新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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事後処理が終わらない

 本日最初の委員会活動は、応接室の後片付けだった。ほかの委員たちがソファを起こしたり窓ガラスを外したりしている横で、利奈はガラスや花瓶の欠片などを箒で集めた。

 地味に面倒だったのが、恭弥の蹴飛ばした観葉植物の後始末だ。湿った土は箒だと集められないし、雑巾でちょっと拭ったくらいだと、絨毯についたシミはまったく取れない。絨毯も買い替える必要がありそうだ。

 

 恭弥は二言三言指示を出したきり、どこかに行ってしまった。

 応接室が片付くまで静かなところで待つつもりなのか、はたまた落としたトンファーを拾いにいったのか。それはわからないけれど、当事者である恭弥がいなくなってしまうと、水が向くのはもちろん利奈だ。状況説明を求められた利奈は、目を泳がせた。

 

「えっと、黒曜生がヒバリさんに勝負を挑みに来まして……それでヒバリさんが応戦して、こんな感じです」

 

 窓からの脱出を選ぶほど目撃されることをいやがってたのを踏まえて、黒曜生による御礼参りというていで、みんなには伝えておいた。退学したとはいえ骸は黒曜生だったし、恭弥も黒曜への警戒を解くと言い残していたから、矛盾はない。

 明言を避けたせいで説明がざっくりしてしまったけれど、侵入者に動揺していると判断されたのか、詳細は追及されなかった。利奈が侵入者を庇う道理がないというのもあっただろう。

 

(骸さんに気を遣う必要はないんだけど、勝手に喋ったらあとが怖そうだし……。なにかあったらヒバリさんがなんとかするから、うん、いいよね)

 

 早い時間の出来事だったから、目撃者もほとんどいなかっただろう。

 野球部はグラウンドで活動していたけれど、応接室は校舎の正門側にあるから、グラウンドにいた彼らからだと、応接室の窓は見られない。教室に戻っても、だれもそんな話はしていなかったので、利奈はひそかに安堵した。

 

 ――骸が来たのが早朝で助かった。この前と同じく放課後の訪問だったら、目撃情報多数で大騒ぎになっていたはずだ。今から思えば、あのとき骸を校内に入れなかったのは英断だったと思う。

 

 それはそれとして、昼休み。利奈はプリントを抱えて東奔西走していた。乱闘でぐちゃぐちゃになったプリントを再発行してもらうためだ。汚れたプリントはもう使い物にならないので、担当の先生を探して、もう一度印刷してもらわなくてはならない。

 ひどいものは水で濡れて文字が読めなくなっていて、内容すら確認できなくなっている。どうしてもわからないものは、あとで恭弥に聞いてみるしかないだろう。それに、担当の先生がわかっても、その担当の先生を見つけるのも骨だった。

 

(職員室にいてくれればいいのに、みんな全然違うところにいるんだもん! ほかの先生にどこにいるか聞いても、どっか行っちゃってたりするし)

 

 壊れた備品の運び出しなどの力作業はほかの班員がやっているので、非力な利奈にはこういっためんどくさい作業ばかりが割り当てられる。適材適所という言葉があるけれどおかげで変なスキルばかり上がっている気がする。刑事のスキルを上げたところで、授業には全然役立たないのに。

 

「おっ、相沢」

 

 階段を下っていたら、武とばったり出くわした。武が立ち止まったので、利奈も合わせて足を止める。

 

「朝、大丈夫だったか? 応接室の窓ガラス、割れてたよな」

「……あー」

 

 どうやら、知り合いに目撃者がいたらしい。

 

「ちょっといろいろあってね。ヒバリさんがやっちゃった……」

「やっぱそっか! 走り込みしてたらいきなりパリーンってなって、上見たら窓が割れてるだろ? そんときは走ってたから通り過ぎたけど、そういえば応接室だったなって思い出してさ」

「そうなんだ」

「それに、グラウンドで投球練習やってたときも、またパリーンって聞こえたし。朝からなんかあったのか?」

「えーっとね……ちょっと、ほんとにいろいろあって……」

 

 心配してくれている武に嘘をつかなければならないのは心苦しいが、仕方ない。

 

「ひ、ヒバリさんに恨みを持ってる人が突然押しかけてきて……そのまま応接室で喧嘩始めちゃったんだ」

 

 話をするたびに、どんどん侵入者の人物像がぼやけていくけれど、他校生と言ったら、この前の事件と結びつけられてしまうだろう。

 それに、武も黒曜生に襲われた被害者の一人だ。恭弥が敵陣に乗り込んだ日に運悪く武も襲われ、半月ほど入院していた。利き腕ではないとはいえ、ピッチャーの要である腕を負傷した武に、本当のことなんて言えるはずもなかった。

 

「だから風紀委員があんなに集まってたのな。さっき、あっちで風紀委員が壊れたソファ運んでたぜ」

「う、うん」

 

