新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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勝者:小鳥

 ほんの数十秒で、応接室は見るも無残に変わり果てていた。

 ソファは背もたれが下になっているし、テーブルの上に横倒しになったシュガーポットからは角砂糖が零れてしまっている。ソファの向かい側にあった棚のガラスは割れていて――これは恭弥の犯行だ、トンファーで割った痕があって――中のトロフィーがドミノ倒しになっている。棚の隣に飾ってあったはずの校旗は骸が握っていて、いつも恭弥が使っている値の張りそうな机はまだ無事だったが――今まさに、使用者の足によって踏みつけられ、落下した花瓶が砕けた。

 

(ひどいことになってる……!)

 

 高価な物はあらかた無事だが、それも時間の問題だろう。骸が避けるたびに被害額が嵩んでいく。

 

 それにしても、よく骸は無傷でいられるものだ。地の利は当然恭弥にあり、武器が武器なだけあって防戦一方、なのに周りの物をうまく利用して恭弥の意表をついていく。ガラス片を恭弥に投げつけたときは悲鳴をあげたが、恭弥は顔をほんのわずか動かしただけで躱してしまうし、お返しだと言わんばかりにそばにあった観葉植物を蹴り飛ばす。

 

 ドアから顔を覗かせてハラハラしていると、肩にわずかな重みがかかり、のけぞった。

 

「ふひゃぅ! って、なんだ鳥か……」

 

 肩に乗っていたのは一羽の小さな鳥だった。奇声を発したバツの悪さもあって、ジト目になってしまう。

 

 ヒヨコみたいに黄色いその鳥は、先日から恭弥の周りに顔を出すようになった新入りだ。

 野生の鳥に懐かれているのか、それとも放し飼いのペットなのか。本人に聞いたところ飼ってはいないそうだが、餌をあげているところを見たことがあるので、もう恭弥の鳥ということにしてもいいと思う。

 

「ごはんもらいに来たの? でも今は無理かな」

 

 あいにくと恭弥は訪問者の応対で手いっぱいだ。

 

「ミードーリータナービクー」

「餌持ってないんだ。ヒバリさん終わるまでちょっと待ってて」

 

 なんとこの鳥、歌うのである。喋ったり歌ったりするのはインコだけだと思っていたけれど、この鳥はなんと、並中の校歌を音程つきで歌えるのである。

 校歌を教えたのはもちろん恭弥で、上手に歌えていたらご褒美に食べ物をあげていた。その現場をこっそり目撃したので知っている。

 

「ダーイナークーショオーナクー」

「おなか空いてるの? でも私持ってないから……」

 

 校歌を歌ってアピールされても、利奈は餌を持っていない。一回くらいあげてみたいけれど、勝手に餌をあげるのはよくないだろうし、飼っていないと言っている人に許可を取るのもはばかられたので、あげたことはなかった。

 ちなみに、肩に乗られたのも初めてだ。恭弥がそんな場合じゃないから見知った顔の利奈におねだりしているのだろうが、こんな状況じゃなかったら思う存分かわいがっていた。

 

「ひっ!?」

 

 またもやガラスの割れる音がして室内に目を戻すと、今度は窓ガラスが割られていた。割ったのは恭弥で、骸は恭弥と距離を取るために後ろ、つまり入り口側まで下がってきた。

 

「貴方の主は、人の話をまったく聞きませんね」

 

 恭弥から視線を外さないまま、骸が呟いた。戦闘のさなかに骸は何度か恭弥に話しかけていたようだが、恭弥はすべてを無視していた。骸を行動不能にするのが最優先事項なのだろう。

 

「相手にもよると思いますけど」

 

 人の話を聞かないという点には同意するけれど、骸は骸で、自身の行いをまずは反省してほしい。風紀委員を何人も病院送りにしておいて、無傷で話を聞いてほしいなんて、都合の良すぎる話である。

 

「なるほど。貴方もあっち側なんですね」

 

 利奈の反応を見て骸はそう言うが、むしろ、この状況で骸側につく人がどこにいるのだろうか。たとえ恭弥の目がなかったとしても、骸を擁護するのは不可能だ。行き過ぎてはいても、正義は恭弥にある。

 

(でもいい加減止めなくっちゃ。このままだと応接室が使えなくなる)

 

