射撃場横の空き地で、レヴィとの戦闘訓練を始める。
利奈の使用できる武器は金属棒とエアガン。そして刃の落とされたナイフ。金属棒以外の武器は腰のベルトに差してある。
対するレヴィは丸腰なうえに両手ともに包帯で指を固定されているが――利奈が勝ったことは、一度もなかった。
「始め!」
掛け声とともに地を蹴った。
瞬発力を活かして距離を詰めた利奈は、まずは一撃と金属棒を振り上げた。
「っ!?」
あっさりと右腕で払いのけられて思考が止まる。
力の差があるとはいえ、素手に負けるとは。回転する金属棒を目が追おうとするが――
「止まるな!」
掛け声によって、思考が動き出す。
黒い影が迫ってきていたので、片足を下げて身体を後ろに倒す。
レヴィの手が虚空を掴んで、利奈の爪先が地面に触れた。
(今なら!)
地面を強く蹴り、体重と反動をレヴィにぶつける。
「ムオッ!?」
レヴィの姿勢が安定していたら、体格差で弾き飛ばされていただろう。
しかし、間合いを取るべく重心を動かしていたレヴィは、意表を突いた攻撃に一歩よろめいた。
しかし、それだけだった。
「あっ!」
間髪いれずに両腕に閉じこめられる。万力のように締め上げられ、息が詰まった。
「足だ! 足を使え!」
奇襲は、相手が優位に立って気が緩んでいるときにこそ有効である。
そして、アイディアは奇抜であればあるほど効果が強い。
習ったことを思い出しなから、利奈は両足を同時に地面から離した。
腕の力が強まったが、痛みを無視して膝を折る。前後に揺らして反動をつけ、最後に伸ばした足を、レヴィの側頭部に打ち付けた。
ようは、逆上がりの要領での回し蹴りである。
しかしその攻撃は読まれていた。
レヴィは拘束を解いて頭を庇い、支えを失った利奈は転がりながら距離を取った。
受け身だけは及第点を取るまで特訓したので、痛みはない。
状況は振り出し――いや、金属棒を失った分、劣勢だ。
「行け! 極限に諦めるな!」
諦めたら負け。怯んだら負け。逃げたら負け。
鼓舞する声に応えて利奈はナイフを取ったが、結局、数分も持たずに地面に縫い付けられた。
「下がってからすぐに反撃に移ったのは及第点だ。
だが、なぜナイフを構えて突進してこなかった」
「……思いつきませんでした」
鼻を鳴らされ、肝が冷える。
「力で勝てなくても、お前には敏捷性があるだろう。下がりながらでもナイフを出せたはずだ。
いついかなるときでも殺すつもりで来い。殺すつもりならな」
「はい……」
「それと防御行動についてだが――」
完全に身動きを封じられたうつぶせ状態で、淡々とレヴィにダメ出しを入れられる。
体重は掛けられていないが、身体的にも精神的にも押さえつけられていると心が折れそうになる。
(だめだめ、弱気になっちゃ。才能ないんだから頑張らないと!)
初めの訓練時に一通りの技能を見てもらったが、すべてにおいて才能ナシとの烙印を押されてしまった。わかってはいたが、突きつけられると悲しいものがある。
見込みのないものを伸ばすよりは、器用貧乏になったほうがマシだと言われ、雷撃隊に幅広く暗殺の基本を教えられた。
なかでも、身を守るための受け身や逃走のためのパルクールなどは、念入りに指導された。復習と反復練習を義務付けられたくらいだ。
なかでも一番きついのは、レヴィと行うこの戦闘訓練だろう。
最初はハンデすら与えられず、受け身も取れないのに数秒で吹っ飛ばされた。容赦なく肩を外されたこともある。
そのときは痛みのあまり号泣してしまって、レヴィがこっぴどく叱られた。
それ以降はハンデとお目付け役が常につけられるようになったけれど、それでも生傷は絶えない。
ルッスーリアに治療されるたびに伸びる髪の毛は、もう背中まで伸びてしまっている。
「――以上だ。あとは自分で反省しろ」
ようやくレヴィが背中から降りた。去っていく足音が耳に響く。
落ち込みそうになるのを堪えながらのそのそと身体を起こすと、目の前にたくましい手のひらが差し出された。
「ナイスファイト! 極限に頑張ったな!」
顔を上げる。
太陽のように燃え上がる瞳が、利奈の健闘を称えている。
我慢できなくなって、利奈はクシャッと顔を歪めた。
「……うわああん! 全然ダメでしたあああ!」
伸ばされた腕に飛び込むようにして、利奈は了平に飛びついた。
「うおっ! ……心配するな! ちゃんと極限に成長しているぞ!」
「でもぉ! でも、これで五回目ですよ、地面に押しつけられるの! 服が汚れるからすごくいやなのにい!」
