新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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拳を握って

 白煙が収まった校庭に残っているのは、へし折られたポールと飛び散ったワイヤー、そして無数のナイフのみ。肝心の二人の姿はどこにもない。

 

「……いないみたいだな」

 

 周囲に警戒を払っていた武が、袋の口から手を離す。なかに入っているのはバットかと思いきや竹刀のようで、剣道の経験もあったのかと感心した。

 

「どっか行っちゃったみたいだね」

 

 勝敗はついていないだろう。恭弥が勝っていればベルの身体が転がっているだろうし、逆にベルが勝っていればナイフくらい回収していったはずだ。等間隔に並んだナイフはどれも鋭利で美しく、使い捨てるような代物には思えない。

 せっかくだからと、利奈は自分が持っている血に汚れたナイフを、散らばっているナイフの一本と交換した。どうせ持ち歩くのなら、きれいなほうがいい。

 

「場所を変えたか、どっちかが逃げたか――どちらにしろ、追いかけるのは得策じゃねえな。行こうぜ」

 

 竹刀の入った袋を背負い直した武に従い、了平がいるという校門へと向かう。

 クロームのいる体育館は校舎を挟んで反対側にあるので、校門で了平の解毒をしてからクロームを助けに行けば、無駄なく二人とも助けられる。だが問題は、ヴァリアー側の守護者だ。雲と雨はヴァリアー側の守護者が運よく不在だったものの、霧のマーモンはクロームと一緒にいるはずだ。それに、校門には晴の守護者がいるかもしれない。

 

「ねえ、笹川先輩のとこにはヴァリアーの人っているの?」

「ああ。ルッスーリアがいるはずだ」

「ルッスーリア……」

 

 聞いたことがあるような、ないような。利奈が顔を知っているヴァリアーメンバーでまだ会っていないのは、このあいだホテルで遭遇したレヴィだけである。消去法を使って考えれば彼は雷の守護者だろうが、屋上の隼人がこちらに加勢できた点を踏まえると、すでに行動不能に陥っている可能性が高い。  

 となると、今現在自由に動き回っているであろうベルは、ルッスーリアかマーモン、どちらかの救出に向かっているだろう。そしてまずいことに、ベルは利奈たちよりも早く動き出している。

 

(もしベルが獄寺君やヒバリさんよりも先に校門についてたら、仲間の解毒をして指輪を持ってっちゃうよね。そうなったら、笹川先輩の解毒ができなくなる……)

 

 最悪の場合を想像して焦る利奈だったが、それは今の段階では杞憂であった。利奈は、ルッスーリアがどのような状態でこの戦いに参加しているかを知らなかった。

 

「ううーん、だめ……もうだめ……、うー、痛いわ。あーっ、助けてー」

 

 ベットに括りつけられた長身の男がうなされている。それだけならば度肝は抜かれなかっただろう。しかし現状、ベットはなぜか縦向きに倒されていた。そのせいで、そこで横たわる、いや、立たされている彼に、異様な存在感を与えていた。

 

「……なんで?」

 

 妖怪ぬりかべを連想させるシルエットに、近づくことすら躊躇っただろう。その前で腕を組む人物に、心当たりがなかったなら。

 

「笹川先輩!」

 

 武が声をかけると、ピクリと肩を動かして了平が振り返った。

 

「おお! 無事だったか!」

 

 信じられないことに、了平はピンピンとしている。

 恭弥という前例があるとはいえ、いくらなんでも元気すぎだ。いや、了平なら毒に苛まれていても動き回れそうな性格をしているけれど。

 

「……先輩、毒は?」

 

 恐る恐る尋ねると、了平はぱちぱちと瞬きをした。

 

「毒? ああ、毒ならヒバリが治してくれたぞ!」

「ヒバリ? ヒバリが来たんですか?」

 

 どうやら、ベルより先に恭弥がここに来たらしい。周囲を見渡してみるけれど、恭弥の姿はどこにもない。

 

「ああ。つい先ほど現れて、そこのポールを壊していった。怪我を負っていたようだから呼び止めたのだが、聞かずにふらりと行ってしまった」

「そうですか……」

 

 助けるだけ助けて去ってしまうなんて、いかにも恭弥らしい行動だ。いや、普段なら救いの手を伸ばしたりはしないが。さすがに校内で死者は出したくないのだろう。

 

「ところで、ルッスーリアを助けてやってもいいだろうか? 一人で判断するのもどうかと思って、だれか来るのを待っていたんだが」

「えっ?」

 

 うずうずと体を動かす了平の後ろで、今もなお魘されているルッスーリア。このままだと毒が全身に回って命を落とすだろうが、相手は暗殺部隊の人間だ。見殺しにしていいとは思わないけれど、助けたあとに襲いかかってくる可能性もある。それなのに了平は、まっすぐな目でルッスーリアの命を救おうとしていた。

