新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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罪の報いは自覚なく

 もしかしたら、綱吉はトラブルに巻き込まれやすい体質なのかもしれない。

 

「おう、久しぶりだな、ダメツナ」

 

 いや、トラブルを引き寄せる体質だろうか。

 

「久しぶりついでに、むしゃくしゃしてんだ。軽くボコらせてくんね?」

 

 今日だけで、何回危機に瀕しているのだろう。ここまでくると、なにかに憑かれているのではと勘ぐりたくもなる。巻き込まれたのは、はたして綱吉だったのか。それとも――

 

「後ろの子は、俺たちが遊んどいてやるからさー」

 

 ――利奈のほうだったのか。

 

 放課後の通学路で綱吉に声をかけたら、柄の悪い三年生三人組に絡まれてしまった。

 そのままあれよあれよと公園まで追い込まれ、気が付けば後ろには木、前には綱吉、右左正面には上級生という、逃げ場なしのこの状況。

 身体を震わせる綱吉の後ろで、利奈は一人、場にそぐわないテンションで、こう思った。

 

(いやいや、沢田君不幸体質すぎるでしょ!?)

 

 応接室では恭弥に襲われ。そのせいで遅刻した授業では、意地の悪い先生に目をつけられて恥をかかされ。退院したばかりの綱吉になんたる仕打ちと憤った隼人が先生に掴みかかって、授業どころではなくなり。隼人を止めようとしたのに転んで、隼人とともに先生にのしかかったところを、駆けつけたほかの先生に目撃され。同級生からの証言でなんとか誤解は解けたものの、連帯責任で隼人とともに反省文を書かされて。

 

 挙句の果てに三年生に絡まれているという、どう考えても前世でなにかやらかしていたのではというレベルの不幸度合いである。

 

 ちなみに、利奈はこれをピンチだとは思っていない。胸に当てた手にほんの少し力を籠めるだけで、助けは呼べるのだ。

 まだ押していないのは、相手を脅威と判断していないからであって、ついでにいうと、だいぶ前に買い物に出たくせに、なんでまだそんなところにいるんだと余計な詮索を受けたくなかったからである。

 

(花瓶と花買ってくついでに、沢田君にジュースでも買ってあげようって思ってたんだけど……ついてないなー)

 

 綱吉に話しかけてすぐに上級生たちが現れたけれど、彼らは綱吉にばかり話しかけているから、利奈が巻き込んだわけではないだろう。いきなり黒い車に引きずりこまれたのなら、原因は利奈だろうけど。

 

「おいおい、震えてたらかっこ悪いぜ。女の子守るんだったらかっこよく守ってみろよ」

「女の子怯えてんじゃーん。そうだ、俺に一発入れられたら見逃してやろうか?」

「無理だって、ダメツナにそんな勇気あるわけねえだろ!」

「だな!」

「ハハハハハ!」

 

 綱吉は怖がっているけれど、利奈は一切怖がっていない。身を縮めているのは、胸に手を当てている動作を自然に見せるためのフェイクだ。ついでに、怯えたふりをして調子に乗らせておけば、暴力を振るわれずに済む可能性が高まる。

 

(にしても、この人たち風紀委員の腕章見えてないのかな)

 

 綱吉の背後に隠れているとはいえ、だれか一人くらい気付いてもよさそうなものだ。頭が足りていない人たちなのか、それとも綱吉を怖がらせるのが楽しくて、後ろの利奈にあまり注目していないのか。

 綱吉も綱吉で、後ろにいるのが最強不良集団に属する人間だということをすっかり忘れている。利奈の盾になるよりも、利奈を盾に彼らを牽制するほうがよっぽど賢いのに。

 

(腕章見せて風紀委員だって言ったら、逃げてくれるかな。……でも、この人たち頭悪そうだから、あんまり効果ないかも)

 

 利奈自身はあくまで非力な存在だ。のちの報復など考えずに襲いかかってくるかもしれない。権力は馬鹿には効かないのだ。

 

(……まあ、考えなくていっか)

 

 少し肩の力を抜いた。

 

「どーする? タイマン張って泣かすか? それとも、フツーにボコボコにする?」

「せっかく女連れなんだから、もっと楽しくいこうぜ」

「お、なんだ?」

「よく聞けよ。まず、三人でダメツナをボコボコにするだろ? んで、服を脱がせて俺たちに土下座させる。そんで、ツナに幻滅した女連れて、そっからカラオケ! そのあとも――」

「おい、もう一度最初から聞かせろ」

「ああ? だからまずダメツナを――」

 

 二度は言わせないとばかりに、隼人の回し蹴りが男の顎を砕いた。

 利奈たちには彼らの背後から近づいてくる隼人の姿が見えていたけれど、彼らからしてみれば、青天の霹靂だっただろう。逃げるどころか許しを乞う余裕すら与えられずに、彼らは地面に倒れ伏す。

 

(つ、強い。ヒバリさんと比べなかったら、最強レベルなんじゃ?)

