新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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小さな希望は手のひらに

 

 それは、帰り道での出来事だった。

 アジトに戻るべく人気のない道を歩いていたら、隣のランボの歩調が緩くなっていく。それに合わせて歩幅を狭めると、正面を向いたまま、ランボが一言囁いたのだ。

 

「つけられています」

 

 利奈は聞き返さなかった。後ろを見ようともしなかった。

 背後から聞こえてくるザリザリとした足音に耳を立てながら、ゆっくりと息を吐き出す。

 

(……なんて運が悪い)

 

 ここが十年後の世界で、十年後のランボがマフィアの一員になっているのなら、こういった奇襲も珍しくはないのだろう。肩書上はただの風紀委員だった利奈でさえ、あんなに狙われたのだから。――と当人は考えたが、マフィアから見ても異常であろうことは言うまでもない。

 

「わかった。私はどうしたらいい?」

 

 動揺を抑えながら声を出すと、横目のランボと目が合った。

 

 幸か不幸か、人に尾行されるのには慣れている。なんなら、攫われるのも、縛られるのも、押さえつけられるのも、監禁されるのにも慣れている。

 さすがに目でそれを伝えらるのは無理だったけれど、利奈の態度に落ち着きを感じてか、ランボはわずかに口角を上げた。

 

「さすが、雲の守護者の部下ですね。話が早くて助かります」

 

 厳密にいえば、まだ部下ではない。しかし、先輩と後輩よりは、上司と部下の方がしっくりとくるのはなぜだろう。

 

「とりあえず、二手に分かれましょう。狙われてるのは俺です」

「そうだよね」

 

 いくらなんでも、過去から来たばかりの利奈を狙う輩はいないだろう。今の利奈は、この世界には存在しない人間なのだから。

 

「利奈さんは人通りの多い場所へと向かってください。商店街にまた戻るのは不自然なので、それ以外で」

 

 唇を読まれないためにか、ランボは正面に向き直って小声で囁いた。利奈もそれにならって正面を向く。

 

「駅がいいかな。改札で待ち合わせしてるふりするとか」

「それでいいです。では、そこの角を俺は右に」

「私は左に」

 

 ランボが持っていた買い物袋を受け取って、数秒後に備える。

 十字路に差し掛かったところで歩幅を乱した二人だったが、その作戦は一歩遅かった。

 

「あっ」

 

 角を曲がろうとした利奈は、正面に立つ男たちの姿に足を止めた。

 黒服の男が数人突っ立っているのだ。後ろの尾行犯と無関係であるはずがない。

 

(待ち伏せされてた!)

 

 先頭に立つ長身の男の手には細長い棒が握られており、男はすでにこちらに照準を定め終えていた。棒の先端には光を放つ球があって、男が後ろに引いていた右腕を押し出せば――

 

「危ないっ!」

 

 声とともに腕を引かれ、そのまま体が後ろに放り出される。そして、小さな球が閃光の尾を引きながら、利奈を庇ったランボの身体にめりこんだ。

 

「ぐあっ!」

「った!」

 

 静電気を数倍強くしたような鋭い痛みに、利奈は脊髄反射で腕を引いた。しかし、攻撃を直接受けたランボは電気を逃がせず、バチバチと嫌な音を立てながら、その場に膝をついた。

 

「ランボ君!」

 

 名前を呼んだものの、手を伸ばすことはできなかった。触れたらまたあの痛みがと思うと、触れられなくなったのだ。

 それに、ゆっくりと近づいてくる男からは目を外せない。

 

「おっと、挨拶を忘れていたな」

 

 睨みつける利奈などまったく意に介さずに男が口を開く。

 

「俺はγ。ミルフィオーレのブラックスペル……って言えば通じるか?」

 

 男――γは、どちらに問いかけているのかよくわからない態度でそう言った。

 

(ミルフィオーレ……ってなに? ブラックスペル?)

 

 少なくとも、利奈にはまったく通じなかった。

 十年後の情勢をまったく聞いていなかったゆえの無知だったが、この場合、それが功を奏することになる。

 利奈の表情変化を窺っていたγの目が、利奈を会話対象から外したのである。

 

「見たところ、そちらの娘さんはボンゴレの人間ではないみたいだな。

 巻き込んで悪かったが、そっちのボーイフレンドに用があってね。話が終わるまで、そこでおとなしく待っててくれ」

 

 そこで、γの仲間たちが距離を詰めてきた。

 後ろを尾行していた人たちは黒いスーツ姿だったが、正面の人たちはみな同じ、真っ黒な制服を身に纏っている。ブラックスペルという名前に合わせた配色なのだろう。

 前後を塞がれてしまっては、γの言う通りにおとなしくしているしかなかった。

 

「やれやれ。俺としては男に囲まれるなんてごめんですが」

 

 そんな軽口を叩きながらランボが立ち上がる。

 

「だ、大丈夫なの?」

「ええ、もちろん」

 

 脇腹を押さえてはいるけれど、そこまでダメージはなかったのか、声には余裕があった。

 γが片眉を上げる。

 

