新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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なぜ自ら引き寄せようとするのか

 散々泣いたわりに、水で洗い流せばいつもと変わらない顔があった。

 目をこすらなくてよかった。そんなことをしたら、腫れあがって人に見せられない顔になっていただろう。

 泣き顔を晒してしまったあとだから、今さらだけれど。

 

「へー。そんなことがあったんですね、ミーが食事しているあいだに」

 

 デザートがわりのチョコレートドリンクを飲みながら、フランが頬杖を突く。

 

 フランは起きてすぐに食堂に向かったようで、談話室には現れなかった。

 しかし、利奈が顔を洗いに行っているあいだにベルが喋ってしまったようで、変な尾ひれをつけられてはたまらないと、利奈は自分からも一部始終を説明した。

 

 傍迷惑なベルはというと、もう任務で外に行ってしまっている。

 ほかの二人もいないので、今は二人きりだ。

 おかげで、泣いてしまったあとの決まり悪さを感じないですむ。

 

「ところで、ベルがいなくてもその帽子被らなきゃなの? 存在感がすごいんだけど」

 

 座っていて視界が限られているので、フランの帽子がやけに目につく。

 下手するとフランではなく、帽子のカエルと目を合わせて喋ってしまう。

 

「ぶっちゃけ外してもいいんですけどー。それ見越して通信入れてくることあるんですよね、あの惰王子

 ……ま、いっか。よいしょっと」

 

 かぽっと音を立てるようにしてフランは帽子を脱いだ。

 

「脱いだのチクらないでくださいよ。チクったら貴方の頭にも同じ帽子被せますから―」

「それって幻術で? 本物で?」

 

 答えを待たずに厚切りのハムを口に運ぶ。

 三食すべてが洋食なので、ナイフの扱いにもそろそろ慣れてきた。

 電車でディナーを食べたときには、持つ手を間違えてベルにたしなめられてしまったけれど。

 

(そうだ、幻術といえば――)

 

「マーモンって、今なにしてるの?」

 

 そういえば確認していなかったとフランに問いかけると、フランはなんとも言えない顔で利奈を見つめた。

 なんというか、呆れられているということだけははっきりと伝わる表情だ。

 

「貴方って、自分で穴掘って自分で埋まるところありますよね。破滅願望がおありですかー?」

「は? って、え? なに、喧嘩売ってるの?」

「いえ、憐れんでるだけですよ。懲りない人だなーと呆れてるだけで」

「どういう意味!?」

 

 歯に衣着せぬフランの暴言に食ってかかる利奈だが、フランは面倒くさそうな表情を崩さないで目を逸らした。

 

「……勘弁してくださいよ、ただでさえ師匠のお気に入りだから扱い面倒なのに、余計なこと吹き込んだって脳天貫かれたらどうしてくれるんですか、この能天気め」

「ちょっと、ボソッと言ったってちょっと聞こえてるから! 能天気って言ったでしょ、今!」

「黙秘権を行使します。

 どうしてもヴァリアーの内部情報を明かせというのなら、まずはボスを倒してからにしてください」

「わかった、諦めるね」

 

 即答だった。

 ボスという単語が出た瞬間に、利奈は問答を放棄してフランから視線を外した。

 薄情と言われるかもしれないが、知り合いの近況よりも自分の命が勝る。

 

「それで正解です。好奇心は猫をも殺しますからー」

 

 そこで話が途切れ、利奈は皿に残ったコーンをフォークで集める作業に専念した。

 箸なら摘めるから簡単に食べられるけれど、フォークだと小さいものが食べづらい。コーンの類は刺そうとしたら転がってしまうのでとくに厄介だ。

 無言でコーンを拾い集めていたら、カエル帽が勝手に動き出した。

 

「ひっ!?」

「おお、無線ですー」

 

 縦揺れするカエル帽に利奈は狂気を感じたが、フランは一切動じずに両手で捕まえ頭に装着する。

 

(魂が宿ったのかと思った……)

 

「はい。そうですそうです、精神年齢は兄さんよりも上のフランですよー」

 

 ――本当に、だれに対してでも毒を吐く性格らしい。

 開口一番の暴言で相手に怒鳴られたのか、フランは目を細めながら体をのけぞらせた。

 

「うるさいですー、耳がガンガンしますー。

 鼓膜がパリーンって割れたらどうするんですかー」

 

 防音機能が優れているのか、利奈には無線の声は一切聞こえていない。

 相手はかなり怒っているのだろう。フランは聞き流すように気のない相槌を打ち続けた。

 

(……私、出てった方がいいのかな)

 

 機密情報を耳にして、口封じ対象になったりなどしたら堪らない。

 しかしフランは、利奈の存在など気にせずに通話を続けている。

 

「えー、それミーがしなきゃいけない仕事ですかー?