 

 伊達に並盛中学校の問題児の看板を背負っていない。

 

「ご無事でしたか、十代目」

 

 隼人に問いかけられた綱吉は、やっと感情が追いついてきたのか、へなへなとその場にへたりこむ。安堵で腰が抜けてしまったようだ。

 

「十代目、どこかお怪我を!?」

 

 慌ててた様子で隼人が腕を引こうとするが、綱吉は緩く首を振る。

 

「ち、違う。ホッとしたらなんか力が抜けて……」

「大丈夫?」

 

 後ろから覗きこむと、綱吉は弾かれたように顔をあげて利奈を見た。

 

「そっちこそ大丈夫!? ごめん、俺のせいで怖い目に――」

「遭ってない遭ってない。慣れてる慣れてる」

「ええ……」

 

 ケロッとした顔で手を振ると、ドン引きの視線を向けられた。

 武器を持っていない男三人、そのうえ、公園なんて人目につきやすい場所で絡まれたくらい、事件にも数えられない。班長に伝えても鼻で笑われるだけだろう。

 

「うーん、気にしてないならよかった……よな、うん」

 

 あっけらかんとした態度を見て、ようやく利奈が風紀委員だったことを思い出したらしい。守ろうとしていた相手がまったく頓着していなかったと知り、脱力感にうなだれている。

 

 なんだか、悪いことをしてしまった。上級生三人から女の子を守ろうとした姿勢は、称賛されるべきものだったのに。

 

(今度、京子に伝えといてあげよう。そしたらチャラだよね)

 

 綱吉が京子に片思いをしているのは明白なので、おつりが返ってくるくらいのナイスアシストになるだろう。実際に助けたのは隼人だったが。

 

「ところで、なんで獄寺君がここに? ダイナ――宅配物は受け取れたの?」

「はい、ちょうど家に入ろうとしたところで。それで用が済んだので、十代目をお迎えしようと引き返していたら、こいつらが」

 

 忌々しげに砂をかける隼人。三人とも気を失っていて、みんなの憩いの場である公園の雰囲気をどす黒くしている。

 

「俺がついていればこいつらに口を開く暇すら与えなかったんですけどね……面目ないです!」

「いやいや、おかげで助かったよ!」

 

(獄寺君がいたら近づきもしなかっただろうけどね)

 

 邪魔なのがいないあいだに綱吉をいじめようなんて、せせこましいことを考えているから逆襲にあうのだ。

 

(っていうか、そんなことより――)

 

「ねえ、獄寺君」

「ああ? 礼の言葉ならいらねえぞ、俺は十代目をお守りしただけだからな」

「そうじゃなくて。……ありがとうは言うけど。じゃなくて、その子」

 

 利奈が隼人の手元を指差すと、綱吉も今気付いたような顔で声を張った。

 

「ランボ!?」

 

 ――そう。隼人が足だけで不良を沈めているあいだも、綱吉と受け答えをしているときにも、その右手には、襟首を掴まれた子供がぶらさがっていた。緊張感もなにもあったものじゃない。

 

「こいつが俺の家の近くで迷子になってやがったんで、お迎えついでに十代目にお渡ししようと。おら、お前もなんか言え」

「迷子じゃないもんねー! ランボさんはー、ちょうちょとちょっと追いかけっこしてただけなんだもんね! そしたらー、そしたらー。知らない場所にいた」

「それを迷子って言うんだろ……」

 

 拙い言い訳に、綱吉は呆れた顔になっている。

 

 襟首を離された男の子は地面に着地すると、見知らぬ利奈が気になったのか、トコトコと近づいてきた。それに合わせてしゃがみこむ。

 

「ツナー、ツナー、こいつだれー?」

「こら、こいつじゃないだろ!」

 

 すぐさま綱吉がたしなめる。まるで兄のような態度だが、男の子と綱吉では、髪も目も色が違う。

 