「へえ。俺のショットプラズマを喰らったわりには元気だな。彼女の前だからかっこつけてるのか?」

「男相手にいつまでも膝をついてはいられないからな。膝をつくなら女性にがいい」

 

 ランボが腕で合図を送ってきたので、利奈はランボの陰に隠れるように背後に回った。しかし、この人数差では打つ手がない。

 

(……ヒバリさんに連絡できれば)

 

 利奈は購入したばかりの服に着替えていた。

 上着のジャケットには、女性ものには珍しく内ポケットがついており、そこにはもちろん、携帯電話がしまわれている。

 

 いつもならこのタイミングでダイヤルを押すが、利奈は押さなかった。

 この時代の恭弥が番号をそのままにしているとは限らないし、連絡したところで助けに来てくれるかもわからない。そしてそれ以前に、致命的な問題があった。この携帯電話で通話ができるかどうかも微妙なところだ。

 

「……そういえば、ボンゴレ雷の守護者は特殊体質だと聞いていたな。電撃皮膚(エレットゥリコ・クオイオ)、だったか」

 

 納得がいったという顔で聞きなれない言葉を口にするγ。

 言葉の意味はわからないけれど、γの攻撃はランボ相手だと効果が薄くなるのだろう。周りの敵たちの表情が険しくなった。

 

「どうやら、あんたとは相性が最悪のようだ。だが、ダメージはゼロじゃない」

 

 にやりと笑うγにランボの肩がわずかに強張る。

 

「死ぬ気の炎のダメージは逃がせても、球のダメージは減らせない。電気が通じなくても、加速した球が何発も当たれば痛いだろ?

 それに、こんな狭い場所じゃ逃げ場もない」

 

 その通りなようで、ランボの身体が小刻みに震え始めた。

 表情は後ろからは見えないけれど、おそらく、見ないほうがいい顔をしているだろう。思っていたよりも、ランボは戦闘が苦手なようだ。

 

「そんなに怯えるなよ。俺たちだって、寄ってたかって弱い者いじめをするつもりはないさ。功を焦ってあの世に行った馬鹿どもとは違うんでね。

 ただ俺の質問に、イエスかノーかで答えてくれればいい」

「な、なに?」

 

 ランボの声が裏返りそうになる。

 もったいぶるように棒で肩を叩いたγは、ランボの一挙手一投足を見逃すまいと、目を細め、そして尋ねた。

 

「ボンゴレリングはどこにある?」

 

 前置きのないその言葉に真っ先に反応したのは利奈だった。

 

(なんでここで……!?)

 

 ボンゴレリングを巡る争いに昨日巻き込まれたばかりの利奈にとっては、あまりにも衝撃的な質問だった。

 彼らもヴァリアーと同じくボンゴレリングを狙っているのだろうか。それも、綱吉が十代目を継いだあとになって。

 

 露骨に驚きの表情を浮かべてしまう利奈だったが、それにはだれも気がつかなかった。

 最初にボンゴレ関係者でないと判断したために、だれ一人利奈に注意を払っていなかったからだ。

 それはγも例外ではなく、黙ったままのランボの顔をただ一心に見つめている。しかし、表情だけではなにも読み取れなかったのか、話を続ける。

 

「噂では、穏健派の十代目が争いの火種にならないように処分したという話だったが――最近になって、それがデマだったっていう噂も出ていてな」

 

 そこでやっとγの目が利奈にも向いたが、そのときにはすでに表情を引き締め終えていた。

 感情がすぐに顔に出てしまう性格とはいえ、出しっぱなしにしておくほど馬鹿ではない。

 再びγの注意はランボへと向けられた。

 

「普通に考えれば、こんなに強力な武器を簡単に捨てるわけがない。どこかに隠しておいて、いざというときに使うものだろう。なあ?」

 

 これみよがしに右手の中指に嵌めた指輪を見せつけるγ。身を引いたランボの身体がぶつかったが、利奈は動かなかった。

 

(指輪が武器って……どういうこと?)

 

 まるで、指輪自体になにか強大な力が隠されているかのような口ぶりだ。

 利奈は十年前の世界で何度かボンゴレリングに触ったことがあるが、とくにこれといって変わった点はなかったはずだ。ディーノだって、ボンゴレリングに隠された力があるなんて話はしなかった。

 十年のあいだに、なにがあったのだろう。

 

(あっ! そういえば、この人が打ったボールが光ってたの、おかしかったよね!? ボールも空中に浮いてたし! って、なんでわかんなかったかな……!)

 

 突然のピンチでそれどころじゃなかったといえば、それまでだが。我ながら遅すぎると、利奈は自己嫌悪に陥った。

 

「し、知らない。俺は知らない」

「本当か? とぼけても無駄だぞ?」

「本当に知らないんだって! ボスが壊すっていうから渡して……そっからは知らない」

「……ほう」

 

(……あれ、なにか)

 

 腰のあたりに違和感を抱いた利奈は、ちらりと視線を下に落とした。

 そこには、ランボの尻ポケットがあった。そしてその尻ポケットは、中に入っている物のせいで不格好に膨れ上がっていた。形はそう、今まさにγが話題にしている、指輪の形になっていた。

 

(……! う、嘘でしょ!? 持ってるの!?)

