新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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リング争奪戦ダイジェスト

 チョコレートを食べながら、リング争奪戦の簡単なあらすじを教えてもらう。ベルが来るまでの時間しかないから、まずは戦った守護者の名前から。

 

 晴れの守護者はボクシングの使い手こと笹川了平と、ルッスーリア。

 雷の守護者は牛みたいな子供ことランボと、レヴィ。

 嵐の守護者はスモーキン・ボムこと――それだけだとわからなかったので身体的特徴を教えてもらって――獄寺隼人とベル。

 

「ランボ君も戦ったの!? だってあの子、まだ小学生でもないでしょ!?」

「でも善戦したよ。時間がもっとあったら負けてたのはレヴィだった」

「そうなの!?」

 

 ちびっ子恐るべし。いや、考えてみれば赤ん坊のマーモンも守護者なのだから、マフィアの人を年齢で決めつけるのはよくないのかもしれない。そもそも、中学生だって十分子供なのだから。

 

 次に戦闘フィールド。

 学校の施設をそのまま使うのではなく、装置などをいろいろと持ち込んで戦場に仕立てあげたらしい。

 

 晴れの守護者はライトで照らし出された特設リングでの戦闘。雷の守護者は避雷針を使った屋上フィールドでの戦闘。そして昨日の嵐の守護者は、校舎を一階層まるまる使っての戦闘だったそうだ。

 しかも昨日は時間制限があって、制限時間になったらハリケーンタービンに仕掛けられた時限爆弾が作動し、三階層をまるまる吹き飛ばすという内容だった。嵐だけ条件が厳しすぎる。

 そもそも、教室の机を吹き飛ばすほどの威力を持つハリケーンタービンを持ち出してきた時点でどうかしている。そんなことをしたら――

 

「ヒバリさん、ものすごく怒りそう……」

 

 勝手に学校で戦っているだけでも取り締まり案件だったろうに、校舎を破壊するなんて、とんだ自殺行為である。校舎は壊れていなかったから、爆弾は作動しなかったのだろうけれど。

 

「レヴィの部下が全員やられたよ。ついでにレヴィも転ばされた」

「あー……」

 

 相変わらず容赦のない人である。いや、この場合、主催者側に問題があるのだけれど。

 学校を舞台に選んだと聞いたときにも思ったけれど、校風に反した並々ならぬ愛校心を抱いている恭弥の逆鱗に、どうしてわざわざ触れていくのだろう。彼の場合、たとえ守護者に選ばれていなくても、無理やり戦闘に参加しただろう。場の空気を読まないことにかけてはずば抜けている。

 

「昨日はベルが勝ったんだよね。その前の試合は?」

「晴れがそっち、雷がこっちの勝利で三勝一敗さ」

「笹川先輩が勝って、ランボ君が負けて……二勝一敗じゃないの?」

 

 三回しか戦っていないのに、ヴァリアーの勝ちが多い。

 

「言うと思った。雷でそっちのボスが戦いに乱入したんだよ。だから、ペナルティで大空のリングはこちらの物さ」

「ボス――は、沢田君か。沢田君が乱入……」

 

 乱入のイメージはどちらかというと隼人だけど、戦っていた守護者がランボだったことを鑑みると、納得がいく。ランボの面倒をよく見ていた綱吉なら、我慢できずに飛びこんでしまってもおかしくない。

 

「……三回負けてるって、こっちヤバくない?」

「もう負けは秒読みだね。今日はスクアーロだし」

「スクアーロ……」

 

 当然聞き覚えがない名前だ。マーモンの態度からして、強い人なのだろうけど。

 

(リングは七個だから今日負けたら――終わり?)

