新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

65 / 186
知らぬ存ぜぬ

 翌日は、デスクワークに費やされた一日だった。

 予兆めいたものはなにもなく、書き終わった書類を郵便局に出しに行こうかと窓から外を覗き見れば、明るい曇り空がそこにはあった。

 自分のデスクで手持ちの封筒を探るが、ちょうどいいサイズの封筒が見当たらない。

 

(まあ、いいか)

 

 郵便局で買ってそのまま出せばいいだろう。

 机の上にメモを残し、利奈は書類をそのまま抱えて郵便局へと向かった。

 

 声をかけられたのは、雑多な人混みを歩いていたときのことだった。

 

「スミマセーン!」

 

 独特なイントネーションで話しかけてきたのは、背の高い外人二人組だった。

 がっしりとした体形の白人男性だ。見るからに観光客で、二人とも大きなリュックサックを背負っていた。

 

「はい、なにか?」

「道を教えてください。ここは、どこにありますか?」

 

 一人がガイドブック上の地図を指差す。

 文字が小さいうえに写真も少なく、彼がどこを指差してしているのかすらまったくわからない。

 

「えっと、このページのどれですか?」

 

 とりあえず世界共通語である英語で尋ね返すと、男は地図上の店名を指差した。目を細めながら身を寄せる。

 

「ああ、このお店ならすぐ近くですよ。そこの道を曲がってまっすぐ行けば、看板が見えると思います」

「ありがとうございます。それと、文字を読んでほしいんですが……」

「いいですよ。えっと――」

 

 文章を読もうとした利奈の背後に、もう一人の男が回りこんで影を落とす。

 反射的に距離を取ろうとした利奈だったが、その動作は脇腹に当てられた物体によって阻まれた。

 

「動くな」

 

 耳元から、野太い唸り声が吹き込まれる。

 

「顔を上げるな。そのままの姿勢でいろ」

 

 ガイドブックを見せられているせいで、男の手元すら確認ができない。スーツ越しの感触からすると、鋭利な刃物。ここはナイフと仮定しておこう。

 男の右腕はもう一人の男の身体で隠されているし、こうもぴったりくっつかれては逃げ出す隙がない。人数差があるうえに体格差も歴然とくれば、音を上げるしかなかった。

 とはいえ、従順になるつもりはさらさらない。

 

「いったい、どこへの道案内を頼むつもり?

 ナンパならお断りよ。貴方たち、まるで私の好みじゃないから」

 

 男の指示を無視し、侮蔑の顔で男たちを見下す。

 その声音と表情は、そこらへんのチンピラくらいなら即座に激昂させられるものだったが、男たちはまるで意に介さなかった。

 

「それは残念。だが、どうあっても付き合ってもらうぜ。

 嫌だってんなら、もっと強引な口説き方をさせてもらうことになる」

 

 男が笑顔のまま、ジャケットのポケットに手を突っ込んだ。中に入っている物の形があらわになる。

 まさか二日続けて銃を向けられるとはと、利奈は嘆息した。

 

「……モテない男はこれだから」

 

 簡単に挑発に乗ってくれるタイプの人間なら御しやすかったのだが、この様子だと一筋縄ではいかなそうだ。

 男たちは観光客としての態度を崩さなかったし、利奈を威圧して丸め込もうとはしなかった。わかりやすい手に出てくれれば、周りの人たちの注目が引けたというのに。 

 

(……どうする)

 

 相手はプロだ。なにかアクションを起こそうとしても、すかさず邪魔が入るだろう。

 わき腹のナイフを柄まで刺しこまれでもしたら、内臓損傷どころか、出血多量で死ぬ可能性もある。どう考えても、おとなしく従うのが身のためだった。

 

「それで、私になんの用?」

 

 利奈が問いかけると、男は初めて演技ではない表情で目を丸くした。

 

「イタリア語も話せたのか」

「貴方たちに合わせたほうがいいかと思って」

 

