新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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一難去ってまた一難

 

 チップが倍あったにもかかわらず、大富豪は利奈と犬の完敗だった。

 そもそも、ポーカーフェイスが二人いる時点でこちらに勝ち目はなかったように思う。掛け金代わりのチョコレートは大貧民になるたびにみるみる減っていって、最後にはたったの二枚しか残っていなかった。さすがに最後の一枚を取り上げるのはかわいそうだからと、最後の惨敗とともにゲームは終了となった。

 

 一位は圧倒的な戦略差で勝ち切った骸で、金塊、もとい、チョコレートの山を見下ろしてご満悦だ。勝負中も余裕の表れなのかチップのチョコレートを食べていたし、見た目通り、相当カードゲームは強いようだ。

 

 二位は千種だけど、三位のクロームとの差はわずか一個で、最後の勝負までどちらが勝つかわからなかった。二人とも堅実な戦い方をしていたので、実力差はわからない。

 

 そして最下位の利奈と犬コンビは最悪の組み合わせだった。どちらも直感でカードを出してしまうタイプなので、すぐに強いカードが底をつき、かといって最後まで残していれば二枚出しされてあえなく撃沈するという、どうしようもない負け方をしていた。

 

「ポーカーのような、運も切り札になるゲームのほうが、まだ勝算がありましたね」

「それでも骸さんには勝てない気がします……」

「クフフ、僕に勝つには、最低でも七回は輪廻を回る必要があると思いますよ」

「来世でも無理って!?」

 

 アドバイスは辛辣だけど、あまりにもいい負けっぷりに感動したからと、チョコレートをひとつ分けてくれた。理由のせいか、もらったチョコレートだけが苦い。クロームもひとつくれたけれど、こちらは純粋な好意からのお裾分けなので甘くておいしかった。

 

「ケッ、だからこんなのと組むのはいやだったんら」

「ほとんど出そうと思ったの一緒だったじゃん。気が合ってたよ、私たち」

「はあ!? 気持ち悪いこと言い出すんじゃねーびょん!」

 

 悪態をつく犬だが、利奈がケロッとした顔をしているからか、それ以上の追撃はなかった。余裕がないときの犬は、普段の隼人とそっくりだ。そう思うとますます怖くなくなる。

 

「次はどうしましょうか。神経衰弱なんてどうです?」

「ええ、それ絶対骸さんが得意なやつじゃないですか……」

「そうだよ。犬は一枚も当てられないから、いつも三人での勝負になる」

「柿ピーうるさい。そんなのいちいち覚えてらんねーっての」

「……あ、でも……犬が札を開けてくれると次の人が当てやすいから……」

「お前は黙ってろ!」

「ごめん……」

 

 フォローしようとして失敗したクロームに、つい生温い視線を向けてしまう。とりあえず、神経衰弱だけはやらないほうがいいだろう。場の空気が濁りそうだ。

 

「それじゃババ抜きしません? 途中までだいたい運ですし」

「かまいませんよ。では、カードを切ってください」

 

 さりげなくカードを集めてくれていた骸がカードを差し出してくる。負けた人が配るルールだ。

 

 利奈の手のひらにカードを乗せようとした骸の手が、中途半端なところで止まった。利奈が顔をあげると、骸は利奈の肩越しに外に目を向けた。青い瞳につられて振り返るけれど、窓の外にだれかの姿はない。

 

「骸さん?」

「……どうやら、お迎えが来たようです」

 

 利奈が出した手を無視してカードをテーブルに置いた骸は、三人に緩く目配せを送った。それに応えて動き出す三人とは対照的に、利奈はソファに座ったまま戸惑いの視線をさまよわせる。

 

「え、なに、どういうことですか?」

「さあ、行きますよ。忘れ物はありませんね。――ああ、そうだ」

 

 立ち上がった骸は、今思い出したような顔で上着のポケットからある物を取り出した。持ち主である利奈でさえすっかり忘れていた携帯電話だ。

 

「危うく返し忘れるところでした。どうぞ」

「あ、はい」

 

 あっさりと返却された携帯電話を受け取る。

 

(そうだ、今何時だろ)

 

 鞄にしまう前に側面のボタンを押した。しかし表示画面に時間は表示されず、それどころか、まったくの無反応。壊れてしまったのかと動揺して開くと、待ち受けにしていたはずのウサギも登場せず、黒一色の画面が利奈を待ち受けた。

 

「……」

 

 いつのまにか電源が切られていた。だれがやったかなんて、明白だった。

 

「さあ、外に出ますよ」

「あの、骸さん。私の携帯――」

「時間がありません。話はまた次の機会に」

 

(とぼける気だ、この人!)