「この子、ランボっていうんだ。俺の親戚で――まあ、リボーンみたいなやつだって思ってよ」

「へー。沢田君、親戚の子多いんだね」

 

 綱吉の口ぶりだと、リボーンの兄弟というわけでもないらしい。

 もじゃもじゃ頭にピッタリと体にくっついた牛柄のシャツ。飾りなのかおもちゃなのか、両耳の上あたりに角をくっつけている。大きな目で興味津々に見つめてくる姿は見た目相応で、抱きしめたくなるくらいには愛嬌があった。

 

「私は利奈。沢田君――ツナ君のお友達」

 

 優しい声で自己紹介すると、ランボはパッと顔を輝かせた。どうやら、お眼鏡にかなったらしい。

 

「俺っち、ランボ! いつかー、リボーン殺してー、世界一のマフィアになんの!」

「えっ」

「冗談だから気にしないで!」

 

 綱吉があわてて否定するが、ランボはムッと唇を尖らせた。

 

「冗談じゃないもんね! 俺っちはいつか絶対リボーンを殺るんだもんね!」

「無理に決まってるだろ、いつもやられてるくせに!」

「やるったらやるんだもんね!」

「ケッ、この身の程知らずが」

 

 常識的にたしなめる綱吉と違い、隼人は大人げがない。

 

「……えっと……元気な子だね」

 

 利奈はそれしか言えなかった。

 

「で、利奈はダメツナの愛人か?」

 

(またすごいの突っ込んできた……!) 

 

 ちっちゃい子の口から出てきた、愛人という響きに打ちのめされそうになる。見た目はこんなにかわいらしいのに、いったいどこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。

 綱吉も顔を真っ赤にしている。

 

「こ、こ、こいつ、昼ドラとかよく見てて! ほ、ほんと気にしないで!」

「なーなー、利奈はツナの愛人? それとも獄寺のー?」

「なっ!?」

「あはは……」

 

(獄寺君は獄寺呼びなんだ……)

 

「おい、十代目に失礼だろ! 謝れ!」

「んん? 獄寺君、それ私に失礼じゃない?」

「んじゃーあー、お前の愛人?」

「ああ!? だれがこんなの選ぶかよ!」

「ちょっと!」

 

 いくらなんでもこんなの呼ばわりはあんまりだが、隼人は利奈の抗議をまったく聞いていない。

 

「じゃーあーじゃーあー……あむっ」

「あーあーあー! はい、この話終わり! 終了ー!」

 

 これ以上被害が増えないようにと、綱吉は無理やりランボの口を押さえた。むごごごと無意味な声が聞こえる。

 

「ご、ごめん! ほんとごめん! こいつ、ちょっと外国育ちでさ」

「そうなんだ。じゃあ仕方ないね、うん」

「イタリアだもんねー!」

 

 黙っていられない体質なのか、綱吉の指を引きはがしながらランボが叫ぶ。リボーンも名前からして外国の子だけど、外国の子供はみんな、こんなに小さい頃からませているのだろうか。

 

「リボーンは愛人いっぱいいるんだー! 俺っちもリボーンに負けないくらい増やすから見とけよ!」

「だから、余計なこと言うなって!」

 

(……友達って意味だよね、きっと。そう思おう)

 

 綱吉がランボをなだめているあいだに心を落ち着かせる。リボーンならもしかしてと思わせるあたりがすごい。

 

「いい加減にしろよランボ! 言うこと聞けないんだったら今日のお菓子抜きだからな!」

「うっさーい! ランボ様に指図するなーい!」

「ランボ!」

 

 綱吉が強い口調で怒鳴る。するとランボの目がウルウルと潤み始めた。

 

「うー、馬鹿にすんなダメツナぁ! 俺っちが一番なんだぞぉ、ひっく。うう、ツナの、ツナのばかぁ、おたんこなすー! ウン――コッ」

「十代目を侮辱すんなっ」

 

 とうとう、我慢の限界を迎えた隼人の拳骨が、ランボの脳天に叩き込まれる。

 手加減の感じさせない一撃は容赦なくランボのもじゃもじゃを二分し、鈍い音を立てた。

 

「ちょっと、ちっちゃい子にやりすぎじゃ……」

「いいんだよ、こいつはこれくらいやらねえとわかんねーんだ」

「う、ううっ」

「泣いちゃってるよ!?」

「ランボ、落ち着け、ほら泣くなって」

 

 じわりと滲んだ涙が、膨らんだ頬からポロリと落っこちる。あとを追うように大粒の涙が落下して、ランボが大声で泣きだした。

 

「う、が、ガマ……ン――できないんだもんね!」

「わああ、ランボ、ちょっとタイム! ここじゃマズいって!」

 

 火がついたみたいに号泣しているランボを止めるのは、もう不可能だ。

 

 ぎゃあぎゃあとわめきながら、ランボは頭に手を突っ込む。巻き毛のなかをもぞもぞと探ったかと思ったら、そこから巨大な筒が出てきた。

 

(え、えええ!? そんなのどっから!?)

