新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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食中毒って怖いですね。


表と裏

 

 今日はじつに目まぐるしく動き回る日だ。

 買い物に行った帰りに正体不明の敵に追いかけ回されるわ、目が覚めたら敵の基地に拉致されているわ、そのうえ今度は、次の監禁場所へと自分の足で歩かされている。

 昨日と負けず劣らずの大波乱である。

 

 メローネ基地の廊下は、ボンゴレアジトの廊下よりもずいぶんと凝ったデザインだった。

 近未来的なデザインは、隊員の制服と相まってSFじみたものを感じさせたけれど、利奈からすればここは未来なので、逆に一般的なデザインだったりするのかもしれない。

 元の世界だったならば、どこの研究施設なのかと思っただろう。マフィアのアジトだとはとても思えない。

 

(窓がないけど、ここも地下だったりするのかな。

 どこに連れてかれるんだろう……)

 

 瓜二つな女性に挟まれながら、前を歩く正一の後頭部をぼんやりと眺める。

 寝起きのせいか、あそこから抜け出せてホッとしたせいか、温度調節の行き届いた空気に眠気を誘われている。

 

(ダメダメ、油断してたらペロって食べられちゃう)

 

 さっきだって、名前を口にしていたら、あっという間に素性を丸裸にされてしまうところだったのだ。油断大敵、一寸先はオオカミの腹のなかである。

 

(γは最後まで性格悪かったし)

 

 退室する際のもう一悶着を思い出し、利奈はふんと鼻を鳴らした。

 

 ――あれは、部屋を出ようとした正一が立ち止まったときの話だ。

 

「そうだ、彼女の持ち物も預からせてください」

 

 思い出したように言われたその言葉で、利奈は服の山に目を向けた。

 ボンゴレリングを探すためにかなり念入りに探ったようで、ひどい有様になっている。

 ポケットはすべて裏返しだし、襟と袖までめくられていた。新品なのに、もうしわだらけだ。

 

「かまわないぜ。発信機や盗聴器の類もなかったしな」

 

 そんなものまで探していたらしい。

 どうりで、リングを探しただけにしてはぐちゃぐちゃにされているわけだ。

 

(よかった、女の人がいて)

 

 服を畳む正一の部下の手際の良さを眺めながら、利奈は心底安堵した。

 何日か生活できるだけの衣服を買い揃えたところだったから、寝間着もあるし下着もある。

 まだ着ていないとはいえ、自分が買ったそういうものを異性に触られるのには嫌悪感があった。

 たとえ、彼らに探られたあとだとわかっていても。

 

「彼女の持ち物はこれだけですか?」

「ああ。服を買いに行っていたようで、手荷物はこれだけだ。ボンゴレの守護者も荷物は持っていなかったな」

 

 別れる直前で持ってもらっていた荷物を受け取ったので、ランボが持っていたのは財布と携帯電話の類くらいだったろう。

 だからこそ、ランボの身体検査もそこそこに利奈を追ったのだろうが。

 

(……あれ、なんか忘れているような)

 

 最後の衣服である靴下が、くるくると丸められていく。利奈の買った服はそれで全部だ。

 しかし、なにかが抜けているような気がして、利奈はこちらに背を向けたγの後ろ姿にじっと目を凝らした。

 

 γの部下たちはすでに散らばっていて、ビリヤードに興じたり酒を飲んだりしている。

 だからγがこちらを向いていなくてもおかしくはないのだが、やはり違和感があった。

 

(自分より上だと思ってる人がいるのに後ろ向くのって変だよね。なにか隠してるんじゃ……)

 

 γの部下たちは正一に対してあまり敬意を払っていなかったけれど、γは正一を立てようとしていたはずだ。それが本心でないにしろ――いや、むしろ本心でないほうが、わかりやすく態度に出すものではないのだろうか。

 ここは部屋を出るまで見送っておくのが定石だろう。

 

 そんなことを考えているうちに、服を片付け終えた正一の部下が戻ってきた。

 そして、動かない利奈を無表情に見下ろす。

 

「進みなさい」

 

 平坦な声に促され、γに背を向ける。

 その瞬間、あることを思い出し、利奈は後ろを振り返った。

 

「私のケータイは?」

 

 疑念のこもった低い声は、この部屋の大きさに比べれば、水面に落ちた水滴のようなものだっただろう。しかし波紋は広がり、部屋中の音をすべて呑みこんだ。

 唯一の例外となったビリヤード玉が、カツンと音を立てて穴に落ちる。

 

