新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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巻き添えはお手の物

 ディーノが現れたその日から、風紀委員会はまたしても組織の長が機能しなくなった。風紀委員長が、またもや委員会活動に手をつけなくなったのだ。そろそろ暴動を起こしてもいいと思う。

 

 リボーンが太鼓判を押すだけあって、ディーノはとんでもない戦闘能力を持っていた。あの恭弥を相手にして、軽症程度で済んでしまったのである。

 

(おかげでヒバリさんが食いつくこと食いつくこと。少し前までは骸さんだったけど、今はディーノさんが一番の獲物だよね)

 

 哲矢によると、ディーノはまだまだ余力を残しているようだ。

 はたから見ていた哲矢が見抜けたのなら、恭弥が見抜かないはずがない。プライドが高い戦闘狂である恭弥は、なんとかディーノから本気を引き出そうと、あの手この手でディーノに襲いかかっているらしい。

 

(ディーノさんはこの前の件とか、いろいろ話したいことがあるみたいなんだけど。そんな時間があるなら咬み殺させてよみたいなテンションだから、無理だよなあ)

 

 ディーノにとってはいい迷惑だろうと思っていたけれど、恭弥と戦うのは渋々ではない――というより、むしろそれが目的で毎日来ているという。恭弥の格闘センスを見こんで伸ばそうとしているそうだが、恭弥をこれ以上の化け物に育てて、どうしようというのか。日を追うごとに、両者とも生傷が増えているというのに。

 

(まあ、一番迷惑被ってんのは私なんだけどね!)

 

 恭弥は今、校内にいない。というか、ここ数日は学校に戻ってきていない。

 それまでは屋上で戦っていたのに、一昨日から突然ディーノは恭弥を連れ出し、山だの海だので修行とやらを行っている。本当に、ディーノは恭弥をどうするつもりなのだろうか。

 

 そのせいで、一日の活動報告書を毎日わざわざ届けに行かなくてはいけなくなった。例によって戦力外の利奈にその仕事が課せられてしまったせいで、放課後にわざわざ辺鄙な場所まで向かわなければならなくなっている。

 

「お待たせしましたっ」

「おう、乗りな、お嬢さん。今日のドライブは海だぜ」

「わあい、季節外れ」

 

 行かなくてはいけないといっても、気を利かせてくれたディーノが、校門に送迎車を用意してくれた。しいて難点をあげるなら、黒塗りの車に乗るときの周りの視線が重苦しすぎるところだろうか。初回は次の日に先生から注意されたけれど、恭弥絡みだと知ると話は切り上げられ、自前のお菓子を何個か渡された。あれは口止め料だったと思う。

 

(一昨日は二人が休むまで待ってたせいで帰りが遅くなっちゃったけど、昨日は私が行ったらすぐにこっちに来てくれたな。今日も早く帰れるといいけど)

 

 一昨日は、運転してくれた人がほかの仕事で行ってしまったから、代わりにロマーリオが家まで送り届けてくれた。その道中に、ロマーリオを早く返してと恭弥から連絡が来たけれど、見届け人がいなくて気分が乗らなくなったのだろうか。

 

 そんなわけで、委員会活動は多少支障をきたしていたものの、利奈以外の風紀委員はおおむねこの件に関して不満は抱いていなかった。最初は渋い顔をしていたはずの哲矢も、いつのまにかロマーリオとすっかり意気投合してしまったようで、味方はいなくなった。みんな風紀委員長の決定に簡単に従いすぎだと思う。

 

(またなにか起きるんだろうな……)

 

 いや、もう起きているのだろう。

 数日間学校を休んでいた綱吉たちは、二日前に一度登校してきたものの、また学校に来なくなった。それに、昨日登校してきた京子の兄は、右腕を三角巾で吊っていたうえに、左腕にもぐるぐると包帯を巻いていた。

 骸の話に了平は出てきていなかったはずだが、花にこっそりと二日前の夜の出来事について耳打ちされている。

 