 

 その筒は、ランボの身長の何倍も大きかった。それが頭から出てくるなんて、手品でもなければ、ありえない光景だ。

 

「だあー!? とりあえず相沢さん、ちょっとあっち向いてて!」

「ちょっ、ランボ君が持ってるのってあれ、バズーカーじゃ――」

「いいから!」

 

 綱吉に強引に体を反転させられた、次の瞬間。

 爆発音とともに背後から煙が立ちのぼり、視界が白に染まる。

 

「なに、なんなの……ひゃっ」

 

 足元に転がっていたなにかに躓いて、尻もちをつく。

 

「いたたた……」

「大丈夫ですか?」

 

 綱吉でも隼人でもない低い声に顔をあげると、煙の向こうから手が差し伸べられていた。充満している煙のせいで、だれの手なのかはわからない。

 

「あ……どうも、ありがとうございます」

 

 手を拝借して立ち上がる。もうなにがなんだかわからなくなっていた。

 

「こんなところに座りこんで。なにかあったんですか、かわいらしいお嬢さん」

「……え、あっ、転んじゃって」

「おや、それは大変だ。怪我はしていませんか?」

「な、ないです」

 

 グッと引き寄せられ、利奈は上擦った声をごまかすように首を振った。

 

(い、イケメンに手を握られてる……!)

 

 煙はもう晴れていた。

 話し方から、ある程度は顔面偏差値の高さを予感していたものの、想像以上に顔が整っている。慣れたイケメンは耐性がつくから緊張しないけれど、慣れないイケメンには抗体がない。とくにこんな、たれ目で色気駄々洩れなイケメンには。

 

 手を離してもらうタイミングを計る利奈だが、それはすぐそばで転がっている綱吉のおかげで解決した。

 素早く手を引っこ抜き、おそらく転んだ拍子に頭を打ったのであろう綱吉の頭のそばに膝をついた。

 

「沢田君、大丈夫?」

「……ったあ……」

「おや、そこにいるのは若きボンゴレ。……なるほど、また十年前に来てしまいましたか」

「大人ランボ……じゃなくて!」

 

 綱吉が跳ね上がるように立ち上がる。

 

「その人、沢田君の知り合い? ……あれ、そういえばランボ君は?」

「あー……いー、うーん、えーっと」

「おー?」

「お――俺の友達!」

 

 嘘だ。隼人以上にギャップがありすぎる。

 

「ボンゴレ、このお嬢さんの名前は?」

 

(沢田君、また変なあだ名つけられてる……)

 

 しかも本名にまるでかすっていない。

 

「相沢さん。クラスの子だよ」

 

 うっとうしそうに綱吉が答えると、ランボは小さく首を傾げた。

 

「アイザワ? 変わった名前ですね、聞き覚えないです」

「当たり前だろ! 相沢さんは俺たちとは関係ないんだから!」

「うっ」

 

 唐突に突き放すのはひどいと思う。関係ないなんてはっきり言われたら、いくらなんでも傷つく。

 かなりのダメージに肩を落としていると、利奈の反応を見て綱吉があわあわと首を振った。

 

「あああ、そういう意味じゃなくて! その、リボーンが仕掛ける遊びの被害者じゃないっていうか、ただの友達っていうか――」

「ボンゴレ、女性を傷つけてはいけませんよ。彼女たちはガラスのように繊細なんですから」

「お前は黙ってろ!」

 

 なるほど、仲はいいらしい。友達相手だとわりと強気な綱吉がこんな態度をとっているのだから、相当気心が知れているのだろう。

 それはそれとして心が痛い。

 

「……私、行くね。今日のお詫びは、また今度ちゃんとするから」

「待って――あー、ごめん、また明日!」

「うん……」

 

 罪には罰が与えられるのだろう。自業自得。因果応報。利奈は報いを受けたのだ。

 このあと、いつまで買い物に時間をかけているんだとこってり絞られ、満身創痍の状態で帰宅した。

 

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