 

 背中に回った腕が、利奈の言論を封じるようにぐいぐいと押し出してくる。

 急かされるようにして建物の入り口まで誘導された利奈は、むすっと顔をしかめた。

 

「また記憶でも消すつもりですか」

「まさか。そんな物騒なことはしませんよ」

「……一回やったくせに」

 

 ぼそりと呟いても、骸は聞こえないふりをして前方を見つめている。

 

 前方にあるのは、土砂ででこぼこになっている道と、なんの変哲もない林だけだ。

 人の手を離れた自然は秩序が乱れ――とかなんとか理科の先生が言っていたけれど、ここの林はまだ秩序とやらを失ってはいなかった。骸たちが管理しているとは思えないから、植物が暴走するほどの年月はまだ経っていないというだけだろう。

 

 骸はなにを待っているのだろう。空には雲ひとつ飛んでいないし、林も木々がざわめいているだけで人影は――いや。

 

(車の音?)

 

 低く唸るエンジン音。気付いてしまえば、かなりの速さでこちらに近づいてきているのがわかって、利奈は隣の骸を見上げた。

 

「お迎えです。さしずめ、魔王から姫を取り戻しにきた騎士――と言ったところでしょうか」

「それって……」

 

 予想する間も与えられず、唸るバイクが林の影からスライドして出現した。斜めに滑るようにして現れたバイクに面食らう利奈だが、骸はどこか楽しそうな顔で運転手を見ている。

 

(えええええ!? やだ、こっち来るやつ! っていうか、乗ってるの――)

 

 砂利を跳ね散らかしながら爆走するバイクは、減速することなく一直線にやってくる。怯んだ利奈は本能的に逃げようとするが、肩を骸に抑えられているせいで身動きが取れない。

 バイクは二人の目前で大きく弧を描き、円を作って停止した。

 

(うわ、砂が!)

 

 風圧とともに飛んできた砂に目をやられた利奈は、手でこすりながら運転手がバイクを降りるのを見守る。

 滲んだ視界に映るのは、風紀委員長その人の姿だった。あんなに風の抵抗を浴びていたのに、髪型はまったく乱れていない。

 

(っていうか、顔が滅茶苦茶怒ってらっしゃる! 顔が恐い! どっち!? どっちに怒ってるの!?)

 

 攫われた利奈か。攫った骸か。

 あまりの威圧感に骸の背中に隠れたくなったものの、ここで攫った側の人間にすがるわけにもいかないので、我慢する。恭弥の機嫌を損ねるのは、いつなんどきたりとも得策ではない。

 

「思っていたよりも遅かったですね。もう始まっていましたか?」

 

 骸が意味ありげに尋ねると、恭弥はズボンに手を伸ばす。

 

「おっと、構えないでください。今回の件、僕はまったく関わっていませんよ」

「どうだか」

「信用されないのも無理はありませんが、僕はずっとここで彼女と遊んでいましたから。ねえ?」

「え? あ、まあ、ほどほどに……」

 

 楽しかったと言っても、楽しくなかったと言っても、どちらかに失礼になるこの状況。利奈はそう答えるしか手がない。

 そんな利奈をしばし無言で見つめた恭弥だが、利奈の態度に異常がないのを確認すると、いつものように小言を吐いた。

 

「相沢。君はここでなにをしているんだい?」

 

(そんなの、私が聞きたい)

 

 答えられずにいると、恭弥ははあ、とわざとらしくため息をつく。

 

「携帯の電源、ちゃんと入れときなよ」

「へっ」

 

 慌てて電源を入れただけの携帯電話を確認すれば、一時間ほど前に恭弥からの着信が入っていた。折悪く、電源を切られたあとに恭弥からの連絡があったらしい。その前にもいくつか班員からの電話が入っていて、顔が青くなる。

 

「す、すみません、以後気を付けます……じゃなくて、これは骸さんが――」

「なに、そんな呼び方してるの?」

「いいえっ!? 六道骸に取り上げられました!」

 

 あまりの動揺に声が裏返る。

 

「君、彼の言いなりなんですね」

 

 面白そうに言ってるけれど、怒らせている原因は骸にある。もはや睨みつけるのがデフォルトになってきた利奈を見て骸は楽しそうにしているが、恭弥は変わらずに仏頂面のままだ。

 

「いや、失礼。本当になにも企んではいないんです。

 これから面白くなるところなのに、よけいな手を加えるような無粋な真似はしませんよ」

 

 意味深長な発言に、恭弥の眉間のしわが深くなる。

 

(なにか、あったの……?)