 利奈も風紀委員だから知っている。

 ソファは表面を張り替えればまだ使えると修理業者が言っていたから、修理代だけで済みそうだ。威圧して値切らなければいいけれど。

 

「相沢は大丈夫だったのか? 最近は俺たちと同じ時間に学校来てたよな」

「平気、応接室の外にいたから。でも、応接室がめちゃくちゃになって、後片付けが大変なんだよね」

 

 いつもと違う高低差が落ち着かないので、利奈は階段を下りきってプリントを見せた。ビリビリに破けたプリントに、武が苦笑を浮かべる。

 

「ヒバリってわりとそういうとこあるよな。後先考えないっていうか、手加減しないっていうか」

「そう! だからいつもすっごく大変なんだよ」

 

 ――おもに、咬み殺された不良たちの後始末なんかが。

 邪魔な者は何人たりとも容赦なく地面に沈めてしまうので、救急車が何台あっても足りないくらいだ。あの悪癖さえなければまあまあ優秀な上司だが、風紀委員のほとんどはあのブレない性格――信念というべきかを崇拝しているので、咎める人がまったくいない。むしろ、陰で苦言を呈する利奈のほうが異端者扱いである。納得できない。

 

「風紀委員って大変そうだよな。

 そういや、相沢はなんで風紀委員に入ったんだ? 入ったの、夏前だったよな」

「……それもいろいろあって」

 

 利奈にとってはただの思い出になっているが、人によってはトラウマ案件だろう。あれ以来、三年生の一部の女子とはぱったり出会わなくなった。

 

「夏休みも祭りでショバ代の回収とかしてただろ? 見回りもあるし、一番忙しい委員会なんじゃないか?」

「かもね。でも、野球部に比べたら全然じゃないかな」

「そうか?」

「そうだよ。だって毎日朝から放課後までずっと練習してるでしょ。私たち、そんなに運動はしてないもん」

 

 それに、武はスタメンのピッチャーだから、試合にはずっと出ずっぱりだ。だれよりも負担が大きいし、プレッシャーも強い。

 

「んー、俺たちは好きでやってるから、そんなにつらくないぜ? 今は秋の大会があるから部活ばっかだけど、大会なければ普通だし」

「そうなんだ。大会、今週の土曜日だっけ」

 

 動向を恭弥が気にしていたから、利奈も日付を覚えてしまった。

 

 野球部の成績次第で恭弥の機嫌も変わるだろうから、ぜひとも野球部には頑張ってもらいたい。なんなら、風紀委委員一同を引き連れて応援団を結成してもいいくらいである。恭弥が指揮を取れば、みんな熱を入れて応援してくれるだろう。――それで武たちの士気が上がるかどうかはわからないけれど。

 

「頑張ってね! 風紀委員はみんな応援してるから! ヒバリさんも!」

「おう! あ、そうだ」

 

 キリのいいところで話を終わらせようとしたけれど、階段を上っていた武に呼び止められる。

 

「せっかくだし、相沢も観にこないか?」

「え?」

 

 突然のお誘いに動揺しつつ、体を捻る。顔を上げると、武が手すりから体を乗り出して利奈を見下ろしていた。

 

「観客はたくさんいたほうが盛り上がるしさ。笹川も誘ってるから、相沢も来いよ」

「京子も?」

 

 夏休みが明けて、とうとう京子たちと名前で呼び合う仲になった。再来週の日曜日には、京子おすすめのケーキ屋さんで、三人でケーキを食べる約束もしている。

 

「あと、ツナと獄寺な。獄寺はツナが来るなら行くっつってたけど、最近こっそり野球のルール勉強しててさ。素直じゃないよなー」

「そ、そうなんだ」

 

 それは指摘しないであげたほうがよさそうな情報だ。隼人が知ったら、怒り狂うだろう。

 

(んー、私も野球は詳しくないんだけどな。体育でやったから簡単なルールはわかるけど、スクイズとかそういう用語は全然わかんないし)

 

 わからないことがあったら隼人に聞いておけばいいのだろうか。――いや、駄目だ。隼人が勉強していることを知っていたとバレてしまう。

 

「試合って何時から? 委員会が昼まであるんだよね」

「昼までか。試合は一時からだぜ」

「あー、始まっちゃうか」

「いや、一試合二時間ぐらいかかるから間に合うぜ。野球は途中からでも見ごたえあるだろうし」

「そう? じゃあ応援しにいっちゃおうか――」

「そりゃっ」

「なっ」

 

 頭に緩く手刀が入り、利奈はびっくりして後ろを向いた。

 忍び足で近づいてきていたのか、花がチョップしたままの体勢で立っている。

 

「え、花?」

「なーにこんなところで青春ごっこしてんのよ。やるんなら人目につかないところでやりなさい」

「青春ごっこって……」

 

 うっかり笑いそうになった利奈だが、言葉の意味に気付き、体を硬直させた。あわてて階段の下を覗き込むと、目が合った女子生徒たちが一斉に逃げ去っていく。かなりの人数だった。

 

(うわー、見られてた……!)

