新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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立つ鳥跡を濁す

「凪さんね。私は利奈。中学二年生」

「……私も」

「あっ、やっぱり! だと思ったんだ。よかった、これで三年生だったらどうしようって思って」

 

 雰囲気でおおよそ察しはつけていたものの、間違っていたら大事だ。距離を縮めるための行動が裏目に出なくてよかったと、利奈は全力で胸を撫でおろす。

 

 家がどこにあるのかを聞いてみたところ、店からそんなに遠くはないそうだったので、このまま凪を家まで送ってあげることにした。このあとに予定もないし、家が近くにあるのに傘を買わせるのももったいない。凪はひたすら恐縮しているが、乗りかかった舟である。

 

「夏ってこういうことあるから嫌だよね。なんだっけ、夕立ち?」

 

 たいして大きくない傘を傾けながら、とりとめもない話をする。とはいっても凪は頷くばかりなので、利奈が一方的に喋り続けた。委員会仲間たちも無口だから、いつもとそんなに変わりはない。

 

「もうちょっとで私も傘忘れるところだったし。バス来るまで雨のなか待たなきゃだから、ほんと困るよ」

 

 傘の柄は利奈が握っている。最初は凪が傘を持とうとしたけれど、両腕いっぱいに袋を抱えながら支えるのは不可能だった。 

 あまりにも大荷物だから、ひとつくらい持ってあげようかとも声をかけたけれど、そこは断固拒否された。よほど濡らしたくないようで、自分の体よりも袋を優先して傘の中に入れている。

 

(すっごく重そうなんだけどな。……どんだけ買ったんだろう)

 

 胸元で組み合わされた手は、袋の重みで震えている。傘に入れてもらったうえに荷物まで持ってもらうわけには、という凪の気持ちもわかるのでおとなしく引き下がったけれど、とても一人で持つ荷物量ではない。

 

 ブランドは詳しくないからわからないけれど、袋の地味な色合いからして、男性ブランドの店で買ったものだろう。モノクロな色調と表情の少なさが相まって、凪の幸の薄そうな雰囲気に拍車をかけていた。

 

(お父さんへの誕生日プレゼント? それとも、おつかい?)

 

 聞いてみたいけれど、さすがにそれは踏み込みすぎだろうか。万が一、凪が着るつもりの服だった場合、うまく返せる自信がない。今でさえ、ほとんど会話になっていないのに。

 

「……あ、あの」

「時間? ちょっと待ってね」

 

 両手がふさがった状態で携帯電話を取り出すのはなかなか至難の業で、利奈はゴソゴソと腕を動かしながらズボンのポケットから引っ張り出す。

 バッグがあるのにわざわざズボンの尻ポケットに携帯電話を入れているのは、落としたバッグを拾えない事態になったときでも、連絡手段を失わないようにするための工夫だ。これなら、いざというときにバッグを投擲しても問題がなくなる。――いや、問題はあるけれど。

 

「待ち合わせしてるの? なんなら、待ち合わせ場所まで送ってあげるけど」

 

 凪はしきりに時間を気にしている。急ぎの予定があるのなら、このまま目的地に向かうのもひとつの手だ。その場合、荷物が邪魔になるだろうけれど。

 

「ううん、違う。でも、家で待ってる人たちがいて……早く戻らないと」

 

 今までで一番長く喋って、より一層表情を曇らせる。

 濁すような口ぶりからすると、家にいるのは家族でも友達でもないのだろう。

 

「そうなんだ。じゃあ、今頃きっと心配してるね」

「……心、配?」

「え、なんでそんな顔?」

 

 考えてもみなかったかのように凪が目を丸くするので、素の声音になってしまった。

 

 よそのお宅にお邪魔しているときに通り雨が降ったとして、買い物に出掛けた子が戻ってこなかったら、心配になるに決まっている。人によっては傘を持って迎えに行くかもしれない。

 

「心配……」

 

 利奈は当たり前のようにそう考えていたが、凪は利奈に言われて初めてそんなふうに考えたのか、うつむきがちに同じ言葉を繰り返す。

 

(まあ、例外もあるけれど)

 

 つい数日前のことだ。前の学校の友達に会いに行ったとき、各駅停車に乗るはずが、うっかり快速に乗ってしまった。そのせいで目的の駅を通り過ぎ、待ち合わせには大幅に遅れ、お前は何年ここに住んでいたんだと、出合い頭に罵倒されたけれど、それは極めて稀なケースだろう。保育園からの友人だったからこそである。

 

