新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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穴を埋める

 部屋を出た利奈は、クロームに続いて廊下を歩いた。

 

(はあ……。隙がない)

 

 あわよくば恭弥に救援信号を送ろうと思っていたけれど、見透かされていたのでは仕方ない。犬に怯んだのは演技じゃなかったから、いけると思ったのに。

 

 にしても、建物内はずいぶんと荒れ放題である。

 瓦礫は撤去されずにいたるところに転がりっぱなし、窓も割れっぱなし、おまけに上へと続くはずの階段は途中の段がすべて崩れていて、用をなさなくなっている。倒壊の恐れもあるのではと思わなくもなかったけれど、今のところ変な亀裂音なんかは聞こえていないから大丈夫だろう。今のところは。

 

「ねえ」

 

 手持ち無沙汰だからと声をかけると、クロームはビクリと体を震わせた。

 

「あ、ごめん」

「……」

 

 恐る恐るといった表情でクロームが振り返る。見たところ年は同じくらいなのだから、そんなに怯えないでほしい。

 

「貴方も私と会ってるんだよね? まだ骸さんから聞いてなくて」

「……」

 

 話がとんでもない方向に進んでいったせいで、記憶消去云々の話はまだできていない。いや、もうしなくてもいいような気がしている。さっきまでのトンデモ話のあとでは、どんな話も霞んでしまうだろう。

 

 二人になったタイミングで話しかけられると思っていなかったのか、クロームはおどおどと視線をさまよわせている。あんな血生臭い彼らと行動を共にしているにしては、ずいぶんと弱腰だ。なんだか親近感がわいてきた。

 

「っ!?」

 

 隣に並んだら、クロームが身構えるように両手を胸元に寄せた。野生の猫みたいな反応だ。あまり脅かすと逃げられそうなので、利奈は邪気なく笑いかけるに留めた。部屋に戻ってほかの人と交替されても困る。異性にトイレの前に立たれるのは気まずい。

 

 クロームは右目に眼帯をつけているので、利奈は左側を選んで並んだ。正面から見ると服装も相まって底知れなさが醸し出されるけれど、眼帯のない横顔はいたって普通の女の子だ。

 

(普通の子……だよね?)

 

 クロームが三人を助けたくだりもさらりと流されてしまったけれど、最初から彼らと面識があったのだろうか。それとも、有無を言わさずに協力させられたのだろうか。いやいや従っているようには見えないけれど、犬や千種とは距離があるように見えたから、なんともいえない。

 

(わかんないけど、この子はいい子そうなんだよね。雰囲気的に。

 それに、こうやって一緒に歩いてるのもなんか安心できるっていうか――前にもあったような気がするっていうか。うん、この子は悪い子じゃないと思う)

 

 内心で結論づけていたら、クロームが歪んだ扉をぎこちなく指差した。看板の塗料も剥がれかけているけれど、女性用トイレであることは伝わってくる。

 

「ありがとう。……水、流れるんだよね?」

 

 不安になって尋ねると、クロームは小さく頷いた。

 こんなにボロボロなのに水道が止まっていないのは不思議だけど、今はありがたい。さすがに電気は通っていないだろうから、暗くなる前には帰してもらいたいが。

 

(ってか、帰れるよね? 秘密を知ったからにはとか、そんなのないよね?)

 

 あまりにもあっけらかんとこれまでの経緯を話されたせいで、いやな想像が止まらない。生きて帰すつもりがなければ、なにを知られても、なにを言われても、なんてことないだろう。

 

(なんてね。勝手に向こうからペラペラ喋ったんだし……あっ、それを理由に監禁するつもりだったりとか……)

 

 恭弥は骸に未練がある。また風紀委員がちょっかいをかけられたとなれば、必ずここにやってくるだろう。そして利奈を人質にして恭弥を倒し、並盛町の秩序の座を――

 

(まさかまさか、そんなまさか。そもそも、私を人質にしたってヒバリさん止まらないし!どうせなら私ごと咬み殺すし!)

 

 いやな想像を首を振って追い払う。利奈の動きに合わせて鏡の利奈も首を振るけれど、細かく割れているせいで動きがずれて見える。

 

(私ってば考えすぎ! 大丈夫! 普通に友達の家で遊んでるだけ! 携帯没収されたりしてるけど大丈夫! うん、行こう!)

