録画映像を日本のボンゴレアジトに送り付けてから一時間も経たずに、利奈の身柄を引き渡すようにと、キャバッローネファミリーから要請が来た。
キャバッローネといえば、ボンゴレと同盟を組んでいるファミリーのひとつであり、ボスのディーノは恭弥の家庭教師役も務めている。
(ヒバリさんは家庭教師だとは思ってないだろうけど)
その関係で、利奈もディーノとは親しくしてもらっていた。どうやら、この時代でも懇意にしていたらしい。
だからこそ、ボンゴレではなくキャバッローネから要請が来たのだろう。
ようやく日本のみんなに無事が伝えられたうえに、日本に帰れる目途が立ちそうで、利奈はホクホク顔で次の日の朝食を頬張った。
今日でふわふわとろとろバターたっぷりオムレツとお別れになってしまうのは寂しい。けれど、半月ほど食べていない日本食もそろそろ恋しくなってきた。
(スパナの味噌汁、美味しかったな)
料理本通りになるよう、グラムまで計って作られた味噌汁は、基本に忠実なだけあってシンプルに美味しかった。
味噌汁の具でワカメが好きだと言ったら、汁がなくなるほど大量にワカメを投入されてしまったけれど。
思い出し笑いをしつつ顔を上げたら、レヴィとがっつり目が合った。
「……」
「……?」
レヴィは目を逸らさない。それどころか、もぞもぞと体を動かしながらも目つきを鋭くした。
来たばかりの頃だったら、機嫌を損ねてしまっただろうかと思いながら視線を外しただろう。
利奈はフォークを置いて、グラスの水を飲んだ。
そしてもう一度、レヴィと視線を合わせて話しかける。
「今日まで修行をつけてくださって、ありがとうございました。
雷撃隊の人たちにもお世話になったので、あとでお礼を言いに行こうと思います。
時間、ありますか?」
「あ、ああ……。迎えが来るのは昼前だからな。それまでに済ませておくといい」
「わかりました。ありがとうございます」
そこで会話が終わり、それとなくみんなの視線がレヴィに集まる。
今日は珍しく幹部全員が揃っているので、全員に直接挨拶ができそうだ。
それはそれとして、レヴィは変わらずにもぞもぞしている。
「いや、お子様に気を遣わせてしかも無駄にしてんじゃねえよ。さっさとそれ渡せって」
「んなっ!?」
その場の全員の気持ちを代表していただろうベルの言葉に、レヴィはわかりやすく動揺した。
渡すという言葉に反応して手元に目をやると、確かにレヴィの左手は腰元にあった。
机の下から覗き込めばなにがあるか一目瞭然だろうけれども、空気の読める利奈はベルの発言が聞こえていないふりをして、プチトマトを口の中に放り込んだ。
いっそ空気を読まない方が話は早いのだろうけれども、それではレヴィに気の毒だ。
「そ、その。お前に、渡しておく物がある」
「はい」
すかさず給仕役の使用人がレヴィの後ろに立ち、レヴィから四角い箱を受け取った。
それをそのまま渡され、利奈は白い箱を眺めながらレヴィの顔色を窺った。
「開けていい」
「では。……え、すごい!」
長方形の箱の中に入っていたのは、銀色に輝くかんざしだった。藍とピンク、二色のガラスの飾りがついている。
「わあ……! こ、これ、私に!?」
すぐさまレヴィを見るが、レヴィはすました顔でコーヒーを飲んでもったいぶる。
みんなにも見えるようにと手に取ると、ルッスーリアが目を輝かせた。
「あら、素敵! 昨日ずっと悩んでたのはこれだったのね!」
「ブフッ!」
容赦なく暴露され、レヴィがコーヒーを噴いた。
すかさず給仕役の使用人が机を拭き、何事もなかったことにする。なので利奈も、何事もなかったていでかんざしを光に照らした。
菱形のガラス飾りが交互に連ねられている。揺れるたびに、チラチラと光が零れ、テーブルクロスの色を変えた。
「ふーん、ちょっと貸してみ」
向かいのベルが手を出してきた。
少し迷いながらも手渡すと、表裏返しながら値踏みを始める。
「へー、レヴィが選んだわりにはまあまあじゃん。これ、銀製だろ?」
「え゛っ」
銀といえば、金に次ぐ高級素材である。
返されたかんざしがやけに重く感じてしまい、手のひらを握り込めなくなった。
(えっ、それじゃこれすっごく高いんじゃ……うわ、傷つけられない)
「銀ってことは、毒の検知ができるわけですねー。それじゃ早速このジュースを――」
「ちょっと!」
大事にせねばと思った矢先にフランにリンゴジュースを垂らされそうになり、利奈は本気で怒った。
フランは冗談ですよーと引き下がる。
銀はヒ素などに反応して変色する特性があると、毒物の授業で習っている。
食卓に並んでいる食器が全部銀でできていたことを知って、背筋が冷たくなったものだ。
「……お前から言い出したこととはいえ、一度も音を上げずに励んでいたからな。
これは俺と、雷撃隊からの餞別だ」
「ありがとうございます! あとでみなさんにもお礼言います!」
「言っておくが、悩んだのは暗器としての性能についてであって、柄や見た目ではないからな。見た目は二の次で、重要なのは性能だ」
「性能……? いざというときには武器にできるってことですか?」
