新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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最安値の情報料

 千種と犬に会いに行くにあたり、懸念事項がひとつだけあった。言うまでもなく、六道骸の存在である。

 

 風紀委員長の雲雀恭弥は骸のことを蛇蝎のごとく憎んでおり、名前を出すだけでも機嫌を損ねるし、骸から訪ねてこられたときなんか、問答無用で襲いかかっている。自分の配下に属する人間が連れ去られたときも、自慢の愛車で連れ戻しにくるほどの念の入れようだ。

 ――法定速度をぶっちぎった大爆走。もう二度と体験したくないアトラクションである。

 

 会いに行くのはあくまで仲間の二人であり、骸ではない、と言ってみたところで、二人は骸と行動を共にしているし、恭弥からすればさほど変わりはないだろう。組織の長ならばもう少し柔軟性を持ってほしいところだけど、風紀を守る側の人間としては模範的な思想なのかもしれない。

 

(でもでも、私が会いたいのは本当に二人だけだし――こっそり行っちゃえば、わからないよね)

 

 人が聞けばあからさまに失敗する前触れだと思うだろうが、利奈も風紀委員の人間だ。恭弥の情報収集能力を侮るつもりはないし、油断も過信もない。つまり、こっそりというのは、持てる力を使い切って最善を尽くすという意味合いの言葉である。

 風紀委員の見回りルートは把握しているし、やや読みにくい恭弥の行動パターンも、今ならディーノのおかげで考慮しないで済む。修行中の今が絶好の機会なのだ。そこまでしてお礼が言いたいのかと聞かれたら、ちょっと考えてしまうけれど。

 

(ヒバリさんへの腹いせもあるからね。あんな危険な物、ポイって人に渡すんだもの)

 

 滞りなく委員会活動を終えて家に帰った利奈は、すぐさま私服に着替えて外出準備を整えた。窓から見下ろして、車がないことを確認する。

 

 昨日の件があったからと、帰りも車で送ってもらっている。

 それなのに外出しようだなんて、本当になにかあっても文句は言えないのだけれど、あちらの守護者に狙われる確率は低いとディーノは言っていた。

 昨日のあれも、彼らからしてみたらほんの挨拶程度、おふざけのようなものらしい。さすが暗殺部隊、おふざけのレベルが桁違いである。

 

(手土産にお菓子買ってこうっと。この前もお菓子たくさんあったし、適当に袋菓子見繕っていけばいいよね)

 

 とりあえず、チョコレートは外せないだろう。向こうで出されたお菓子は半分くらいチョコレート菓子だったし、ゲームのチップもチョコレートだったし、骸は何度かチョコレートを口に運んでいた。もちろん、しょっぱいものもセットで買っていくつもりだ。

 

(飲み物とか持ってくと気が利くんだろうけど、二リットルのペットボトルはさすがに重くて持ってけないし……いっか)

 

 お菓子を買うなら商店街の激安スーパーが狙い目なのだけど、人目は避けるべきだから、除外するべきだろう。そうなるとコンビニが入りやすいけれど、コンビニは値段が高いうえに大容量パックの品揃えも少ないので、これも除外。

 

(お菓子屋さんも商店街のほうにあるから行けないなあ。……病院近くのスーパーにしようか)

 

 病院近くを通る路線には黒曜行きのバスもあったので、なおさら都合がいい。

 風紀委員が選ばないだろう道を悠々と歩いて、利奈は難なくお菓子を買い揃えた。

 

(チョコとスナック菓子と……おまけにビスケット。四人分ならこんなもんだよね。

 でもこの前、クロームさんだけ全然お菓子食べてなかったような……)

 

 クロームは見るからに小食そうだし、ほかの人に遠慮してお菓子に手をつけない可能性もある。お菓子以外にもなにか持って行ったほうがいいかもしれない。

 

(せっかくならクロームさん……クロームのほうがしっくりくるか。クロームが喜んでくれそうなものも買っていこうかな。お花とか)

 

 病院が近くにあるからか、通りにはちらほらと花屋が点在している。

 見舞いに持っていくような花は無理でも、ミニブーケくらいなら手が届く。あの陰惨とした廃墟の雰囲気も、少しはマシになるかもしれない。

 

 店員のいらっしゃいませという声を受けながら花を物色する。店頭には小さな鉢がいくつも並んでいて、そのどれもが花を咲かせているから、ついそちらに目を向けてしまう。

 

(この青い花きれいだなあ……クロームのイメージにピッタリって感じ。

 あ、でも、植木鉢の花ってお土産にはよくないんだっけ。病院に持ってくんじゃなかったらいいのかな)

 

 早くも方向性に迷いが出てきて、花をじいっと凝視する利奈。

 そうしているうちに、隣の店で自分と同じように熱視線を送っている人影が目の端に止まった。

 

(隣の人もすごく集中してる……なに見てんだろ)

 

 何気なくそちらに顔を向けた。

 

「あっ」

 

 うっかり零した声を拾って、相手もこちらに顔を向けた。

 

「……あ」

 

 まったく同じ反応をした彼――マーモンと、ばっちり目が合った。フードで見えなくても、視線の向きくらいはなんとなくわかる。

 

(な、なんでこんなところに?)