 深夜、京子宅に泊まっていた子供が家を抜け出し、京子と一緒にその子を探していた花は、学校にて了平と怪しい外国人がリングで戦っているところに出くわしたらしい。しかも、その場には綱吉たちの姿もあったという。

 

「山本とかは相撲大会って言ってて、京子は天然だからそのまま信じたんだけどさあ……どう考えたっておかしいでしょ。夜中の学校で、いかにも怪しげな黒服集団と相撲してるなんて」

 

 利奈もその意見には賛同する。そもそも、学校で行われるイベントなら、風紀委員が把握できていないはずがないのだ。

 しかし利奈は花の疑念に、それはおかしいねと共感するだけでとどめておいた。それ以上の発言は、花の身を危険に晒してしまう可能性があったからだ。

 

(町を荒らした黒服の外国人――黒服外国人集団――集まってた沢田君たち――突然来てヒバリさんを鍛え始めたディーノさん……全部つながってそう)

 

 ついでに言えば、骸の発言も。これから面白くなるというのは、このことではないだろうか。

 

(マフィアが関係してるっていうのなら、私は関わり合いになるべきじゃないけれど……ヒバリさんが勝手に組みこまれてるのなら)

 

 恭弥のことだ、どうせディーノの話はまだ聞いていないのだろう。

 

(ヒバリさんは、むしろ喜ぶのかな。いろんな強そうな人と戦えて。でも、ヒバリさんは風紀委員で、マフィアじゃない。沢田君のファミリーに入れられちゃったら、ますます委員会どころじゃなくなるかもしれない。……それは、困る)

 

 風紀委員長は恭弥にしか務まらない。彼がいなくなったら、並盛中学校どころか、並盛町の秩序も乱れていってしまうだろう。それほどまでに恭弥は絶対的存在なのだ。

 

 車が止まる。利奈は降りる。

 今日も恭弥たちは海にいる。吹きつける潮風が利奈の髪をもてあそび、利奈の心を冷やしていく。

 

 ――綱吉たちは今、なにをしているのだろう。利奈の葛藤なんか知りもせず、なにを。

 なんて考えて、肩をすくめる。なにも知らないのはお互い様だ。

 

 車を降りた利奈は、海岸へと足を向ける。海辺と言っても、人がまったく訪れることのない奥まった入江だ。この前の場所とは違うし、どんどん並盛町から離れてきている気がする。

 サクサクと砂を踏みしめながら歩いて、波打ち際にいる、もう見慣れてしまった金髪の青年に声をかけた。

 

「ディーノさん!」

 

 風に負けじと大声をあげると、座りこんでいたディーノが、勢いよく振り返った。その顔に浮かぶのは、あふれんばかりの喜色だ。

 

「おう、利奈! もうそんな時間か!」

 

 ディーノも利奈と同じぐらい声を張る。

 

 教え子の後輩だからか、利奈が来れば休憩が挟めるからか、ディーノはいつも好意的に接してくれている。

 大人にしか見えない顔の人はたくさんいても、大人としてかわいがってくれる人がいなかったから、利奈もディーノが好きだった。同じ理由でロマーリオも好きだ。二人合わせると伯父と従兄に見えてくる。

 

「ヒバリさん、いないんですかー?」

 

 ディーノは一人きりだった。利奈は周囲を見渡しながら尋ねたが、答えは返ってこなかった。近づく利奈に合わせて立ち上がろうとしたディーノが、足を滑らせて顔から砂に突っ込んだのだ。

 

「ブフッ」

「っ!? ディーノさっ」

 

 さらに間の悪いことに、打ち寄せてきた大きな波がディーノの体を呑み込んでしまう。

 

「わーわーわーっ! ディーノさん、大丈夫ですか!?」

 

 惨状を目の当たりにした利奈は、取り乱しながらディーノの腕を引いた。ブルゾンのジャケットは見るも無残に海水まみれになっていて、裾は砂でざらざらしている。ディーノの顔はもっとひどく、せっかくの整った容姿が、砂で台無しになっていた。