 

「どうだろうね。普通に考えたらこっちの勝ちだけど。

 まあ、ボスのことだ。きっとなにか理由をあつらえてそちらの守護者をみなご――完膚なきまでにやっつけるんじゃない?」

「皆殺しって言おうとした……」

「言い直したでしょ」

 

 チョコレートをもらっているからか、やや表現を控えたマーモンだけど、残念ながら真意は伝わってしまっている。

 

「スクアーロが選ばれた時点でそっちの負けは確定だけど、できれば僕の番が来るまで粘ってほしいね。そちらの術者には興味がある」

「術者……?」

 

(……なんかその響き、心当たりがあるけど)

 

 まあ、彼ではないだろう。脱獄囚だし。綱吉に負けた人だし。

 もやもやと頭の中でシルエットを思い浮かべていると、マーモンが首を動かして、病院のほうに目をやった。

 

「終わったみたいだね」

 

 目を向けると、病院側からこちらに歩いてくるベルの姿が見えた。松葉杖をついていて、動きはゆっくりだ。

 

(包帯でぐるぐる巻き……ミイラ男みたい)

 

 なるほど、確かにあの状態でちょっかいはかけてこないだろう。

 しかし、勝ったベルがあそこまで重傷だと、負けた隼人が心配になってくる。

 

「ねえ、獄寺君はどれくらい怪我してるの?」

「どうだろうね。重症なのは間違いないよ。ベルも爆弾と爆発をもろに浴びたけれど、そっちはワイヤーナイフに切りつけられて出血多量状態だったからね。今頃、病院で輸血してもらってるんじゃない?」

「……そう」

 

 今日、隼人は学校に来なかった。戦いの終わった了平は右腕を三角巾で吊るしながらも学校に来ていたけれど、隼人は学校に来れないほどの重傷なのだろう。

 

「……私、行くね」

 

 重傷状態とはいえ、ベルとは顔を合わせたくはない。

 ベンチから立ち上がった利奈は、残っていたチョコレートを全部マーモンの足元に並べた。

 

「これ、あげる」

「多いよ」

「たくさん話してもらったから。お釣りは取っといて」

 

 ベルに声をかけられる前にと、利奈はそそくさとその場を立ち去った。

 

 

 

 そんな利奈の後ろ姿を、マーモンは見つめ続ける。

 

「……少しだけど、ファンタズマが反応していたね」

 

 見たところ、術者としての才能は皆無だろう。しかしうっすらと立ちのぼる霧のようななにかが、彼女の体をじんわりと覆っていた。

 

「変な奴に目をつけられてるみたい。まあ、どうでもいいんだけどさ」

「なに独り言言ってんの、マーモン」

 

 ようやくここまで歩いてきたベルフェゴールは、もう見えない背中を追って背筋を伸ばした。

 

「さっきの、昨日の女?」

「偶然遭遇してね。なにか有益な情報でも持ってないかと思ったんだけど、あてが外れたよ」

「ふーん。なにそれ、チョコ?」

「あげないよ」

 

 ベルフェゴールが手を伸ばしてきたので、マーモンはすかさずチョコレートをしまいこんだ。

 

「うわ、ケッチー」

「ふん」

 

 ベルフェゴールの文句もなんとやら、マーモンはにべもなくそっぽを向いた。頭の片隅で、今後の算段を立てながら。

 

__

 

 

 ベルから逃れるためにマーモンと別れた利奈は、現場をだいぶ離れてから、自分の失敗を悟ることとなった。

 

(バス停あっちだったし、花買うの忘れた……)

 

 ベルのせいと言えなくもなかったけれど、これは自分の落ち度だろう。

 来るのはわかっていたのだから、ベルが来るまでに花を買ってさっさとバスに乗ってしまえばよかったのだ。それなのに、マーモンと呑気にチョコレートなんて食べていたから。

 

(勝負の話聞けたから無駄ってわけじゃなかったけど……花買ってから聞けばよかったなあ……)

 

 おまけにやみくもに歩き回ってしまったせいで、最寄りの黒曜ランド行きのバス停にまったく見当がつかない。大通りに出ればわかるだろうけれど、ベルと再会する危険性もあるし、当初の懸念材料であった風紀委員との鉢合わせだってありえてしまう。ここは予定を変更すべきだろう。

 

(銭湯に行くって言ってたよね。だったら、銭湯の入り口で待ってたら会えるかも)

