新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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五章:風紀委員長、ヘルプです
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 みんなが待ちわびていた秋の野球大会。

 委員会活動の関係で序盤は見逃したものの、終始並盛中学校の優勢で進んだ試合は、素人の利奈が見ても面白いものだった。

 

 なにより、友達が活躍していると気分がいい。

 エースである武は打っても投げても絶好調。武の打った白球は、何度放物線を描いただろう。武の投げた白球は、何度ミットに収まっただろう。

 もしかしたら、並盛中学校からプロ野球選手が生まれてしまうかもしれない。

 

 それと、みんなで応援するのも最高に盛りあがった。

 投げるときは息を詰めて、打つときは大いに騒いで。手を打ち鳴らしたり、大声で叫んだり、ときには興奮しすぎてか場外で乱闘が発生しそうになったけれど、それもまあ、思い出だ。京子の兄に掴みかかっていた隼人は、姉の登場でひっくり返った。

 

(この前のハルちゃんにまた会えたし、綱吉君は近所の子たくさん連れてきてたし)

 

 面倒見がいいところは、学校では見られない一面だ。いつも周りに振り回されているぶん、年下には優しく接しているのだろう。

 

 最後の最後に武がダメ押しのホームランまで打っていたし、本当に見ていてストレスのない、楽しい試合だった。

 それに、いっぱい叫んだおかげで気分も爽快になって、夜はぐっすりと熟睡できた。夢も見なかったくらいだ。

 

「その試合なら僕も観戦しましたよ」

 

 ――いっそ、これが夢であればいいのに。

 

 ソファの上でぎこちなく笑う利奈の左右は、二人の男子でしっかりと固められていた。

 

 

――

 

 

 事の始まりは、ただの勘違いだった。

 思いこみというものは恐ろしいもので、相手の挙動をことごとく曲解し、誤認した挙句、誤解だと気付いたときには、もう手遅れになっていたりもする。それに、胸にやましいものを抱えている人ほど墓穴を掘りやすい。

 

 野球大会の翌日、つまり日曜日。

 私服で街を歩いていた利奈は、正面から歩いてくる黒曜中学校の生徒に目を奪われた。

 

(わー……)

 

 隣町なのだから、並盛町に黒曜生がいてもおかしくない。休日に制服姿なのも普通だろう。

 利奈が注目したのは黒曜生の制服ではなく――いや、制服なのだが――その改造具合だった。

 

(制服でへそ出しとか……やる人いるんだ……)

 

 利奈が注目したのは、三人組のうち、紅一点の女子生徒だった。

 ほかの二人は普通の制服なのに、女の子だけは上着を短くしてへそを出していて、おまけに、おしゃれなのか医療目的なのか判断をつけづらい髑髏の眼帯をつけている。ライブ会場でギターを真っ二つに折っても違和感のない格好だ。

 

(なんでバンドで例えてるのかわからないけど)

 

 いずれにしろ、同年代、しかも隣町にこんなパンクな子がいることに、利奈は少なからずショックを受けていた。並盛中学校なら一発で校則違反だが、黒曜中学校はそのあたり規則の規制はないのだろうか。

 

 ことさら目を引くのは、その女子がゴリゴリのギャル系というわけでもなく、いたって普通、いや、むしろ大人しそうな印象の子だった点だ。左目は伏し目がちだし、背中もどことなく丸まっていて、引っ込み思案そうに見える。それに、前を歩く二人の後ろをおずおずとついていっている様子からは、彼らとの距離が感じられた。

 違和感が多すぎて、ほかの通行人たちの目も女の子に向いている。

 

(休みだから気合入れてるとか、イベントがあったとか? 並盛町以外のイベントはさすがに覚えてないし、そんな感じなのかも)

 

 物珍しさからしげしげと見つめる利奈。そのまますれ違おうとしたところで女の子が目線を動かし、利奈の顔を見て声をあげた。

 

「あっ」

「え?」

 

 か細い声に反応して立ち止まると、同じように立ち止まった女の子が、驚いた顔で利奈を凝視する。

 

(あ、あれ? 知ってる子だった?)

 

 黒曜生に同性の知り合いはいない。女の子の顔をまじまじと見つめてみるけれど、見覚えのある顔ではなかった。

 

「……なに、どうしたの」

「ああ? なにやってるんら、行くぞ」

 

 前を歩いていた二人が、立ち止まってしまった女の子に気付いて、足を止める。女の子はハッとした顔で利奈から視線を逸らした。

 

「な、なんでもない」

 

 そのまま、なにもなかったように立ち去ろうとしたが、その判断はわずかに遅かった。

 人の流れに沿わずにいた利奈に気付いた二人の目が、女の子と同様に大きく見開かれる。 

 

「そこの女、まさか!」

「ひっ」

 

(うわわ、この人絶対ヤバいタイプの人だ!)

