新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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真っ当な訪問者

「おい、お前ら。なんで先回りしてんだよ」

 

 声を発したのは青年のほうだった。眼鏡の男性は黒服の人たち寄りの立場なのか、青年に見えていないのをいいことに、仲間と楽しげに目配せしあっている。

 

「なんでって、そりゃあボスの動向はチェックしておきますよ。なあ?」

「そうそう。俺たちボスが心配で」

「ボスがとうとう弟子を取るなんてなあ。ついこの前まで、リボーンにボコボコにされてたっていうのに」

「で、どこのどいつがボスの弟子になるんですか? 舐められないよう、いっちょ総出でガンつけでも――」

「か、え、れ!」

「そりゃないぜボス」

 

 一文字一文字区切るようにして、ボスと呼ばれた青年が後ろを指差した。利奈に言いかけていた通り、青年の言動が予想できていたのか、男たちはわざとらしく肩をすくめる。一人は利奈に向かってウインクまでしてみせた。陽気なおじさんたちだ。

 

「んで、このお嬢さんは?」

 

 添え物のようにその場で佇んでいた利奈を示して、青年が問いかける。表情に険はなく、眼差しは穏やかだ。

 

「いや。ボスの弟子はどいつかとここから探してたら、この嬢ちゃんが帰り道の邪魔になるって注意しにきてな」

「お前ら、そんなことまでしてたのか……! 悪いな、すぐにこいつらは追い返すから」

「えっ、貴方は?」

「おっと、俺も同じ扱いか!」

 

(あっ、つい)

 

 自分を棚に上げた発言に、うっかり素で返してしまった。

 青年は両手を顔の横に上げ、危害は加えないとばかりに大きく一歩後ろに下がる。

 

「俺はこの学校に通ってる生徒の兄貴分だ。ちょっとわけあって、ある生徒を探しててな」

「ヒバリさんをですか?」

「おう。……ん?」

 

 なんでそれをとばかりに疑問符を飛ばすに、恭弥について調べてきてはいないらしい。調べていれば、風紀の腕章であらかた推察できただろう。

 

「ヒバリさんが風紀委員長で、私は風紀委員なんです。昨日リボーン君が来たとき、私もそばにいて」

「そういうことか。そいつは話が早い」

「俺らのおかげですぜボス」

「お前らまだいたのか。さっさと帰れよ」

 

 すかさず手柄を自慢する彼らだが、にべもなく追い払われる。黒服集団はやはり異質で、通行人たちは壁に張りつくようにして距離を取っている。だれだって関わり合いになりたくはないだろう。

 

「後輩なら、ヒバリの居場所知ってるか? リボーンはだいたい応接室にいるって言ってたけれど」

「はい。応接室にいると思いますよ、今の時間なら」

 

 だいたい応接室、ときどき屋上、ただし気が向いたらどこへでもという、フットワークが軽いんだか重いんだか、よくわからない分布図が出来上がっている。

 気ままに出歩く恭弥の現在地を把握するのは骨だけど、最近では利奈も、ほかのみんなと同じくらいには行き先に見当がつけられるようになっていた。何事も、経験がものをいうらしい。

 

「よかったら、私が応接室まで案内しましょうか?」

「いいのか?」 

「はい!」

 

 恭弥を訪ねてきたのなら、風紀委員に入っている利奈が案内するのが筋というものだろう。

 それに、部外者たちに校内を自由に闊歩させるのもよろしくない。――人目をくぐり抜けられるリボーンは、特別に例外にしておくけれど。

 

「そんじゃ頼むぜ。――っとそうだ、自己紹介。俺はディーノ。で、こいつは部下のロマーリオだ」

「ディーノの部下だ。よろしくな」

 

(ロマーリオさんが部下なんだ……)

 

 上司と部下というよりも、御曹司とお付きの人みたいな雰囲気がある。さっきの人たちもわりと気さくだったし、アットホームな職場らしい。

 

「利奈です。二年生で沢田君と同じクラスなんですけど……沢田君もご存知ですよね?」

「ああ! ツナは俺の弟分だ」

 

 またも新たな情報が入ってきた。

 これは応接室に辿りつくまでにいろいろ聞かなければと、利奈は決意を固める。

 

 骸のときと同じように職員用の出入り口を通ろうとしたけれど、今回は校内に生徒がたくさんいるので、正式な手段で校内へと入ってもらう。受付で名前を書いてもらい、校内を歩く権利を得た。

 利奈がいなければ勝手に入るつもりだったらしいけれど、それだと校内が大騒ぎになってしまう。綱吉も、兄貴分が騒ぎを起こしたとあとから知らされたら、頭を抱えてしまうだろう。

 

「へえ、ディーノさんもリボーン君の教え子だったんですか」

「ああ、心得なんかを一からいろいろ教えてもらった。厳しかったけど、いい家庭教師だったぜ」

 

 ディーノは印象通り気さくな人で、あっさりとリボーンとの関係、そして綱吉との関係を話してくれた。ディーノも昔、半ば無理やりリボーンにスパルタで教えを叩き込まれたらしい。同じ先生に教わっていた縁から、綱吉を弟のようにかわいがってるそうだ。住所はイタリアだから、頻繁には会えないそうだけど。

 

「ツナはどうだ? 学校でうまくやれてるか?」

「まあ、そこそこだと」

 

 弟想いのいいお兄さんだ。なにかしらリップサービスをしたいところだけど、綱吉の学校生活はどう贔屓目に見てもだめだめで、フォローのしようがなかった。現実が厳しい。

 

「あ、でも、この前、委員会の仕事手伝ってもらいました。沢田君のおかげですごくはかどったんです」

 

 ――不良狩りが。

 

「そうか。あいつはなかなか面倒見がいいからな」

 

 内心で付け足した言葉は当然気付かれず、嬉しそうにディーノが頷く。

 

(面倒見がいい……? まあ、ちっちゃい子の面倒よく見てるか)

 

 積極的にではないけれど、人の面倒を見るのは嫌いではないようだ。いつも一人一人ちゃんと世話を焼いているし、小さい子に慕われているのもよくわかる。同級生が見たら、普段の頼りない姿からのギャップに驚くだろう。

 

(ディーノさんもリボーン君の弟子だなんて、なんか変な感じ。だってこんなに違うし。……あれ、リボーン君って今いくつ?)

