新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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託された証

 早朝、利奈は談話室のソファに寝そべって秒針の音を数えていた。

 ボンゴレからの通信文が届いたからと、隊員に呼び出されたのだ。

 だから利奈は寝ぼけ眼をこすってやってきたのだが、この部屋にはまだなにも用意されていない。

 

 通信は暗号文だったが、解読はもう済んでいる。

 それなのになぜ手元にないのかというと――

 

(英語だって読めないのに、イタリア語なんて無理……)

 

 利奈の語彙力の問題であった。翻訳してもらわなければ、内容すら理解できない。

 

「寝てんなら部屋に戻れば?」

 

 うっすらと目を開けると、向かいのソファに座っているベルが、背もたれに肘をつきながらこちらを見ていた。手元から覗く口元は真横に伸びている。

 

「……ごめん、起きる」

「そういう意味じゃねえよ」

 

 のそのそと体を起こすが、寝たままでいいとぞんざいに手を振られる。

 なので、お言葉に甘えてもう一度ソファの手すりに頭を預けた。

 心情的には座るどころか歩き回りたいくらい落ち着かないけれど、身体が泥のように重い。

 

 昨日は寝付けなくて、寝返りを打っているだけで時間が過ぎていった。

 原因はもちろん、十年後の自分が死んでいたことについて考えていたせいである。

 

(だって、そんなのあんまりじゃない。

 二十五歳って、これから結婚とか仕事とか、いろいろあったはずなのに)

 

 平均寿命の何分の一だろう。両親の年齢にも届いていない。

 

「ねえ、ベル」

 

 報告を受けたスクアーロは今頃届いた手紙を翻訳しているけれど、ほかの幹部はまだ自室で眠っている。

 ベルはなぜか最初から談話室にいた。スクアーロと朝まで飲んでいたのかもしれない。

 

「……私、どうして死んだの?」

 

 通信文を読むより先に、その件を片付けておきたかった。

 どんな過程を辿っていようが結末は同じだけど、人生は結果論ではない。

 自身が最後に歩んだ道筋が知りたかった。

 

 黙り込むベルの表情は読めない。

 しかし、隠すことでもないと判断したようで、口を開いた。

 

「ミルフィオーレが雇った人間の強襲にあい、死亡。

 死因は銃で撃たれたことによる出血性ショック死。銃殺」

「銃殺……。海外だったの?」

「いや、日本」

「日本……?」

 

 海外でなら珍しくはない――いや、銃殺がよくある死因であっても困るが、日本で銃殺は相当希少だろう。

 抗争中とはいえ、日本の街中で銃撃戦なんて起きたら、国が関与する事態に発展してしまう。

 

「お前、非戦闘員だったし、拉致されて拷問でも受けたんじゃね? 

 俺も調べようとしたけど、風紀財団の職員扱いだったから、詳しい情報はボンゴレにすら入ってなかったぜ」

「拷問……」

 

 いやな死に方だ。

 きっとすごく痛い思いをして、苦しみのなかで死んでいったのだろう。

 想像するだけで寒気がして、利奈は両腕を強くこすった。

 

「私を殺したのがだれかはわかってるの? その人は、どうなってるの?」

「その場で殺されたってさ。しかもそいつら殺したの、六道骸」

「骸さんが!?」

 

 あまりの衝撃に飛び起きた。

 ここで骸の名前が出てくるとは思っていなかったのだ。それも、利奈を殺した人間を殺害した人間として。

 

「なんっ、なんで骸さんが出てくるの?」

「知らねえよ。言ったろ、調べられなかったって」

 

 知っている情報はすべて話し終えたのか、ベルは利奈に背を向けてソファに寝転がった。

 しかし利奈は理解が追いつかず、その背中を見つめ続ける。

 

(どういうこと? なんで骸さんが……だって、そんな感じ、全然)

 

「……クローム」

 

 ボンゴレアジトで骸たちと初めて会ったときのことを思い出し、利奈はそのときの違和感の正体を悟った。

 

 あのとき、クロームは泣きながら利奈に抱きついたのだ。

 その時点で、なにかあったと勘づくべきだった。

 内気で恥ずかしがり屋のクロームが、あんな大胆な行動を取った時点で。あの涙で。

 クロームは、死んだ利奈を想って泣いたのだ。

 

(……なんで、だれも教えてくれなかったんだろう)

 

 いや、理由はわかっている。

 利奈だって、クロームと立場が入れ替わっていたら、なにも言わずに抱きしめただろう。

 未来がこんなことになっていると知ったら、あんなふうにみんなと笑い合えなかったし、きっと自分の死が受け入れられずに部屋に閉じこもっていた。

 