 

 うれしくない誤算だった。どんなに強力な力を秘めていても、敵に囲まれていてはどうしようもないだろう。指に嵌める前に取り押さえられて終わりだ。

 

 そして気付いてしまった以上、利奈はその指輪を守る義務が生まれてしまった。

 敵の狙いはボンゴレリングであり、これを取られたら利奈たちに生き残る目は残らない。

 いや、もしかしたら利奈は見逃されるかもしれないが、ランボが殺されたら意味がない。そんなことになったら、十年前の子供のランボと綱吉たちに顔向けができなくなる。

 

(ど、どうにかしなくちゃ)

 

 打開策を考えるにも、時間はあまり残されていない。γが尋問から拷問に切り替えようと、棒を構えたからだ。

 よく見ると球はビリヤードの球で、棒は球をつくためのキューだった。

 色とりどりのボールが空中に浮かび、白い球がキューの先端にセットされる。その奥のγは、不敵な笑みを浮かべながら最後通告を出した。

 

「そろそろ、そちらさんのお仲間が駆けつけてくるだろうからな。

 手っ取り早く行かせてもらうぜ」

「ひいっ!」

「離れてな、娘さん。一緒に感電したくはないだろう」

「……いや」

 

 利奈はむしろランボとの距離を詰めてγを睨みつけた。

 仲間が駆けつけてくれるのなら、それまで時間を伸ばすのが利奈の役目だろう。触れたランボの背中はガタガタと揺れているし、服越しに伝わってくるほど心音が大きくなっている。見殺しにはできない。

 

「麗しい愛情だな。だが、本当に離れたほうがいい。俺の電撃は、一般人のお嬢さんには刺激が強いぜ。一発で天に召されるかもしれない」

「……」

 

 ランボの服を強く掴む。震えというものは感染するものなのか、なぜか利奈の体までもが震え始めていた。

 

「頑固なお嬢さんだな。

 まあ、いいだろう。一回味わえば考えも変わるだろうさ」

 

 妥協するといわんばかりの態度でγがキューを球に当てた。

 攻撃に巻き込まれないようにと、周囲の輩たちはγの背後に回る。もうγを阻むものはなにもない。

 

「待ってくれ!」

 

 ランボが叫んだ。

 

「なんだ、命乞いか? それとも、素直に話す決心がついたか?」

「そうじゃなくて……その、彼女だけは見逃してほしくて」

「そんなの駄目だよ! だって私は――」

「相沢さん!」

 

 振り返ったランボの顔を見て、利奈は仰天した。

 いつからこんなに泣いていたのか、ランボの顔は涙と鼻水でべしょべしょになっていた。険しい顔で怒鳴りつけられると思っていたから、こんなときなのに力が抜けてしまう。

 

「俺は大丈夫。痛いのには慣れてるから。

 でも、君はそうじゃない」

「……」

 

 利奈も痛みには慣れているのだが、ここでそれを口にするのはあまりにも野暮だろう。きっと痛みの度合いが違うのだから。

 

 利奈は無言のまま数歩、ランボから距離を取った。そして、慎重に間合いを測る。

 ようやく策が浮かんだのだ。

 

「甘酸っぱいな。若い頃を思い出してむずがゆくなる」

 

 そんなことを言いながらも、γは躊躇わずに球を打ち出した。

 白い球がほかの球にぶつかり、そこからまたほかの球に当たって、速度と威力の増した球が数個、ランボの身体にめり込んでいく。悲鳴とともに雷のようにすさまじい閃光がランボの身体から立ちのぼり、目が眩んだ。しかし、怯んでる暇はない。

 

(今だ!)

 

 血を流しながら倒れこんでくるランボに、利奈は怯えながらも手を伸ばした。触れた瞬間に強烈な痛みが走ったが、自分を鼓舞してさらに一歩、足を踏み込む。

 

「きゃっ!」

 

 支えられずに下敷きになってしまうが、利奈の目的は、ランボの身体を支えることではない。必死に手を動かして、目当ての物を探り出す。

 

(あった!)

 

「おいおい、大丈夫か?」

 

 からかいには答えない。ランボの下から抜け出して、一目散に走り出した。

 γの仲間たちが退いたことで空間のできた斜め後方、十字路の先へと向かって。

 

「なっ!? 待て!」

「いや、逃がしてやれ。あの娘はただの――いや」

 

 γの眉間に皺が寄った。

 傷ついた恋人を見捨てて逃げるような娘なら、痛みをこらえてまで男を支えようとはしないだろうと気がついたのだ。

 すぐさまγはランボの身体を足で裏返し、そして叫んだ。

 

「お前ら、絶対にあいつを捕まえろ! あの娘が持っていった!」

 

 その言葉で、γの部下たちは血相を変えて走り出す。γもランボを置いて部下に続いた。その口元に歪んだ笑みが浮かぶ。

 

「読み違えた。あの娘もボンゴレの人間だったか」

 

 意識を失ったランボのそばには、だれも残っていない。そのズボンのポケットには、指輪の跡だけがはっきりと残っていた。

 

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