新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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取り締まり依頼

 先輩風紀委員に、遅刻者の取り締まり方を教わっていく。

 教わると言っても、見学の利奈にわざわざ手順を説明してくれるわけではない。目の前で、粛々と取り締まっているだけ。技術は目で盗めと言わんばかりの、厳格な職人体制だ。

 それで声をかけるのを躊躇うような利奈ではなかったが、遅刻者の関心をこれ以上引きたくもないので、おとなしく観察していた。

 

 既に、昨日の一件にかかわっていた女子生徒から、幽霊を見たかのような反応をされたあとである。

 利奈からすれば、主犯格の女子生徒以外の顔はろくに覚えていないのだけど、あからさまに狼狽されれば、いくらなんでも察しがつく。気まずいことこのうえない再会だ。

 今日が見学でよかったと、ひっそり胸を撫でおろす。

 

 そんなわけで、仕事を覚えるためにも、風紀委員の周りをちょろちょろ動き回って、仕事内容を学んでいく。メモを取れればよかったけれど、ノートも筆記用具も机のなかだ。

 明らかに目障りな行動をとっている利奈だが、だれも邪険にしないうえに、覗き見ようとしたら、見えやすいように手元を下ろしてくれる。おかげで、見ているだけでも大雑把にはやり方を覚えられた。

 

(遅刻者を捕まえて、出席番号と名前を聞いて、遅刻届けを書かせる。

 そんなに難しくないけど、これ、絶対遅刻したくないな)

 

「おい、書いたか」

「はいぃ! すぐに!」

 

 自分の目で見て実感したが、あの同級生の言った通り、風紀委員の圧力は恐ろしい。

 遅刻届けを書く生徒たちは、風紀委員の催促に、がりがりと鉛筆を走らせては、逃げるように走り去っていく。

 これなら、大体の生徒は二度と遅刻しなくなるだろう。逆に言うと、生徒指導室に連れていかれるほど遅刻してくる生徒のほうがどうかしている。

 

「いやー、ちょっと家で内乱があってさー。そしたら教科書とか黒焦げでー、アハハ、ヤバいっしょ?」

「うるさい、いいから行け!」

 

 無慈悲に連れられて行く遅刻常習犯を見送って、職員室に遅刻届けを渡しに行く。

 ここだけは、普通の委員活動の雰囲気で、逆に薄ら寒かった。普段の行いが、学校ぐるみの凶行であることが証明されている気分である。

 

「これで取り締まりは終わりだ。あとは追って指示するから、お前は教室に戻れ」

「はい。ありがとうございました、大木班長、えっと、竹澤さん、近藤さん」

 

 先輩と呼ぶのが一般的だが、彼らは目上の人をさん付けで呼んでいるので、新入りの利奈もそれに合わせた。

 考えてみれば、草壁を草壁先輩と呼ぶのはだいぶ違和感がある。利奈はあっさり郷に従った。

 

(となると、雲雀先輩もヒバリさんか。まっ、呼びかける機会もそんなにないと思うけど)

 

 正式に風紀委員に入った以上、風紀委員長である恭弥は、もはや絶対の存在だ。

 おいそれと声をかけられる立場ではなくなるし、なにか指示を仰ぎたいときも、副委員長の草壁か、これから配属する班の班長に頼むだろう。

 ――だからこそ、うっかり間違えないように頭に刻まなければならないのだが、利奈は楽観的にそう捉えていた。

 

 職員室で時計をちらりと確認したけれど、もう授業は始まってしまっている。

 戻れと言われたから教室に戻らなければならないが、授業中の教室に入るのは、なかなかに気が引ける。風紀委員の腕章をつけているから、余計に億劫だ。

 

(外していいか、聞いとけばよかったな。多分、駄目なんだろうけど)

 

 制服を着ている間は、つけておいたほうが無難だろう。体操着に着替える場合は、汚す危険もあるし、外しても怒られなさそうだ。

 

 そーっと、教室の後ろ側のドアを開ける。

 先生含めて大多数の視線を浴びつつ、利奈はこそこそと自分の席に着いた。

 

