新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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本能が逃げろと言っていた

 夜の学校ではマフィアの跡目争いが行われているけれど、昼の学校はなんの影響もなく生徒が通っている。利奈も生徒会に入っていなければ――骸やらベルやらのちょっかいがなければ、知りもしないで学校生活を満喫していただろう。風邪を理由に休み続けている綱吉など気にも留めずに。

 

(大丈夫なのかな、沢田君。学校来てる場合じゃないってのはわかるけど。

 ただでさえ、この前の事件で入院して補習まで受けてたのに)

 

 このままだと留年になるかもしれない。出席日数は補習を受ければなんとかなるだろうけれど、このまま進級したところで授業についていけなくなるだろう。進学せずにマフィアのボスになるというのなら、話は別だが。

 

 それはさておき今は昼だ。利奈は中学生らしく、委員会活動に勤しんでいた。

 今日は、来る文化祭に向けて、部活動ごとの出し物調査をしているところだ。模擬店などは部ごとに毎年恒例のものがあるそうだから被る心配もないけれど、体育館や視聴覚室を使うような出し物は、ほかの部やクラスとの兼ね合いも必要になってくる。

 

(私は見回りとか向いてないから、特別教室の時間調整とかかな。頑張らなくっちゃ)

 

 本来なら風紀委員が出張る案件でもないけれど、恭弥の愛校心を甘く見てはいけない。

 体育祭と違って地元の人も招き入れるから、並盛中学校の名誉のためにも、文化祭はなにがなんでも成功させなければならないのだ。

 

 ともあれ、放課後は各部長がみんな活動場所にいてくれるから楽でいい。今日活動していない部は、活動日のこの時間に回ればそれで済むし、文化祭までまだ余裕があるから、そんなに焦る必要もない。

 のんびりと廊下を歩いていたら、保健室から出てきた人物とばったり出くわした。

 

「獄寺君?」

「あ゛? ……なんだ、お前か」

 

 一瞬、眉間にものすごく皺を寄せた顔をされたけれど、顔見知りだとわかってか、ある程度マシになった。

 

「学校来てたんだ。授業出てないから、てっきり今日も来れないと思ってた」

 

 保健室で治療を受けていたのか、顔中にガーゼが貼られている。空いた胸元から覗く肌にも包帯が巻かれているし、マーモンに聞いたとおり、満身創痍なのは間違いないだろう。てっきり入院しているものだと思っていた。

 

「獄寺君、無理しないで病院行った方がいいよ。保健室じゃ輸血とかできないしさあ」

「あ? ……ああ、ヒバリが話しやがったのか。これくらい大したことねーよ」

「ん……?」

 

 どうして恭弥の名前が出てきたのだろう。ひょっとしたら、隼人はマーモンの話を聞いていなかったのかもしれない。

 

「保健室も手当て受けてたんじゃなくて、シャマルの手伝いやらされてただけだからな。

 めんどくせーけど、約束は約束だ」

「手伝い……? えっと、保健室の先生の?」

「ああ。男は診ねーっつうから、俺が代わりに」

 

 怪我をしても応接室備え付けの救急箱を使っているから、保健室とはまったく縁がない。だから養護教諭とは面識がないけれど、隼人に手伝いをさせられるだけの人物ということは、ただものではないのだろう。

 

「でも、なんでかすぐに出てっちまうんだよな。女はたくさん来てるのによ」

 

(獄寺君のせいだよ……)

 

 知らないあいだに保健室でそんなことが起こっていたとは。事件というものは日常のなかに潜んでいるものらしい。

 

「えと、それじゃ、山本君はどうしてるの? 戦い、昨日だったんだよね。大丈夫だった?」

「あいつなら病院だ。俺ほどじゃないにしろ、そこそこ奮闘してたしな」

「そっか……」

 

 隼人の口ぶりからすると、そこまで深刻な怪我でもないようだ。とはいっても、本来なら入院するべき怪我を負っている隼人の見解だから、参考にしづらいところがあるけれど。

 

「それより、ヒバリはどうなんだ? 今夜は霧戦だけど、その次はあいつなんだからな。今日勝ってもあいつが負けたらそれで終わりなんだぞ」

 

 昨日の勝敗はまだ聞けていない。でも、昨日の試合前でリーチがかかっていて、まだ負けていないということは――

 

「……あっちがまだ勝ってないってことは、昨日の試合は勝てたんだね」

「喧嘩売ってんのか!?」

「え? あ、違う、そういう意味じゃなくて!」

 

 なにも隼人は負けたと強調したかったわけではないし、そんな言い方もしていない。

 それでも噛みついてきたのは、隼人が武に強いライバル心を抱いているからだろう。自分が負けたのに武は勝って、そのうえそのおかげで首の皮がつながっているのだから、面白いわけがない。

 

 あわあわとなだめようとしていたら、保健室の扉がゆっくりと開いた。そして中から、けだるげな顔をした養護教諭が顔を出してくる。

 

