新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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不憫な訪問者

 死地に赴くかのような顔で唇を引き結ぶ綱吉を、応接室へと連れて行く。ドアの前で振り返ったら、綱吉は今にも死にそうな顔をしていた。気持ちはわからないでもないけれど、日常的に使っている場所をそこまで恐がらないほしい。

 

「そんなに恐い?」

「え? あ、いや、その……」

 

 あまりにもびくびくしているから声をかけると、綱吉はひきつった笑みを浮かべた。まったく取り繕えていない。

 

「なにもしなければなにもしないよ。なかに入ったらあれだけど、外からちょっと声かけるくらいなら大丈夫だから」

「いやあ……初めてヒバリさんと顔を合わせたのがここでさ。なにも知らないでなかに入ったら、前触れなくいきなり襲われて」

「あ、それ私と一緒だ」

「はいっ!?」

 

 期待通りの反応を返してくれる綱吉にかまわず、ドアを叩く。

 恭弥、あるいは風紀委員のだれかがいれば返事か物音が答えになると思ったけれど、壊れたの備品の運び出しで出払っているのか、手応えはない。

 念のためにもう一度叩いて耳を澄ましていると、綱吉があることに気がついた。

 

「ね、ねえ。ドア、へこんでない?」

「……ほんとだ」

 

 室内の惨状にばかり目をやっていたけれど、ドアの真ん中、腰あたりの位置で歪んでいる。そんなに目立ったへこみではないものの、直すか直さないか、あとで哲矢あたりに相談したほうがいいだろう。

 

「ありがとう、全然気づかなかったよ」

「うん」

 

 利奈があまりにあっけらかんとしているから、たいしたことではなさそうだと綱吉は表情を緩める。しかし、もし事の詳細を聞かされていたら、驚愕しただろう。――二重の意味で。

 

「だれもいないみたい。一人くらいいると思ったのに」

「俺としてはいないほうがありがたいけど……じゃあ、リボーンはいったいどこにいるんだ?」

 

 綱吉は頭をひねるが、利奈には恭弥以外の心当たりはまるでない。

 

(先生が見つけたら職員室に連れて行くと思うけど……さっき入ったときに見なかったしな)

 

 これ以上綱吉に無駄足を踏ませるのも気が引ける。駄目押しに応接室のドアを開けてみたが、やはりだれの姿もなかった。

 

「やっぱいないや。別のところだね」

「……なんか、物減ってない?」

 

 夏休みに一回、綱吉は応接室内に足を踏み入れている。そうでなくても、二脚セットのソファが一脚減っているから、なにかが欠けたような印象を受けただろう。

 トロフィー入っていた棚と校旗がないから、学校らしさも感じられなくなっている。

 

「前入ったときは、ソファふたつあったよね?」

「ヒバリさんが壊しちゃったから」

「あれ、そういえば窓も……」

「ヒバリさんが割っちゃったから」

「……なにがあったんだ?」

 

 と小声で呟きながらも、知りたくはないのか利奈には尋ねてこない。尋ねられても、武にしたように適当にごまかすしかなかったから、助かったけれど。

 

「んー、どうしよっか。とりあえず職員室に行ってみる?」

 

 そのとき、だれもいないはずなのにガタリと音が響き、利奈は身をすくめた。驚いた拍子に手を離してしまい、ドアが閉まる。

 

「えっ……ええ?」

「どうかした?」

 

 今の音が聞こえていなかったのか、綱吉は不思議そうな顔をしている。

 

「今、なかで音が……」

「……え?」

 

 沈黙がおりる。綱吉が乾いた声を出すものだから、利奈は数歩後退して綱吉と顔を見合わせた。

 

「き、気のせいじゃない? 風でなにか倒れたとか」

「……じゃあ、沢田君なかに入れる?」

「無理無理!」

 

 ブルンブルンと首が外れてしまいそうな勢いで綱吉が首を振る。ホラーだったら真っ先に襲われる人の反応だ。大げさな態度に冷静さを取り戻した利奈は、ドアノブにしっかりと手をかけた。

 

