新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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刻まれた約束

 

 明かりの点っていない廊下を、二人に挟まれながら走り抜けていく。

 いくらブラックスペルの制服を着ていても、利奈の体格では怪しまれる。なので、フランに幻術で姿を変えられていた。

 

「でも、私よりも貴方のほうが目立たない? なんであんな帽子被ってたの?」

 

 両隣の二人も幻術で見た目が変わっている。

 どちらも中年男性の顔で、話しかけるのに躊躇するタイプの強面だ。利奈もそんな顔になっているのだろうが、見えないので見ない。

 

「ミーだって被りたくて被ってるわけじゃありません。前任者の――」

「おい、クソカエル。内部情報を他人に流してんじゃねえよ」

 

 フランの釈明は数秒で遮られた。

 

「えー、一応味方じゃないですかー。今のところは」

「今のところは!?」

 

 わりと聞き捨てならない言葉だったが、前方に人が増えてきたので追及は控えた。

 ここから脱出するには、居住区と思われる場所を抜けて、往来の激しい出入り口まで向かわなければならない。

 

「電気が回復するとまずいんですよね。

 監視カメラはさすがに幻術じゃごまかせないんで」

「そうなの? じゃあ、電気がついたらすぐに捕まっちゃうんだ。貴方は」

「ミーかよ」

「んじゃ、いざとなったらこいつが捕まってる隙にさっさと逃げようぜ」

「なにしれっとミーを生け贄にしようとしてるんですか」

 

 人目のある所で走ると目立つので、不自然にならない程度に早足で歩く。

 みんな手に明かりを持っているから、白い光線が何本も宙をさまよっていて、照らされるたびに身体が固まりそうになった。

 

「おい、お前! どこの部隊だ!」

「っ!?」

 

 万事休す。

 ドスの利いた声に足が止まりそうになるが、すかさずベルに背中を押された。

 

「お前、馬鹿? 止まったら怪しまれんだろ」

「だって……!」

 

 追いかけられている気配はない。

 さりげなく振り返ると、違う隊員が足を止めて所属部隊を名乗っていた。

 

(なんだ、勘違い……。危なかったあ)

 

 白黒入り混ざっているせいか、いたるところで隊員同士が衝突を起こしている。

 停電という突然の緊急事態で、指示系統に大きな乱れができているらしい。

 

「もうすぐ出口ですねー。余裕そうでよかったですー」

「今頃、部品交換に四苦八苦してんじゃねえの? シシ、ご愁傷様ー」

 

 正体がバレたら全方位を敵に囲まれてしまうというのに、二人からはまるで緊張が伝わってこない。

 暗殺部隊だから、潜入や脱出などはお手の物なのだろう。

 

「この停電も二人がやったの?」

 

 ベルにはまだわだかまりがあるので、またもやフランに話を振った。

 

「ミーたちっていうか、協力者ですね。

 システム室で大規模な部品交換があったので、その交換する部品にウイルスを仕組んだーみたいな感じで」

「へー。それで全部停電しちゃったんだ」

「そのおかげで作戦早まったから、ラッキーって感じ? でなきゃ、あと何日かかかったと思うぜ」

「そうなんだ。じゃあ本当にラッキーだね」

 

 この絶妙なタイミングで、そんな偶然が起こるなんて。

 よほど日頃の行いがよかったのだろう。

 

「それより、そろそろ口閉じてもらってもいいですか?」

「あ、ごめん。怪しまれたら大変だよね」

「いえ、そういうのじゃなく。その厳つい顔でその口調と上目遣いはエグいなと」

「え、ひどい!?」

 

 しかし気持ちはわからないでもなく、利奈は素直に口を噤んだ。

 

 ――メローネ基地からの脱出は、驚くほどあっけなく成功した。

 あまりのあっけなさに、発信機かなにかをつけられているのではと疑ってしまうほどだったが、身体にも荷物にもその類はつけられていなかった。

 

「入るのは難しいですけど、出るのは簡単ですからねー。

 出入り口でも、入ろうとした隊員だけが身元照会されてましたでしょー」

 

 幻術を解いたフランが息をつく。

 カエル帽子が蒸れるのか、手のひらで風を送っていた。

 

 丸一日ぶりに見た空は夜だから真っ暗だった。 

 基地の出入り口は車がほとんどない駐車場に繋がっていて、三人は少しでも遠くに離れるべく、足を動かした。

 付近の店はすべて閉まっている。わびしい街灯の明かりだけが三人を照らした。

 

「で、これからどうするんですか先輩。

 外に出るまではミーが担当したんですから、ここからは先輩の仕事ですよね?」

「うっせーな、お前黙ってろよ」

「とはいってもですねー、さっさとしてくれないと状況ヤバいんですよねー。

 停電直ったら、すぐさま捜索隊が登場すると思うのでー」

 

 見張りの隊員が戻ってきたら、まずこの二人の不在を疑問に思うだろう。そして捕虜である利奈の姿を確認しようと室内に入る。

 もぬけのからになった部屋を見たら、すぐさま捜索を始めるに違いない。

 