「おい、うるせーぞ隼人。帰るんだったらさっさと――おお?」

 

 養護教諭のシャマルと目が合った。

 シャマルは表情をヘラリと緩ませると、利奈に身構える間を与えずに肩を抱き寄せた。

 

「こんなところにかわいこちゃん! 俺に会いに来てくれたのか?」

「えい!? ち、違いますけど……」

「かーくさなくっていいって! 俺に会いにわざわざここまで来て、それなのに恥ずかしくて入れなかったんだろ? かわいーなー、チューしてあげる」

「ふうええい!?」

 

 脈絡なく尖らせた唇を近づけられ、咄嗟に持っていたノートで顔を庇う。

 

(え、なにこの人!? こわっ!?)

 

 彼とは初対面で、こんなふうに迫られる謂れはなにもない。それなのにシャマルは、そんな利奈の動揺すら都合よく解釈して迫り寄ってくるのだから、もはや恐怖しか感じない。

 

「なんだ、照れ屋さんか。怖がらなくても優しくてしてあげるよー」

 

 ノート越しに感じる熱い視線に、ついに利奈は音を上げた。

 

「獄寺君獄寺君、助けて! 助けてえー!」

 

 もはやチンピラに絡まれたときよりも強い危機感に臆面もなく助けを求めると、今まで呆気に取られていた隼人がガッとシャマルの額を掴んで押し戻した。

 

「お前、いい加減にしろ! 生徒に手を出す気か、変態教員!」

「学校物のロマンだろ。禁じられた恋ほど燃え上がるっての知らねーのか、お子様は」

「一人で燃え上がって果ててろ! 問題起こしてんじゃねー!」

 

 隼人の態度からすると、どうやら常習犯のようだ。二人がギャアギャア騒いでいるあいだに、利奈はなんとか冷静さを取り戻す。依然、肩は抱かれたままだけど、女たらしなだけだとわかったので、気に留めないでおく。

 

(獄寺君とこんな感じに喋ってるってことは、前からの知り合いなんだよね? 普通に話してるし、手伝いもしてるって言うし)

 

「獄寺君とはどういう関係なんですか?」

 

 言い合いの合間を縫って尋ねてみる。

 

「ん? ああ、昔こいつの家で働いててな。今は俺に弟子入りしてきたから、こいつが子分になった」

「だれが子分だ! いい加減に手を離せ。そいつ、風紀委員でヒバリの部下だぞ!」

 

 わずかな親切心か、あるいは手を離させる口実か。わかりやすく利奈の立場を告げた隼人だが、シャマルはそれを鼻で笑った。

 

「彼氏が恐くて彼氏持ち口説けるか。いい女ってのはたいていだれかのモノになってんだよ。それを奪い取るのが腕の見せどころなんじゃねえか」

「わあ、ろくでもない」

 

 そして恭弥は彼氏ではない。

 

「いいからやめろ! 師匠がそんなじゃ弟子入りした俺まで馬鹿にされんだろうが!」

 

 そもそも、どうして隼人はシャマルに弟子入りしたのだろう。こう見えて、実は凄腕の殺し屋だったりするのだろうか。

 あながち間違っていない予想を立てる利奈だったが、ずっと抱き寄せられているわけにもいかないので、引いていた身を寄せてするりとシャマルの腕から抜け出した。うまくいったのは、隼人が注意を引きつけてくれていたからだろう。

 

「私、行くね。獄寺君お大事にー」

「おう」

「あーあー、邪魔者のせいで逃げられちまったじゃねーか」

「懲りねえな、てめえは!?」

 

 予想外なところで時間を取られてしまった。まさか保健室の先生があんな人だったとは。委員会活動以外では怪我も病気もなかったことを神様に感謝しよう。

 

(レスリング部と剣道部は終わったから、次はあそこのボクシング部にしよう。ボクシング部は京子のお兄さんが部長やってたっけ)

 

 公立の学校にもかかわらず、この並盛中学校ではボクシング用のリングやレスリング用のマットが備えつけられている。利奈が前に通っていた中学校にも土器を焼くための窯があったりしたけれど、並中ではスポーツ方面に力を入れているらしい。

 

 利奈が部室に入ったら部員たちが大いにざわついたものの、風紀を取り締まりに来たわけじゃないと知ると、各自トレーニングを再開した。

 部長の了平は怪我のせいもあってトレーニングには参加しておらず、話を聞くのにはちょうど良かった。そしてボクシング部今年の文化祭の出し物はというと――

 

「極限に! タイトルマッチだ!」

 

 天高くこぶしを突き上げて了平が叫ぶ。

 びいんと空気が振動した感覚に利奈は気圧されたが、ほかの部員たちは一人として、手を止めたりこちらを見たりはしなかった。部長の奇行には慣れているのだろう。慣れていない利奈は、最後の一音の余韻がなくなるまで口を閉じていた。

 

「……タイトルマッチって、なんですか?」

「おお! よくぞ聞いてくれた!