「気にするな! 名誉の汚れだ!」
励ましで肩を叩かれる。
そのまま腕を支えられて立ち上がった利奈は、一歩下がって服を叩いた。
訓練用に買ったスポーツウェアとはいえ、やっぱり服が汚れているとテンションが下がる。
とはいえ、いつまでも愚痴を言っても仕方がないので、気持ちを切り替えるべく了平を見上げた。
「アドバイス、ありがとうございました。
おかげでレヴィさんに及第点、ちょっとだけもらえました」
「いや、俺はなにもしてないぞ。お前が自分の力で得た及第点だ。おめでとう!」
「……えへへ、ありがとうございます」
照れ笑いしながらお礼を言うと、了平はうむと頷いた。
――このヴァリアー邸で十年後の了平と初めて会ったのは、半月ほど前――そう、ちょうど修行を開始した日のことだった。
毒の影響でぐったりしながらルッスーリアと過ごしていたら、談話室のドアを開けて了平が入ってきたのである。
(笹川先輩のほうがずっと前に泊まってたらしいけど)
利奈がこの世界に飛ばされる前から、綱吉からの任命を受けてヴァリアーに出向してきていたらしい。
それなのになぜ一度も姿を見ていなかったのかというと、利奈が救出されるタイミングで、ボンゴレの幹部たちとの首脳会議に出て行っていたからである。
作為的ななにかを感じると、スクアーロが零していた。
そんなわけで、了平と奇跡的な出会いを果たした利奈だが、当然最初は質問攻めにあってしまった。
この世界の利奈が殺されたとき、日本にいた了平は遺体も確認していたそうで、力強い瞳が泣きそうに緩んでいた。――利奈が暗殺訓練を受けていると知ると、すぐさま眉ごとつり上げられたけれど。
(あのときは大反対されたなあ……。
でも、レヴィさんが味方になってくれたし、身を守る術が学べるならって了平先輩も思い直してくれて)
そのうえこうやって訓練を見ていてくれるようになったのだから、大人になった了平の面倒見のよさには感心しきりである。
戦っているところを生で見たほうがいいと、了平VSルッスーリア、了平VSレヴィのスパーリングも最前席で観戦させてもらった。
その道の人からすれば、垂涎もののプレミアムチケットである。
「ム? あそこにいるのはベルか」
屋敷に戻り自室のある階層に差し掛かったところで、談話室の入り口に立っているベルを了平が発見した。
ドアを開けているのに、なかに入ろうとしていない。
「ベル、なにやってんの?」
ベルには、ナイフ磨きの対価にナイフ投げを教わったことがある。
あるにはあるが、天才肌のベルには利奈の上達率の低さが理解できなかったようで、お互い全然ためにならなかった。
指導にもある種の才能がいるのだなと、へたっぴさを爆笑されながら思ったものだ。
「なに、もう終わったのかよ」
「うん。いつも通りボロ負けだったけど。で、どうかしたの? だれか来てる?」
隙間から覗くにも、ベルの身体が邪魔になっている。
なにがあるのだろうと背伸びしていたら、中からとんでもない声量の――つまりいつも通りの、スクアーロの声が聞こえてきた。
「うっるさ。いつも通りだけど」
「相変わらずだね。これ、ドア閉めてても聞こえるんじゃないかな」
いや、間違いなく聞こえるだろう。
ボスの部屋がある最上階で叫んだ声ですら、ここまで聞こえたのだから。
「あ、ちょっと」
ベルが室内に入っていく。
了平がドアを押さえたので、室内の様子が利奈にもわかるようになった。
室内にはスクアーロしかいない。
それなのになぜスクアーロが叫んでいたのかというと、その答えは机の上にあった。
(なんでこんなところで動画撮ってんだろう……)
机の上にはデジタルカメラが置かれている。
レンズはスクアーロの方に向いていて、そして今、ちょっかいをかけにいったベルが入りこんだ。
スクアーロの大声もそうだが、ベルの悪戯好きも相変わらずである。
そしてベルの茶々入れに腹を立てたスクアーロがベルの喧嘩を買い、ベルがナイフを抜いて――
「って、カメラカメラ!」
録画中のカメラが喧嘩に巻き込まれてはたまらないと、慌てて回収する。
するとベルにグラスを投げつけたスクアーロが、こちらを向いて利奈に気付いた。口角が上がっている。
「最後にサービスだ。せいぜい生き残れよ!」
スクアーロの腕が伸び、利奈の持つカメラを掴む。そのままぐるりと転がされて、レンズが利奈へと向けられた。
そして録画が止められる。
(サー、ビス?)