「――なあ、あれ」

「風紀委員!?」

「やっぱりあれ、うちのクラスの相沢だったんだ」

「え、なんで風紀委員になってんの? どういうこと?」

「はい、静かにー。授業中だぞー」

 

 ひそひそとざわめく教室を、先生が鎮めていく。

 利奈には一言もないあたり、風紀活動での遅刻は容認されているのだろう。とはいえ、それと成績は別問題だろうから、頑張ってついていかなくてはならない。

 既に何ページ分か進んでいる板書を、利奈はせっせと写した。

 

 おそらく、さらに教室で浮いた存在になってしまうだろう。

 得体のしれない転入生が、何の前触れもなく、突然風紀委員に入ったのだ。腫れ物どころか、爆弾扱いされるに決まっている。間違っても声をかけてくる子なんて――

 

「ねえ、相沢さん」

 

 ――いた。

 授業が終わった直後だ。驚きのあまり、勢いよく振り向いてしまった利奈は、気を取り直すように息を吐いた。

 

「なに? 笹川さん」

 

 ――笹川京子。

 話したことはないけれど――と、この前置きはもういらない。どうせだれともろくに会話してこなかったのだから、無意味だ。

 とりあえず簡単に言うと、顔がかわいいうえに性格もいい、男女問わず人気の高い女子生徒だ。ふわふわした色素の薄い髪と、クリっとした垂れがちの瞳が印象的である。

 

 そんな京子が、口元に優しい笑みを浮かべて利奈を見ていた。

 その後ろには、彼女といつも行動を共にしている黒川花が、ツンと澄ました顔で立っている。彼女はもとからクールでおとなびた雰囲気だったから、牽制しているわけではないはずだ。

 

「これ、貸してあげる!」

 

 そう言って京子が差し出したのは、さきほどあった国語の授業のノートである。表紙にはケーキのシールが貼ってあって、どこにでもありそうなノートを、かわいく自分仕様に仕上げていた。

 

「相沢さん、途中から教室に入ったでしょ? ノートがないと困ると思って」

「……え、いいの?」

「うん!」

 

 京子は屈託ない笑顔で利奈にノートを手渡した。

 思わず後ろの花に視線を送ってしまうけれど、花は軽く肩をすくめるだけだ。

 

「ありがとう。写したらすぐに返すね」

「ゆっくりでいいよ。今日返してくれればいいから」

 

 話し方も、彼女らしくおっとりしている。なるほど、これは人気が出るわけだ。

 変なところで納得していると、一歩下がっていた花が、グイっと身を乗り出した。

 

「ねえ、あんた、マジで風紀委員に入ったの?」

「え」

 

 ここに入っての直球である。

 周りの同級生たちもこっそり様子を窺っていたようで、視線がグッと利奈に集まった。おそらく、立てられた耳はそれ以上だろう。

 

「ねえ、なんで? いつの間にそんなことになってんの?」

「ええっと――」

「もー、花。いきなりそんなこと聞いたら失礼でしょ?」

「だって気になるじゃない。あそこ、今まで厳つい男ばかりだったし」

 

 京子がたしなめるが、花は歯牙にもかけない。

 利奈としては、焦るしかなかった。まさか初日にこんなぐいぐい聞かれるとは思っていなかったので、答えを用意できていない。

 

「ね、いつ?」

「昨日、かな」

「昨日!?」

 

 利奈の言葉を繰り返したのは、花でも京子でもなく、聞き耳を立てていた同級生の一人だった。

 

「なんで? なんでそんないきなり」

「えっと、いろいろあって――風紀委員長と縁があった、っていうか」

「風紀委員長って、ヒバリさんと!? マジかよ!?」

 

 男子生徒まで混ざり、もはや、だれと会話しているのかわからなくなってくる。

 

「ヒバリさんと話したことあるの? え、なに話すのあの人」

「あー……そんなたいして話してないかも」

「風紀委員ってどうやって入るの!? あ、別に入りたいわけじゃないよ!」

「……成り行き?」

「え?」

「ううん、なんでもない」

 