「そうだ、先に電話しとく? 連絡があれば家の人も安心するだろうし」

 

 家の電話番号なら覚えているだろうし、電話は利奈のものを使えばいい。遠慮がちな性格なのに何度も時間を聞いてきているところから、凪は自分の携帯電話は持っていないと推察できた。

 

(このままだと電話しづらいから、屋根のある所に行かなくちゃ。どっかにお店ないかな)

 

 傘で上半分が遮られた視界のなか店を探すが、住宅街に差しかかったせいで、見えるのは家の塀とマンションばかりだ。凪に言われるがままに歩いてきたから周囲をあまり気にしていなかったけれど、いつのまにか高級住宅街に突入している。このなかに凪の家もあるのだろうか。

 

「あ……」

 

 場違いな空気にそわそわしながら雨宿り先を探す利奈だったが、先に見つけたのは凪だった。――雨宿り先ではなく、目の前の人物たちを、だが。

 

「あっ! いたびょん!」

 

(びょん? え、びょん?)

 

 語尾にしてはおかしいから、聞き間違いだろうか。

 傘を軽く上げると、まだ話しかけるには遠い位置に、三人組の男の子がいた。前は一人、後ろは二人でひとつの傘に入っているが、後ろの二人は利奈たちと違い身体をくっつけていないので、きれいに半身ずつ濡らしている。

 声を発したのはどうやら後ろの傘の金髪少年のようで、凪を無遠慮に指さしている。――髪色で判断するわけじゃないけれど、柄の悪そうな少年だ。

 

(友達? 同級生? まさか、この人たちが待ち合わせ相手じゃないよね……)

 

 利奈の心配をよそに、凪は心底安心したように息をついて、そのあと、自分が遅刻していることを思い出したのか、口をぎゅっと引き結んだ。どうやら、彼らが待ち合わせ相手で間違いないらしい。

 会話できる距離まで近づくのが待ちきれなかったのか、金髪少年は傘を隣の少年に押しつけて、こちらにずかずかと歩み寄ってきた。利奈は立ち止まりかけたものの、凪が歩き続けようとするので、慌てて傘を傾ける。 

 

「このクソ女! 遅すぎて待ちくたびれたびょん!」

 

(聞き間違いじゃなかった!?)

 

 開口一番――いや、二言目に罵声を発しているけれど、独特な語尾が独特すぎてそれどころじゃない。衝撃のあまり息を呑む利奈には気付かずに、凪はシュンとうなだれた。

 

「ごめんなさい……」

「ったく、これだからのうのうと生きてるやつは……。骸さんになんかあったらどうしてくれるんら!」

 

(くれるんら?)

 

「つか、こいつられら?」

 

(られら?)

 

「この子は、さっき……困ってたら、傘に入れてくれたの」

「はあ!? お前、このタイミングで他人と接触するなんて、なに考えてんらよ!?」

 

(あ、もうこれ突っ込めないやつだ)

 

 男の子はものすごく滑舌が悪いようで、ダが全部ラになってしまっている。そのせいですごんでいてもどこか間抜けに感じてしまうのだけど、ここで笑うと第一印象から躓いてしまうので、利奈は努めて平静を装った。凪は男の子に圧倒されて、ますます縮こまっている。

 

「いいか、俺たちは逃亡中でなるべく人目に触れないようにしてるんだ! それなのに、匿ってるお前が軽はずみにほかのやつと話したりなんかしてどーすんだよ!

 なにか余計なこと言ってねーだろうな。俺たちのこととか、復讐者のこととか!」

「う、うん……」

 

(むしろ君が言ってる……)

 

 わざとなのではと疑うほど、わかりやすく男の子が墓穴を掘っている。すかさず帽子を被った子が金髪少年の頭を叩くが、もはや手遅れだ。

 ――逃亡中のわりに大騒ぎしているけれど、それはいいのだろうか。

 

「すみませんね、騒がしくして」

 

 彼らのなかで一番年嵩そうな男の子が、利奈に向けて柔らかな笑みを浮かべた。

 ほかの人はみんな中学生だと思うけれど、彼は高校生だろうか。なかなかの長身である。

 

「犬――彼は、今ちょっと中二病を患ってまして。すぐにあることないことを口にするんです。ですから、気にしないでください」

「はあ」

「骸さん!? なんれそんなことひどいこと言うんれすか!?」

「犬、空気読んで」

「気にしないでください」

「……はあ」

 