 

「敵ではあるが、一度拳を交えた相手だからな! お互いの怪我が治ったら、再戦を願いたいとも思っている」

「ううー……そんなのいくらでもするわ、だからお願い、助けてちょうだい……もうへとへとなのよー」

 

(面白い喋り方……)

 

 掛け布団のせいで首から上しか見えないけれど、そこだけでも十分に個性的だ。縁がオレンジ色のサングラスをしているし、刈り込んだ頭から垂らされた長髪は蛍光気味の緑髪に染められていて、布団の下の服装を目にするのが怖くなってくる。

 

「俺はいいと思いますよ。どっちみち、この格好じゃ動けないだろうし」

「そうか! ではまずベルトを解いて――」

「それだと自由に動けちゃうじゃないですか! 任せてください、私がやります」

 

 持ってきたナイフが役に立つときがきたと、利奈は手に持っていたナイフを前に突き出した。ちょっとした犯罪者のようなポーズに、ルッスーリアが悲鳴を上げる。

 

「ちょっとなにする気!? だいたい、貴方だれなの!?」

 

 ナイフを手に距離を詰める利奈に、ルッスーリアが拒否反応を示す。しかし敵にどう思われようが関係ないので、利奈は仲間たちに説明すべく振り返った。

 

「これで布団裂いて、手だけ出せばいいんですよ。そしたら、縛ったまま解除できますし」

「おお、そうだな! 任せた!」

 

 了平から指輪を受け取る利奈だが、ルッスーリアはいやいやするようにくねくねと体を動かした。

 

「やめてちょうだい、間違えて刺したらどうするの! ただでさえ全身ボロボロなのよ!」

「大丈夫、気をつけるから」

「信用ならないわ! やめて! 助けて! アー!」

「ちょっと! もう、動かないで」

 

 暴れないでほしい。本当に刺してしまう。

 しかしルッスーリアはヒステリーを起こしていて、利奈の言葉を聞いてくれそうにない。

 

「どうしよう、これじゃできないよ」

「なら、俺がやるか? そこだけきれいに斬ればいいんだろ?」

「ヒイイ! やっぱりいいわ、貴方がやってちょうだい! ひと思いに!」

 

 武が竹刀を取り出そうとすると、ルッスーリアはさらに体をくねらせた。

 毒でつらいはずなのに、よくこんなに体を動かせるものである。あまり動くと毒が早く回るから、やめたほうがいいと思う。

 

「はい、切りまーす」

 

 利奈としても人の体を切りつけたくははないので、胴体から離れたところに切れ目を入れた。その隙間から手を突っ込んで、ルッスーリアの腕を外に引っ張りだす。

 念のためにと武が竹刀を構えていたおかげか、ルッスーリアは一切利奈に手出しはしなかった。重傷なのは本当らしい。

 

「これで一安心だな! よかった!」

「あとはあの娘か」

「そうだね。……あ!」

 

 ルッスーリアの解毒が済んで一段落ついたところで、隼人が現れた。片腕にランボを抱いて、もう片方の腕でボンベを持っている。

 

「獄寺!」

「おお、獄寺! お前も無事か!」

 

 二人が喜びの声を上げている。しかし隼人は二人の呼びかけには応えず、ズンズンと靴を砂にめりこませ、利奈の眼前へと迫ってきた。そしてクワッと目を見開く。

 

「なんっでお前がこんなとこにいるんだ! この風紀女!」

「……っ!」

 

 耳鳴りと突かれた図星に怯む利奈。まさか出合い頭にそこを突っ込まれると思っていなかったので、とっさの言い訳が出てこない。

 

「む? ……はっ! 言われてみればそうだ! なぜお前がここにいる!?」

 

 隼人の指摘を受けて了平も愕然とした顔をする。どうやら、今までまったく気にかけていなかったらしい。

 

「ははっ、先輩、今さらですって」

「へらへらしてんじゃねえ、野球バカ! お前らそろいもそろって馬鹿だな!」

「なにぃ! 馬鹿と言うやつが馬鹿なんだ! つまりお前も馬鹿になるんだぞタコヘッド!」

「なるわけねえだろ!」

「ま、まあまあ……。私が言うのもなんだけど、落ち着いて。獄寺君、その話はまた今度。今はクロームを助けないと」

 

 こうしているあいだにも、時間は着々と過ぎていく。残り時間の短さを思い出したのか、隼人は渋々矛を降ろした。

 

「しゃあねえな……。で、お前らがこいつ助けたのか?」

「いや、俺らじゃなくてヒバリだ。先に来てたらしいぜ」

「ゲッ。あいつ、俺たちに貸し作ってどうするつもりなんだ……?」

 