「ええ、開けちゃうの!?」

「だって開けなきゃわかんないじゃない」

 

 綱吉が言ったように物が倒れたのなら、元通りにするべきだし、不審者が侵入しているのなら、だれかに知らせにいかなければならない。

 物音がしたけど怖くて調べられませんでしたなんて言ったら、それこそ恐ろしい目に遭わされるのだから。疑わしきは排除である。

 

「……あー」

 

 ドアを半開きにしてざっと室内を検分した利奈は、後悔に満ちた声音で嘆息した。

 

「なにかあった?」

「……ううん、なにもなかった」

「それなら……あ」

 

 安堵しかけた綱吉だが、利奈の反応の理由に合点がいったのか青ざめた。

 

 ――そう。なにも倒れてなかったということは、不審者が侵入している可能性が高まったということにほかならない。しかも、その不審者は応接室のなかでいまだ息を殺している。

 

 応接室で隠れる場所といったらソファの後ろか、奥にある机の陰だ。見当をつけるべく、利奈は目を凝らした。部屋の最奥にある椅子が、わずかに動いた気がする。

 

「……沢田君、お願いがあるんだけど」

「いやだよ!?」

 

 この状況でお願いされることなどひとつである。即座に断られた。

 

「大丈夫、ちょっと見てくるだけだから! ほら、リボーン君かもしれないし!」

「ちょ、やめ、痛いから、ちょっと!」

 

 病みあがりの綱吉が悲鳴をあげたが、聞こえないふりをして応接室に押し込んだ。せめてもの良心で、ドアは閉めないでおく。

 

「なにかあったらすぐに先生呼んでくるから! お願い!」

「俺一人にする気!? ちょっと待って、せめてもう一人くらいだれか呼んで――ってぎゃあああああ!」

「わあっ!」

 

 椅子が後ろの壁まで滑り、綱吉が絶叫した。もはや疑う余地はない。

 

(沢田君がこんなに叫んでんのに出てこないなんて……やっぱり、リボーン君だったりするのかな)

 

 茶目っ気があるうえに綱吉に対してシビアなリボーンなら、こっそり隠れて綱吉を驚かせようとしていたとしても、おかしくはない。恐がっている綱吉には悪いが、犠牲になってもらおう。

 

 もう行くしかないと覚悟を決めたのか、綱吉はじりじりと机ににじり寄っていった。及び腰なので、猛獣に近づこうとしている新人飼育員みたいだ。

 利奈は利奈で、綱吉に気取られないように携帯電話を取り出す。万が一、潜んでいるのが不審者だった場合、即座に仲間に連絡を取らなければならないからだ。綱吉が知ったら、絶対に見に行ってくれないだろうから、ひっそりと。

 

「り、リボーンなのか? 驚かそうったって、そうはいかないぞ」

 

 虚勢なのか、単なる呼びかけなのか、そんなことを言いながら綱吉が机に手をついて身を乗り出した。しかし姿が見えないのか、思いっきり体を傾けている。このままだと頭から向こうに落っこちそうだ。

 

「沢田くーん。多分、机の下だよ」

 

 背中にアドバイスを投げかける。

 恐怖心がなくなったのか、綱吉は戸惑うことなく回りこんで、机の下に顔を入れた。そして小さく声を上げる。

 

「え、なんでこんなところにいるんだ!?」

 

 戸惑う綱吉の声。そろそろと近づいた利奈は、立ち上がった綱吉の手に抱かれた黄色い小鳥に、目を丸くした。そしてふにゃっと表情を和らげる。

 

「なーんだ、君かあ」

 

 掃除中には見かけなかったけど、窓が開きっぱなしだったから入ってきてしまったのだろう。お騒がせした犯人はくりくりと首を動かして、愛嬌を振りまいている。

 

「ごめんごめん。その子ね、ヒバリさんに懐いてるの。勝手に入っちゃたみたい」

「……バーズの鳥、だよな?」

「え?」

「ああいや、なんでも!」

 

 綱吉が机の上に鳥を乗せると、数歩歩いてみせてから、窓の外に飛び立ってしまった。まったく、おちゃめな鳥である。

 