 けして英語が苦手だからイタリア語に変えたわけではない。

 

「俺たちがどこの人間だか分かるのか?」

「だいたいね。最近、ずいぶんとご活躍みたいだし」

 

 そもそも、風紀財団の縄張りに外国の組織は一切絡んでいない。

 どこかの組に雇われた人間の可能性もあるにはあるが、そこまでする組織があったら、動きが事前に耳に入っていただろう。

 それに、イタリア語に対する反応。間違いない。この二人は、ミルフィオーレファミリーの人間だ。

 

 ――ミルフィオーレファミリー。

 ジェッソファミリーとジッリョネロファミリーが合併してできたファミリー――ということになっているが、実際は新興ファミリーのジェッソが、伝統あるジッリョネロを無理やり取りこんで吸収合併したファミリーである。

 

 それだけでもどんなファミリーなのかわかるところだが、やり方は冷酷無比にて悪逆非道。逆らう者は髪の毛一筋残さないうえに、欲しいと思った物は、どんな手段を用いてでも手に入れる。

 そして彼らの今の標的がボンゴレファミリーというわけだ。

 

 マーモンを思い出し、利奈はますます表情を険しくさせた。

 

「私はマフィアの関係者じゃない。だから、貴方たちに協力できることはなにもない」

「お前はそうかもしれないが、お前たちのボスは関係があるだろう?」

 

 恭弥は風紀財団の委員長であると同時に、ボンゴレファミリー幹部、雲の守護者の立場を与えられている。

 会合などにはまったく顔を出していないが、周知の事実だろう。

 

「だからといって、その部下がマフィアの人間とは限らない。私たちのボスは人に隷属するのを嫌う。もちろん、私たちがマフィアに関わるのも」

 

 利奈は冷めた態度で答えながらも、男たちの反応を見逃さないようにとまばたきを止めた。

 

 ほとんどの委員は、ボンゴレファミリーと接点を持っていない。

 匣の調査をしている委員ですらボンゴレ組織と連絡を取り合うことはないし、ボンゴレのアジトとつながっている地下研究所の扉でさえ、今まで一度も開かれたことがない。風紀財団は完全に独立した組織なのだ。

 

 しかし、よりによって。よりによって、相沢利奈にはボンゴレファミリーとの強い接点があった。

 なにしろ、幹部の面々とは公私ともに長い付き合いだ。恭弥の目もあるので、外ではそういった態度を取ったりはしないが、人目がなければただの友人として振る舞っている。ボンゴレ組織の人間だと思われても仕方ないほど、一人だけ慣れ合っているのだ。

 それを相手が知っているか知っていないかで、この先の対応に雲泥の差があった。

 

(それを知ってて私を狙ったのなら、この人たちの狙いはボンゴレ幹部の弱み、もしくはアジトの在り処。

 知らなければボンゴレへの圧力か、匣の情報、それか……ヒバリさんの弱み? それなら、そんなものあるわけないって答えるしかないんだけど)

 

 男たちは顔を見合わせている。

 いずれにしろ、最後の推測以外が狙いなら、利奈は口を閉ざし続けるつもりでいる。とくにボンゴレアジトの在り処は、口が裂けても言えるわけがなかった。これ以上、犠牲者を増やすわけにはいかない。

 

「場所を変えるぞ。ここだと人が多い」

「了解」

「あ!」

 

 隣の男に背中を押され、利奈の腕から書類が零れ落ちる。

 封筒に入っていない、手で押さえられていただけの書類たちは瞬く間に地面を滑り、利奈はあわあわと取り乱しながらしゃがみこんだ。

 

「わああ、なんでこんなときに!」

 

 焦りながら拾い始めると、すかさずしゃがみこんだ隣の男が、にっこりと微笑みながら紙を差し出してきた。

 

「おかしな真似をしたら殺す」

 

 声音に優しさは一切感じられない。

 