 タイトルマッチというのは、王者の座を賭けてチャンピオンと挑戦者が熱く拳を交わし合う極限に熱い試合でな!」

 

 長くなりそうなので、とりあえず近くのパイプ椅子に腰を下ろす。

 

「チャンピオンが勝てば防衛! 王者は変わらん! 挑戦者が勝てば王者交代! 挑戦者が次のチャンピオンになる! 引き分けの場合はチャンピオンの防衛になるが、やはり勝負は白黒はっきりつかんと締まらんな! とはいえ、やはりプロの戦いは熾烈に壮絶で極限に燃える! お前も一度、試合を観戦してみればボクシングに夢中になるだろう! 興味はないか!?」

「スポーツはやる方が好きなんで」

「む! そうか! 俺もそうだ!

 それなら女子ボクシングを作るといい! リングは貸すぞ! お前も一緒に汗を――」

「委員会活動で忙しいんで!」

「そうか。それなら仕方ないな」

 

 トントン拍子に話を進められそうになって、利奈は慌てて了平の言葉を切った。意外とすんなり引き下がったのは、利奈が風紀委員だからだろうか。

 

「話ズレましたね。えっと……タイトルマッチ? はわかりましたけど、文化祭でタイトルマッチって、細かく言うとなにするんですか? 部員同士で戦い合うんですか?」

 

 利奈はそこまでではないけれど、スポーツ観戦を好む人はそれなりにいるだろう。保護者、とくに在校生の父親ならばけっこう食いついてくれるかもしれない。しかし了平は首を振り、

 

「それでは普段の部活動と変わらん。俺は血沸き肉躍る戦いがしたいのだ。極限に燃える試合を!」

 

 拳を胸元で握りしめながら、目にともした炎を燃え上がらせる。――文化祭の話だというのを、忘れてしまっていないだろうか。

 

「簡単に言うと?」

「俺と挑戦者の一騎打ちだ! 俺が負けたそのときは、ボクシング部部長の座を挑戦者に譲ろう!」

「おお……」

 

 なかなか盛り上がりそうな設定だ。試合前に放送をかければ、かなりの集客が見込めるかもしれない。

 

「面白いですね。先輩が勝ち続けてれば、ボクシング部の実力も知らしめられますし」

「だろう! 負けた者は俺が責任をもって一人前のボクサーになれるように育ててやろう! そうすればボクシング部は安泰だ!」

「……んん?」

 

(あれ、それって挑戦してきた人、勝っても負けてもボクシング部に入部させられない?)

 

「校外の人が挑戦してきたときはどうするんですか? その人がもし勝っちゃったらどうします?」

「心配いらん! 熱意さえあるなら、並中ボクシング部は並中生でなくても受け入れる! 来るもの拒まず、去る者許さずだ!」

「勝手に受け入れないでください!」

 

 たかが部長の一存で、学校の在り方を勝手に捻じ曲げないでほしい。あと、去る者許さずは普通に恐い。

 

「そんなルールじゃ認められません! ルールの改定を要求します!」

「なんだと!? お前にはこの男のロマンがわからんのか!?」

「わかります! わかるけど好き勝手するのはNGです! 私が決めるわけじゃないですけど、そんなんじゃ文化祭に参加できなくなりますよ!?」

「なにぃ!? それは困る! ちょっとヒバリに直談判を――」

「部長、それは駄目ですって! ボクシング部ごと咬み散らされますよ!」

「だから言ってるじゃないっすか! そんなの無理に決まってるって!」

 

 さすがにそこは聞き逃せなかったのか、ほかの部員が次々と了平の行く手を遮り始めた。

 いつもの了平ならたやすく突破できただろうが、負傷した今の彼では難しいだろう。それこそ、仲間であるはずの部員たちを、本気で床に沈めるつもりにならなければ。

 

「無理と決めつけてはいかん! 何事もやってみなければ――」

「やる前に終わりますから! だいたい、そんな怪我だらけであの暴君委員長に勝てるわけないっしょ!」

「そうですよ! 風紀委員に目をつけられたら草すら残らないってもっぱらの――」

「馬鹿、やめろ! そこにいんだぞ風紀委員!」

 

 ハッとしたような顔で向けられた幾対もの眼差しを、利奈はすかさずサッと逸らした。

 

「……あー、そろそろほかの部に行かなきゃですね」

 

 露骨に聞こえてないふりをしてあげたら、部員たちが全力で肩の力を抜いた。

 とりあえず、部員全員でもう一度案を練り直していただきたいとだけ告げておく。

 

 ――後日。タイトルマッチ式は取りやめになり、部長に勝った者に賞状を渡すという、非常にシンプルなものに変更されるのだが、その報告を利奈が聞かされることはなかった。

 

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