「だから黙ってろって。車の音が聞こえなくなんだろうが」

 

 それを聞いたフランが口を閉じると、前方から黒い車が走ってきた。

 そのまま車は三人を素通りしていったが、少し離れたところで停止する。

 

「……車って、あれ?」

「そ。王子が乗るような車じゃないけど、任務遂行が最優先だし」

「わかりましたー。ミーたちはあれに乗るんで、堕王子は走って追いかけてきてくださーい」

「あ? お前が走んだよ、新入りクソガエル」

「駄王子? 惰王子?」

「あー、どっちも捨てがたいですねー」

「お前ら、あとで殺す。っつか、なんで発音だけで通じんだよ、キモッ」

 

 二人に挟まれながら後部座席へと乗り込む。

 運転席の男は日本人で、次の瞬間には忘れてしまいそうなほど特徴のない顔をしていた。

 車はドライブでもしているかのような速さで街を走る。

 

(ほんとに脱出できちゃった……)

 

 ほんの少し前までは脱出不可能と思われたのに、こんなに簡単に抜け出せるなんて。

 夢を見ているのではと思ってしまうけれど、これも紛れもない現実なのだろう。綱吉の件も含めて。

 

(……ううん、もしかしたら)

 

 この二人は綱吉からの依頼で利奈を助けにきたと言っていたが、そうなると白蘭からの情報が矛盾する。

 ヴァリアーに利奈の救助を依頼していたのなら、綱吉が交渉の席に着く必要などなくなるのだ。

 

(だから、白蘭の言ってることはおかしい)

 

 捕虜の利奈に、与えられた情報の真偽を確認する術はない。

 そこを狙って絶望を植えこんだのだとしたら、なんて卑劣な手を使うのだろう。

 

(あのとき、正一が白蘭になにか文句を言ってたと思うんだけど……全然聞いてなかったな、失敗した)

 

 情報がまったくの出鱈目で、じつは綱吉は無事だった――というのは、さすがに夢を見すぎだろう。

 そこまでして利奈を叩き落としたところで、彼にはなんの得もない。

 それを言い出したら利奈と対面したことにすら疑問が出てくるが、あの愉悦に歪んだ顔は利奈の反応を楽しんでいた。彼にとって、あれはお遊びの範疇だったのだろう。

 

(ふざけるな!)

 

 人をなんだと思っているのだろう。

 いや、わかってる。なんとも思っていないのだ。

 

 あのほんの少しのやり取りで、白蘭という人間が、人間の皮を被った悪魔なのだと実感した。

 今までいろいろなタイプの悪人を見てきたけれど、あの手の人間が一番危ないのだ。

 だからこそ、彼がミルフィオーレファミリーのボスなのだろう。

 

「わっ」

 

 車が段差を踏み、座席が跳ねる。

 その拍子に、腕のなかの紙袋から物が零れ落ちた。

 手探りで拾い上げたそれに、ついつい笑みがこぼれてしまう。

 

「なんですか、それ」

「んー?」

 

 包装を剥がした利奈は、フランの問いに少し頭を捻らせ、

 

「情報料?」

 

 とだけ答えて口に咥えた。

 

 車はどんどん速度を上げていく。

 やっと外を見るだけの心の余裕のできた利奈は、身を屈めて前方の窓を覗きこんだ。

 

 車は大通りに差し掛かっていた。よく見るチェーン店などが、深夜だというのにこうこうと看板を光らせている。

 現在位置を把握しようと、しばらくは無言で外を眺めていた利奈だったが、やがてその表情を大いに曇らせて運転席の男に声をかけた。

 

「……すみません、ここ、どこですか?」

「現在地ですか?」

 

 運転手に告げられた地名は、もはや並盛町内の番地ではなくなっていた。

 利奈は下からベルの顔をねめつけた。

 

「どういうこと? これ、どこに向かってるの?」

「港」

「……なんでボンゴレのアジトに行くのに港に行く必要があるの?」

 

 いやな予感しかしない。いや、ここまで来たら予感と呼ぶには遅いだろう。

 並盛町を出た時点で、アジトへ向かっているという可能性は潰えていた。

 

「ボンゴレのアジト?」

 

 聞き返すベルの声音に、可能性がゼロであることを突きつけられる。

 そして偶然なのか計算されているのか、左右を挟まれている利奈に逃げ場はない。

 静かに冷や汗を流す利奈に、ベルはなんてことないように爆弾を投げつけた。

 

「俺たちが向かってんの、ヴァリアーの本拠地だけど」

 

 

――

 

 

 走る密室内に爆音が響き渡ったその頃。

 スパナは一人、自身に充てられた工房にてモスカの調整に勤しんでいた。

 

 ニ十分前までは停電していたが、今は電力も復旧し、問題なく作業が行えている。

 もっとも、停電中もバッテリーを使ってパソコン操作をしていたので、停電していようがいなかろうが支障はなかった。

 

「……」

 

 しかしスパナは度々手を止めては、数時間前に訪ねた少女の顔を思い出し、俯くのであった。

 