「よかったあ、鳥で。あ、リボーン君じゃなかったのは残念だったけど」

 

 結局リボーンの行方はわからずじまいになっている。

 

「気にしないで。もうとっくに戻ってるかもしれないしさ」

「そうだね。昼休みも終わるし」

 

 リボーンの捜索をしていたから仕事を終わらせられなかったけれど、続きは放課後にやっておけばいいだろう。どうせ何枚かは恭弥に聞かないと内容すらわからないのだ。

 

「じゃ、教室戻ろっか。だれか来たら大変だし」

「そうだね。こんなとこ見られたらヒバリさんになにされるか――」

 

 なんて、軽口をたたこうとした綱吉の顔がノック音で凍りついた。利奈も動揺しながら振り返るが、ドアは閉まっている。

 

「失礼します」

 

 そんな声とともにドアノブが捻られ、利奈は転がるように走り、ドアにしがみついた。

 

「ど、どうも、お疲れさまです!」

 

 挨拶の言葉とともに閉めようとするが、片腕ひとつですぐに押し返される。

 

「なあに閉めようとしてんだ、相沢」

「あ、いえ、そんなわけじゃ! ヒバリさんならいませんよ!」

「わかったから、どけ。なかに入れないだろ」

 

 ――まずい。綱吉が見つかるのはまずい。

 恭弥だったら問答無用で咬み殺しにいくだろうし、風紀委員の場合はやるかやらないか半々な代わりに、許可なく入室させた利奈が罰せられる。

 

(なんとかしないと……!)

 

 勢いよく振り返ると、利奈の意思が伝わったのか、綱吉がすぐさま机の下に身を隠す。それを確認してからドアを開くが、よりにもよってまっすぐ机に向かうので、利奈はすかさず体を挟みこんだ。

 

「おい、さっきからなんの真似だ」

 

 目障りだとでも言いたげな顔で睨まれて、利奈は縮こまった。

 これでまだ怒っていないのだから驚きだ。並の人間なら裸足で逃げ出す威圧感なのに。

 

「なにが必要なのかなーっと。もしかしたら探し物はこっちにあるんじゃないかなって思いまして!」

 

 ここぞとばかりに紙の束を掲げると、利奈の行動に納得がいったのか、班員はやや表情を緩めた。それでも仏頂面に変わりはないが。

 

「べつになにも探してねえよ。運び出し作業が終わったから、ヒバリさんに伝言を残しておこうと思っただけだ」

「あ、ああ、そういう! じゃあせっかくなんで私が書きますね! ほら、現場にいた責任がありますし!」

 

 有無を言わさずに卓上からペンとメモ用紙を取りあげ、接客用の机の前に膝をつく。

 

「やけに殊勝な態度だな。ま、字はお前のほうがマシか」

 

 狙いどおり、班員も利奈に合わせて机の前にしゃがみこんだ。綱吉にはわからないだろうけれど、見つかる可能性を減らせたから作戦成功だ。

 やっぱりこういうときはヤンキー座りなんだななんて感慨を抱きつつ、業者の名前と電話番号を聞いたとおりに記していく。利奈も特別文字がきれいなわけでもないけれど、丸みのある文字は彼らには新鮮に映るらしい。

 

「こんな感じでいいですか?」

「ん。あとは机に――」

「やります! 私が!」

 

 伸ばされた手から逃げるようにしてメモを掴み、そそくさと机の上に乗せる。風に飛ばされないように重石を置くのも忘れない。

 

「はい、終わりました」

「おう」

 

 やたら機敏に動く利奈を訝しみながらも、用事が済んだ班員はのそのそと立ち去ろうとする。見届けないと安心できないので、利奈は背後にピッタリとくっついて追い出しにかかった。

 

「なんだ、お前は出ないのか?」

「ヒバリさん待とっかなって。読めないプリントどうすればいいかわからないですし」

「それはあとにして、お前もそろそろ教室に戻ったほうがいいぞ。授業に間に合わなくなるだろ」

「はい、プリント置いたら戻りますね! またあとで!」

「ああ」

 

