新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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火種は首元に

 学校に戻って日誌を片付けた利奈は、ほかの委員たちと少しだけ言葉を交わして、学校を出た。今日の業務はこれで終了である。

 

 ディーノの部下が家まで送ると言ってくれたけれど、遠慮しておいた。向こうの都合を考えたのもあるけれど、車から降りるところを近所の人に目撃されても困るからだ。学校での評判はもうとっくに諦めたけれど、せめてご近所ではよからぬ噂が広まってほしくない。

 

(昨日はお願いしちゃったけどさ。あれは仕方ない。雨だったし、夜なんて雷まで鳴ってたし。

 ……そういえば、学校にも落ちてたって聞いたけど、なんもなかったな)

 

 天災はさすがに管轄外とはいえ、落雷の影響はなかったらしいのでホッとする。

 となると、当面の問題は、恭弥に預かった指輪だけである。

 

(……ちゃんとあるよね?)

 

 何度触ったかわからないポケットの表面をまたなぞり、指輪の無事を確認する。固い生地を通して伝わってくる感触はひどく頼りない。

 

(これ、ヒバリさんに返すまで、ずっと持ってなきゃいけないんだよね? それまでポケット入れっぱなしはキツイなあ……)

 

 そもそも指輪は持ち歩きに適していない。小さくて軽いのはいうまでもなく、転がりやすい形状なうえに厚みもない。そのくせ値段は給料三ヶ月分だったりするのだから、とんでもない代物である。

 そう考えると、指輪を入れる箱が正方形なのにも納得だ。指輪の大きさや形とまったく見合ってないと思っていたけれど、あれならどこかに紛れこんでしまう心配がないし、安心感も桁違いだ。渡すときのドラマチックさを演出するためだけだと思っていたけれど、男性側の視点で考えると表彰ものの設計である。

 

 それはさておき、制服のポケットに入れておくのもそろそろ限界だ。このままだと気になって気になって仕方ないし、触りすぎて壊してしまう可能性もある。

 

(指に嵌めちゃうのが一番楽なんだけど、風紀委員がつけるのはアウトでしょ。これ、かわいくないし。

 バッグも教科書いっぱい入ってるから傷つけちゃいそうで怖いし……うーん、どうしよっか)

 

 紺のバッグに目を落としたら、黄色のキーホルダーが大きく揺れた。それを見て利奈は妙案を思いつく。

 

(そうだ、このキーホルダーに一緒につけちゃお!)

 

 ――無知というのは恐ろしいもので、利奈はその思いつきを、こともあろうにその指輪で試そうとした。

 出自と由来を聞いていればまずありえない行動だったのだが、利奈にとってその指輪は、恭弥から預かった物だという以上の価値はなかった。無事に返せれば、それでよかったのだ。

 

(キーホルダーにつけてればなくさないし、みんなもキーホルダーの一部だと思ってくれるよね。ふふん、ナイスアイデア!)

 

 自分で自分を褒めながら、利奈は嬉々としてキーホルダーを取り外した。

 

 このキリンのキーホルダーは、あの任務のさいに動物園で購入したものだ。

 ぬいぐるみだから少し高かったけれど、お土産代も必要経費であると言い張ったらなぜか通った。自分でも無理がある言い訳だと思っていたから、目を白黒させて恭弥を見たのを覚えている。

 

(キリンの首に通そうかな。首輪みたいにしたらちょっとかわいいかも……入らない)

 

 フリーサイズの指輪だからキリンの首の太さはなんとかなりそうだけど、頭部が邪魔になっている。ぐいぐいと顔をへこませて無理やり引っ張った苦戦の末、なんとか指輪を首輪へと進化させた。

 これならば、目を落とすだけで指輪の無事を確認できるし、いつのまにかどこかに転がってしまう心配もない。

 

 やっと憂いがなくなったと安堵する利奈だったが、それは長くは続かなかった。

 因果というものは、すぐさま巡り巡ってくるものらしい。

 

 気がついた時にはもう車の中に――なんて状況には慣れすぎて今さら怯えもしないけれど、同じ年頃の男の子に通り過ぎざまに腕を掴まれたら、さすがに驚く。その人が外国人なら、なおさら。

 

(外国の人……だよね?)