これのどこがサービスなのだろう。
そもそも、この映像はだれに送られるものなのか。
「スクアーロ、ベル。俺はそろそろ帰るぞ」
了平の呼びかけで二人が戦闘体勢を解く。
「いろいろと世話になったな! 日本のことは俺たちに任せてくれ」
「頼んだぞぉ。あいつらが甘っちょろいこと言うようなら、お前が締め上げてやれぇ!」
「ハハッ! 俺が沢田たちの面倒を見る側になるというのは変な感じがするな。
だが、俺は沢田の意思に従うぞ。ボンゴレの十代目はあいつだからな」
「……フン!」
了平の返答が気に食わなかったのかスクアーロは盛大にそっぽを向いたが、反論はないようで、そのまま部屋を出て行った。利奈の手からカメラを抜き取って。
ベルは出て行くつもりはないようで、ソファに座っている。
「俺だけですまんな。お前も日本に帰りたいだろう」
「……うーん、ほんとは帰りたいですけど……。でも、沢田君たちがいるって確証がないとだめなんですよね?」
昨日、ボンゴレ守護者の了平とヴァリアーボスのXANXUS、そしてボンゴレ幹部と同盟ファミリートップたちで、首脳会議が行われた。
ミルフィオーレに対抗するための大規模作戦が練り上げられ、詳細は伏せられているが、日本でもミルフィオーレの日本支部、つまりメローネ基地を破壊するための作戦を決行するそうだ。
白蘭からの信頼が厚い正一がいることは利奈が証言済みなので、優先順位はかなり高いらしい。
ゆえにボンゴレ守護者の了平が向かうわけだが、十年前の綱吉がこの時代に来ていることについて、ボンゴレ幹部も同盟ファミリーも半信半疑でいるようで、作戦が決行されるかについてはどうも曖昧なようだ。
そもそも、十年前の、まだ中学生な綱吉に作戦を任せていいものかという意見もあったそうだが、そこは了平がいつものごり押しで押し切ったらしい。
十年後の了平のたのもしさには、感心を超えて驚きしかない。いったい、十年のあいだになにがあったのだろう。
「無事に作戦が成功し、安全が保障できるようになったら必ずお前を日本に呼ぼう。
だから、もう少し耐えてくれ」
「……わかってます」
わかってはいるけれど、日本に戻る了平についていけないかと期待してしまったから、落胆も大きい。
そのぶん暗殺講義を続けられるのだから、ありがたく思わなければならないのだけど。
「なあ、そのことだけど」
二人の会話を聞いていたベルが、唐突に口を挟んできた。
「心配しなくても、すぐに呼び戻されるんじゃね? アレ見たらあっちが勝手に反応するだろうし」
「どういうことだ?」
「利奈が映ってれば、ここで保護されてたって日本のやつらが気付くだろ。さっきのアレ、日本宛だから」
「……」
利奈と了平は顔を見合わせた。
___
――ベルの予想通り、日本支部で映像を見た一同は、最後に少しだけ映りこんだ利奈の姿に目をひん剥いた。
「えーーーー!? な、なんで相沢さんがヴァリアーと一緒にいるのーー!?」
「そもそもなんであいつがこの世界にいるんだ!? 聞いてねえぞ!」
「これは……マジでびっくりだな」
十年前から来た三人は、利奈がミルフィオーレに拉致された件どころか、綱吉たちよりも先にこの世界に来ていたこと自体を知らない。
ゆえに混乱しきりだったが、同じようにたった今知らされたはずのリボーンは、表情を変えずにゆっくりと口を開いた。
「どういうことかは、こいつに聞けば早いだろ。なあ、ジャンニーニ」
「はい!?」
話を振られると思っていなかったのか、ジャンニーニはその場でビクゥッと跳ねた。
その態度で事情を察していることが露呈してしまい、集まる視線にジャンニーニは冷や汗を流した。しかし、それでも目を逸らす。
「し、知りませんよ? 私はなにも」
「オメー、あいつに反応してたよな。あいつがヴァリアーにいたこと、知ってたのか?」
「いえ、そんなことは! そもそも私はヴァリアーと面識が――」
「カマかけに引っかかってどうする」
「え?」
ラルがこれみよがしにため息をつく。
「お前がごまかすべきは、ヴァリアーとの関係ではなく、あの女との関係だ。
お前はこう返すべきだった――あの子供はだれなのか、と」
「……あ」
集まる視線。絶たれた退路。
すべてを暴露するまで残り数秒――のところで。
「それについては、俺から説明させてもらおう」
新たな人物が現れる。その腕に、華奢な体を抱えて。
「笹川了平、推参!」