 

「ぶえっ、ペッ、うえっ」

「大丈夫ですか!? えっとハンカチ、ハンカチ……」

 

 舌を出して咳きこむディーノに大急ぎでポケットを探るけれど、なぜかハンカチが見つからない。

 

「あれ? あれ!? やだ、忘れたんだっけ!?」

「あー、だいじょぶだ。ハンカチくらい持って――ってびしょ濡れか……」

「あった!」

 

 鞄に入れていたハンカチを発見した利奈は、今なお顔中を砂まみれにしているディーノにハンカチを渡した。長いまつ毛が仇になって、まつ毛にまで砂を積もらせている。海水で顔は洗えないだろうし、とんだ災難だ。

 

(ディーノさんが足滑らせるなんてレアだよね。私来てないのに休憩挟んでたくらいだし、相当ハードな特訓だったのかも)

 

 三日目ともなれば多少は慣れてくるけれど、今日もディーノは傷だらけだ。さぞかし海水が染みたことだろう。しかも、今日はよりにもよって頬に怪我を負っていて、痛さのあまり目に涙を浮かべている。

 成人男性の涙を見るのは気が咎めて、利奈はそれとなく海に視線を向けた。利奈にだって、読める空気はある。

 

「いったいなにをしているの」

 

 海とは逆のほうから声をかけられ、利奈はそむけた首を反対側に回した。

 二人して騒いでいたからまるで気付かなかったけれど、いつのまにか恭弥がすぐそばに立っていた。一部始終を目撃していたのか、呆れ顔だ。

 

 家庭教師として見せてはいけない姿を見せてしまったディーノに同情するとともに、もう少し声をかけるタイミングを考えてあげればいいのにとも利奈は思う。もちろん、恭弥にそんな優しさがあるわけないのだけれど。

 

「おお、恭弥! 戻ってきたのか。いやあ、聞いてくれよ、今――」

 

 しかし、ディーノが続きを口にすることはなかった。 

 一度あることは二度あるのか、またもやきれいに足を滑らせたディーノは、その長い肢体の自由を失い、前方へとよろめいた。

 

「えっ」

 

 ――無防備だった利奈のほうへと。

 

「うおっととと!?」

 

 さすがに利奈は巻きこむまいと踏んばるディーノだが、重心を失った体をつま先だけで支えられるはずもなく、倒れこまないようにしようとした利奈も、長身なディーノを支えられるわけもなく、二人の体が大きく傾ぐ。

 そのまま倒れこめば二人して砂まみれの大惨事だったのだが、利奈にとっては幸いにも、そうはならなかった。

 

「……さっきからなにやってるの、君たちは」

 

 呆れ声が頭の上から零れ落ちてくる。

 

「すみません……!」

「悪い悪い!」

 

 避けようと思えば、避けられただろう。しかし恭弥はその場から動かず、あえて利奈を受け止めた。おかげで砂浜に飛びこまなくてすんだものの、背後からかかるディーノの体重でつぶれそうになっていた。利奈の体重も加わっている恭弥は、さらに負担を感じているだろう。表面上はわからないけれど、筋肉が強張っているのが服越しに感じられた。

 

「……重い」

 

 幾分声が低くなった。と思ったら、恭弥が強く体を揺すった。すると、利奈の上にのしかかっていたディーノの体だけがするりと下へと落っこちる。いきなり振り落とされるとは思っていなかったのか、ディーノは体勢を立て直せずに、砂浜へと両手をついた。そして顔を上げる。

 

「一言くらい言えよ、恭弥」

「さっさと離れないからでしょ」

 

 にべもなく突き放す恭弥に、ディーノは苦笑気味だ。

 ちなみに利奈は、後ろの重石がなくなった瞬間に距離を取っていた。気まぐれに助けられて、気まぐれに殺されたくはない。鞄から本日分の日誌を取り出して恭弥に渡す。

 

「ちょうど休憩中でしたか? だったら間がよかったんですけど」

「……あの人がいないから」

 