 

 切りそろえられた金色の前髪が顔を半分隠しているせいで、鼻から下しか顔が確認できない。それでも相手は前がちゃんと見えているようで、利奈は突き刺さる視線に身を竦ませた。

 道端ですれ違った人が、突然身を翻して腕を掴んできたのだ。同年代ということもあって、警戒より先に困惑が出てくる。

 

「なにをやってるんだい、ベル」

「ひゃっ!」

 

 見かねたような声に目線を下げた利奈は、思わず悲鳴をあげた。足元に、黒いフードを被った子供が立っていたからだ。

 

(い、いつから!? さっきはこの人だけだったのに!)

 

 黒いフードを目深に被ったその子供は、リボーンと同じくらいの背格好で、ともすれば踏んづけてしまいそうになる小ささだった。それでもリボーンと同じような――いや、リボーンよりももっと危ういオーラが赤ん坊を包んでいて、利奈の不安は加速する。

 腕を掴んでいる少年より、この赤ん坊のほうがよっぽど怖かった。

 

「なにってマーモン、見てわかんねーの?」

 

 出てきた日本語に驚く利奈には頓着せず、シシッと彼は笑った。

 

「ま、気付くの俺くらいか。だって俺、王子だし?」

 

 そう言いながらベルと呼ばれた彼は手を伸ばし、利奈のキーホルダーを掴んだ。状況についていけない利奈は、身動きすらできない。

 

「これ、ボンゴレリングじゃん?」

 

 人差し指が、ついさっきつけたばかりの指輪をなぞる。

 

(ボンゴレリング? ……! ボンゴレって、確か――)

 

 綱吉のファミリー名と同じだ。それに、これはもうトドメだが、彼らの来ている上着の色は、黒だった。

 そこから導き出される答えに思い至った利奈は、すかさず脳内で恭弥を罵倒する。なんて物を預けてくれたのだろう。

 

(え、これあれでしょ? ファミリーの人だけが持つことを許された指輪だとかで、黒ずくめの人たちが狙ってるとかそんな感じでしょ? それで私また絶体絶命なんでしょ!? あー、ヒバリさんめーっ!)

 

 呪詛を吐きながら携帯電話に手を伸ばすが、挙動に気付かれ、すかさず左腕も捕まれる。やはり、一筋縄ではいってくれないらしい。

 

「なに、やんの?」

「ひっ」

 

 目が見えないから、口元でしか表情が判断できない。その口元が一文字になって、利奈は息を呑みこんだ。答えようによっては、この場で命を奪われかねない――本気で、そう思った。

 

「守護者との私闘は禁じられてるよ。こんなことでリングを没収されたらバカみたいじゃないか」

「そーだったっけ? んじゃ、やめとこ」

 

 そう言って、彼はあっさりと殺気を消した。もし利奈が殺気に慣れていなかったら、今ので取り乱していただろう。いつも本気の殺気を肌で感じさせてくれている委員長に感謝しなければならない。――いや、彼のせいでこんな状況になっているのだが。

 

「それで、どの守護者なんだい。雲? 霧?」

「んー」

 

 マーモンの言葉に合わせて、ベルがキーホルダーを引っ張り上げる。奪われたらたまらないのでバッグの持ち手を両手で掴んだけれど、抵抗とは取られなかったのか、気にも留められなかった。

 

「へー、雲か。いっがーい」

「雲ならモスカの相手だね。同じような匂いがするから、僕と同じ霧だと思ってたんだけど」

 

 見えない二人の目に射抜かれ、利奈はぐっと唇を噛みしめる。

 

 どうやら、恭弥と間違われているようだ。どう見たって戦えそうにないと、わかりそうなものなのに。マフィアの指輪を持ち歩いていたから誤解されたのだろうけれど、この勘違いは訂正すべきなのか、すべきでないのか、判断に迷う。

 その利奈の迷いを見抜いてか、またもやベルに顔を覗きこまれた。

 

「お前、ほんとに雲の守護者? 全然そんな感じしないんだけど」

「……っ」

「そのリング持ってるってことは、あいつらの仲間だよな。雲の守護者の手下?」

 

 その通りである。しかし、ここで迂闊に口を開けば恭弥の情報を売ることになってしまう。一音でも漏らすまいと唇を引き結んでいると、それが気に入らなかったのか、ベルの指が利奈の首に回った。肌を滑る指の感触に鳥肌が立つ。