 ――なにも知らなかったせいで、取り返しのつかないことになってしまったのだけれども。

 

(ああ、あいつが言ったことも合ってるんだ)

 

 結局全部利奈のせい。利奈がこの世界に来ていなければ、綱吉が死ぬことはなかった。

 

(やっぱり、私のせいで……)

 

 一度は跳ね返したはずの言葉が利奈の精神を蝕もうとした、そのとき。

 

「入るぞぉ!」

 

 蹴破るかのような勢いでドアが開けられ、利奈はソファの上で飛び上がった。

 

「朝っぱらからうっせーな」

 

 ベルが顔をしかめるが、スクアーロはお構いなしに部屋に入り、利奈の眼前に紙を突きつけた。

 

「訳し終わった!

 これは極秘文章だ! 読み終えたらすぐに処分するからさっさと読めぇ!」

「は、はい!」

 

 逮捕状のようにつきつけられたら紙を慎んで頂く。

 ヴァリアーは日本語を書くのも達者だったようで、冒頭を読む限り、日本人が書くものとほとんど変わらない文章だった。

 

「これ、こいつ宛?」

「ああ。傍受された場合に備えて、恋人に宛てた最期の手紙という体を取っているが、これはこいつ――利奈宛に書かれた、沢田綱吉からの手紙だ」

「沢田君!?」

「いいから読め!」

 

 思わず顔を上げたら、頭を鷲摑みされたうえに乱暴に視線を下げられた。

 仕方ないので、そのまま手紙に目を落とす。

 綱吉からの手紙ということで興味がわいたのか、ソファを回りこんだベルが利奈の肩口に顎を置いて覗き込んだ。顎の感触が痛いので、手で追い払う。

 

<リナへ。君が無事に保護されていることを信じて、この手紙を送ります>

 

 名前がカタカナなのは、宛名の偽名を翻訳する際に利奈の名前に変換したからだろう。

 名前の漢字までは把握していなかったようだ。

 

 手紙は謝罪文だった。

 利奈がミルフィオーレに連れ去られたこと、怖い思いをさせたこと、これから不自由な思いをさせること――それらに対する謝罪がほとんどだった。

 

(沢田君のせいじゃない。私――ううん、ミルフィオーレファミリーのせい)

 

 彼らが――白蘭さえいなければ、こんなことにはならなかった。

 

<それから――>

 

「!?」

 

 その先を読んで、利奈は手紙を落としてしまった。

 膝を滑り落ちた手紙は裏向きに絨毯に落ちて、真っ白な面がこちらを向いている。

 

<俺が――>

 

 見間違いだったのかもしれない。

 読み違えて違う意味に取ってしまったのかもしれない。

 

「おら」

 

 動けなくなった利奈に代わり、スクアーロが手紙を拾う。

 

<俺が>

 

 喉が渇いていく。右に目を動かす。

 

<俺が死んだこと>

 

 ゾワリと背筋が震えた。

 

 この手紙は、ミルフィオーレから救い出された利奈のために書かれた手紙ではない。

 綱吉の死に苛まれた利奈を救うために書かれた手紙であった。

 

<君のせいじゃない>

 

 綱吉は手紙のなかでそう断言した。

 それは一番聞きたかった言葉で、同時に、一番言わせたくない言葉だった。

 綱吉がなにを言ったところで、利奈の犯した罪は消えないのだ。

 しかしその言葉がただの気休めではないことを、綱吉はすぐに証明してみせた。

 

<君がこの世界に入ったのは事故じゃない。俺が、君をこの世界に引きずり込んだんだ>

 

「……どういう、こと?」

 

 今度こそ続きが読めなくなって、利奈は答えを窺うようにスクアーロを見上げた。

 

「沢田君が、私をこの世界に?」

 

 文面ではマフィアの世界に引きずり込んだという意味に取れるように書いてあったが、これは間違いなく、十年後の世界にという意味だろう。

 ならば、綱吉がなんらかの手段で利奈の入れ替えを行ったことになる。

 

「……文面通りだ。俺たちの目もあるからそれ以上詳しくは書かれてねえが、十年前のお前が未来に来るように仕向けたのは沢田綱吉だろう」

「な、なんでそんなこと?」

「俺が知るか。ただ――」

 

 にやりとスクアーロが口角を上げる。

 

「あっちでいろいろと不可思議なことが起きてるらしいぜ?

