不可能だろう。

 綱吉とハルが騒いでいるのをカップルの喧嘩だと思って見物していた野次馬たちは、恭弥の登場で霧散した。しかしその代わり、大きく円を描いた外周で観衆が固唾を呑んでいる。男女二人を正座させて集団で睨みを利かせている図はとても目立つのだ。

 おかげで、遊園地だというのに利奈たちの周りに人の姿はない。アトラクションの前だったら、営業妨害で追い出されていたところだ。

 

「それくらいで勘弁してやれ」

 

 恭弥の不興を買うことを恐れず声を出したのは、もちろんリボーンだった。ズゾゾゾと音立ててコーラ――いや多分、コーヒーフロートを啜り、全員の注目をさらに集める。

 

(……クワガタムシ?)

 

 リボーンのぷくぷくとしたほっぺに、一匹のクワガタムシが止まっている。追い払うことなくコーヒーフロートを飲み干したリボーンは、自分に横目を向ける恭弥を見上げ、言葉を続けた。

 

「俺の子分たちの情報だと、園内にそれらしき集団はないそうだ。どうやら、ハズレみたいだな」

 

 子分とは、クワガタムシのことなのだろうか。それともほかにも手伝いをしている人がいるのだろうか。聞いてみたいけど聞ける雰囲気ではない。

 

「作戦に誤算はつきものだぞ。ここは新たな戦力が増えたと思って、割り切っちまえ」

「戦力、ね」

「はひ?」

 

 恭弥の視線がハルに流れると、隣の綱吉がギョッとする。

 

「え!? まさか、ハルにも手伝わせるつもりなのか!?」

「囮役が増えるんだ。合理的だぞ」

「どこが!?」

「ツナさんのお手伝いができるんですか!? 私、やります! やらせてください!」

 

 ――確か、そんな流れだったと思う。

 

 想い人の綱吉と恋人役がやれると浮足立つハルと、気圧される綱吉。

 

「ま、待てよ! そしたら相沢さんはどうするんだよ! 獄寺君も山本も駄目なんだろ、そしたらもうだれも――」

「いるじゃねえか、ピッタリなのが。一番長く接していて、お互いに気心が知れてるやつが」

 

 ――そこから利奈はあまり覚えていない。驚きのあまり意識が吹っ飛んでしまったらしい。

 

「ヒバリさん!? いや、無理だろ、ヒバリさん狙う不良とかいるわけないじゃん! そもそもヒバリさんはそういうの無理だろ」

「ヒバリとわからなければいいんだろ。ちょうどこういうアイテムがある」

「眼鏡?」

「変装用に屈折率を調節した眼鏡だ。これを掛けると目の形や大きさが変わるから、パッと見別人に見えるようになるぞ」

「もらおうか」

「ヒバリさんが興味津々だ!?」

「ほかにもいろいろあるが、よそから来る連中を欺くくらいならそれで充分だろ。どうせ学ランと風紀委員の腕章くらいでしか認識してないだろうしな」

 

 あれよあれよという間に計画が修正され、利奈は言われるがまま、恭弥と組んで動物園に来ることになった。あまりの急展開に心が追いつけていない。

 

『ツナたちは右に行った。お前たちは左のルートに行ってくれ』

 

 通信が入って、利奈の回想を打ち切った。

 一騎当千の恭弥が囮役なので、武と隼人は綱吉たちについている。通信を送るリボーンは、眼鏡に内蔵された発信機を頼りに指示を送ることになっていた。

 

『左だね、了解です』

 

 返事をすると、恭弥が身じろぎをした。

 

「赤ん坊がなんだって?」

「沢田君たちは右にいるから、左に行けだそうです」

「わかった」

 

 恭弥の眼鏡は変装用のものに掛け替えられているので、通信機能はついていない。だから利奈が伝達を担わなければならなくなっている。

 責任重大だ。ただでさえ緊張で脈拍が上がっているのに。

 

 眼鏡の効果は絶大で、今のところ恭弥を恭弥だと気付いている人はいない。つり目がたれ目になっているので顔を見るたびに違和感があるけれど、いつもの恭弥が隣にいるよりはマシだ。身構えなくて済む。

 

 今回は囮が二組なので、固まってしまわないよう、リボーンに指示を出してもらいながら動くことになっている。遊園地よりも動物園のほうが団体連れが多いらしいので、園内まんべんなく回って釣り糸を伸ばす予定だ。時間帯も夕方に近づいてきたし、そろそろ出没してもいい頃合いでもある。

 リボーンとビアンキはデートをしながら園内を散策するそうだ。ほかのカップルが襲われていたら、すぐに報告してくれるだろう。

 

「とりあえず、どこに行きましょうか」

 

 なるべく平静を装って声をかける。油断していると、両手両足の動きが連動してしまいそうだ。

 

「静かなところ」

 

 すでに恭弥は人の多さにうんざりとした顔をしている。

 群れを嫌う恭弥にとっては、ある意味一番苦手な場所だろう。動物は群れを作る生き物だし、動物の檻の前には人が群がっている。こんな機会でなければ、絶対に訪れないはずだ。

 

『リボーン君、人が少ないところってどこ?』

『西側だな』

『ごめん、西側ってどっち?』

『ヒバリの指図だな! てめえ役割忘れてんのか! 人がいないところ歩いてどうすんだよ!』

『右に進め。ライオンの檻をまっすぐ行ったところに爬虫類館があるぞ』

『爬虫類? うー、わかった。ありがと』

『おいヒバリ! 無視してんじゃねえ』

 

 恭弥の眼鏡に通信機能がついていないことを知らないのか、隼人がわめいている。利奈は情報の取捨選択ができる部下だったので、爬虫類館に行きましょうとだけ恭弥に声をかけた。早くもマニアックなコースを選択してしまったけれど、定番のデートコースは綱吉たちに任せよう。

 

『お二人が爬虫類館に行くんでしたら、ハルたちは反対方向に行ったほうがいいですよね! リボーンちゃん、私たちはどこに向かえばいいですか?』

『好きに動いていいぞ。バカップルらしくイチャついてろ』

『はひぃ!? そ、そそそんな、イチャつくなんて――が、頑張りましょうツナさん!』

『や、やらないぞ!? ちょ、しがみつ――』

『おいバカ女! 十代目にくっつきすぎだ離れろ!』

 

 向こうはかなり騒がしい。恭弥には聞こえてなくてよかった。あまりのうるささに眼鏡を壊しかねない。やたら入る通信音声を聞き流しつつ、足を進める。

 次こそはハプニングが起こりませんようにと祈りながら。

 

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