そのあとの展開は、これといって取り上げるものでもない。
不良高校生が五人十人集まったところで恭弥どころか、武たちの敵でもなかった。それだけだ。武器を持った大学生数十人相手に戦えてしまう人たちなのだから、当然と言えば当然の結果だけど。
おかげで風紀委員の出る幕はなかったのだが、そこに大いに不満を抱いてしまうのが恭弥だった。恭弥が駆けつけてきたときにはもう勝負がつきかけていたそうだが、彼は逃げ腰の高校生たちを蹂躙し、それだけでは飽き足らず、新たな群れを狩りに動物園を飛び出していった。たった一人で。
そんなわけで、高いヒールに手間取って遅れた利奈が辿り着いたときには、すでに恭弥の姿はなく、満身創痍一歩手前の高校生たちが至る所に転がっていた。
それだけでだいたいの事情は察せたが、どうしても、ひとつだけ、言っておきたいことがあった。叫ぶように。あるいは、避けるように。
「なんで沢田君、裸なの!?」
綱吉は服を着ていなかった。いや、下着は履いていたし、上着を肩に掛けているから全裸ではないけれど、それが逆に変態っぽさを醸し出していた。
「あ、えっと、これはいろいろと事情があって……! そのっ、わざとじゃないっていうか、勝手にこうなるっていうか――」
「露出狂!? ええ、今それ言うの!?」
「そうじゃなくて!」
半裸で興奮されると、より変態度が増す。
ビアンキの背後に隠れて視界から遠ざける利奈と違い、同性であるはずのビアンキとハルを含めて、みんなは平然としている。友達にはすでに性癖を暴露しているのだろうか。
「だからそういうことじゃなくてっ! 俺、そんな変態趣味ないから! これには深いわけが!」
「あー、相沢は初めて見たんだっけ」
言い募れば募るほど綱吉のガチ度が増すのだが、友人の窮地は見過ごせないとばかりに武がフォローに入る。
「最初はびっくりするよな。でも、ツナって全力出すときはいつもこうだぜ」
「いつも……?」
それはそれで問題だ。
「ほら、ボクシング部とか似たような格好でリングに上がるだろ? そんな感じで、ツナも本気で戦うときは服を脱ぐんだよ。この格好のツナはすっごく強いんだぜ!」
「そ、そんなもの、なの?」
ボクシングと同じだと言われると、なんだか納得してしまいそうになる。プロの選手なんかは試合の前に決まった動作――ルーティンなんかがあるらしいから、そういうものなのだろうか。それならば、そこまでおかしな行動ではないようにも――
「今、ボクシングと言ったな!」
「うわぅ!」
綱吉の奇行を受け入れかけた利奈の思考を邪魔するように、なぜかこの場に増えていた了平が声を張り上げた。
「やはり、その戦闘スタイルはボクシングだったんだな、沢田!」
ビクッと反応した綱吉が、尋常ではない速度で首を振る。
「いえいえ! 偶然です偶然!」
「偶然!? 狙ってやっているのでないというなら、それこそお前は極限にボクサーだ! 今すぐボクシング部に入るしかないだろう!」
「けっこうです!」
了平が前のめりになって綱吉を勧誘する。
「……で、なんで笹川先輩がいるの?」
「今かよ」
隼人に悪態をつかれるが、顔見知りの三年生が増えているのと、同級生が突然半裸になっているのとで、先に了平に突っ込みを入れる人は稀有だと思う。
「あいつは俺が呼んでおいた」
利奈の疑問に答えるのはリボーンだ。
「夏祭りのときみたいに仲間がいたら面倒だったからな。念には念を入れておいたぞ」
「へー、わざわざ来てくれたんだ」
「ところで、動物園主催のボクシング大会はどうなったのだ! 対戦相手が全員ダウンしてしまっているではないか!」
「……騙したね?」
「テヘペロっ」
百点満点のテヘペロを決めるリボーン。かわいらしい仕草だけど、嘘をついてまで保険をかける用意周到さに、利奈の本能は警鐘を鳴らしている。風紀委員たるもの、見た目で騙されてはいけない。
