新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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空気は吸うもの

 人間、許容範囲を超えたものを無理に詰め込もうとしても、うまくいかないものらしい。

 

 ボンゴレファミリーというイタリア最大規模のマフィアがあり、そこの有力候補者が次々と亡くなった結果、創設者の子孫である綱吉が選ばれた――と、一文にまとめてしまえばすんなりと頭に入る出来事も、つらつらと淀みなく話されたら、かえってわかりづらくなる。

 

 先生が教科書を読みあげていくのを、ノートも取らずに聞いているのと一緒だ。情報量に押し流されて、脳が理解を拒んでしまう。

 骸もそれを狙っているのか、利奈が口を挟まないのをいいことに、どんどん説明を先に進めていく。聞き流しながらも、聞き逃さないようにするのが精いっぱいだ。

 

 利奈の集中力が盛り返したのは、骸たちが並中生を襲ったくだりからだった。

 いろいろあってボンゴレファミリーの次期後継者を探していた彼らは、最有力後継者候補が並盛中学校に通っているという情報を手に入れて、わざわざ海を越えて、隣町の黒曜町までやってきたらしい。

 

 ――死刑執行前に脱獄したという話が先にあったけれど、死刑が確定してしまうほどの大罪というと罪状が限られるので、そこはさらりと話を流した。少なくとも、本人たちに囲まれているあいだは知らないままでいたい。

 

 そんなわけで先に黒曜中学校を制圧した骸たちは――そこも突っ込まないように聞き流したけれど――ボンゴレを炙り出すため、並盛中喧嘩の強さランキングに載っている人を、下から順に襲撃し始めたらしい。

 

「……ごめんなさい、その喧嘩の強さランキングってそもそもなんですか?」

「極秘で手に入れた機密文書です。見たいですか?」

「いや、大丈夫です」

 

 真面目な顔で冗談を挟んでこないでほしい。そんな変な名前のランキングが、機密文書として存在するわけがない。

 

 とにかく、並盛町で腕っぷしの強い人を順位づけて、順番に襲っていたらしい。そうなると、半数以上が風紀委員だったのも頷ける。

 利奈としては風紀委員がランキングを総舐めしてもいいのではと思うものの、風紀委員全員が一騎当千の猛者というわけでもないし、一対一での勝負なら、ボクシング部のほうが分があるだろう。そんなわけで、運動部のエース選手などもランキングに加えて、下位から襲撃したらしい。

 

 どうせやるのなら、下からなんてまどろっこしい真似しないで一位から狙っていけばいいのではと言ってみたけれど、それでは主旨が変わると骸は答えた。

 ボス候補者の息の根を止めたいのではなく、ボス候補者を意のままに操りたいのだからと。

 

(まあ、上からいってたら最初のヒバリさんで話が終わっちゃってたか)

 

 それと、ボンゴレには腕のいい家庭教師がついていたため、不用意に手を出せば逆に手玉に取られてしまう可能性があったらしい。

 

(家庭教師――リボーン君、よくそんなこと言ってたような……)

 

 一を聞いて十を知るということわざがあるけれど、八まで聞いて、ようやく一から八までが理解できた。途中経過が理解できれば、前提条件もなんとか受け止められるようになるらしい。

 

 そもそも、答えは最初からその辺に散らばっていた。

 リボーンは常日頃から綱吉を叱咤していたし、恭弥はリボーンに一目置いていたし、隼人は普段からわかりやすく十代目だの右腕だの、それらしい言葉を連呼していた。

 ――隼人の言動に関してはもう少し隠しておくべきなのではと思わないでもないが、綱吉相手だとキャラが変わる性格だから、手の施しようはないのだろう。

 ここにいる人たちのうち、一人でも綱吉といるときの隼人を目撃していれば、無駄な犠牲者は出なかったのだが。

 

(ってか、普通に並中に転校してくるのは駄目なの? 各学年に一人ずつ入ればすぐわかったんじゃ?)

 

 利奈はまたもや元も子もない感想を抱いたが、あとからならなんとでも言えるので、言葉にはしないでおいた。言ってしまったら、綿密な計画を立てて頑張った彼らを鼻で笑ってしまうことになる。

 

「そして、計画が功を奏し、獄寺隼人がマフィアの一員であることを――」

 

(ほら、やっぱり獄寺君からじゃん!?)

 

 それ見たことかと思いながら、利奈は初めて皿に盛られていたチョコレートを手に取った。

 食べるタイミングか? と三人の視線が問いかけてくるけれど、お菓子でも食べてないと余計な口を挟んでしまいそうだ。

 隼人の日頃の言動を彼らは知らないのだから、知らないままでいさせてあげるのが優しさだろう。でないと、恭弥の逆鱗に触れてまで探り当てた彼らが気の毒になってくる。

 

 そこまで饒舌に話した骸だが、ボンゴレ一行、つまり綱吉たちがこの黒曜センターへと訪れたところから、かなり端折って説明を終わらせた。また監獄に入れられそうになったところを逃げ出し、眼帯の女の子――クロームに助けられたのち、現在にいたるそうだ。

 

 ここで燻っているのが結果なので、経過をわざわざ突っ込んだりはしない。しないけれど、なんというか、いたたまれなさを感じる。並中生を襲い始めたあたりから、じわじわと感じていたけれど。

 

(そりゃ、負けたくだりなんて話したくないよね。

 動けなくなったヒバリさんを一方的にボコボコにしたあたりは、わりと饒舌に喋ってたんだけど。私が風紀委員なの知ってて言うんだって、かなりドン引きしたけど)