 すでに半壊しているとはいえ、なんとかして二人を止めなければならない。彼らが応接室を飛び出して校内で戦闘を始めたら、それこそ学校崩壊の危機である。

 

「ひ、ヒバリさん」

 

 声が震えてしまう。蚊の鳴くような声が恭弥に届くはずもなく、利奈は強く唇を噛みしめると、大きく口を開いた。

 

「ヒバリさん!」

 

 ついに校旗が折れた。

 恭弥がトドメを刺そうとしたが、目くらましに旗を投げつけられ、忌々しげに振り払う。

 

「骸さん! 二人ともやめてください! ストップ! やめ!」

 

 声は確実に届いている。しかし部外者の利奈の叫びなどなんの意味もなく、二人は戦いを続行する。

 

「いい加減にしてください! もう、もう落ち着いて!」

 

 恭弥のトンファーが弾き飛ばされ、またもや窓ガラスが砕けた。しかし恭弥は目で追うことなく前に突っ込み、骸が武器にしていた折れた校旗を弾き飛ばした。

 

「おや」

「そろそろ終わらせるよ」

 

 無防備な骸に恭弥が必殺の一撃を放とうとするが、骸はためらいなく後ろに倒れ込むと、ソファをクッションにして恭弥の攻撃を避けた。猛烈にいやな予感がする。

 

「ちょっと! ヒバリさん、それは――」

 

 利奈は叫んだが、恭弥が聞き入れるはずもなく。

 倒れ込んだ骸に振り下ろされたトンファーは、案の定、骸ではなく革張りのソファを引き裂いた。――高額品の損傷に、積み上げられていた利奈のフラストレーションがとうとう爆発する。

 

「だぁから、やめろって言ってるでしょうがぁあああ!」

 

 室内に響き渡る怒声に押されて、肩の鳥が勢いよく飛び立った。

 声に驚いて逃げた先にたまたま骸がいたのか、骸をなんとかしなければ餌はもらえないと判断したのか、骸の無防備な後頭部に、小鳥の頭突きが御見舞いされる。

 

「っ!?」

 

 予想外の方向から攻撃を食らった骸は、すさまじい顔で利奈を睨みつけようとしたが――自分にぶつかってきたものの正体に気付き、思考を停止させる。床の上でクルクルと目を回しているその鳥には見覚えがあった。

 なぜこんなところにと、戦闘中にもかかわらず疑問を抱く骸は隙だらけだったが、恭弥もまた、小鳥の介入に面食らっている。

 その隙を突く形で、利奈は声を張り上げた。

 

「二人とも、馬鹿じゃないの!」

 

 自分の所属する組織の長と襲撃犯を一緒くたにしながら、利奈は戦場と化していた応接室に足を踏み入れた。ガラス片や土片が飛び散っている床をスリッパで踏みつけて、二人に迫る。

 

「なに考えたらこんなことできんの!? なにやったらこんな滅茶苦茶になるんですか、学校壊す気ですか!?」

 

 ほかの委員がいたならば、後頭部が陥没するレベルで殴られていただろう。しかしここには委員長と傷害事件の犯人しかおらず、その二人は利奈の剣幕にあっけに取られていた。

 頭が茹だって判断力のなくなっている利奈は、歯止めがないのをいいことに骸をねめつける。

 

「ヒバリさんが悪いですよ。いきなり襲いかかったのはヒバリさんですよ! でも、だからってなんでノリノリで戦っちゃうの!? そりゃこうなるかもって思ったけど、こんなに物壊すって思わないじゃないですか、普通!」

 

 ――普通がなんだったのかすら、もうわからなくなっているけれど。

 

 こうなったらもう、言いたいことは全部言ってしまおうと、恭弥へと向き直る。

 

「雲雀先輩はいつも通りだけど! いっつもこうだけど、これはひどすぎます! だれが片付けると思ってるんですか!」

 

 あまりに腹が立っているせいか、呼び方が風紀委員所属以前のものに戻っていた。しかしそれを恭弥が指摘するはずもなく、気付かないまま利奈は怒った。

 

「見てくださいよ、割れた窓! 壊れた棚! 散らばった書類! これ全部私たちが片付けるんですよ!」

 

 修理代は活動費で賄えるだろうが、業者の手配やら代替品の準備やら、やることは山積みだ。まだ授業も始まっていないのに。

 そのうえ利奈には、こうなった経緯を全員に説明する義務がある。恭弥の指示があったからとはいえ、他校生を校内に入れた結果の出来事なので、利奈の不用意だという誹りは避けられない。理不尽だが。