「……こっわ」

 

 予期していなかっただろうに、まったくもって隙がなかった。

 ここで逃げようとしたところで、立ち上がる前に後ろの男に取り押さえられて終わるだろう。

 

 男に手伝ってもらいながら粛々と書類を拾い、自分のおなかを台の代わりにして書類を整える。その動作の途中、薬指と小指でスーツのボタンを挟みこんだ。

 

「お待たせ」

 

 しっかりと書類を抱えなおすと、男たちは無言で前を示す。

 それに従って、利奈はゆっくりと歩を進めた。

 

(この先は川と住宅街……車かなんかで建物に連れて行かれると思ってたんだけど、この足取りは、行き先を決めていない?)

 

 人の少ない道を選んで歩いているだけで、目的地があるようには思えない。まさか、慣れない場所で道に迷ったわけでもないだろう。

 

 だれかと連絡を取り合う様子もないし、ほかの仲間はいないようだ。

 突発的な犯行の可能性が高い。時間さえ稼げれば、利奈にも勝機があるかもしれない。

 

「ここにしよう」

 

 住宅街の合間にある川原を見下ろして、男たちは立ち止まった。

 夏場ではないので人の姿はなく、遮蔽物もない。

 

 土手を降りろと促されるが、ハイヒールだったために利奈は降りるのを躊躇した。

 転んだら、わざとでなくても書類をばらまきそうだ。

 

「早く降りろ」

「ま、待って……」

「待たない」

 

 服の繊維越しに刃先が食いこみ、利奈は背を仰け反らせた。

 

「いった……!」

「黙って降りろ。次は肉も切る」

 

 後ろの男も、わりと流暢に日本語を話せたらしい。

 氷の上を歩くようにたどたどしく足を動かしてなんとか土手を降りきると、その場に膝をつけとまた脅された。抵抗せずにおとなしく膝をつく。

 男たちは利奈から注意をそらさないまま、辺りを窺った。

 

「周辺に人影はあるか?」

「つけている奴はいなかった。ここならだれか来ればすぐにわかる」

 

 顔の横で揺れるナイフから視線を逸らし、利奈は腕のなかの書類を、しわが寄るほど抱きしめた。

 

(絶対に助けは来る……大丈夫……だから、なにも話しちゃだめ。話したら、だれかが殺される)

 

 すでに、スーツのボタンに仕込んである発信機で、救援信号を送り終えている。あとは助けが来るのを待つだけだ。

 

 だれにも尾行されていないことを確認し終えた男は、利奈の腕から書類の束を引き抜いた。日本語も読めるようで、しばらく文字に目を走らせていたが、ボンゴレと関係のない内容だと知ると、地面に落として踏みつけた。

 

「おかしな真似をしたらぶっ殺す。脅しじゃねえぞ」

「……ええ」

 

 後ろの男のナイフは、もはや必要がなくなっていた。正面の男が、ポケットのなかの銃を利奈の左胸に向けている。

 

「さて、話を始めようか。ボンゴレのボスは今どこにいる」

「……知らない。っ、本当に知らないの!」

 

 正面の男が距離を詰め、服越しに銃口を利奈の胸に当てる。探りを入れてくる瞳を見つめ返しながら、利奈は知らないと繰り返した。

 

「なら、お前のボスの居場所は?それくらい分かるだろう」

「……」

 

 さすがに、上司の居場所を知らないとはシラを切れない。利奈は乾いてきた唇を湿らさないまま答えた。

 

「イタリアに行ったって聞いてる」

「イタリア?」

 

 二人が顔を見合わせた。恭弥が先日までイタリアに行っていたことも、そして昨日帰ってきていることも、この二人は知らないらしい。

 そんな質問をしてきた時点で、ある程度は察していたが。

 

「今もイタリアか?」

「……分からない。私のボスは勝手に行き先を変えるから」

 

 堂々と嘘をつきながら、利奈は思考をめぐらせる。

 

(この二人は、私のことをどこまで知っている? 私がどこまで知っていると思っている?)