 

 うっかり聞き流してしまったけれど、リボーンは赤ん坊だ。リボーンに昔なんてものがあるはずがなく、あったとしても一年程度。しかしディーノは、まるで何年も前からリボーンに教えを乞うていたかのような発言をしている。赤ん坊が大人の家庭教師をしている点については今更指摘したりはしないけれど、そこのところはどうなっているのだろう。

 

(会ったばかりのディーノさんに聞くのもちょっと踏み込みすぎだし、リボーン君に直接聞くのはなんかホラーな答えがきたら怖いし、どうしよう。聞かないほうがいいよね、絶対)

 

 骸の言葉をそのまま信じるなら、リボーンは凄腕の殺し屋で、綱吉はファミリーのボス候補。そして、その流れでいけば、ディーノはファミリーのボスである。下手に突っ込んだら戻れなくなる。

 

(それに、病気で見た目が変わらないとかだったら聞くのも失礼だよね。うん、神様には触らないでおこう)

 

 ――うっかりで蛇に噛まれたくはない。

 

 葛藤を終えたタイミングで、ちょうどよく応接室についた。いつものようにドアを叩く。

 

「相沢です。お客さんを連れてきました」

「通して」

 

 リボーンから予告されていただけあって、返事が早い。この時点で利奈は昨日のリボーンの言葉を思い出さなければならなかったのだが、残念ながら、そこまで機転は回らなかった。

 

「どうぞ」

 

 戸を横に引いて二人に入室を促す。

 骸との乱闘があったからか、内開きのドアは、横開きに変更されている。このドアなら、体重をかければドアごと相手側に倒れるだろう。

 応接室で乱闘しなければいいだけの話だけど、恭弥に正論が通じるわけもなく。利奈の苦言を拾う人は一人もいなかった。

 

 恭弥はソファに座っていた。日誌を読んでいたところだったようで、組んだ足の上に活動日誌が置かれている。

 

(あっ、リボーン君が投げてきた指輪……)

 

 恭弥の指先には、リボーンの指輪がつままれていた。

 あのときは、恭弥の動きを制するために石でも投げたのかと思っていたけれど、まさかの指輪だった。見せてと手を伸ばしても無視されたから、まじまじとは観察できなかったけれど、風変わりなデザインだとは思った。物足りないというか、なんというか、作りかけではないけれど、完成してもいないみたいな。

 

(ペアネックレスみたいなデザインだよね。カップルで持ってて、二つ合わせたらハートになる、みたいな。……それだと、リボーン君がプロポーズしたみたいになるか)

 

 あのときに思いつかなくてよかった。絶対笑ってしまう。今も少し笑ってしまいそうになるのを、場の雰囲気でなんとか耐える。一触即発の空気を、くだらない思いつきで壊してしまうわけにはいかない。

 

「雲雀恭弥だな。リボーンの代理人として、昨日の件と、それからその指輪についての話をしにきた」

 

(指輪?)

 

 指輪を回収しに来たというのならわかるけれど、指輪の話とはいったいどういうことだろうか。恭弥を確認するも、恭弥の顔に疑問の色はない。だが、これは見当がついているからというわけではなく、たんに別のものに興味を引かれているからだった。

 

(あ、これヤバいやつ……)

 

 利奈がひやりと汗を流しているのを知ってか知らずか、恭弥はゆるりと立ち上がった。

 

「君が赤ん坊の言っていた強い人、ね。来るのを楽しみにしていたよ」

「ん?」

 

 話がずれているのを察知したのだろう。ディーノが目配せを送ってきたけれど、利奈はたったいま、リボーンの台詞を思い出していた。

 

(そうだった! ヒバリさん、咬み殺す気満々だったんだった!)

 

 リボーンが無駄に煽って帰ってしまったせいで、恭弥は事件への関心をなくし、強者との対戦に心を躍らせてしまった。事件? 赤ん坊がなんとかするんでしょ? くらい、事件のことはおざなりになっている。

 

「赤ん坊もいいって言ってたからね。遠慮なくやらせてもらおうか」

「なっ、あいつそんなこと言ってたのか!?」

 

 どうやら、ディーノは聞かされていなかったらしい。リボーンのことだ、面白がってわざと言わなかったに決まっている。事情を察したディーノは、仕方ないかと言いたげに頭を掻いた。

 

「まあ、そっちがそれでいいなら、手間が省けて楽だけどよ。とりあえず、部屋出ようぜ。どこか広い場所はないか?」

 

 その言葉だけでディーノに対する好感度は爆上げしたのだが、残念ながら、利奈は二人の戦いを見届けることはできなかった。戦闘中に怪我をしたら大変だからと、やんわりと同行を断られたのだ。

 今更普通の女の子扱いされても困惑するけれど、戦闘に興味があるわけでもなかったので、おとなしく引き下がった。見届け人として哲矢がついていったので、問題はないだろう。

 

 これで一安心と一息ついて離脱した利奈だが、活動を終えて家に帰ってから、とんでもない失態に気がついた。

 

「結局、事件の理由聞けてない!」

 

 この日の夜は、なかなか寝つけなかった。

 

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