 そんなの適当に人雇って案内させれば――はいはい、後輩は先輩に黙って従えですね。

 よく聞きますよ、そのパワハラ発言」

 

 通話相手はベルではないらしい。

 フランを後輩呼ばわりする人間というと限られてくるが、相手の声がまったく聞こえないので推察ができない。

 

「師匠はお元気ですかー?

 あの人、格好つけてすぐにしくじるタイプだと思うんでー、そうなったら連絡くださいって伝えておいてくださいー。おなか抱えて笑って差し上げるんでー」

 

(……師匠なんているんだ)

 

 どうやら相手はヴァリアーのメンバーですらなかったようだ。

 師匠に対しても辛辣なようだが、好意的に捉えようとすれば忠告をしているように聞こえなくもない。フランのことだから、ただの毒舌だろうが。

 

「え? ……ああ、元気そうですよ。今さっき地雷原に突っ込みかけてましたけど。

 じゃあ、そういうことで。例の件はこれから確認しておきますねー」

 

 そう言ってフランは勢いをつけながら立ち上がった。

 

「仕事に行くの?」

「そんなところです。ヴァリアーの仕事じゃないですけどね」

 

 ストローを咥えながら肩をすくめるフラン。

 コップのなかでストローが回る。

 

「こっちもこっちで人遣い荒いんですよ。ミー、少しやさぐれそうですー」

「大変なんだね。掛け持ちしてるの?」

「掛け持ちって言うか、どちらかというとこっちが本職であったりなかったり?

 ヴァリアーはバイトみたいな感じなので」

「ヴァリアーがバイト……」

 

 なんというか、相当ハードなアルバイトである。

 学業の傍ら風紀委員の仕事もこなしている利奈としては、なんとなく親近感を覚えた。

 こちらも、本分である勉強よりも委員会活動のほうが重労働である。

 

「……えっと、大変なんだね」

「マジで大変です。師匠にめちゃくちゃこき使われてます」

 

 肯定しているみたいにブンブンとストローが揺れる。

 

「師匠って、幻術の? どんな人なの?」

「たぶん、見たら驚くと思いますよ。パイナップルみたいな顔してますから」

「ええ……」

 

 パイナップルみたいな顔と言われても、どんな顔なのかまるで想像がつかない。

 パイナップルの皮のように、ごつごつした肌の人なのだろうか。

 

「他にも死人みたいに顔色悪いのとか、金ばかり集める強欲女とかもいますねー」

「……大丈夫なの、それ」

「最近、人生についてよく考えます」

「怖い怖い」

 

 ようやく飲み物を飲み終えたようで、フランがストローを口から離した。

 

「そんなわけでミーは外出しますので、あとはよろしくお願いします。

 隊長には、師匠に呼ばれたと伝えておいてください」

「隊長ってスペルビさん?」

「ですです。あの人声デカいですから、近くに来ればすぐにわかると思いますー」

 

 確かにスクアーロは声が大きい。

 普通の話し声でも壁越しに聞こえるくらいだ。

 

(それじゃ、食後の運動がわりに探しに行こうかな)

 

 今日も今日とてきれいに平らげてしまった料理のカロリーを考えながら、利奈はおなかを撫でた。

 

 

___

 

 

 食後の運動は、やけにハードなものになってしまった。

 例のごとく一階から探し始めようと思った利奈は、一階で出くわした隊員からの目撃情報で、最上階まで階段を駆け上ることとなってしまった。

 

「スペルビさんっ!」

 

 見間違えようのない後ろ姿に呼び掛けると、銀髪を揺らしながらスクアーロが振り返った。

 今まさにXANXUSの部屋に入ろうとしていたところだったようで、ドアノブに手がかかっている。

 

(ギッリギリセーフ!)