 

「雑魚にあんま無駄に時間割きたくないんだよね。さっさと答えないなら、永遠に答えられなくしてやろうか?」

「……!」

 

 首を、絞められた。じわりじわりと指に力がこもっていく。抵抗のために左手で彼の腕を掴むけれど、引きはがせるほどの力は利奈にない。

 

「殺すのはマズいよ」

「守護者じゃないんなら殺しても問題ないんじゃね? さっきのやつらにやられたことにしちゃえばいいんだし。それに対戦相手の情報は多いほうが、あとあと楽でしょ」  

「まあ、それはそうだけどね。ほどほどにしときなよ」

 

 マーモンが引き下がったせいで、首を絞める手の力が強まっていく。

 

(ん……ぜ、絶対……喋るもんか……!)

 

 いやらしい力の入れ方が、利奈の反骨精神に火をつけた。

 音をあげるのを待っているのだろうが、そうはいかない。情報を得るためだけにこんな手段を取る、理不尽で卑怯な奴に屈するわけにはいかない。

 

 利奈のそんな気概は、歯を食いしばる仕草で伝わったのだろう。ベルは不服そうに口元を歪めた。

 

「うわ、こいつ生意気。マジで殺すよ?」

「ぅんぐっ、ガッ、アハッ」

 

 ギリギリと締め上げられ、口を閉じていられなくなる。しかし口を開けたところで気道を塞がれた状態ではなんの効果もない。

 

「ベル」

「わかってるって」

 

 しかし力は緩まない。反対に、利奈の力はどんどん抜けていく。死んでも離すものかと思っていたバッグも手から滑り落ち、もう駄目かと思ったそのとき――

 

「おっと」

 

 突然、息が吸えるようになった。

 ベルの頭があった場所を空気が切り裂き、利奈の体が解放される。

 

(な、に……?)

 

 思考が現実に追いついていかない。膝から崩れ落ちそうになった利奈の体は、だれかに下から掬い上げられる。

 

「――ッハ、ハッ、はあ、ゴホッ」

 

 脳の命令通りに息を吸い込もうとするけれど、うまくいかない。ゼーゼーと喉が鳴って、利奈は目に涙を浮かべながら息を吸おうと躍起になる。そのとき、利奈を支えていた何者かが、ようやく利奈に声をかけた。

 

「気絶しないでよ。めんどいから」

「あ……」

 

 体を支えていたのは、千種だった。色のない目は、利奈ではなく正面のベルを油断なく睨みつけている。どうしてここにと、利奈は思わずにはいられなかった。

 

「お前、だれ? 邪魔すんなよ」

 

 どうやら、ベルを引き離してくれたのも千種らしい。千種の手には、円盤状のなにかが握られていた。それを見て、マーモンがわずかに距離を取る。

 

「まさか、雲の守護者?」

「……訂正するのもめんどい」

「千種君……」

「黙ってて。事情はだいたいわかるから」

 

 理解が早いのは助かる。ゆっくりと地面に降ろされて、利奈はへたりこみながらもバッグを手繰り寄せ、きつく抱きしめた。

 

(盗られなくて、よかった……!)

 

 これだけは、どうしても奪われるわけにはいかなかった。

 制裁が恐いからじゃない。この指輪は、利奈が恭弥から預かったものだ。初めて、恭弥に託されたものだ。無事に返せればそれでいい、それだけの価値――逆に言えば、無事に返せなければどうしようもない――それだけの価値があった。 

 

「柿ピー、どうした!?」

 

 千種に遅れて、犬も駆けつけてくる。不穏な雰囲気に表情を険しくさせるものの、臆することなく千種の隣に並んだ。

 

「急にいなくなるからなんだと思ったびょん。で、なんでこいつ庇ってるんら?」

「説明すんのめんどい」

 

 そう言いながらも、千種は庇うようにして利奈の前に出た。これで足手まといを除いても、数は互角だ。

 

「お前ら、なに? あのお遊び集団よりはましな顔してるけど。俺とやる気?」

「あ? 余裕ぶってんじゃねえよ! やんならそっちから来いっての!」

「犬、煽んないで。……さすがにヴァリアー二人は厳しい」

 