 

 女の子にばかり目がいっていたけれど、男の子も見るからに普通じゃない。鼻の中心横一線に走った傷跡はあきらかにただの怪我ではないし、目つきも顔つきも、利奈が今まで携わってきた排除者たちとよく似た、物騒なものだった。

 背後の眼鏡を掛けた少年もひどく澱んだ眼をしているし、関わってはいけないと本能が告げている。

 

(逃げよ!)

 

 四の五の考えずに退散しようと身を翻すが、走り出す間もなく肩を掴まれた。見た目通り運動神経はいいらしい。

 

「お前、この前の女だな。なんれ俺たちの前に」

「え、え?」

 

(この前っていつ!? 全然知らない人なんだけど!?)

 

 人違いなのか、彼にも彼女にもまったく心当たりがない。こんな特徴的な人たち、会ったことがあれば、すぐ思い出せるだろうに。

 

(まさか、委員会活動の話? だったら覚えてなくてもおかしくないけど――ってか痛い! 爪食いこんでる痛い!)

 

 積みあがった有象無象の顔をいちいち確認してはいないから、そのなかのだれかなら辻褄は合う。私服姿を見てすぐにわかるくらいに恨まれているのならすぐさま逃げ出さなければならないが、そんなことより肩が痛い。力はそこまでこもっていないけれど、伸びた爪が刺さって地味に痛い。

 

「離して。痛いから」

「だれの差し金だ! まさか、あのアヒルの命令か!?」

「アヒル? だれ、それ。いいから離してってば」

 

 相手を刺激しないようにできるだけ声を小さくしているけれど、わめきたいくらいには痛い。慣れていたって痛いものは痛いのだ。

 

「犬、その子、記憶ない!」

 

 痛みに耐えている利奈を見かねてか、彼の味方であるはずの女の子も利奈を庇う。

 沈黙を守っていた眼鏡の人も、目を左右に動かしてから犬という少年の肩に手を置いた。

 

「犬、離して。ここだと目立つ」

 

 昼の往来だけあって、人通りは多い。今は遠巻きにしている住人たちだって、利奈が騒げばそれなりに対処はしてくれるだろう。こういう時の利奈のなりふりの構わなさは天下一品だ。ほかの班員たちにも褒められている。

 犬も分が悪いと感じたのか、掴んだときと同じように乱暴に離した。

 

「いったあ……なんなの、もう」

 

 棘をこめて睨みつけるが、犬も同じような目で見ているので効果はない。いや、あってもいい効果ではないだろうから、それでよかったのだけど。

 

「本当に覚えてねーのか?」

「なにを」

 

 思い出してほしいのなら、せめて具体的な出来事を話してほしい。もしくは、咬み殺された場所や日時を。

 腕をさすりながら聞き返すけれど、返事はこない。

 

(変なの。どこで会ったかぐらい言ってくれたっていいのに。それとも、思い出してほしくないとか? ……ん?)

 

 正解に触れた手応えがあった。

 思い出すといえば、つい先日、似たような問題が発生して、頭を悩ませていたような――

 

 ヒントもなく正解を引き当てようとした利奈の思考を助ける、あるいは強引に結びつけるように、眼鏡の男子が口を開いた。

 

「めんどいから、早く帰ろう。骸様が対処したんだから、大丈夫でしょ」

「え、骸さん?」

 

 今まさに思い描こうとしていた人の名前を出され、利奈は素の声音で反応した。――反応してしまった。

 その瞬間、男子二人の殺気と女子一人の困惑の気配を察知し、利奈はすぐさま表情を消す。

 

(ヤバい。これはヤバい、口滑らせた!)

 

 こうなったら、察しの悪い人でも彼らが骸の関係者だとわかるだろう。そして、彼らがそれを隠したがっていたことも。

 でも、知ってる人の名前を口に出されたら、反応してしまうに決まっている。委員会活動中ならともかく、今は非番なのだから。

 

「……柿ピー、こいつ」

「うん。思い出してるね」

 

(ううん、全然思い出してないよ!?)

 

 下手に名前に反応してしまったばかりに、どうやら彼らに誤解させてしまったようだ。

 圧力に屈してなにも言えずにいると、またもや女の子が二人に水を差した。

 

「待って。骸様がかけた幻術が、そんなに簡単に解かれるわけないと思う。だから――」

「うるせー、クソ女! 勝手に口開くなびょん!」

「……ごめん」

 

 犬に噛みつかれたせいで、女の子は口を噤んでしまった。

 

(うっわ、最低)

 

 女の子と反比例して犬の評価が落ちていく。

 

「犬、言いすぎ。骸様に怒られるよ」

「ケッ」

「あのとき、骸様は手負いだった。術がうまくかからなかった可能性がある」

「……」

 

 女の子は否定しなかったけれど、肯定もしなかった。

 

「まあ、それはそれとして」

 

 帽子の男子が、品定めするような目で見つめてくる。

 

「このまま放置するのは危険だ。骸様の判断を仰がないと」

「なら、アジトまで連れてけばいーんじゃね? どうせまた記憶消すことになるだろうし」

「……記憶を消す?」

 

(なにそれ。記憶消すって。え、じゃあ私、前も記憶消されたの?)