 

 昨日もこれくらいの時間帯だったから、運が悪くなければ出会えるはずだ。

 すでに帰っている可能性も少なからずあるけれど、そこは中に入って番台で確認すればいい。友達を待っている風を装って、見た目で目立つ犬かクロームの特徴を言えば通じるだろう。ただでさえ、黒曜中学校の制服は目立つのだし。

 

 そんな計画を立てながら並盛町唯一の銭湯に向かった利奈だったが、物事が計画通りに進むのは、それこそ計画のなかだけの出来事であると、思い知らされた。

 もっとも、今回はいい意味でだったけれど。

 

「おはよう!」

「……おはよう?」

 

 なぜここにと問いたげな顔で、クロームが挨拶を返した。その手にあるのは風呂桶――ではなくバッグだけど、目的地は銭湯で間違いないだろう。なぜなら、ここは銭湯の入り口だ。

 着いたと同時にクロームを見つけたときは駆け寄りそうになったけれど、どう考えても怯えられるだろうからと、我慢してここで待っていたのだ。おかげでクロームは不思議そうな顔をしながらも、逃げ出したり通り過ぎたりせずに立ち止まってくれた。

 

「よかったー、会えて。ほかの三人ってもう中に入ってる? 千種君と犬君に用があるんだけど」

 

 もし入っているようなら、クロームにお菓子を渡して伝言を頼めばいい。

 

「千種と犬? 千種だったら、あっちに……」

「そう、ありがとう!」

 

 お礼を言ってクロームが指差した方へと歩くと、交差点の向こう側に見慣れた白い帽子が見えた。赤信号に捕まっているようで、行き来する車のあいだから、断続的に姿が見える。

 

(千種君とむく――六道さん、だけか。まあ、どっちかに渡せればよかったからいいんだけど)

 

 それでいくと、千種に当たったのは幸運だ。愛想がよくないのは一緒だけど、犬よりは当たりが弱い。

 

 信号が変わり、二人が近づいてくる。それに合わせて利奈も近づくが、そこで奇妙なことが起きた。

 

「あれ?」

「あ゛あ゛? ……なんら、またお前か」

「……犬君?」

 

 いなかったはずの犬がいて驚くと同時に、さっきまでいたはずの骸が消え失せていて、利奈は目を白黒させた。犬と骸を見間違えるわけがないのに。

 

「六道さんは? 今いたよね?」

「あ? 骸さんなら忘れ物を取りに――って、なんで呼び方変わってるんら?」

 

 どうやら骸は信号待ちをしているあいだに引き返してしまったらしい。

 

「名前で呼ぶとヒバリさんが怒るからさ。まあ、名前のほうが言いやすいから呼んでただけだけどね」

「別に今あいついねーんらからいいだろ。その呼び方癪に障るからやめろ」

「それで、なに? 骸様になにか用?」

「ああ、そうだった。骸さん――じゃなくて! 二人に渡したいものがあってさ。

 ほら、昨日助けてもらったお礼にお菓子」

 

 千種に促されてビニール袋を掲げると、犬がパッと目を輝かせた。

 

「うまそうな匂いがしてると思ったびょん。チョコは入ってんのか?」

「あるよー。……あれ、犬君チョコ好きなの?」

「犬じゃなくて、骸様がね」

 

 補足を入れながら、千種が受け取った袋の中身を覗く。――彼のあだ名にちなんで、柿の種を入れるかどうかちょっと考えたけれど、お礼の品でおちょくるのはやりすぎだと思って自重しておいた。今度お菓子を持っていく機会があったら、柿チョコをこっそり忍ばせようとは思っているけれど。

 

「……ありがと。もらっとく」

「うん。昨日は本当にありがとう、二人とも。おかげさまでなんとかなりました」

「リングはどうした」

「ああ、あれはヒバリさんに返した。まさかあれのせいで襲われるなんて思ってなかったけど……うん」

「相変わらず短慮だよな、雲雀恭弥は。自分が渡されたものの価値くらい、ちゃんと理解しとけっての」

「まあ、そだね。……あれ、二人は知ってるの? あの指輪のこと」

 