 冷静に犬をなだめながらも、千種はぼそりと弱音を呟いた。

 それを聞いた利奈は、ベルたちはヴァリアーファミリーの人なのだと勝手に納得をする。

 

 互いに互いを牽制しあう静寂の時間。一食触発の空気を破ったのは、意外にもベルのほうだった。

 

「やめとく。俺、スタミナ温存しときたい派だから」

 

 ヘラリと笑って両手を広げるベル。予測できていたのか、マーモンは小さくため息をついている。

 

「そうだよ。今日が出番なのに、ここで手の内晒したら馬鹿みたいじゃないか。だからずっと止めてたのに」

「だって、あいつは弱かったじゃん。ちょっと痛めつければペラペラ話してくれると思ったからさ」

「あの状況で取り乱さなかったのを見てそう思えるなら、それでいいけど。あてが外れて残念だったね」

 

 苦言を呈しながらマーモンが飛んだ。――宙に、浮かんだ。

 

「……!? っ!? えっ!? はっ!?」

「見間違いじゃないよ、だから足叩かないで」

 

 二度見して思わず千種のふくらはぎを叩いてしまった利奈を、鬱陶しそうに足で追い払う千種。地味にひどい仕打ちだけど、先に全力で叩いたのは利奈なので文句は言えない。

 

(だって目の前で赤ちゃんが飛んで――男の子の肩に乗って一緒に消えたとか、手品じゃん!?)

 

 そう、彼らは消えた。宙に浮いたマーモンがベルの肩に乗ったと思ったら、二人の姿がぶれて、そのまま跡形もなく消え去ってしまったのだ。

 

「ほ、本当に? なにあれ、うそでしょ、信じらんない……」

「お前、骸さんに幻術かけられただろ。なに今さら、あれぐらいで驚いてんらよ」

「かけられてないよ! ……え? え、私、幻術もかけられたの? うそ、聞いてないけどっていうか、骸さんもあれできるの? うそでしょ、あんなのもう超能力じゃん!」

「うるさ」

 

 興奮しきりな利奈に、きわめて冷淡に千種が呟く。

 

「なにあれ、ほんとになんなのあの人たち、じゃなくてあの人! 普通にヤバいじゃん、殺されるかと思った、死ぬかと思った、駄目かと思った。よかった、ほんとにありがと、来てくれて。今回はほんとに駄目かなって思った。まあ、いっつもそう思ってるんだけどさ」

 

 張り詰めていた緊張の糸が切れて、なにか喋っていないと落ち着かない。喋るのをやめたら、泣いてしまいそうで、震えてしまいそうで、利奈は平常心を取り戻そうと躍起になっていた。それがわかっているからか、千種は利奈を止めようとはしなかった。

 

「お前、うるさいびょん! ちょっと黙ってろ!」

 

 犬には怒鳴られてしまったけれど。

 

(よし、もう大丈夫。大丈夫だったんだから、忘れちゃおう、うん)

 

 ようやく気を持ち直した利奈は、ゆっくりと立ち上がってみた。首を絞められただけだったからか、ふらついたりもしなかった。

 

「それで、二人はなんでこんなとこに? あそこからすごく遠いじゃん」

「銭湯入りにきた。あそこ、ガスないから」

 

 わりと現実的な理由が返ってきた。利奈の身になにかありそうだったからとか、そういう運命的な答えが欲しかったところだが、それはそれで怖いので、よしとしておこう。

 

「二人だけ? クロームはいないの?」

「別行動。別にいつも一緒に行動してるわけじゃないし」

「あんな陰気なのと一緒にいたら、陰気が移るだろ」

「……そう?」

 

 無口さで言えば千種もいい勝負だし、そんな千種と一緒にいても一向に無口になってないのだから、移ったりはしないと思う。

 

 ともあれ、二人が遠出をしてくれたおかげで、なんとか危機は脱せた。もし千種が見つけてくれていなければ、利奈はあのまま気を失っていただろう。最悪、本当に殺されていたかもしれない。

 

 家まで送ってくれるという二人――千種の好意に甘えたおかげで、そのあとは何事もなく帰宅することができた。二人には明日、お礼の品を届けに行こうと思う。

 恭弥には――明日、なにかしらの報復ができたらいいなと思った。

 

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