 高めなテンションでごまかして、班員がいなくなると同時に、利奈は後ろを振り返った。もちろん、うかつに顔を出したりなんかはしていない。

 

「……行ったよ、沢田君」

「……ハー……」

 

 ため息をつきながら、綱吉が這って顔を出した。気配を隠すために息まで止めていたのか、顔が真っ赤になっている。

 

「怖かった、どうなるかと思った……。相沢さん、今の人とは仲いいの?」

「ううん、全然。四班の人とは全然喋んないから」

「それなのにあんな感じで喋れちゃうんだ……」

 

 呆れてるのか感心してるのか、いまいちわからない。嘘をついても見抜かれそうだから、テンションで乗り切っただけなのだけど。

 

「早く行こ、授業始まっちゃう」

 

 持っていた書類の束をテーブルの上に置き、重石代わりになるものを探す。いつもなら灰皿が置かれているのだけど、ヒビでも入って撤去されたのか見当たらない。棚に入っているファイルで代用しようと、利奈は下段の棚を開けた。何年か前の物なら使っても問題ないだろう。

 

「そうだね。さっさと出なくっちゃ。まただれか来たら大変だし」

「だれが来たら困るんだい?」

 

 ――そのとき、心臓は止まっていたのかもしれない。

 先ほどなどとは比べ物にならない恐怖が、二人のつま先からつむじまでを駆けのぼり、落ちて、血の気を引かせた。

 この部屋にノックも声かけもなく入ってくる人物は一人しかいない。いや、そんな前提条件がなくても、利奈が恭弥の声を聴き間違えるはずがなかった。

 

 錆びついた機械を無理に動かしたようなぎこちない音を立てながら首を動かすと、死刑執行人がゆっくりと室内に入ってきた。この場合、死刑囚は綱吉で利奈は――判決待ちの罪人だろうか。いずれにしろ、綱吉の処刑は決まっている。

 

「ひ、ヒバリさん……」

「こんなところでなにしてるんだい? 見たところ、相沢が通したみたいだけど」

 

 すでに綱吉は机の下から出てきているが、まだ机のそばにいる。一方で利奈はファイルを取り出すために綱吉とは反対の壁側にしゃがんでいて、すぐには綱吉を庇いにいけそうにない。

 

(庇った私ごとやられそうだけど……)

 

 なんて考えながら、恭弥の出方を窺う。

 恭弥は思案するように目の前の綱吉を眺めていたが、ふと視線を利奈に移し、その目元を細めた。

 

「……なるほど? 今度は彼が訪問者か」

「……へ?」

 

(訪問者……?)

 

 意味がわからずに言葉を反芻させた利奈は、過去の指示を思い出して、目を見開いた。

 

 ――何者かが恭弥を訪ねてきたら、だれでもいいから自分のもとへ連れてこい。

 

 今、恭弥は綱吉を訪問者――自分に挑んできた挑戦者として捉えた。利奈が否定しようが制止しようが、もう止まらない。これから待っているのは、勝負という名のリンチである。

 

 綱吉がじりじりと後ずさる。応接室の外にベランダはなく――それでも二人飛び降りた人物を知っているが、綱吉がやったらただの飛び降り自殺になってしまう。窓枠にぶつかって逃げ場を失った綱吉は、恐怖に身体をわななかせながら執行の秒読みをしていた。

 

(だ、だめ。どうしようもない……)

 

 利奈はパクパクと口を動かし、自分がだれに、なにを言うべきかを考え――標的を定めた。

 

「――沢田君」

 

 聞こえているだろうか。聞こえていたとしても綱吉にこちらを見る余裕はないだろうが、聞こえるように利奈は声を張り上げた。

 

「――ごめんっ!」

「ぎゃーーー!」

 

 悲鳴をあげて綱吉が逃げようとするが、やる気になった恭弥から逃げきれるわけがない。すかさず背後に迫られ、振り返ってしまった綱吉が瞠目する。

 

「ひ、ひぃ――グハッ!」

「ほんとにごめんなさーい!」

 

 恭弥の右アッパーで宙を舞った綱吉に、利奈は両手を合わせながら全力で謝罪した。

 

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