 

 話しこんでいたせいで、自分に向けられていた嫉妬の視線にまるで気付かなかった。

 女子生徒に人気のある武と長話したうえに、野球の試合にまで誘われたのだ。恨まれないわけがない。

 

「ん? どした? だれがいるのか?」

「い、いいいいないよ! なんもないよ!」

「ん?」

「あー、いいからいいから。ほら、早く行っちゃって、この子のためにも」

 

 戻ってこようとする武を、花が雑に手で追い払う。

 

「よくわかんねえけど……じゃ、あとでな!」

「う、うん、じゃあね」

 

 手を振り返すのもはばかられて頷くだけにしておいたけれど、これみよがしな花のため息に、利奈は手をこすり合わせた。

 

「花、ありがとう……!」

「どーいたしまして。まあ、わざわざあんたに因縁つける女子もいないと思うけど、念のためにね。こんなんでシカトされんのもつらいでしょ」

「神様……!」

 

 風紀委員の腕章がある限りイジメられることはないだろうけれど、無視されたりするのは心が痛い。花の機転にひたすら感謝だ。日曜日にケーキをいっこ奢っておこう。

 

「あっ、いた。花、お待たせ……って、利奈も一緒?」

 

 階段の下から、京子が顔を出してきた。手には花柄のハンカチが握られている。

 

「もー、先行っちゃうなんて。探しちゃったよ」

「ごめんごめん、なんか利奈が青春ごっこしてたからさ」

「青春ごっこ?」

「なんでもないから! ちょっと花!」

「間違ってないでしょ。大会観にこないかってって誘われてたんだから」

「大会?」

「花!」

 

 利奈は焦ったが、京子はおっとりと両手を顔の前でくっつける。

 

「あっ、利奈も山本君に誘われたの? 私も応援しに行くんだー」

「……」

 

(……なんでだろう。京子だと、だれにもやきもち焼かれない気がする)

 

 かわいらしい顔立ちか。ほんわかした雰囲気か。それとも彼女の人徳か。はたまた全部か。いずれにしろ、虎の威を借りた利奈では、絶対に辿り着けない境地である。

 

 なんとなく敗北感を抱いていたら、階下からドタドタと音を立てながら綱吉が階段を駆けのぼってきた。

 

「あれ、ツナ君」

 

 京子が名前を呼ぶと、一段飛ばしで駆けのぼっていた綱吉が、ぴたりと足を止める。

 

「きょ、京子ちゃん!?」

「どうしたの、そんなに急いで。退院したばかりなんだから、無理しちゃだめだよ」

「あ、うん! ありがとう!」

 

 ――綱吉も、黒曜生に襲われた被害者の一人だ。

 体格のせいか、襲われた生徒のなかでもっとも入院期間が長く、一ヶ月ほど入院して、今日やっと登校してきたところだ。

 

(ヒバリさんみたいに、骨折れたのに数日で戻ってくるほうがおかしいんだけどね。そのせいで、草壁さんまで無理やり退院したし)

 

「で、どうしたの沢田。補習受けたくないからってもう帰るつもり?」

「違うよ!」

 

 現実は非常なもので、退院した綱吉を待っているのは、入院しているあいだに受けそこなった授業の補習である。武の口ぶりからすると、綱吉と隼人も土曜日の補習は免除してもらえたらしい。

 

「今ちょっとリボーン探してて……見なかった?」

「げっ、あんたまた子供連れてきたの? いい加減やめてよね、迷惑だから」

「勝手についてくるんだよ!」

 

 花は大の子供嫌いだ。鳥肌の立った腕をこすっている。

 

「で、京子ちゃん、見なかった?」

「うーん、見てないよ? 心配だよね、探すの手伝おっか?」

「あ、ううん、大丈夫! どうせろくでもないこと計画してるだけだから……」

 

 最後にボソッと呟かれた言葉を、利奈は聞き逃さなかった。

 リボーンが綱吉から離れて行動しているとしたら――

 

「もしかしたら、ヒバリさんのとこかも」

「え」

「よく応接室に来てたから、リボーン君」

「えええ!?」

 

 階段に響き渡る声で綱吉が叫ぶ。今更だけど、階段に居座り続けて、ほかの生徒の妨げになっていないだろうか。

 

「応接室、覗いてみる? 沢田君一人だと咬み殺されるだろうけど、私と一緒なら開けても大丈夫だと思うよ」

「……うーん」

 

 綱吉が葛藤するのもわかる。利奈だって、風紀委員に入ってなければ、わざわざ恭弥のいる場所に近づいたりはしないだろう。――いると知っていたならば。

 

 綱吉はしばらく考え込んでいたけれど、心配そうな顔をした京子に見つめられたからか、決心したように頷いた。

 

「……俺、行くよ! 相沢さん、一緒にお願い!」

「あ、うん」

 

 もしかしたら、応接室で恭弥に襲われた過去があったのかもしれない。そう思わせる、強い決断だった。

 

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