 

 シチュエーションからして、これがまったくの偶然であることは明らかだ。しかし、このタイミングでの遭遇はなかなかに間が悪かった。なにせ、彼の連れから守ってもらったお礼に持っていく品を買いに来ている最中なのだ。バツが悪すぎる。

 

 そして、それはどうやらマーモンも同じだったようで、同様に動揺の気配を見せながら商品棚から身を引いた。――お菓子を物色しているところを、敵に見られたくはなかっただろう。

 これが利奈の警戒心を解くための作戦なら大したものだが、そうでないことはへの字に結ばれたマーモンの口元でわかる。それがより、利奈から警戒心を取り去ってはいたけれど。

 

 見られてしまった者と、見てしまった者。この気まずい沈黙を打ち破ったのは、見てしまった者のほうだった。

 

「……一人?」

 

 とりあえず、買い物内容には触れずに無難な質問を口にする。

 

「君こそ、一人なのかい?」

 

 気を取り直した声で、マーモンは同じ質問を利奈に返した。

 正直に答えてしまっていいものか一瞬考えたものの、あからさまな嘘をつくのもどうかと思ったので、一人だと答える。

 

「昨日あんなことがあったのに、一人でフラフラうろついているなんて不用心すぎない?」

 

 おっしゃるとおりである。忠告してきたのが加害者側の人間でなければ、素直に頭を下げていただろう。そんな利奈の複雑な心境を読み取ってか、マーモンは小さくため息をつく。

 

「言っておくけど、僕は一人じゃないからね。ベルを待ってるんだ。

 ほら、あそこで診察を受けているのさ。ルッスーリアほどじゃないにしろ、かなり傷を負ってるし」

 

 ベルと聞いて露骨に顔を強張らせた利奈にかまわず、マーモンは病院を顎でしゃくった。 それでも警戒の眼差しを解かない利奈に、マーモンは訝しげに首を傾げる。

 

「……そんなに怯えなくても、あの状態じゃ、ちょっかいかけてこないと思うよ。それとも、昨日のあれがそんなに怖かったのかい?」

「違うけど……え、そんなにひどい怪我してるの?」

 

 キョトンとする利奈にマーモンは二度目のため息をつき、

 

「……昨日のあいつらの反応で、そうじゃないかと思っていたけど。君はボンゴレとは無関係みたいだね。

 じゃあ、僕らが何者なのかも――」

「ヴァリアー」

 

 先んじて答える。

 

「今日聞いた。ボンゴレも知ってるし、なにも知らないわけじゃない」

「……ふーん」

「……っていっても、勝負のことは全然わからないんだけど。

 あっ、そうだ。せっかくだから、どんな戦いだったのか教えてくれない? 聞きづらくって聞けなかったの」

「君、神経太いって人に言われない?」

 

 呆れ顔をされるけれど、そんなふうに言われたのは今回が初めてだ。神経を疑われたことは何度もあるけれど。

 マーモンは見た目には子供だし、敵意もなさそうだったから聞いてみただけなのに。

 

「……そういうところは雲の守護者と似るのかな。そっちの雲の守護者も空気読まない破天荒な奴だったよ。まあ、終わった試合の話だから構わないけどさ」

 

 恭弥と一緒にされたのは心外だけど、話してくれるつもりになっているところに水を差すわけにもいかないので、文句は呑みこんだ。

 

「あ、先に買い物する? お菓子見てたよね」

「べ、別に眺めてただけさ。ベルが来るまで暇だったからねっ」

 

 わかりやすく動揺を見せるマーモン。やはり見られたくない姿だったらしい。気を遣ったつもりが逆効果になってしまったようだ。

 

「どれ見てたの? 私もさっきお菓子買ったんだけど、駄菓子ってあんまり食べたことなくて」

 

 隣に並んで、マーモンの目線の高さに合わせるようにしゃがみこむ。お菓子は棚のガラス瓶のなかに種類別に分けられていて、ガムやらラムネやら、小さいものがたくさん、くじのように詰め込まれている。

 

「どれって、だからただ暇つぶしに眺めてただけだよ。そもそも持ち合わせがないし」

「じゃあ、なにか気になるのある?」

「……強いてあげるなら、そのコインチョコは面白いと思ったよ」

「これ?」

 

 しつこい追及に折れたマーモンが指差したのは、十円玉にそっくりな十円チョコだった。

 遠目に見たら、ひとつだけ貯金箱が混ざっているように見えただろう。よくあるコインチョコはチョコが銀紙に包まれているけれど、十円チョコはプラスチックの外装だから、開けないと本物の十円らしくはならない。

 

「へー、十円のもあるんだ。私、五円のなら前に見たことあるよ」

「ふーん、五円もあるのかい?」

「うん。でも五円のはちょっと大きかったし、色が違うから本物っぽくなかった。十円なら色似てるから完璧かも」

「ふーん」

 

 最初のふーんはただの相槌だったけれど、二回目のふーんはだいぶ熱がこもっていた。もちろん、利奈はそれを指摘しなかったし、内心抱いた母性じみたものも、顔には出さなかった。

 

「せっかくだから買ってこっかな。ちょっと待っててね」

 

 適当にひとつかみ取って会計してもらう。ひとつ十円だから、ひとつかみでも百円ちょっとしかかからなかった。

 袋をもらわずに手で持って店を出ると、マーモンは店の前のベンチに座っていた。

 

「はい」

 

 十円チョコレートを差し出す。

 

「いらないよ。タダより高い物はないってね」

「私だけ食べるの変じゃん。もらってよ」

「……しかたないな。情報料として受け取っておくよ」

 

 小さな手が、チョコレートを掴んだ。頭の上に乗っていたカエルが、物珍しげな顔で利奈を凝視してくる。

 

「ところで、そのカエルって本物? 毒ありそうな色だね」

「ファンタズマいいよ、襲って」

「待って!? 待っ、飛んだ! 待って!」

 

 そんな一波乱がありながらも、利奈はマーモンと肩を並べた。

 

 

 

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