「……携帯電話?」

 

 正一の声も、利奈に負けず劣らず低いものだった。

 

 利奈が手に持っていたのは紙袋だけ。その中に入っているのは衣服だけ。

 だからγは嘘をついていない――と主張するのは難しいだろう。手に持っていないものでも、利奈が所持しているものはすべて持ち物に含まれるのだから。

 ジャケットの内ポケットに入れていたはずの携帯電話の存在を、利奈はやっと思い出した。

 

「どういうことですか」

 

 ジャケットは治療のために脱がされたので、本来であれば血まみれになったジャケットの内ポケットに入ったままになっているはずだ。

 しかし、リングを探すために靴下まで探った彼らが、ジャケットのなかの携帯電話をそのままにしておくはずがない。必ず抜き取っていると利奈は確信していた。

 正一の部下も、服を畳んだときに物が入っているような反応はしていない。だから、この部屋にいるだれかが所持しているはずだ。

 

 四人からの険しい視線を、γはしばし無言のまま背中で受け止めていたが、すぐになんでもないような態度で肩をすくめた。

 

「おおっと、悪い悪い、すっかり忘れてた」

「ちょっ、それはいくらなんでも――」

「いや、本当に忘れてたんだ。すぐにしまっちまったからな」

 

 詰め寄ろうとする正一を声だけで制しながら、γが携帯電話を懐から取り出す。

 

「あんたも、これを見たら俺がどうして忘れてたのか合点がいくはずだぜ」

 

 自信たっぷりなγに戸惑った様子を見せながらも、正一はγから携帯電話を受け取った。

 物珍しそうな顔をしている。

 

 利奈が持っているのは、よくある二つ折りの携帯電話だ。十年前の世界の物だから、かなり古い型のものだと認識されるのだろう。

 しかし、γの言いたいことはそれではない。

 

「なるほど。バッテリーが切れてるんですか」

 

 携帯電話を開いた正一は、少しボタンを触っただけですぐに閉じてしまった。

 

 ――そう。その携帯電話は、とっくの昔に充電切れで使い物にならなくなっていた。

 充電せずにリング争奪戦に持っていき骸と長電話して、昨日の時点で残りわずかだった電池残量。

 朝のアラームには使えたけれど、服屋に着いたころにはすでにバッテリーが底をついていた。

 

(だからこの人たちに襲われたときも、触らなかったんだよね……。この世界じゃどうせ使えないんだろうけど)

 

 十年も経っているのだ。とっくに解約されているに決まっている。

 

「ずいぶんと古い機器みたいだからな。それに使える充電器があるかどうか」

「そうですね。いずれにしろ、これも預からせていただきます。

 情報が眠っているかもしれませんから」

「どうぞ、ご自由に。どうせ俺らじゃ、どうにもできそうにないからな」

 

(だったら最初から渡しなさいよ……)

 

 いずれにしろ、この件でγが正一に従うつもりがないことが露見した。

 敵の敵は味方ではないけれど、正一の好感度はなんとなく上がる。

 

(そういえばこの人ってなんなんだろう。偉い人には見えないけど)

 

 それでもあのγよりも立場が上で、ボスのお気に入り――ボンゴレでいうと、隼人が自称している、ボスの右腕くらいの立場の人なのだろうか。

 そのわりには貫禄がないし、ブラックスペルの人には好かれてないし、利奈を連れ出す雑用じみた仕事を自ら引き受けている。

 それとも、それほどまでにボンゴレリングは重要度が高いのだろうか。

 

「ここにしよう」

 

 正一の声にハッとする。いつのまにか目的地に到着していた。

 

(ついちゃった……)

 

 これから行われるのは尋問か、取り調べか、はたまた拷問か。

 室内を恐る恐る覗きこむ利奈だったが、そこに広がる予想外の空間に目を瞬いた。

 

(……ホテル?)