 

「とにかく! まだやるっていうんなら、ここじゃなくてどっか人の邪魔にならないところで勝手にやってください! それなら止めません! どうぞ!」

 

 ビッと人差し指でドアを指差すが、二人は武器を交えたまま動かない。素に戻ったら負けなので、利奈は強く唇を噛みしめて二人の出方を待った。

 

「……どうします?」

 

 口火を切ったのは骸だった。からかうような声音は挑発ととれなくもなかったが――

 

「……もういい」

 

 鳥の介入と利奈の乱入にすっかりやる気が削がれてしまったのか、恭弥は仏頂面でトンファーを下ろした。骸もそれに合わせて、いつのまにか手にしていたボールペンを投げ捨てた。

 利奈はひそかに胸を撫でおろす。

 

「それで」

 

 いつもの椅子に座ろうとした恭弥だが、椅子は応接室の隅に転がっている。空気を読んで回収しにいこうとした利奈だが、恭弥はなにくわぬ顔で机に座った。

 

「それで、なんの用があってここまで来たの?」

 

 それは利奈も気になっていた。身構えて骸を見るが、骸はあっけらかんと肩をすく。

 

「いえ、これといった用事はとくに。わずかばかり暇ができましたので、制約の隙を突いて経過を観察しに来たんですよ。このあいだはだいぶ骨を折ってしまいましたから」

 

 恭弥の眉がわずかに動いた。その反応で、骸の言葉が比喩でないことを察する。

 

「それに、そちらでもいろいろと探りを入れていたみたいですからね。

 借りた物を返すついでに僕は無事だと知らせておきたかったんですが、かえって周辺が騒がしくなってしまって。だからこうしてもう一度足を運んだんです。周辺をうろつかれるのは迷惑ですから」

 

 ――ようするに、探りを入れる風紀委員が目障りだから、やめるように言いにきたらしい。

 

 ならば最初から顔を出しにこなければいいのにとも利奈は思ったが、骸は借りた物を返すついでに来たと言った。話のついでに傘を返したのではなく、傘を返すついでに顔を見せにきた。つまり、とどのつまり、こうなった原因は利奈にあるのだ。

 

(まったく身に覚えがないのに!)

 

「暇つぶしにはちょうど良かったですけどね。

 あまり目立つなと指示されていますし、僕がこうしてなんの咎もなく出歩いているというのは、貴方たちにとっても都合が悪いでしょう?」

 

 表向きは、犯人は全員捕まったことになっている。首謀者がこうしてのうのうとしていると知られたら、町は大騒ぎになるだろう。

 

「なので、どうです? もう互いに干渉しないということで、この件は手を打ちませんか?」

「……それ、僕が呑むとでも思ってるの?」

「呑まなくてもかまいませんよ。どうせすぐにそれどころじゃなくなりますから」

「え、それって?」

「クフフ」

 

 聞き返しても、意味ありげな笑みでごまかされる。

 

(なんかその変な笑い方、聞き覚えある……)

 

 思ってもみなかったところで記憶が疼いたが、近づいてくる複数人の足音に利奈の思考は持っていかれた。

 階段を駆け上るような足音からして、おそらく異常に気付いた風紀委員が駆けつけてきているのだろう。校舎を仰げば、応接室の窓ガラスが割れているのがまるわかりのはずだ。

 

「さて、そろそろ僕は退場させていただきましょうか。あまりおおっぴらに人前に立てる立場ではありませんので」

 

 そうはいうけれど、足音はもう間近なうえに出入り口はひとつだ。残る脱出口は窓だけど、ここは一階ではないし、外に足場もない。恭弥なら躊躇いなく飛び降りるが、骸には――

 

「委員長!」

 

 ドアが開く。と同時に、いつもの恭弥と同様に骸は窓から飛び降りた。その後ろ姿が別人のように見えたものの、目を凝らす間もなく視界から消えてしまう。

 恭弥は一切振り返らなかった。

 

 

 

 ――後日。新品の来賓客用スリッパとともに、どこでどうやって調べたのか、モップ、校旗、窓ガラス一枚分の代金が利奈宛に届けられることになるのだが、それは応接室が元通りになってからの後日談であった。

 

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