 そういえば、回りまわってここにいる全員が恭弥に救われた形になっている。隼人が薄気味悪そうに眉をしかめているけれど、たぶん、恭弥は見返りなど期待していないだろう。

 

「ところで、ランボは大丈夫なのか?」

 

 ランボは隼人に抱かれたまま、目を開かない。隼人の持つボンベは酸素ボンベだったようで、ランボの口には酸素マスクがつけられていた。

 

「ランボ君、どうかしたの? まさか――」

「なんでもねーよ。寝てるだけだ」

 

 隼人の言っていることは本当のようで、眠るランボの表情は安らかだった。しかし、こんな小さな体で毒に苦しんでいたのかと思うと、胸が痛くなってくる。

 

「それで、どうする? 残りは体育館のドクロなんだろ?」

「うん。でも、もしかしたらベルが先回りしてるかもしれない」

 

 いや、間違いなく先回りしているだろう。ここに恭弥以外の守護者が集結しているのだから、ベルが向かう場所は限られている。

 

「よし! 極限に正面突破だ! こちらは五人! 死角はない!」

「ランボを数に入れんな、馬鹿!」

「私も入ってるし……」

 

 ナイフを持っていたところで所詮ただの女子中学生。戦力ではなく、お荷物として数えてほしい。一緒に乗り込んだところで邪魔にしかならない。

 

「ランボと相沢はここで待機だな。なにがあるかわからないし、危ない目には遭わせらんねえ」

「賛成」

 

 武の言葉に即座に同意する。ここで待っていれば校舎のモニターでみんなの様子も確認できるし、ルッスーリアも見張っていられる。もっとも、ルッスーリアがなにを企んでも、利奈に防ぐ手立てはないのだが。

 

「となると、三人のうち一人はここに残す必要があるな。こいつらを放っておくのも危険だ」

 

 隼人にしては珍しい意見である。隼人ならば、二人の安全よりも綱吉の勝利を優先すると思ったのに。

 

「十代目とXANXUSの戦いに巻き込まれて死なれても、寝覚めが悪いからな。そうなったら十代目が気に病むだろうし」

 

(あ、やっぱり沢田君のためなんだ……)

 

 そういえば戦いはどうなってるのだろうとモニターを仰いだ利奈は、空を舞う綱吉の映像に、無言で目を逸らした。ちょくちょく視界に入ってきていたからわかっていたけれど、きっと、深く考えてはいけないのだろう。学校がこんなになってるくらいなのだから。

 

「じゃあ、だれを残す? 俺は行けるぜ」

「俺もだ!」

 

 武と了平が手を上げて名乗りを上げる。

 

「傷口開いてんの見えてんぞ、野球バカ。それにお前も、利き腕ボロボロじゃねえか」

「問題はない! あと一発は打てる!」

「それ言ったら獄寺もギリギリだろ? 血色悪いぞ」

「あ、ほんとだ。白い」

「うっせえ、生まれつきだ!」

 

 ようするに、全員ギリギリらしい。

 

「やっぱり、私も行くよ。体育館入らないで、どっかに隠れてればいいんでしょ?」

「いや、それもやめた方がいい。近くにいたらあいつらに捕まるかもしれねえだろ」

「あ、そっか」

 

 ここだったら、体育館の状況次第では逃げ出すこともできる。それに、あまり効き目はないかもしれないけれど、ルッスーリアを人質にとることもできるだろう。手段を選ぶ余裕はない。

 

「……っ、ちょっと貴方、今、私のこと変な目で見たでしょ!」

 

 さすが暗殺部隊、勘が鋭い。

 

「こうなったらジャンケンで決めんぞ。恨みっこなしの一回勝負だ」

 

 話し合いでは埒が明かないと判断したのか、隼人がボンベを地面に置いた。そしてランボは、ジャンケンに参加する必要のない利奈が引き受ける。ちっちゃいからか、体温が高くて温かい。そしてジャンケン勝負はわずか一回で決着した。

 

「くっ、なぜだ! 俺の極限グーが!」

「単細胞は楽でいいよな」

「んじゃ、二人を頼みます、笹川先輩!」

 

 走り去る二人と、崩れ落ちるようにしてその場に膝をつく了平。ジャンケンの結果は、パー二人にグー一人。

 

(二人ともこうなるのわかってたんじゃ……)

 

 了平は単純そうだし、最初はグーの勢いでまたグーを出しそうな性格だ。それに、三人の中では一番怪我が目立っている。利き腕を怪我しているのも分が悪い。

 

「こうなったら仕方ない! 二人の面倒は俺が見よう!」

「先輩。あんまり大声出すとランボ君、起きちゃいますよ」

「むっ、それはすまない……」

 

 了平は律儀に声の音量を抑えた。

 頭上のモニターには、明滅するオレンジ色の炎が映っていた。

 

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