 やたら辛辣な犬の言葉に軽く同意しつつ、質問してみると、犬になにを言っているんだという目で見られた。千種ではなく、犬にそんな目で見られたことに若干の憤りを感じる自分がいる。

 

「そんなの知ってんにきまってんだろ。俺たちをだれだと思ってるんだ」

「脱獄囚」

「そういうことじゃねえよ!」

 

 わかっている。マフィアを壊滅させようとしていた彼らが、ボンゴレファミリー内部での抗争を知らないはずがない。リング争奪戦が始まる前、おそらくは事が表層化する前から、こうなることを予見していただろう。それらしいことを骸は口にしていたし。

 結果論で言えば、綱吉に勝たなくて正解だったわけだ。勝っていたら、骸たちがヴァリアーと戦う羽目になっていたのだから。

 

「千種君たちはどうするの? まさか戦いに乱入したりしないよね……?」

「そんなめんどいことするわけないでしょ。一応、結果は見届けるけど」

「へー。結果わかったら教えてくれる?」

「だれがそんなめんどーなことするか! 自分で調べろびょん!」

「えー」

 

 それができたら苦労はしない。いや、恭弥が駄目でもディーノがいるけれど、彼は利奈を戦いに携わらせないようにといろいろ気を揉んでくれているのを知っている。こちらからあれこれ尋ねるのは、どうも気が進まない。

 

「……それにしてもお前、よく普通にしてられるよな」

「え?」

「マフィアの抗争始まってんのに呑気な顔してるのが信じらんねーっつってんの! あっちの奴らに襲われたくせに、どんな神経してんだか」

 

 噛みつくようにそんなことを言われても、身に降りかかった火の粉はあれだけで、あれすらベルたちからすれば悪戯の範疇だというのだ。それを聞かされたら、怯えているのも馬鹿らしくなってくる。

 

「もう慣れちゃったもの。それに、そんなこと言い出したら六道さんが一番ひどかったからね?」

 

 人の記憶を勝手に弄くるなんて非人道的手段を選んでる時点で、物理的に脅迫してきたベルの数段上を行く蛮行である。

 骸を庇うために突っかかってくるかと身構えるが、犬は痛いところを突かれたという顔で固まった。犬にしては珍しい反応だと思っていると、遮るようにして千種があいだに割り入る。

 

「話はもう終わったでしょ。帰りが遅くなったら犬が――食事が遅れるから、そろそろ」

「ああ、ごめん。じゃあまたね」

「ケッ!」

 

 どうも犬とは友好な関係が築けそうにない。それでも突っかかってきてくれるだけ話は続くから、気まずさを感じなくて済むのだけれど。

 とにかく、これで今日の予定は無事終了なので、日の落ちそうな夕暮れのなか、利奈は帰路についた。

 

 

 

「……どうでしたか?」

 

 利奈がいなくなったのを見計らって、千種は隣に立つ人物に声をかけた。先ほどより二人の距離は空いている。

 

「思ったとおり、敵の術者と接触したみたいですね。独特の匂いがします」

 

 術者というのは、マーモンのことだろう。モスカと同じく、経歴不明の要注意人物である。

 

「こちらの情報を漏らされた可能性は?」

「それはありえません。そうならないように、わざわざ糸を切らずにいるのですから。

 ……手繰り寄せようとすれば千切れてしまうほど、か弱い糸をね」

 

 そう言ってにこりと笑ったその瞳は、顔つきに見合わぬほどの深淵を秘めていた。

 

「さて、早く入って帰りましょう。犬がおなかをすかせて遠吠えを始めたら大変です」

「はい。……この前、棚のお菓子をこっそり食べてました。板チョコを数枚」

「おや、それはそれは。帰ったらきちんと躾なければいけませんね」

 

 ――楽しげな言葉とは裏腹に、その声はひどく真剣な色を帯びていた。

 


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