 

 本当のことを言ってしまえば、利奈はボンゴレファミリーの有益な情報は何ひとつ持ってない。持っている情報が古すぎるのだ。

 

 利奈の権利が剥奪されたのは半月前のことだ。

 そのときの利奈なら、財団がつかめる情報はすべて知ることが出来たけれど、今は違う。

 取り立て業務に異動になり、利奈が関わっていた案件ですら調べることが出来なくなってしまっている。

 そしてボンゴレとミルフィオーレと交戦している今、情報はめまぐるしく刷新されている。

 

(だから、それが目的ならどうしたって私には答えられないんだけど……)

 

 問題は、利奈が守護者と個人的に面識があることを知られていた場合だ。

 その場合、利奈の利用価値はとんでもなく跳ね上がる。情報源としてではなく、人質として。

 

 マフィアのボスにまでなっても情を捨てきれない綱吉は、利奈を見捨てたりなんてできやしないだろう。ほかの守護者たちが口添えしてくれれば――いや、みんな綱吉の意思を尊重しようとするから、助ける方に話がまとまりそうだ。

 唯一見捨ててくれそうなのは自分の上司だけというのが、なんともいえないところであるが。

 

「なら、ボンゴレのアジトはどこだ。ボンゴレの守護者はどこにいる」

「……知らない。私はボンゴレのことはなにも――っ」

 

 ナイフの切っ先が背中を裂いた。一緒に皮膚も切れて、鋭い痛みが利奈を襲う。

 

「おいおい。なにも知りませんで通るわけねえだろうが。このままだと、きれいな背中に消えない傷跡が残るぜ」

「っ、知らないものは知らないわ! 私はボンゴレの人間じゃないもの!」

「だが、お前はボンゴレの同盟ファミリーであるキャッバローネのボスとは面識があるよなあ?

 それはどう説明するんだ?」

「違う。キャッバローネのボスは、私のボスの師匠だったから。それで……それだけよ。

 その縁でよくしてもらってるだけ。ディーノの人柄くらいは知っているでしょう」

 

 彼らがなぜ、利奈を標的に選んだのかが分かった。

 ディーノと面識があるという情報を掴んでいたからだ。

 ボンゴレだけでなく、ボンゴレの同盟ファミリーとも接点があれば、ボンゴレに関わる情報を持っていると思いこんでもおかしくはないだろう。実際、見当違いではないのだが。

 

 しかし彼らの根拠はそれだけのようで、利奈がそっけなく聞き返すと、目に見えて動揺し始めた。

 

「……おい、この女、本当になにも知らないんじゃないのか」

「はずれか。クソ、ついてねえ」

「やっぱり、早かったんじゃねえか?」

 

 パンフレットの男が言う。

 

「部隊にあげなければならない情報を抜き取って動いたんだ。このままなにも手に入りませんでしたじゃ、俺ら――」

「うるせえ! 俺たちはこうでもしねえと上にあがれねえんだ! なんとしても――隊の名を」

「馬鹿っ――!」

 

 男たちはまずいという顔で利奈を見たが、利奈は早口のイタリア語に耳が追いついていなかった。しかし、彼が軽率にも所属する部隊名を出してしまったのだろうということはわかる。

 

(なに? 花の名前……だっけ? なんの花?)

 

「……やばいぞ」

「この女、殺るか?」

 

 そのとき、遠くから何台分もの車のブレーキ音が響いた。

 土手の上の方を見上げると、無数の黒塗りの車が斜めに止まっていて、そこから黒スーツの男が銃を持って現れる。

 

「いたぞ!」

 

(助けが来た!)

 

 ようやく訪れた救助に利奈が目を輝かせた瞬間。

 低く重い音とともに、利奈の視界に赤が舞った。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。