 

 決意を固めたところで、いつまでたっても出てこない利奈を不審に思ってか、扉の隙間からクロームが顔を覗かせた。拳を握っている利奈と目が合って、ぱちくりと目を瞬かせている。

 

「あ、その……ちょっと考えごとしてて」

「考えごと?」

「う、うん、いろいろ……」

 

 一人で気合を入れていたのを見られただけでも恥ずかしいのに、理由を突っ込まれたりなんかしたらもっと恥ずかしい。しどろもどろになってごまかすと、なにを思ったのか、クロームは躊躇いがちに口を開いた。

 

「……私のことなら、多分、思い出せないと思う」

「え?」

「……私、あのとき全然違う格好してたから」

 

 どうやら、クロームとどこで会ったかを思い出そうとしているように捉えられたらしい。そんな話をさっきしたばかりだ。

 

(まあ、その恰好で出歩いてたら目立つもんね)

 

 ぽっかり空いたおなか周りに目がいってしまう。

 私服もこの系統なら話は別だけど、上に跳びはねさせるようにして束ねた髪を下ろして、眼帯を医療用のものに変えて、服装を性格に合わせたおとなしめなものに変えれば、まるで別人になるだろう。眼帯と細い手足が相まって、病弱な薄幸少女が出来上がりそうだ。

 

 女性用トイレから出た利奈はまた隣に並んだけれど、今度は身構えられなかった。距離を詰められるのが嫌いなわけじゃなさそうだ。

 

「どんな話したの? 私と貴方」

「……」

 

 さっきと同じように黙りこまれるかと思ったら、クロームは横目で利奈の表情を窺ってきた。話してくれそうだから無言で話を促すと、少しずつ話し始める。

 

「私が雨で困ってたら、貴方が助けてくれたの。傘がなくて、みんなの服が濡れちゃうから帰れずにいたら……貴方が声をかけてくれた。傘に入れてくれた」

 

 二人とも、同じビルのなかで買い物をしていたらしい。一人で服を買いにいった自分の精神状態はわからないけれど、知り合いでもない女の子を傘に入れてあげるなんて、そのときの自分はなんて親切だったのだろう。バーゲンで欲しかった服でも手に入れたのだろうか。

 

(そういえば、なんかたくさん服買ってたような。……言われてみれば買ったあとの記憶全然ない。なにこれ、怖い……)

 

 記憶を消された直後の自分は、どうやってその失った時間を埋めたのだろう。今まで信じてきた記憶が、あまりにももろいものだったのだと思い知らされて愕然とする。改めて、骸が怖くなった。

 

 そしてどうやら、利奈は最悪のタイミングでクロームと接触してしまったらしい。

 クロームは匿った彼らに着せるための服を買いに来ていたのだ。間接的にとはいえ、恭弥の敵を助けてしまったことに頭が痛くなる。

 

「それで、そのあとは?」

「みんなが、迎えにきた。突然降り出したから、帰れなくなってると思って、心配したって……」

 

 そこでクロームが目を輝かせて利奈がを見つめた。

 

「貴方の、言ったとおりだった」

「私の?」

「うん」

 

 嬉しそうなクロームの顔が、利奈の記憶の端をふわりと撫でた。この笑顔は、前にも見たことがある。思い出せなくても。

 

 二人が一緒にいたのはそこまでで、クロームは迎えに来た千種たちと帰ってしまったらしい。

 ただ、骸は親切にも利奈をバス停まで送ってくれたらしく、そこから先をクロームたちは知らない。おそらくは、会話中に利奈が風紀委員であることを知ってしまい、自分たちの正体を隠すために記憶を消した――そんなところだろう。

 そんな話をしながら戻った利奈を待ち受けていたのは、先ほどと同じ場所に座り、カードを切る骸だった。

 

「トラ、ンプ?」

 

 慣れた手つきでトランプを切りながら、骸が顔をあげる。その顔も先ほどまでと同じ本心の読めない表情のままだが、トランプを切っているからか不穏さは感じない。

 

「長い話で退屈したでしょう。気分転換にカードゲームでもと思いまして」

「はあ……」

 

