それにしても奇妙な組み合わせだと思う。
年端のいかない眠った子供と、両腕を負傷したボクシング部部長に、風紀委員唯一の女子メンバー。ついでに、ベッドに括りつけられた派手な格好の暗殺者。悪夢、もしくはゲームのキャラクター編成みたいな、奇天烈なメンバーである。
「ねえ、ちょっといいかしら?」
ルッスーリアが声を上げたので、利奈はしゃがんだままルッスーリアを仰いだ。長身なので、二段階に首を動かす必要があった。
「この体勢、結構きついのよ。ベッドを倒してもらえないかしら」
毒はもう完全に抜けているようで、声に震えはない。顔だけ出している姿は、見れば見るほど着ぐるみを着ているみたいに思えてくる。白くて四角いから、はんぺんの妖怪だろうか。
「駄目。倒したらそのまま抜け出すつもりなんでしょ」
手に持っているナイフを揺らす。牽制の道具として役に立っているけれど、鞘がないのでしまえないのが厄介だ。左腕が自由に使えれば、ランボを支えたままでも楽にナイフを構えられるのだけど。
「なにもしないわよ。私、見てのとおり重傷なの。貴方たちをどうこうする余力なんて残ってないわ」
「……本当ですか?」
ルッスーリアではなく了平に問う。
「銃で何発も撃たれていたからな。俺なんかよりよっぽど重傷なはずだ」
「ほら。だから寝かせてちょうだい」
ルッスーリアの催促に、利奈は束の間考えたあとで首を振った。
「……私が同じ立場だったら、どんなに重傷でも最後まで抗うと思うので。このままにしておきましょう。不安要素は作らないほうがいいです」
「……あんた、どんな修羅場くぐってきたのよ」
暗殺部隊の人に比べれば、ほんのお遊び程度である。そのはずだ。そうであってほしい。少なくとも、この戦いが一番の修羅場であることは間違いない。
利奈の態度に交渉はできそうにないと諦めたのか、ルッスーリアは大きくため息を吐いた。
つらいのは嘘じゃないだろうけれど、敵相手に気を遣う余裕はない。彼らは命を懸けた戦いに参加しているのだから、乱入者の利奈が勝率を下げるわけにはいかない。ただでさえ、取り返しようのない失敗をしでかしてしまったあとなのだから。
「こうやってじっとしているのは落ち着かんな」
立ったままの了平が、焦れた顔でモニターを見やる。だれもいない校庭が映されているけれど、銃声は絶えずここまで聞こえてきている。
「すみません、私のせいで……」
「あ、いや、そういう意味ではない! 待っているのが性に合わないだけだ!
その、子供の様子はどうだ?」
頭を下げた利奈に了平はワタワタと慌て、ごまかすように膝を落とす。
「よく寝てますよ。気持ちよさそうに」
「そうか。……いや、じつは、ずっと寝たままだったので心配でな。この戦いにも、あの仮面をつけた女たちが無断で連れてきたのだ」
「そうなんですか!?」
「そうよー。私もこんな格好で連れてこられて。まったく、失礼しちゃうわよね」
ルッスーリアまで会話に入ってくるので、利奈はそちらを一瞥だけして視線を落とした。腕の中のランボはすやすやと寝息をたてていて、昏睡状態とは程遠い寝顔である。
「ところで、仮面の女って何者なんですか? 私、細かくは知らなくて」
「ああ、あいつらは――いや、違うぞ!? あれはその、相撲大会の審判で、俺たちもただ相撲を――」
「あ、そこまでわかってないわけじゃないです。命懸けの戦いしてるってのはわかってますから」
「そそそ、そんなことは!」
「大丈夫ですよ、京子に言ったりしませんから」
妹に話されるわけにはと急に下手な嘘をつき始めた了平に、利奈は悪戯っぽく笑ってみせた。こちらだってこんなところにいることを家族に知られたくはないし、お互い様だ。
することもないので、ランボの身体をゆっくりと叩く。幼い体はとても柔らかくて、そうしていると小動物を抱いているような、温かな気持ちになれた。牛柄の服を着ているから、よけい動物っぽく思えるのかもしれない。
「よく寝てるね。……寒くない?」
声をかけてみたら、ランボの口がふにゃりと開いた。
「……ランボ君? 起きた?」
「ん? どうした?」
「ランボ君が……」
確認のために、ほっぺたを摘まんでみる。そのまま引っ張ってみると、餅みたいにほっぺたが伸びて、なんともいえない手触りについ目的を忘れてしまいそうになる。
何度か伸び縮みさせていたら、ランボの緑色の目が、ゆっくりと開かれた。
「おお! 目を覚ましたぞ!」
「……んあ?」
「起きて大丈夫? 痛いとこない?」
「……んん」
ブルリと体を震わせてランボが体を伸ばす。完全に目が覚めたようだ。腕の中のランボは不思議そうな顔で利奈を見つめ返す。
「あれー? なんで俺っち……ここどこー?」
「学校だよ」
もう必要ないだろうと、口に嵌められていた酸素ボンベを了平に外してもらう。
