新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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黒に染まる

 

 着替えをくださいと言ってみたものの、まさか、本当に用意されるとは思っていなかった。

 しかも、ちゃんと女子制服。サイズもぴったり。タオルとワイシャツまで渡されたけれど、どこで買ってきたのだろう。

 

 濡れた格好で校舎に入るわけにはいかなかったので、プールの更衣室で着替えを済ませる。

 泥の付いた顔を洗い、濡れた体もしっかりとタオルで拭う。髪は濡れたままになってしまうけれど、雫さえ落とさなければ大丈夫だろう。靴下は水を掛けられずに済んだので、はたけばなんとかなった。

 

(はあー、すっきりした)

 

 もう、あんな目に遭うのはこりごりだ。

 

 着替えが入っていた袋に自分が着ていた制服をしまって、更衣室を出る。

 委員長は風紀委員の一人と先に応接室に行っていると言っていたけれど、応接室が活動拠点なのだろうか。応接室なんて行く機会もないので、何階にあるのかすらわからないのだけど。

 

 とりあえず靴を履き替えに昇降口に行くと、私の靴箱の前で、風紀委員が一人待ち構えていた。体格のせいで、腕を組んでいるだけなのに、仁王立ちしているように見えてしまう。

 

「来たか」

 

 歴戦の猛者を思わせる佇まいに、つい頭が低くなる。

 そういえば、恭弥が彼の名前を口にしていた気がするけれど、確か名前は――そう、草壁だ。

 

「お待たせしました――あの、応接室で待ってるって言われませんでしたっけ?」

 

 待ち構えさせるほど待たせていただろうかと問うと、草壁は無表情のまま、口を開いた。

 

「委員長からの指示だ」

「指示?」

「ここでお前を待てと。どうせ一人では応接室まで辿り着けないだろうから、案内してやれとな」

「……っ」

 

 ――間違ってはいない。でも、見抜かれたのが悔しい。

 ムググと口元を歪めるが、草壁相手に文句を言えるわけもないので、おとなしく靴を履き替える。

 

 あれからあっちはどうなったのだろう。上級生たちはすっかりおとなしくなっていたから、あれ以上、あの場でどうこうすることはないだろうけど。

 私が風紀委員になると聞いた、彼女たちの表情はすごかった。明日には話を広められそうだけど、私は本当に風紀委員になるのだろうか。いや、そもそもなれるのだろうか。

 

(不良集団、並盛のルール、並盛の支配者。うーん、歩み寄れる気がしない)

 

 噂ばかりが先行しているが、実態もおそらくろくでもない。委員長を務める雲雀恭弥があれだけ傍若無人なのだから、従う側も同じくらい破天荒なのだろう。

 それでも今回助けてくれたのはほかでもない彼らで、私はその恩に報いる義務があるのだけれど。はっきりいって、お荷物になる予感しかない。

 

(雲雀先輩の提案も、成り行きっていうか、勢いみたいな感じだしね。私も切羽詰まってたし。

 なかったことにしちゃったほうがいいのかも)

 

 とりあえず、先を行く草壁の背に声をかけてみる。

 

「ちょっといいですか」

「なんだ」

「私って、風紀委員になっていいんでしょうか」

 

 横目に表情を窺われて、私は背筋を少し伸ばした。

 

「雲雀先輩はそんなふうに言ってくれましたけど、私、風紀委員どころか、この学校のこともよく知らないし……。春に転校してきたばっかで。

 それに、風紀委員の人たちってみんな、なんていうか、勇ましいじゃないですか。私なんかじゃ全然だめっていうか、雲雀先輩は――」

「委員長」

 

 押し込むように草壁が言葉をかぶせる。

 

「ヒバリさんのことは、委員長と呼べ」

 

 ――どうやら、彼のなかではもう、私は風紀委員に格上げされているらしい。

 有無を言わさない声音に、ヒッと息を飲み込みながらも、彼の言葉を復唱する。

 

「い、委員長――は、とにかく。草壁さんは、どう思います? 私が風紀委員って」

「……それを、お前が俺に聞くのか」

「決まっちゃう前に聞かないと、意味ないから……」

 

 ほかに人のいない今なら、多少ぶっちゃけた話をしても大丈夫だろう。彼なら恭弥と違って、うっかりなにか口を滑らせても、ある程度までは許してくれそうな気がする。思慮深い目をしていた。

 

「俺たちは、委員長の決定に従うだけだ」 

 

 草壁の返事はかたくなである。お前もじきにそうなるとでも言いたげな間に二の句が継げずにいると、草壁が立ち止まった。もう目的地である。

 

「あとは直接、委員長に聞け。くれぐれも失礼のないようにするんだな」

「……あの、私だけ?」

「……」

 

 無言の圧力。男は黙って背中で語るを、実践しないでいただきたい。

 仕方なく、ノックをしてからドアを開ける。

 

「……失礼しまーす」

 

 応接室に入るのは初めてで、つい視線をあちこちに向けてしまう。

 来賓客用の革張りのソファ。ガラス棚に飾られたトロフィーの数々と、棚の横に飾られた校旗。これで、部屋の奥に座っているのが校長なら、完璧だっただろう。

 しかし実際にいるのは恭弥で、落ち着けない態度の私を、無表情に眺めている。

 

「早く入りなよ」

 

 今まで二人っきりになったことは何度かあるけれど、個室で顔を合わせるのは初めてになる。失言したらそのまま吹っ飛ばされると、よくよく頭に刻み付けておかなくちゃいけない。