 脈絡のない質問に答えていくうちに、みるみるみんなとの距離が縮まっていく。利奈の返答態度があまりにも普通だからか、風紀委員のイメージとのギャップで、親近感がわいたようだ。

 友好的な態度に喜んでいいのか、拍子抜けていいのか。とりあえず、受け入れられたようでなによりだ。

 

「なあ、相沢が風紀委員ならさ。あいつ、どうにかしてもらったほうがよくない?」

「あいつ? ……ああ、あいつか」

 

 男子二人がそんなことを言う。

 

「なんかあるの?」

「ほら、あいつ。……獄寺」

 

 教室に姿がないのを確認してから、男子が名前を告げる。 

 

(あー。いたな、ヤバいのが)

 

 ――獄寺隼人。このクラス唯一の不良である。

 一目でわかる外見的特徴は、異国生まれのやや長めな銀髪だが、そのギロリとした目つきの悪さも印象的だ。

 授業態度は悪いのに成績は良く、すぐに手を出す性格なために、先生たちもかなり手を焼いている。吸っているところを見たわけではないが、喫煙を隠すつもりはないらしく、すれ違った時に、煙草の残り香が香ったこともある。

 言われるまでもなく、風紀委員の取り締まり対象だ。

 

「えー、別によくない?」

「そうだよ、今までなんにも言われなかったんだから、いいじゃん」

 

 弁護するのは女子生徒だ。それを聞いて、男子が一斉に苦い顔をする。

 

「いや、だからってさ。あいつ感じ悪いじゃん」

「すぐ因縁つけてくるし」

「ダメツナの前だけ態度変えるの謎だし」

「そんなことないよ! 獄寺君すごく頭いいし!」

「成績いいんだから、ちょっとくらいいいじゃない。運動もできるし」

「そうそう、なんでもできて、万能だよね、獄寺君」

 

 女子の擁護の熱の入りようで察しがつくだろうが、隼人は抜群に容姿がいい。

 クラス分けの際、過剰に喜ぶ女子が多数いたので、利奈もそれで名前と顔を覚えた。

 

 ちなみに、もう一人女子人気が高い同級生もいるのだが、そちらは爽やかスポーツマンである。さらにつけくわえると、その男子と隼人、それからさっき遅刻を免れた男子は、なぜか仲が良くて一緒につるんでいる。

 不良優等生と、スポーツ万能爽やか男子と、落ちこぼれ男子。バランスはとれているが、不思議な組み合わせだ。

 

 とにかく、女子人気は高く、男子人気は低い。そして先生からは受けが悪い。

 そんな隼人をめぐって、女子対男子の争いが巻き起こる。渦中の利奈は目を白黒させるばかりだ。

 

「だから、獄寺君はいいの! かっこいいから!」

 

 もはや潔さすら感じる女子のえこひいき。不良っぽい男子は、根強い支持があるらしい。

 

「いや、あれは風紀上良くないだろ! なあ、相沢!」

「そもそも今話してんのはあいつの態度だろ! 絶対風紀乱してるって!」

 

 かたや男子は、風紀を強調して利奈を味方につけようとしている。

 女子の論点のすり替えよりはいいけれど、だからって、女子である利奈に隼人を取り締まらせようとするのはいかがなものか。

 日頃から気に入らなかった隼人を成敗する、ちょうどいい機会だと思っているのだろう。

 

(うーん、私も獄寺君はアウトだと思うけどー。でも私、風紀委員入ったばかりだし、いきなりそんな難しいことできないよー!)

 

 不良の更生は、委員会ではなく先生方にお願いしたい。

 それに、最強の不良に率いられている不良の集まりのような風紀委員が、不良の更生に乗り出すのも、なんだか妙な話だ。

 

 しかし、こうやって話題に上がった以上、無視してしまうわけにもいかない。風紀委員が不良を野放しにしているなんて噂が立ったら、風紀委員の威信にかかわるだろう。

 ――利奈としては、それによって受けるであろう、鉄拳制裁のほうが恐ろしいのだが。

 

「わ、わかった。ちょっとだけ、注意してみるね」

 

 結局、そう答えるしか利奈に道はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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