 

 ふたつのベットにひとつの机。椅子はふたつで棚もふたつ。ベットシーツは真っ白だし、布団も枕もどれも新品そのものだ。シーツもおろしたての匂いがする。

 

「入って。ああ、君たちは来なくていい」

 

 正一は利奈だけに入室を促した。

 

「先に戻って、ボンゴレ陣営の経過を確認してくれ。通信の準備もあるし」

 

 二人が顔を見合わせる。しかし異を唱えるつもりはないようで、無言のままその場に留まった。

 彼女たちの前で扉が閉まり、正一と二人きりになる。

 

「座って」

 

 椅子を勧められ、利奈は無言で着席した。

 正面から見ても、やはりマフィアの構成員とは思えないほど普通の青年だ。

 人を殺したことがありそうな顔つきの人に囲まれているから、感覚が麻痺している可能性もあるけれど。

 

「心配しなくていい。君をどうこうしようとは思っていない」

「……」

 

 言葉をそのまま鵜呑みにはできないが、嘘をついているようには見えなかった。

 眼鏡の奥の瞳は、まっすぐ利奈を見つめている。

 

「一応、建前として尋ねておくけれど。君はいったい何者なんだ?」

 

 なにも答えないのが正解だと、彼自身が言っていた。なので利奈は口を引き結ぶ。

 

「捕虜として、君の身の安全は保障する。だから知っていることを話してほしい。

 あの守護者とはどういう関係だったんだい?」

 

 声のトーンが優しくなった。

 正一はランボの襲撃にも、利奈の拉致にも苦言を呈していた。γたちとは違い、利奈を利用しようとは思っていなさそうだ。

 

 それでも、なにが原因で素性を突き止められるかわからない以上、余計なことはなにも言えない。

 身の安全が保障されるというのなら、解放されるそのときまで無言を貫くのが、利奈にできる最善手だろう。

 

 利奈の考えが読めたのか、正一が小さく息を吐いた。

 元から期待していなかったのか、落胆の色はない。

 

「僕は入江正一。ここで一番上の人間だと思っていい」

 

 気を取り直したように正一はそう言った。

 

「これから君にはこの部屋で生活してもらう。

 食事は用意するし、必要な物があったら取り寄せてもいい。さっきの服も、調べさせてもらって差し障りがなければ君に返そう。ただ――」

 

 グッと身を乗り出した正一に、利奈は身を固くした。

 

「僕以外の人には、けして身元や情報を明かさないでほしい。先ほどの彼らはもちろん、僕の部下にも。

 なにかあったらすぐに僕を呼ぶんだ。いいね?」

 

 身内に信用できる人が一人もいないのだろうか。さすが裏社会、真っ黒である。

 だれにもなにも話すつもりはないけれど、正一が強く念を押すので、利奈は控えめに頷いた。なんとなく、十年後の綱吉と近い匂いを感じたからかもしれない。

 

 

___

 

 

 入江正一は頭を抱えていた。悩みを抱えていた。

 それはもちろん、ブラックスペルが拉致してきた少女についてである。

 

 間一髪、彼らが尋問を始める前に保護できたものの、少女の存在はもはや基地内全員に知れ渡っていた。このぶんだと、白蘭の耳にもすでに入ってしまっているに違いない。

 部下の一人に見張りを命じているので、ちょっかいを出されることはないだろうが、安心はできない。手柄を立てようと無茶をする輩はあとを絶たないからだ。

 

(それに、第三部隊のことも考えないと……)

 

 独断で守護者を襲撃したうえに関係者を拉致するなど、まったくもって野蛮で強引なやり口だ。

 おおかた、ボンゴレリングの噂を真に受けたのだろう。だからといって、勝手にこんなことをされては今後の計画にも支障が出てくる。

 謹慎を言い渡したいところだが、反感を買いすぎると、いざというときに反抗されてしまうだろう。ここは釘を刺す程度に留めておいた方がいい。

 

(いずれにしても、このままじゃ目障りだ。どうにかしてコントロールしないと――)

 

 綿密に計画を立てていかなければならないのに、予期せぬイレギュラーの修正に追われてばかりいる。

 保護した少女の精神状態も気にかかるところだが、ほかの隊員に不信感を持たれるような行動は取れない。心苦しいが、放置するしかないだろう。

 

 胸に渦巻く感情をやり過ごすため、正一は眉根を寄せながら歯を食いしばった。

 机の上に並べられた資料やリストは、ある種の強迫観念すら抱かせる。

 

(……おなか、痛い)

 

 背後の部下たちは正一の不調には気づいていない。

 無意識に動こうとする右手の甲を左手でさすりながら、正一は深く息を吐いた。

 手元にあるコーヒーはすでに冷え切っている。

 

「入江様」

 

 声をかけられて、正一は手を解いた。

 