 後ろ手にドアを閉めながら、自分に念押しした。気分は、野生動物と対峙するハンターである。

 

「お待たせしました」

「迷わず来れた?」

「……おかげさまです」

 

 からかわれているのだろうけれど、失言は避けたいから、言い返さないでおく。

 机が間にあってよかった。いきなり掴みかかられる恐れがないぶん、緊張が和らいだ。

 ――もっとも、恭弥ならば、一息の間に飛びかかってこられるけれども。

 

 机の上には事務用具と書類、それから、風紀委員の腕章が置かれている。

 風紀委員の腕章は金色に縁取りされた赤い布で、風紀委員という文字も金色だ。学ランの黒には映えるだろうけれど、普通の制服には合わない気がする。

 

「それが君の腕章」

 

 だと思っていた。書類と違って、腕章は私のほうにある。

 

「……あの、いいですか」

「なに」

 

 草壁にしたのと同じ質問をしようとしたが、恭弥の返事の速さについ目をそらす。やっぱり、直球では聞きづらい。

 まずは会話を試みようと、私は急いで話題を探した。

 

「えっと、風紀委員って――ふ、風紀委員になったら、学ラン着なくちゃだめですか?」

「は?」

 

(いきなりミスったー!)

 

 前からずっと考えてた疑問だけど、このタイミングで聞くことではなかった。

 自分でもわかっているから、そんな蔑むような目で見ないでほしい。

 

「あ、ああいや、そうじゃなくて! ほら、風紀委員ってみんな学ランでリーゼントじゃないですか! だからつい気になっちゃって、つい」

 

 焦りのままに言葉を重ねるが、恭弥の眉間のしわは消えない。こいつはなにを言ってるんだという目の圧力に、わたわたと手が動く。

 

「えと、学ラン? 私も学ラン着るのかな、とか思って。できれば普通の制服着たいなとか、そうじゃないと風紀委員にはなれないなーとか、そんな」

「そのままでかまわないよ」

 

 遠回しに、学ランでなければならないと断ってくれてもいいですよと言ったつもりだが、恭弥は寛容にそう答えた。

 

「それに、リーゼントは義務じゃない。違う髪型の人もいるしね」

「あー……知りませんでした」

「風紀を乱してなければ、そこまで細かく指定してないよ。校則でも、髪色の規定もないし」

「はあ」

 

(校則、けっこう緩かったっけ。銀髪の人もいるもんな、この学校)

 

 しかも、その生徒は私のクラスにいる。外人とはいえそれが地毛だというのだから驚きだ。初めて見たときは、ついまじまじと観察しそうになった。

 

「聞きたいことはそれだけ?」

 

 恭弥が見上げてくる。

 それだけですと答えたら話が終わりそうな気配だ。粛々と事務処理が終わっていっている。

 

(どうしよう、言わなきゃ)

 

 なんて言えば角が立たないだろう。――向いてなさそうだから、断りたいんですけど?

 駄目だ、そんなことを言える雰囲気ではない。私のぶんの腕章はすでに用意されている。

 恭弥から目線を外すために腕章を注視していると、恭弥の指が腕章を押し出した。

 

「つけてみなよ」

 

 ――これをつけたら、もう後戻りはできない。

 いや、もうとっくに逃げ道はなくなっているのだけれども。

 

(私が、風紀委員)

 

 少なくとも数日前、いや、一昨日に恭弥と出くわした時には、想像もしていなかった。それはおそらく恭弥も同じだろう。

 この町を嫌いと言っていた私が、この町を守る風紀委員になるなんて。

 

 おずおずと手を伸ばして、腕章を取る。ずっしりと重いのは、生地の厚みのせいではないだろう。

 腕に通してから、安全ピンを外す。借り物の制服に穴を開けるのは気が引けるけれど、針を刺してしっかりと固定させた。

 腕に留まった腕章に慄く私を、恭弥は静かに見つめていた。

 

「あの、ひ――委員長」

 

 草壁の注意を思い出して、恭弥を委員長と呼ぶ。

 

「委員会に入るときの紙とかはありますか。入部届みたいな」

「ない」

 

 ないらしい。

 そういえば、一学期初めの委員会決めのさいにも、風紀委員の項目はなかった。もしかしたら、学校とは関係なく、勝手に委員会を立ち上げたのかもしれない。

 またも黒い面を見つけてしまった私にかまわず、恭弥は話を進める。

 

「君には、明日から働いてもらう。朝八時に屋上に集合」

「屋上……」

 

 トラウマの場所である。

 

「朝は遅刻者の取り締まりがあるからね。具体的な指示は草壁に聞いて。君をここまで連れてきた男だ」

「副委員長ですよね」

 

 恭弥が頷いた。 

 

 遅刻者の取り締まりくらいなら、私にもできそうだ。思ってたより簡単な仕事を振られてホッとするけれど、まだ安心はできない。

 これから、風紀委員の仕事を覚えていくのだから。

 

「それじゃ、もう帰っていいよ」

「……はい、わかりました」

 

 頭を下げて、応接室を出る。外にはだれも待っていなかったから、本当にこのまま帰っていいのだろう。がらんとした廊下で呼吸を整えて、私は踵を上げた。

 

 

 こうして私は――いや。私はもう個人ではない、風紀委員の相沢利奈だ。

 こうして相沢利奈は、風紀委員としての一歩を踏み出した。

 

 




こちらで一章終了です。
二章からは三人称になります。
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