 二回言った。

 犬という少年へのいじり方からすると、彼もかろうじて中学生なのかもしれない。声変わりしきった声は落ち着き払っているものの、かたくなに犬を見ようとしない姿には意地の悪さを感じる。

 

 突然現れた三人組のキャラの個性に圧倒されていると、骸はすいと視線を凪に移した。それを受けて凪が怯んだように身じろくが、骸は安心させるように目を細める。

 

「凪も気にしなくて大丈夫ですよ。僕たちはただ、貴方を迎えに来ただけですから」

「……」

「急に雨が降ってきたでしょう? ですから、貴方が帰ってこれなくなってるんじゃないかと心配で」

「心配……あっ」

 

 凪が勢いよくこちらを向いたので、利奈は危うく傘を取り落としそうになった。

 驚きに満ちた凪の瞳は利奈の予想が当たったと言いたげだけれど、ごく普通のことを言ったに過ぎない利奈としては、凪の反応のほうが驚きである。

 

(でも、びっくりしてる凪さんはかわいいかも)

 

 憂いや陰りのない年相応のあどけない表情だと、凪の元来の顔の良さが輝き、なかなかに美少女だったのだと気付かされる。やっと真正面から見つめ合えた紺色の瞳は、名前のとおり凪いだ夜の海を思わせる色合いだ。

 そんな感想を抱きながら、微妙に噛み合ってない目配せを終えると、骸が利奈に頭を下げた。

 

「彼女を助けてくださって、ありがとうございます。凪の知り合いですか?」

「いや、通りすがりです。凪さんにも遠慮されたんですけど、濡れたら大変だからって強引に誘っちゃって」

 

 だから、後ろから睨むのはやめていただきたい。凪に見えないよう、さりげなく骸が壁になっているものの、凪の隣にいる利奈からは、歯を剥き出しにしている犬の顔がばっちりと見えていた。隣にいる少年は諦めてしまったのか、めんどくさそうな顔で傍観している。

 

「そうなんですか。僕たち、上京したばかりでこの辺りには疎くて」

「……え、じゃあ、凪さんの家に泊まってるんですか? 三人とも?」

 

 凪は家にいる人を気にしていたから、彼らは凪の家で待っていたはずだ。見たところ親戚ではなさそうだし、血も繋がってない男の子三人を家に泊めるなんて、なかなかできることではない。

 露骨にびっくりする利奈に、骸は一瞬だけ頬の筋肉を動かしたが、すぐに利奈の言葉を否定すべく首を振った。

 

「いえ、凪のご家族の好意で今まで家にあげてもらっていただけですよ。ねえ、凪。そうでしょう?」

 

 凪が頷いたが、どうも骸に合わせているようにしか見えない。

 怪訝には思うものの、人の事情をあれこれ詮索するのもよくないので、利奈はそれ以上追求しようとはしなかった。骸が話を切り上げたがっていたのもある。

 

「さて、では帰りましょうか。千種、犬。荷物を持ってあげなさい」

 

 やんわりと命令口調だったが、犬と千種はすぐさま骸の言葉に従った。犬は見るからに嫌々と受け取っていたけれど。

 

「それでは、お世話になりました。縁があったらまた」

「あ、はい」

 

 やや性急さを感じるけれど、予定もあるだろうし仕方がない。凪も名残惜しそうな顔をしたものの、骸に従う形で頭を下げる。

 

「じゃあ、バイバイ」

「バイバイ。……あの、本当に、ありがとう」

 

 消え入りそうな声に利奈は満面の笑みで応える。困ったときはお互いさまだ。

 

(いいことすると気持ちいいしね。さて、私も帰らなきゃ。バスの時間は――って、あっ)

 

「あー!?」

 

 素っ頓狂な声が出てしまって慌てて口を閉じるが、背中を向けて歩き出していた彼らが一斉に振り返った。凪はびっくりした顔で。ほかの三人は警戒するような顔で。それでも、骸は紳士的に利奈に声をかけた。

 

「どうかしましたか?」

「――そのっ」

 

 緊急事態発生である。

 利奈は自身の弱点を十二分に理解していた。それがこの見知らぬ地では、より一層際立ってしまうことも。

 

 困っているときはお互いさま。しかし、助けた側がすぐさま窮地に陥るなんて、とんでもなく滑稽だ。

 だからこそ利奈は言葉を詰まらせたものの、どうしようもなくなっているのは事実なので、おずおずとこう切り出した。

 

「……だれか、ここから駅までの道順知ってる人いませんか」

 

 すぐさま骸たちの表情が渋くなったのは、言うまでもない。

 

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