「なに?」

「白蘭様から通信が入っております」

「……繋いで」

 

 答えた途端、机上のパソコンに白蘭の顔が映りこんだ。

 ここにいる全員と同じ色の隊服を着ている彼は、無邪気な笑顔を浮かべながらひらひらと手を振っている。

 

「やっほー。ちゃんと映ってるー?」

「映ってますよ」

「そう? 僕からも正ちゃんは見えるけどさ、自分がどう映ってるかはわからないんだよね。画質とか大丈夫?」

 

 白蘭がカメラを見上げながら前髪をいじり始めた。

 前髪よりも後ろで跳ねている髪の毛を触ったほうがいい気もするが、余計なお世話だろう。

 

「はっきり映ってます。そんなにカメラ映りを気にしてどうするんですか」

「んー、どうするんだろうね? でも、人って見た目で他人を判断しがちだから、気にしないよりは気にしておいた方がいいんじゃないかな。

 正ちゃんはそのままでも大丈夫だと思うけど」

「はあ」

 

 早くも髪をいじるのに飽きたのか、白蘭は机に肘をつきながら身を乗り出した。

 

「で、だれを誘拐したの?」

「……」

 

 単刀直入にもほどがあった。先ほどのあれを前置きとするには、舵取りが急すぎる。

 

「女の子らしいね。ボンゴレの親族かなにか?」

「まだ身元は分かっていません。攫ったのは第三部隊ですが、身柄は僕が保護しています」

「それはよかった。ブラックスペルに任せてたら、その子も怯えちゃうだろうしね。

 正ちゃんならそんなに怖そうじゃないし」

 

 白蘭は画面の外に腕を伸ばし、大きなお菓子の袋を取り出した。

 それを見て正一は眉をひそめる。

 

「そんな時間にそんなの食べたら体に悪いですよ?」

「だーいじょうぶ。僕太らない体質だから」

 

 そう言いながら、白蘭は片手いっぱいのスナック菓子を頬張った。

 正一は頬を引きつらせる。

 

「とりあえず、見ているこちらが胸焼けします」

「はいはい。じゃあ僕後ろ向くよ」

 

 白蘭がくるりと椅子を回転させた。

 映像通信の意味がなくなった気もするが、彼の気まぐれは今に始まったことではない。気にするだけ時間の無駄だ。

 

「で、その子はどうする予定? 様子はどうなの?」

 

 保護した動物の安否を確認しているかのような口ぶりだ。

 

「おとなしくしているようです。ただ、食事にはまったく手をつけていないらしくて……」

 

 これは少し意外だった。

 前評判からも、実際に自分で見た印象からも、気丈な性格の子だと思っていた。

 しかし食事を運んだときも下げるときも、布団にくるまったまま、一切顔を出さないらしい。

 普通の中学生が突然こんなことに巻き込まれたのだから、食事が喉を通らなくなっても無理はないが。

 

「かわいそうに。ちゃんと見ててあげてね?」

 

 思いのほか優しい言葉に、正一は軽く息をついた。

 言われなくてもそうするつもりだ。表立っては動けないが、見捨てるつもりはない。

 だから正一はそう答えようとした。

 

「ええ、もちろん――」

「自殺されると困るから」

 

 思わず素の表情になったところで、白蘭が振り返った。屈託のない笑みを浮かべて。

 

「それでね。なんの価値もない子だったら正ちゃんに任せるけれど、もしボンゴレの関係者だったらひとつ、試したいことがあるんだ」

 

 自分の発言をさらりと流す百蘭に、得体のしれない不快感を抱く。この感情は年々ひどくなる一方だ。

 

「ボンゴレは一般人を大切にしているみたいだし、そこを利用しない手はないと思うんだ。

 今後の取引材料に――正ちゃん?」

 

 名前を呼ばれて我に返る。

 いつの間にか、全員の視線が自分に集中していた。

 

「……貴方のお好きなように」

 

 思っていたよりもずっと乾いた声が出た。表情も固まっていたかもしれない。

 なにもかもを見透かしてしまいそうな白蘭に呑まれないように、正一は膝の上の拳を強く握りしめた。

 

「それじゃ、また連絡するね」

「はい。それでは、また」

 

 プツンと映像が切れ、画面が元に戻る。

 しかし正一は、項垂れるようにして顔を手で覆い隠した。

 いつの間にか遠くに去ってしまった友の笑顔が、心の底にこびりついていた。

 

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