 

 具体的な手段に見当がつかないけれど、とりあえず危害を加えられそうになっているのはわかった。ならば選択肢は逃げる一択なのだが、彼らが骸の仲間なら、捕まって情報を得るのもひとつの手かもしれない。

 三対一で逃げ切るのは難しいだろうし、男子二人は、目的のためなら手段を選ばない顔をしている。やたら磨かれた防衛本能がそう告げている。

 

(下手に刺激しても危ないし、ここはおとなしく骸さんの家に連れていってもらおっと。骸さんに話せば誤解は解けるかもだし。

 ……なにがあったのか、よけい気になってきてるけど)

 

 彼らがここまで恐れている利奈の記憶とは、いったいどんな記憶なのか。

 

 まさかバスで廃墟まで連れていかれるなんて夢にも思っていなかった利奈は、男子二人に挟まれながらも、危機感なくそんなことを考えていた。

 

 

 ――

 

 

 ――そして、現在に至る。

 

「頭が痛いですね、まったく」

 

 このあいだと違って、実感のこもった声である。表情はなんとか取り繕えているが、来たばかりのときは感情がそのまま顔に出ていた。

 

 会いたくてきちゃった、みたいなノリで笑いかけたのが原因かと思ったけれど、利奈をここまで連れてきてしまった彼らへの苛立ちだとわかったので、利奈はのほほんと構えていた。

 そのかわり、両隣は居心地悪そうにしている。

 

「本当によけいなことをしてくれました。

 ……雲雀恭弥に接触したと告げたときに、彼女に傘を返したことを伝えなかったのは僕の落ち度ですが。ここまで連れてくるというのは、いささか短絡的でしたね」

「申し訳ありません。犬がどうしてもと言ってきかなかったもので」

「なっ!? お、俺だけのせいじゃねーびょん! 柿ピーだって反対しなかったじゃん!」

「……そうだっけ」

「くっ、このバーコード眼鏡!」

「やめなさい。客人の前で見苦しい」

 

 一応、客人として扱ってくれているらしい。お菓子の入った皿をソファに置いてもらった時点で、ひどい扱いはされないと思っていたけれど。

 

(それにしても……)

 

 だれにも注目されていないので、こっそりと部屋の惨状を観察する。

 割れた窓に、散らばったままの窓ガラス。破れたカーテンに、汚れた室内。まごうことなき廃墟である。

 

 閑散とした場所にぽつんと立っていた、商業施設の跡地。

 なんの施設だかは知らないけれど、ここに来るまでに、いろいろと建物があった。半分くらい土に埋もれていたから、土砂崩れかなにかで廃業してしまったのだろう。

 

(地面にぽっかりと穴が開いてたりもしてたし、本当に廃墟だよね。なんでみんな、こんなところにいるんだろう)

 

 物思いに耽っていた利奈は、いつのまにか骸に見つめられていたことに気付いて、姿勢を正した。骸は仕方なさそうな顔で微笑む。

 

「やれやれ。察しのいい人は面倒ですね」

「あ、いえ。なんにも察してないですけど」

 

 そういう意味で買いかぶられても困る。どの洋画でも、重大な秘密を知ってしまった者から始末されるのだから。

 

「こうなったらどうしようもありません。

 せっかくここまでやってきたのですから、僕たちの話をお土産代わりに聞いていってください」

「……ヒバリさんへの伝言ですか?」

「いえ。貴方への手土産です。失くした記憶も気になるでしょう?」

「……まあ、はい」

 

 細かくいうと、記憶を消した方法も気になっている。SF小説でもあるまいし、人の記憶をそんなに都合よく消せるわけがないのだから。

 

 では、と前置きをして骸が指を組む。そして、利奈の反応を一ミリたりとも見逃さないといった目で、利奈を捉えた。

 

「前提条件として、ひとつだけ伝えておきますね。

 僕たちはイタリアの脱獄囚で、日本へはマフィアのボス候補の体を奪いにやってきました。ちなみに、そのボス候補というのは沢田綱吉です」

 

 ――前提条件が、まったく理解できそうにない。

 利奈はまず、骸の発言を常識に当てはめようとするのをやめた。

 




まとめると、

利奈「わー、すごい格好」→クローム「あ、あのときの子!」→犬「こいつ、俺たちを探りにきたな!」(勘違い)→千種「骸さんの幻術が解けるわけないでしょ、めんどいから帰ろう」→利奈「え、骸さん?」→犬・千種「まさか、幻術が解けたのか!?」(勘違い)

犬・千種「――というわけで連れてきました」

骸「頭が痛い」

という展開です。
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