 

 恭弥があれだけ荒れた理由も、説明がつくものである。 

 常日頃、群れる連中を散々屠ってきた恭弥が、手も足も出せない状況で、同じように好き勝手いたぶられたのだ。その屈辱たるや、想像もつかない。

 

(ううん、そんなことよりも――)

 

 今回の事件の顛末を始めから終わりまでどころか、序章から終章まで首謀者の口から聞かされたわけだけど、聞けば聞くほどわけがわからなくなってきた。

 綱吉がマフィアのボスになるというのも眉唾だけど、応接室で恭弥と互角の実力を見せた骸にあの綱吉が勝ってしまったというのがなにより信じられない。

 

(だって、あの沢田君だよ? 勉強も運動も全然ダメ、いつも逃げ腰で臆病者の沢田君がだよ? あの沢田君が風紀委員散らした骸さんに喧嘩で勝って、しかも、マフィアのボス? 獄寺君とかリボーン君とかはまだわかるけど沢田君が――駄目だ、信じらんない)

 

 まだ恭弥がマフィアのボスの隠し子だったと言われたほうが納得できる。そしたら、そんな気はしてましたと真顔で答えられただろう。

 

「……本当に、沢田君なんですか? 勘違いだったとかじゃなくて?」

「疑い深いですね。まあ、僕も最初は疑問だったので、気持ちはわかりますが。初代ボンゴレの血を引いてるだけあって、潜在能力は底知れないものがありますよ」

「はあ……」

 

 それにしても、当事者でもない利奈が綱吉への評価を聞いているこの状況も謎である。マフィアをいくつも壊滅させたとか言っている骸の評価だから、信憑性はあるのだろうけれど。

 

「あの、骸さんにとどめ刺したのも沢田君なんですか? 獄寺君が代わりに戦ったとかじゃなくて?」

「……」

「……銃使った、とか?」

 

 銃ならば、当てさえすればだれが撃っても同じ威力である。

 その場合、綱吉を見る目が明日から大きく変わってしまうけれど、もうすでにだいぶ変わっているので、大差はない。狙われている以上、正当防衛と言えるのかもしれないし。

 

 予想は外れているようで、骸は黙りこんだままだ。骸が追い詰められていると思ったのか、犬はわざとらしく足で床を打ち鳴らした。

 

「なんだ、骸さんに喧嘩売ってんのか? だったら俺が買ってやるびょん、外に出ろ外!」

「売ってないよ! だって沢田君が喧嘩で勝てるわけ――」

「はあー!? お前、負けた骸さんを侮辱するつもりかよ!?」

「だから違くて……」

「犬、それ逆に骸さんに失礼だから」

「柿ピーは黙ってろ! 俺はこの礼儀知らずの馬鹿女と話してるんら!」

 

 無遠慮に親指で指差され、利奈はムッと唇を尖らせた。

 

「馬鹿って……だってそんなの見なきゃわからないじゃん! みんなは骸さんが負けちゃったところ見てるからいいけど、まさか沢田君に負けちゃう人がいるなんて、そんなの――」

 

 キュッと音が鳴った。

 それが失言に気付いた自分の心臓の音なのか、犬の瞳孔が開いた音なのか、場の空気が凍った音なのかはわからない。けれど、いつのまにか視界には天井が広がっていて――

 

「犬!」

 

 骸の声とともに、倒れこんでいた利奈の体が支えられた。ソファから落とされかけた利奈の背中に、千種の細い腕が回されている。そして利奈の眼前には、あと数センチで首元に届きそうな犬の顔があり――ひゅっと喉が鳴る。

 犬は喉元に噛みつこうとしていたのだ。一切躊躇せずに。

 

「犬、どいて。どかないと離せない」

「犬。離れなさい」

「……」

 

 湿った息が首筋に当たっている。身をよじらせたくなるのを耐えていると、ゆっくり、ゆっくりと犬の顔が離れていった。千種が身を起こすのを手伝ってくれたけれど、利奈は千種に身体を寄せて犬から距離を取った。犬の目は、まだ獲物を狙う目のままだ。

 

「驚かせてしまって申し訳ありません。名前の通り、犬は僕の忠実な犬ですので。どうか気を悪くしないでください」

「……」

 

 いぬと書いて、けんと読むらしい。

 

「駄目ですよ、客人に乱暴をしては。――雉も鳴かずば撃たれまいということわざがあるとはいえ」

「……!」

 

 じわりと傷口に毒を塗られて震えあがる。怯えようを見ているうちに留飲が下がったのか、犬は座り直してそっぽを向いた。その途端、全身から汗が噴き出してくる。

 

(こ、怖かった……! やられるかと思った……!)

 

 ドクドクと音を立てる心臓を落ち着かせようと押さえるけれど、向けられた殺意の強さに息が止まりそうだ。骸が制止していなかったら、どうなっていたか。

 

 今まで、何度も危ない目には遭ってきた。でも、明確な殺意を持って襲われたのは初めてだ。口は禍の元というけれど、ここまで大きな禍を招いたのは初めてだった。

 

「……あの、ちょっとトイレ行ってきていいですか?」

「かまいませんよ。クローム、ついていってあげなさい」

 

 骸が声をかけると、一人だけ離れたソファーに座っていたクロームが立ち上がる。骸もクロームも、席を中座するための口実だとわかっているだろう。快諾をありがたく思いながら利奈はいそいそと出口に近づき――

 

「ああ、携帯は置いていってくださいね」

 

 骸の言葉に絶望した。

 


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