 ミルフィオーレのやつらがボンゴレの連中に返り討ちにあったとか、向こうのアジトがやけに慌ただしくなってるだとか」

「それってつまり……」

 どういう意味なのかとベルを見る。

 

「お前以外にも十年前から来てるやつがいるってことだろ。

 それも、ミルフィオーレを蹴散らせるようなやつ。普通に考えれば、お前みたいにもう死んでるやつだろうけど」

「じゃ、じゃあ、沢田君!? 沢田君が来てるの!?」

 

 手紙を最後まで読み終わるけど、手紙にはそこまで書かれていない。

 ただ、恨むなら俺を恨んでほしいと書かれた一文が悲しかった。

「失礼するわよ」

 

 今度はノックの音がしてからドアが開いた。

 いつも通り、髪も服もバッチリ決めたルッスーリアが、颯爽と入ってくる。

 

「おせーぞ、さっさと来いって言っただろうが」

 

 ギロリとスクアーロが睨むが、ルッスーリアは肩をすくめる。

 

「朝は支度に時間がかかるものよ。

 それに、小包が届いてたから。ミル宛で」

「ミルだぁ?」

 

 そこでなぜか全員の視線が利奈に向き、利奈は戸惑いながら首をかしげた。

 どこかで聞いたことがあるような単語だ。*1

 

「差出人は」

「大木玄一」

「私の先輩です!」

 

 どうやら大木は無事だったようだ。

 しかし、まさかここでその名前を聞こうとは。

 

「なら、これは間違いなく貴方宛の小包ね。

 ここに貴方がいると知っているのは、沢田綱吉だけだったはずなんだけど」

「えっ、でもミルって私のことなんですか?」

「間違いねーって。いいからさっさと開けろよ」

 

 ベルに急かされ、包みに手をかける。

 驚くほど軽いけれど、本当に中身は入っているのだろうか。

 

「検査はしたのか」

「CTにはかけたから大丈夫。

 言ったでしょ、小包の処理に時間がかかったって」

 

 スクアーロたちのやり取りを耳に入れつつ、ガムテープを剥がして箱を左右に開く。

 

「……っ!」

「なんだこれ」

 

 中身を見たベルが、つまらなそうな声を出した。

 ほかの二人も中を覗くが、ベルと同じような顔をしている。

 

「布切れか?」

「バッジじゃない? ピンがついてるし。えっと、風?」

 

 利奈は震える手でそれを持った。

 赤地の布に、金色の刺繍。そして、布地に入ったわずかな切れ込み。

 間違いなく、利奈が使っていた風紀委員の腕章だった。

 

「風紀委員の腕章? なんでそんなもの、わざわざ……」

「……これ、沢田君たちのとこに置いてきちゃってたんです。

 私の、大切な物で」

 

 これがなければ、利奈は風紀委員でいられない。

 ボンゴレアジトにあるのを知って届けてくれた大木に、利奈は強く感謝した。

 

「ちょっと、まだ中に残ってるわよ」

「え?」

 

 言われてみれば、箱の下に二つ折りにされた紙きれが一枚残っていた。

 メモ書きかなにかだろうか。

 腕章を胸に抱いたまま紙を開くと、たった一言、『忘れ物』とだけ書かれていた。

 

「愛想ないわねえ、もうちょっと書いてあげればいいのに」

「貴重品届けただけで充分だろ。あそこはよそに借りは作らねえからなぁ」

「その辺りは俺たちのボスと似てるよな。ボスの場合、敵に捕まった雑魚なんて、自分で殺すだろうけど」

「そうね。なんか想像できるわ。

 ……? 利奈?」

 

 メモを見たきり動かなくなった利奈に、ルッスーリアが声をかける。

 それでベルとスクアーロも様子がおかしくなった利奈に気付いたが、利奈はなにも言わずにメモを見つめ続けた。

 

 たった一文。数秒で書かれただろう走り書き。

 それでも、その文字がだれの書いたものであるのかはわかった。だから。

 

「うおっ!?」

「ちょ、ちょっと、どうしたの!?」

「またかよ……」

 

 三者三様の反応など一切気に留めずに、利奈は嗚咽を上げて泣き始めた。

 

 見間違えるはずがなかった。毎日のように彼の字を目にしていたのだから。

 

「うっ、ふぐっ」

 

 この世界に来てから、一言だって恭弥と言葉を交わしていない。

 それどころか、恭弥の瞳は利奈の存在を完全に拒絶していた。にもかかわらず、恭弥は利奈にこの腕章を託した。

 

「ふっ、ううっ……!」

 

 今なら、目を逸らされた理由が少しだけわかる気がした。

 十年後の自分が死んでいたと知った、今なら。

 

(届けてくれた。私のこと、見捨てなかった)

 

 悲しくも苦しくもないのに、涙が止まらない。

 涙が枯れてなくなるまで、利奈はその頬を濡らし続けた。

 

*1
一部五章:夕方のお茶会

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