「お前はあの戦いのあと、ずっと眠っていたのだぞ。覚えていないのか?」
「先輩、寝てたんだから覚えてるわけないじゃないですか。ランボ君、屋上に行ったときのことは覚えてる?」
「んー? 俺っちねー、昔のことは振り返らないからー、わかんない!」
「そ、そっか」
思い出す努力すらしていないけれど、幼児だから仕方ない。それに痛めつけられた記憶なんて、忘れてしまったほうが本人のためだろう。
「ところで、あんただれ? えっと、そっちのチクチクした草みたいなのは見たことある!」
「ち、チクチク……」
了平が地味にダメージを受けた。
「チクチクじゃなくて笹川先輩ね。私は――」
「あ! 獄寺のアホだ!」
利奈の言葉を遮って、ランボが利奈の背後を指差した。ちょうどよく、校舎のモニターに体育館の映像が映り、そこに隼人と武の姿が映っていた。
「うん、獄寺君もいるよ。でも今はちょっと忙しいからまたあとでね」
「えー。じゃあーじゃあー、獄寺のアホがいるんならツナもいる? ツナどこ?」
「うん、沢田君もいるけど、沢田君もちょっと……ランボ君、人のことアホって言っちゃいけないよ。みんな忙しいから、ここでじっとしてようね」
「なんで?」
「……えっと」
現在の状況をどう説明しようかと言い淀んだ利奈だったが、了平の呼びかけでその問題は棚上げとなった。
「おい、相沢! 二人とも様子がおかしいぞ!」
モニターを見ていた了平が、切羽詰まった声を出して立ち上がる。利奈も一瞥だけしたモニターに再度目をやり、映し出されていた光景の異様さに口を引き結んだ。
モニターに映し出されているのは五人。救助に向かった二人と、霧の守護者であるクロームにマーモン、そして恐れていたとおり、ベルの姿があった。
やはりベルに先を越されていた。そのうえ、解毒を済ませたマーモンと二人で、解毒されていないクロームを人質にとっている。思い描いていた、最悪の展開だ。
――いや、問題はそこじゃない。それだけなら、異様とは言えない。異様なのは、武と隼人のほうだ。
「あいつら、いったいだれと会話をしているのだ……? 敵はあっちだぞ」
「アハハ、獄寺、壁に話してやんのー、間抜け」
隼人たちは、なぜかだれもいないはずの壁を睨みつけていた。まるで、そこにベルたちがいるかのように。
利奈にはその理由がすぐにわかった。
(マーモンの幻術! 二人とも、幻術にかかってる!)
あるものをないように見せ、ないものをあるように見せるのが幻術だ。隼人たちの目には、あそこにベルたちがいるように見えているのだろう。
しかし実際のベルたちは九十度ずれた安全圏にいて、二人の持つ五つの指輪を狙っている。そして二人は、そのことにまるで気がついていない。
「これは極限にマズいのではないか!?」
「マズいです。どうにかしなくちゃ……」
ベルがクロームの顔にナイフを突きつけている。さらにマーモンは、指輪を渡さなければクロームの皮膚を剥がすと二人を脅した。ただでさえ残り時間が少なくなっているのにそんなことを言われたら、交渉を急がざるを得なくなるが――
(こんなの交渉じゃない! 指輪を受け取ったって全員殺そうとするに決まってる!)
綱吉側の守護者三人を術中に収めておきながら、なにもせずに立ち去るわけがない。悟られる前にここで皆殺しにしてしまえば、ヴァリアーを邪魔する者はいなくなる。
「行くぞ相沢! みなを助けねば!」
「えっ」
怪我をしたときの光景がフラッシュバックして、利奈は硬直した。
「私が行ったら迷惑に……」
自分が刺されてしまったらという恐怖もある。でももっと怖いのは、自分を守るためにだれかが傷ついてしまうことだ。利奈がついていったせいで了平が怪我を負ったら。いや、それどころか、そのまま死んでしまったら。
(そんなの、耐えられない……)
きっと、一生後悔する。京子のことを想えば、ここに残るのが一番だろう。しかし了平は揺らぐ利奈の瞳を捉え、力強くこぶしを握った。
「心配するな! 面倒を引き受けた以上、お前たちは俺が必ず守る! 極限にな!」
「でも……」
「どうしてもというなら、担いででも連れていくぞ! 妹の友人と小さな子供を見捨てるわけにはいかんからな!」
了平は本気だった。両腕に包帯を巻いていて、右手なんて三角巾で吊っているのに、それでも利奈ににじり寄ってくる。本気だというのなら、利奈が折れるしかなかった。
「……わかりました。私も行きます」
「俺っちも!」
利奈の腕の中にはランボもいる。ここに残っていたせいでランボが襲われては、元も子もない。
「よし、では向かうぞ! 極限ダッシュだ!」
――なにより、ボクシング部部長の腕を再起不能にするわけにはいかない。
そんなことをしたら、この学校を愛する委員長になにをされるかわかったものではなかった。