(まあ、それは置いといて。とりあえず、笹川先輩にもお礼言っておこうかな。京子のお兄さんだし)
笹川というありふれてはいない名字でわかるとおり、了平は京子の兄である。
ほわほわした京子と熱血系の了平を見て、兄妹であると見抜ける人はなかなかいないだろうが、きっと神様がバランスを重視して性格を調整したのに違いない。
二人が京子寄りの性格だったら天然すぎて収拾がつかないし、逆に了平寄りの性格だったとしても、うるさすぎて手に負えなくなる。二つに分かれているから、なんとか釣り合いがとれているのだ。
京子があの性格だったら、絶対にこんな仲良くなれなかったわと辛口なご意見は、花からである。利奈も同感だ。京子は怒ったふりをして笑っていたけれど。
「あの、今日は来てくださってありがとうございます」
「ん? おお、相沢か! ヒバリもいたが、今日の大会は風紀委員がセッティングしていたのか?」
「えーっと、……そんな感じで考えてくれればオッケーです」
大会を作戦に置き換えれば間違ってはいない。
利奈からすれば了平は京子の兄であるが、了平からすると利奈はあくまで風紀委員の一人である。初対面が委員会活動中でなければ、妹の友達でいられたのだけれど。
(ボクシングの活動費でけっこうもめてたからな……。春から始まって夏まで引っ張るなんて、笹川先輩もかなり強情だよね)
部員が少ないのだから、活動費が前年度より少なくなるのは仕方ない。
委員会活動中は軋轢があるせいでろくに会話もしていないけれど、こうしてみると、さっぱりとして好感の持てる性格である。しかし、活動費は増やせない。
そして、了平の招集もまったくの無駄でもなかったそうだ。
高校生たちはハルを囲むようにして綱吉を脅したそうだが、そのタイミングに了平が到着したおかげで、ハルに逃げるきっかけが訪れたらしい。ついでに、武たちが助太刀に入るきっかけも。
「そのあとは、私を捕まえようとした男の人をツナさんがドーンと突き飛ばしてくれて! それであとはビュッビュッシュパって感じで、もう最高にかっこよかったんですよ! ああ、見せたかったです、ツナさんの雄姿……!」
うっとりした顔で両手を組むハル。
惚れ直しましたと蕩けるのはいいけれど、その綱吉が服を破いて半裸なので、いまいち共感ができなかった。
――そんな感じで、風紀委員主導の捕り物劇は、盛り上がりどころもなく解決した。ハルが出てきたところが一番の見せ場だっただろう。
捻った足が痛んだら大変だからと武に家まで送ってもらったり、リボーンに発注した眼鏡を受け取ったり、他県の高校生すら屠ったことで県外にまで恭弥の名が広がったり、恐いもの知らずの不良たちが報復に訪れて全滅させられたりしたけれど、ひとしく夏の思い出だ。夏休みはそうやって終了した。
最近起こった小さな事件をあげるとすれば、傘をなくしたことだろう。
白い水玉模様のついた青い傘。お気に入りの傘だったのに、いつの間にかどこかにいってしまったのだ。通り雨の予報があった日に持って行ったのは覚えているけれど、そのあと、いつなくしたのかを覚えていない。雨は降っていない。
店を出てからの記憶がないから、もしかしたら店の傘入れに置き忘れて帰ってしまったのかもしれない。晴れていると傘の存在をうっかり忘れてしまうのだ。雨は降っていない。
そんなことより、二学期が始まった学校では、もっと重大な事件が起きた。雨は降っていない。
それはとても大きな事件で、それは風紀委員になった利奈にとってもっとも重要な事件だったのだが、雨は降っていないし、利奈にできることなどなにもなく、いつの間にか事件は終わっていた。雨は降っていない。
雨は降っていない。快晴続きである。
雨は降っていない。それなのに、ずっと、雨の気配が続いている。青空なのに。雨は降っていないのに。雨が、雨は、あの日の空は――
「本当に、思い出せませんか?」
――雨は、降っていない。
日常編終了です。ここからが本編。