 

 非番にもかかわらず入っていた着信。なにより、恭弥がこうして駆けつけてきたこと自体が異例でもある。並盛町で、なにか事件が起きたのだろうか。

 

 恭弥に戸惑いの視線を送ってみるも、恭弥の注意は骸に向けられたままだ。骸の真意を読み取ろうと探る眼差しは、しかし、骸の胸中を読み取るまでには至らない。なぜなら、骸にとっても、この状況は予想外のアクシデントだったのだから。

 

「いろいろと行き違いがありましてね。僕の仲間が、うっかり彼女をここまで連れてきてしまったんです。来ていただいたからにはおもてなしをしなくてはいけませんから、今まで雑談ついでにゲームを少々」

「ゲーム?」

「トランプです! 普通に大富豪とかやって遊んでました」

 

 その前にマフィア云々のくだりがあったけれど、それを話し始めると長くなってしまう。大事なところを省いたせいで、なんで敵陣で遊んでたのみたいな顔をされたけれど、今は説明している暇はない。

 

「ふうん、君の仲間がね。仔犬? メガネ?」

 

 なんてわかりやすいあだ名だろうと利奈は心の中で噴き出した。ちなみに答えは両方である。

 

「答えてもろくなことにならないので、黙秘させていただきます」

 

 そういえば、クロームの名前が出ていない。戦えるようには見えなかったから、恭弥が襲撃しにきたときには、いなかったのかもしれない。そう考えると、利奈とクロームは案外立ち位置が似ている。――仲間に対する態度は、正反対ではあるものの。

 

「早く戻るよ」

 

 これ以上話しても、埒が明かないと判断したのだろう。有無を言わさずに腕を引かれ、利奈は戸惑いながら振り返った。

 骸はゆるりと腕を上げる。上げられた腕は横には振られずに、大きな手のひらが結んで、開かれた。

 

「では、また今度」

「あ、はい」

「次はないでしょ」

「はい!」

 

 すかさず入った指摘にまたもや声が裏返る。

 

「おやおや。部下を恐怖で縛るのはどうなんですかね」

「……」

 

 恭弥は答えずにバイクにまたがる。エンジンをかける様子をしげしげと観察していると、恭弥がわずかに腰をひねった。

 

「早く乗って」

「……へ?」

 

 これに、乗れというのだろうか。恭弥のバイクはよくある普通のバイクではなく、体を前に倒して乗る、本格的なものであった。

 

(そもそもこれ、どうやって乗るの? 掴まるとこないよね? ヒバリさんに掴まるの? ヒバリさんにしがみつけとか、それどんな罰ゲー――)

 

「早く」

「はいっ!」

 

 かといって、こんなところに置きざりにもされても困るから、命令に従って後ろにまたがる。こういうときは、ズボンを履いていてよかったと思う。

 

「掴まってないと落ちるから」

「え?」

 

 バイクの音が大きくなった。先ほどの爆走を思い出し、いやな予感が胸を騒がせる。

 

「あの、ヒバリさん。できるだけゆっくり――」

「腕」

「あ、はい。ううん、ちょっと待って、心の準――びぃぃいいいいいいやああああああああああぁぁぁぁアグッ」

 

 ――来たときと同様、超速で去ったバイクを骸は見送る。

 遠ざかっていく利奈の絶叫は、バイクが弾んだ拍子に途絶え、エンジン音も風にかき消されていく。

 

「これで、やっと静かになりますね」

 

 しかし、その静けさも仮初のものだ。

 もうすぐ、この町は戦場になるだろう。町を守る自警団を謳っていたはずの、ボンゴレファミリーの手によって。

 

「やはりマフィアはマフィア。内部紛争なんて、くだらない」

 

 顎に添えた手の指先で、唇をなぞる。その目に、二人の姿はもう映っていなかった。

 

 

―――――

 

 