 彼女との約束を果たすべく、夕食を持って部屋を訪れたスパナは、見張りの隊員に何度目かの足止めをされた。

 それまでも、正一からの命令で部屋にはだれも入れられないとか、ブラックスペルの人間には会わせられないとか、暇つぶしで来られても困るとか散々言われていたが、そのときの隊員は違っていた。

 

「外で騒ぎを起こしたようで……鎮静剤を打ち込んだそうですから、しばらくは目覚めないかと」

 

 それでも、約束があったので中に入れてもらった。

 消されていた電気をつけ、食事を机に置いたところで、違和感を抱く。

 

(寝息が聞こえない)

 

 様子を確認しようと盛り上がった布団に近づいたスパナは、少女の寝顔を見て息を止めた。

 

 頬には無数の涙の痕があった。

 唇には噛みしめた際にできたであろう傷跡が残っていた。

 髪も振り乱したのか、きれいに寝かされているのに四方に散らばっている。

 

 ミルフィオーレで使われている鎮静剤は使い捨てのもので、量の調整はできない。

 大人と同じ用量を未成熟な体に打ち込まれたせいか、少女は昏睡状態に置かれていた。

 わずかな胸の動きで呼吸していると判別できたが、顔色も悪く、死んだような顔をしている。

 捕虜でなければ、直ちに医務室に連れて行かれていただろう。

 

 わずかに消毒液の匂いがしたので、スパナは躊躇なく布団をめくり上げた。

 

 服装は昼間と同じものだった。

 袖の膨らんだオレンジ色の服と、迷彩柄の半ズボン。

 左腕に包帯が巻かれているのは初めて会った時からだったが、今は両手にも包帯が巻かれていた。

 

 布団を掛け直し、目覚める気配のない少女の顔を再び見つめる。

 寝顔は安らかだが、そこに彼女の意思はないだろう。

 

 ポケットから紙片を取り出したスパナは、紙片と少女の顔を交互に見合わせ、ポケットにしまい直し――再び取り出した。

 

(約束は、約束だ)

 

 テーブルの上に紙を置き、その横に手持ちの飴をありったけ乗せていく。

 そんなものでどうにかなりはしないだろうが、それくらいしかできることがなかった。

 

「スパナ! スパナはいるか!」

 

 大声での呼びかけで意識が現実に戻る。

 

 整備しているモスカの陰から顔を出すと、血相を変えた正一の姿があった。

 目が合うと、つかつかと足音を響かせながら正一が迫ってくる。

 

「スパナ! 話がある!」

「なに?」

 

 ずいっと眼前に紙が突き出される。

 

「これに見覚えは?」

「あるよ。うちが書いた」

 

 少女の部屋に置いていった紙片だ。

 それを聞いて、当てが外れたというように正一は目を細める。

 

「なにがあった?」

「……捕虜が失踪した」

 

 スパナは目を丸めた。

 昏睡状態から目覚めてすぐに脱走したというのか。あんな傷だらけの身体で、見張りを撒いて。

 

(さすが日本人……)

 

「見張りの隊員の話では、停電の最中に代わりを申し出た隊員がいて、戻ってきたらその代理もろともいなくなっていたそうだ。

 ブラックスペルの制服だったとも言っている」

「ウチじゃないよ」

「わかってるさ。君は制服を着ていないし、見張りを申し出た隊員は二人組みだったらしい。

 大方、獲物を横取りされたブラックスペルの連中が我々を出し抜こうとして連れて行ったんだろうけど」

 

 わざとらしいため息をつく正一の顔には疲労が浮かんでいた。

 

「監視カメラ映像は?」

「知ってるだろう? システムエラーで非常用電源に切り替えられなかったんだ。

 重要施設のカメラはバッテリーに切り替わるようになっているけれど、廊下は駄目さ」

「そう」

 

 となれば隊員の記憶力に頼るしかないが、暗闇では相手の顔もほとんど判別できていなかっただろう。

 

「君が何度か捕虜と接触していたと聞いたから、一応確認に来させてもらった。

 捕虜の行方に心当たりはあるか?」

「ない」

「そう。まあ、勝手な行動については不問にしておくよ。君のおかげで食事をとるようになったとも聞いているし。

 なにか思い出したことがあったら教えてくれ」

「そうする。その子が見つかったらウチにも教えて」

「わかった。これは返しておくよ」

 

 紙片を置いて正一は去っていった。

 嵐のような出来事に目を瞬きながら、紙片を折りたたみ――その触り心地に視線を落とす。

 ところどころ、妙に指に引っかかるのだ。

 

「……? ……!」

 

 紙片を明かりに照らしたスパナは、そこに刻まれた跡に目を輝かせた。

 刃物でつけられたその跡は、書かれてあった文字にフリガナをつけるようにして、スパナの名前を刻みつけていた。

 




 メローネ基地編、終了です。
 次章から十年後ヴァリアー編。

 ちなみに、ここでボンゴレアジトに戻されていると、十年後綱吉の件でこの時代に来たばかりの隼人と確執ができ、利奈の精神が追い込まれて鬱展開待ったなしになります。

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