 ソファの前には低いテーブルまで用意されている。そのうえに金塊のように積まれているのは、菓子受けにあったものと同じ、金色の包みにくるまれたチョコレートだった。塊の数はいつつで、ちょうど人数分だ。

 

「これはチップです。なにか賭けたほうが盛り上がりますからね。

 さあ、そんなところで立ってないで座ってください。ほら、犬。クロームが座ってた席に移動して」

「え、なんでれすか?」

 

 虚を突かれたように声を漏らす犬を横目に、骸がカードを配っていく。その手札の数はよっつで、一人分足りていない。

 

「お前は見学です。我慢のできない犬にはお仕置きが必要ですから」

「なっ!?」

 

 あからさまに仲間外れにされて犬がショックを受ける。しかし骸は犬にかまわず手札を配り終えるし、千種も容赦なく手札を取っていく。

 

「まずは大富豪から始めましょう。あ、ルールわかりますか?」

「はあ……」

 

 そんなことより犬がショックを受けている。

 

「そんな、あんまりです! 俺も混ぜてください!」

「そもそもお前は最弱じゃないですか。手がわかりやすすぎるんですよ」

「グフッ」

「お菓子はちゃんとあげますから、おとなしくしててください。ほら、貴方もこっちに」

「ええー……」

 

 骸は視線でかまわなくていいと言っているけれど、客人である利奈を襲った罰なら、利奈にも責任がある。目が合った犬は忌々しそうに歯を剥いたけれど、骸に見つかる前に目を逸らして立ち上がった。せめてもの反抗なのか、席には座らずに壁に寄りかかる。

 

「さ、どうぞ」

 

 これで気兼ねもないでしょうと言わんばかりの骸の顔を、利奈はじっと見つめた。

 そこに策略の匂いは一切感じられない。

 

(……本当に、お客さん扱いするつもりなんだ)

 

 カードゲームも、委縮した利奈を和まそうとしての提案なのだろう。あれくらいで縮こまるような利奈ではないけれど、彼らも気を遣ってくれているようだ。もしかしたら、いないあいだにいろいろと相談していたのかもしれない。

 

(だったら、私もいつもどおりでいいかな)

 

 拉致された風紀委員として判断するのではなく、利奈個人として動くのなら。

 

 ようやく動いた利奈は、ソファではなく、壁に寄りかかった犬の前に足を進めた。訝しそうに眉を顰める犬に、にんまりと口元を緩める。

 

「一緒に勝たない?」

「はあ?」

「骸さん、犬……君の持ってるチョコもチップに使えますか?」

 

 名前で呼ぶのは違和感があった。振り返って問うと、利奈の意図に気付いた骸が、これまたわざとらしいくらい爽やかな笑みを浮かべた。

 

「そうですねえ……まあ、共闘したいというならかまいませんよ。チップも倍で結構です」

「だって。さ、一位とるよ」

「ああ!? なんで俺がてめーなんかと――おい!」

 

 グイっと引っ張ると不服そうに犬が唸るけれど、こんなの、ごつい仲間たちに比べればかわいらしいものだ。反抗は無視して連れて行く。

 ソファは三人掛けなので、犬にはソファの背もたれに寄りかかってもらうことにした。上から覗いてもらえば手札は見えるだろうし、大富豪なら手札を指差すだけで意思は通じる。

 

「報酬は半々ね。言っとくけど私も弱いからヘルプよろしく!」

「だから俺はそんなのやんねーって言ってんじゃん。お前馬鹿なの?」

「犬、こっちの手札見ないでよ」

「見ねーよ。いや、だから俺はやらねーって」

「犬、僕に勝てたら夕食は犬の好きなものを用意していいですよ」

「マジで!? おい、ぜってー勝つぞ!」

「変わり身はやっ」

 

 急に本腰を入れた犬に若干呆れながらも、手札を揃えていく。クロームは表情を消しながらもチラチラと利奈を見てくるし、千種は犬に勝たせたらめんどくなると言いながら姿勢を正した。骸は足を組んで、強者の笑みを浮かべている。

 

「よっしゃ、絶対骸さんに勝つぞ! いいな!」

「お、おー!」

 

 しかし、当然のように結果はボロ負けだった。

 

 

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