 爆走したバイクは、一度も止まることなく終点へと到着した。

 滑り落ちるようにしてバイクから降りた利奈は、レンガ模様を描くタイルの上にへたりこんだ。

 

(し、死ぬかと……殺されるかと思った)

 

 いきなり最高速で走り出したときは死を覚悟したし、曲がるとき地面すれすれまで顔が近づいたときは死を覚悟したし、段差でバイクが弾んで、恭弥の背中に額を打ちつけたときは死を覚悟した。

 口を開いたら舌を噛みそうだし、腕を離したら落とされそうで、でも腕に力を籠めすぎてもいけないので、頭のなかはずっとパニックだった。動いていないのにすっかり疲れ果ててしまっている。

 

 よく恭弥は平然としていられるものだ。乗り物酔いになったことのない利奈でも、気分が悪くなりそうな速さだったのに。

 顔をあげると、周囲を見渡していた恭弥が、しゃがんだままの利奈を見下ろして口を開いた。

 

「いつまでそうしてるつもり?」

「うへえ……」

 

 スパルタな態度に音をあげたくなってくる。

 運転していたのは恭弥だけど、しがみついているだけでも重労働だったのに。内腿も力を入れすぎたせいで悲鳴をあげている。

 

「もうちょっと休ませてください……。あんな早いの、無理です」

 

 あんなの、どう考えたって反則だ。思い返して震える利奈だったが、ふとあることに思いいたって表情を変えた。

 

(……あれ? これって法律違反なんじゃ?)

 

 常軌を逸したスピード。止まることなく走り続けたバイク。乗っているあいだはまったく頓着できなかったけれど、通った道のすべての信号が青であった確率は、どれほどのものだろう。

 

 疑問を本人にぶつけてみると、恭弥はまったく意に介していない顔で首を傾げた。

 

「僕を取り締まれる人間が、この並盛にいるとでも思ってるの?」

 

 それが答えである。

 

(――いると思えないのがとても怖いです)

 

「でも、風紀を守る風紀委員が風紀乱すっていうのはちょっと……」

「乱してないよ。だれも止めなかったし」

「止める前に通り過ぎてたからじゃ」

「……うるさいな。言っておくけど、その場合、君も同罪だから」

「えっ、そうなんですか!?」

 

 恭弥は呆れた顔でため息をついた。

 

「同乗者も処罰されるんだよ。君、ノーヘルだったでしょ」

「えっ……ああ、ほんとだ! 被ってなかった! で、でも、あれはヒバリさんが急に走り出したからで」

「そうだったっけ。それを取調室でどう証明するのか、楽しみにしておくよ」

「くう!」

 

 もはや利奈に勝ち目はなかった。骸と同じく、恭弥も簡単には言い負けてはくれない。

 

「そんなことより、腕章は持ってる?」

「腕章ですか? はい、いつも肌身離さず持ってますけど」

 

 紛失事件でかなり肝を冷やしたので、家にいるとき以外は、絶えず持ち歩くようにしている。今日もズボンの後ろポケットにちゃんと入れてあった。

 

(腕章を持ってるか聞いたってことは……委員会活動、だよね)

 

 瞬時に気持ちを引き締める利奈。へたりこんではいられないと立ち上がるけれど、どうしても足元がふらついてしまう。

 

(そういえば、ここどこだろう。並盛町に入ったのはわかったけど……広場?)

 

 いったいどこにある広場だろう。広場なのに人気はまったくないし、そこかしこに瓦礫や壊れたテーブルなんかも積まれている。それに、建物の壁も大きく破損していて、先ほどまでいた廃墟とそんなに変わりがない。町はずれにでも来たのだろうか。

 

「……え」

 

 きょろきょろと辺りを見渡した利奈は、周囲にある建物で現在地を把握すると同時に、戦慄した。

 

 ――町はずれなんかじゃなかった。ここは、並盛町の中心部。しかも、犬たちと会う前、利奈が通ったはずの広場だった。

 

「嘘、でしょ……」

 

 すでに広場にあのときの面影はない。休日で人があふれかえっていたはずなのに、今は無人だ。壊れたビルや、亀裂の入った地面が現実味を失わせる。

 遠くで聞こえるサイレンの音が耳に入って、利奈は茫然と呟いた。

 

「なんで、こんなことに」

 

 その答えは、恭弥ですら握っていなかった。

 

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