 

 XANXUSの部屋に入られていたら、スクアーロが出てくるまで廊下で怯えながら待たなければならなくなるところだった。

 XANXUSに多大な苦手意識のある利奈は、心底胸を撫でおろしながらスクアーロとの距離を詰める。

 

「どうした、なにかあったかぁ?」

 

 やけに深刻そうな声で問いかけられたので、利奈は慌てて首を横に振った。

 

「いえ、そこまでじゃないと……。フランに、師匠に呼ばれて出掛けるから、スペルビさんに知らせておいてくれって、言われて」

 

 ゼハゼハと息を吐きながら伝言を伝えると、スクアーロは露骨にため息をついた。

 

「紛らわしい! またなにかボンゴレから知らせがあったのかと思ったじゃねえか!」

「ごめんなさい、階段一気に上ってきたせいで、息が」

 

 スクアーロからしてみれば、利奈が血相を変えてやってきたように見えたのだろう。

 実際に頬も紅潮しているので、利奈は顔の熱を下げるべく、顔を手で扇いだ。

 ついでに背後も確認するが、べスターの姿はない。スクアーロと一緒ならば襲ってはこないと思うので、そんなに心配はしていなかったけれど。

 

「あのライオンって、普段はどこにいるんですか?」

「普段はボスの匣のなかだぁ。そうか、あいつが恐かったのか」

 

 どちらかというとボスのXANXUSの方が恐いけれど、部屋の目の前でそれを口にするのは憚られ、利奈はとりあえず頷いた。

 

「ちょっとここで待ってろ! いるかどうか、ボスに確認しといてやる」

「あ、いえ、そんな、ボスのご迷惑に――」

「なに、定時報告のついでだ。そんくらいどうってことねえだろ。

 なんなら、俺が部屋まで送ってやろうか? 迷子にならねえように」

「だ、大丈夫です……」

 

 からかわれているのか、気遣われているのか、判断に苦しむところだ。

 迷子になった末にべスターに追い回された話はベルに言いふらされていたし、朝に号泣してしまっているから、泣き虫の汚名は返上できていない。

 

「ガキがつまんねえ遠慮してんじゃねえよ。

 いいから待ってろ、すぐに終わらせてやる! よお、ボス、邪魔するぜぇ!」

 

 スクアーロが勢いよくドアを開け――

 

「るせえっ」

 

 ――ロックグラスがスクアーロの額に直撃した。

 

「ぐあぁっ!」

「ヒッ」

 

 分厚いロックグラスは、額に当たっても砕けなかった。

 それが災いして大ダメージを受けたスクアーロだったが、ドアノブは離さずに、凄絶な瞳で室内のXANXUSを睨みつける。

 その表情を見てスクアーロが次に取るだろう行動に合点がいった利奈は、すかさずスクアーロの腕を掴んだ――が、払いのけられる。

 

「なっ――にしてくれやがんだこのクソボスがあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!」

「ひいいいいっ」

 

 普段から大きい声だが、怒鳴ると格段に圧がすごい。

 ライブハウスでスピーカーの真ん前に立たされたような音の暴力に、利奈は悲鳴を上げた。

 

「人の部屋の前でガタガタ騒いでんじゃねえ。失せろ」

「失せろだあ゛ー!? 勝手なこと言ってんじゃねえ! 部屋の前がいやだってんなら中で騒いでやろうか!

 う゛おおおおい! せめてこっち見やがれ!」

 

 足を一歩室内に踏み込みながら、啖呵を切るスクアーロ。

 剣にはまだ手を掛けていないが、それも時間の問題だろう。これでもかと殺気を飛ばしている。

 

(怖い怖い怖い怖い!)

 

 さすがヴァリアーのナンバーワンとナンバーツー。殺気だけで人が殺せそうだ。 

 どちらの殺気も利奈には一切向けられていないのに、膝がガクガクと震えてしまう。

 後ろに崖があって二人が前で睨み合っていたなら、なんの躊躇もせず崖から飛び降りていただろう。それくらい怖ろしかった。

 

「……チッ」

 

 震えていたら、舌打ちととともにスクアーロがあからさまに殺気を解いた。

 利奈が怯えているのに気付いたのだろう。バツが悪そうに身を引いている。

 

「出直すぞ、ボスの機嫌が悪かった」

 

(機嫌とかそういう話じゃないと思うけど……!)

 

 声を発する余裕がなく、利奈は力なく頷いた。

 

 XANXUSはまだ殺気を解いていない。

 次は鉛玉が飛んでくる可能性があり、利奈はスクアーロに身体を押されるようにして、その場から退散した。

 


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