 日誌を開きながら恭弥が答える。

 この場合のあの人とは、ロマーリオのことだろう。前にもロマーリオを気にしていたけれど、ひょっとして、恭弥もロマーリオを気に入ったのだろうか。風紀委員長と副委員長を手懐けられるのなら、もういっそロマーリオがマフィアの首領になってしまえばいいと思う。たぶん、だれも勝てない。

 

「そういや、ロマーリオ遅いな。ちょっと連絡してみるか」

 

 そう言ってディーノは電話を取り出し、利奈たちから距離を取った。

 一人手持ち無沙汰になった利奈は、日誌に目を落とす恭弥をしばし眺め、それに飽きると壮大な海原を眺めて思いを馳せ、それにも飽きたら恭弥に話しかけた。

 

「最近ずっと外で戦ってますけど、なにかあるんですか?」

 

 文字を目で追う恭弥は口を開かない。

 しかし利奈は答えが返ってくるのを待つ。ちゃんと待ってさえいれば、時間はかかっても恭弥は返答してくれるのだ。立ち去ったとき以外。

 

「知らない」

 

 たっぷり一分ほど待った返事は、予想の範囲内の答えだった。

 今まで二人が死闘を繰り広げていた屋上は、おもに恭弥のせいで壁や床がボコボコになってしまっている。修理費はディーノが払ってくれるそうだけど、これ以上ボロボロにされると修理に時間がかかってしまう。なにより、屋上だと万が一のときに危険だろう。恭弥ならば、屋上から誤って落ちてもなんとかしてしまいそうなところがあるけれど。

 

「なんか、どんどん学校から遠くなってますよね。みんな学校で戦ってるのに」

 

 そのとき、利奈は電話するディーノに視線を向けていた。だから、ページをめくろうとしていた恭弥の指が止まり、恭弥の目が細まり、自分が伝えてはいけない情報を伝えてしまっていたことに、利奈は気付かなかった。

 

「はい、目を通したよ」

 

 日誌を返され、利奈は目を瞬いた。えらく早く読み終わったものだ。

 とはいっても目新しい話はなにもないから、ざっと目を通せばそれですんだだろう。恭弥からしてみれば、ディーノと戦っているほうがよっぽど有意義な時間なのだろうし。

 

(じゃあ仕事終わったし帰ろっかな。ディーノさんの電話が終わったらさよならしよっ)

 

 タイミングを見計らうけれど、ディーノは電話相手と話しこんでいるから、まだまだ終わりそうにない。声は聞こえないけれど、仕事の話をしているからか、表情はやや険しかった。

 

「相沢、ちょっと」

「はいっ」

 

 声をかけられ、利奈は条件反射でかしこまった。

 恭弥はディーノがこちらに注意を払ってないのを確認して、利奈にあるものを差し出した。リボーンからもらった、歪な形の指輪だ。

 

「これ、預かっといて」

「……? いいんですか、私が持ってて」

 

 結局ディーノから説明を受けていないけれど、大事な物なのだろう。受け取ってしまっていいのだろうか。

 有無を言わさずに恭弥が指輪を突きつけてくるので、利奈は仕方なく手を出した。思っていたよりも軽かったそれを、視線に促されて制服のポケットに入れる。失くしてしまいそうで、すさまじく不安だ。

 

(戦ってる最中に落としちゃったら大変だから、私が持ってるほうが安心なのかもしれないけど……。これ、失くしたらすごく怒られるんだろうなあ……)

 

 高級品だったら、とても弁償できそうにない。絶対に落とさないようにしなければ。

 

「やっと彼が戻ってくるみたいだね」

 

 ディーノに横目を送る恭弥。距離が離れているうえに絶え間なく波の音がしているのに、よく聞き取れるものだ。さすが慎重に開けたドアの音で目を覚ます人は違う。

 その直後ディーノが電話を切り、ロマーリオの帰還をもって彼らの休息は終わった。

 

 ――だれもが、これから訪れる禍の種に気付きもしないまま。

 

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