かんざしの先端は丸まっているけれど、体重を掛ければ突く攻撃くらいはできるだろう。
強度については、実際に使ってみなければわからない。
「強度については心配いらない。
この時代最先端の金属技術をつかった合金素材を銀でコーティングしている。多少曲がったとしても、熱せば直せるだろう」
「つまり、先輩のナイフよりも固いってことですね」
「そうなの!?」
「量産できねーんだよ、その素材。長年投げ慣れたやつのほうが使いやすいし」
「あと、私のメタルニーとおそろいよ」
「へー!」
こんなところに未来の技術が使われているなんて。
感心していると、レヴィがコホンと咳払いをした。
「飾りの部分を持ってかんざしをひねってみろ」
「こう、ですか? あ、取れ……た……」
キュッと音を立てて飾りと棒の先端部が外れ、手に残ったかんざしの先に鋭い針が出現する。凶器として通用する鋭さだ。
「上下逆に付け替えれば、針として使える。これならどこへでも持ち込めるだろう」
「……普通に暗殺用の道具なんですね、これ」
戦闘には向いていないけれど、意識を失っている相手なら簡単に仕留められそうだ。
飾りの部分を両手で持って、急所に向けて体重をかけるだけでいい。
(まあ、ある意味一番うれしいプレゼントだよね。かわいいし、武器にもなるし。うん、ある意味)
しまい直そうと箱を取ると、ルッスーリアが机に手をかけて立ち上がった。
「せっかくだからつけてあげるわ。ほら、髪飾りが似合う長さになったんだから」
「あ、そっか」
前はかんざしがつけられる長さじゃなかったけれど、今は晴の光を浴びた影響で長髪になっている。
だからこそレヴィも、いつでも身に着けられるかんざしを選んでくれたのだろう。
「こういう髪留めって粋な感じでいいわよね。
髪をねじって上にあげて、髪留めでくるんと一巻き――はい、できた」
「もう!?」
首をひねったら、ガラス飾りの揺れる音が耳に届いた。
「あらー、似合うわねー」
「悪くねえじゃねえか」
「そうですか? えっと……」
鏡になるものはないかと探していたら、給仕役の使用人が磨き抜かれたクロッシュを掲げてくれた。本日三回目の、絶妙なアシストである。
(んー、後ろだからよく見えないけど、ちょっと大人っぽい感じ?)
横を向いたときになんとか髪飾りが見える程度だけど、あのベルやフランが野次を飛ばしていないあたり、似合っていないわけではないのだろう。
「どうですか?」
「ああ。それなら凶器だと気付かれることはないだろう」
「……はい」
レヴィに感想を求めたら、期待していたのとは違う観点から答えが返ってきた。
思わずこっちの声まで渋くなる。
「もう、そんなんだからモテないのよ! ちゃんと似合ってるでしょう?」
「……そういう意味で言ったつもりなんだが」
「壊滅的に誉め言葉のセンスがないですねー。そんなだから一生モテないんですよー」
「一生とはなんだ!」
これはむしろ、髪飾りが選ばれたこと自体が奇跡だったのかもしれない。
ナイフや銃がそのまま贈られなかっただけでも、ありがたく思うべきである。機能はともかく、髪飾りとしてはきれいなのだから。
「はい」
「え?」
虚を突く形で、背後のルッスーリアに箱を差し出された。
今度の箱は正方形で、リボンまでかかっている。
「これ、は……?」
「こっちは私たちからのプレゼント。
ほら、レヴィが抜け駆けしようとしてたから、私たちも私たちで用意したの」
「なんだと!? 聞いてないぞ!」
「レヴィも言ってなかったじゃない」
「……私に」
こちらもずっしりと重みを感じる。
完全に油断していたせいで、心臓がバクバクと音を立てている。
「私たちのプレゼントも身に着けるものよ。やっぱり、実用的なもののほうがいいかと思って」
「感謝してくださいよー。先輩がやたらめったら成金仕様にしていくの、ミーが止めてあげたんですから」
「元のデザインが地味すぎたんだよ。まあ、庶民が身に着けるんならそんくらいで十分だろうけど?」
リボンを解いて、中身を取り出す。
ピンクゴールドの時計が出てきて、利奈はまたもや目を輝かせた。
「にしても、まさか素材がレヴィと被っちゃうなんて。色まで一緒じゃなくてよかったけど」
「隊長が頑丈なものにしろっていうからですよー。ガラスまで防弾性ですしー」
「すぐ壊れるようなもん渡したってしょうがねえだろうが。喜んでんだからいいだろ」
文字盤には四つの小さな石が嵌まっていた。
黄、赤、青、藍の四色が、上下左右に散りばめられている。
「この石って、みんなの炎の色?」
「……あー、それ? ルッスーリアが勝手にやった」
「最後にねじ込まれましたよね。なんかごり押し感あって恥ずかしいですけど」
「いいじゃない、記念品なんだから! あ、それ全部ガラスだから安心して。
あまり高価だと狙われるかもしれないから、ちゃんと擬態させてるわよ」
擬態させているということは、ほかの部分には高価な素材が使われているのだろうか。
どちらも盗られたりしないように、しっかり管理しておかなければならなそうだ。
「たくさんお世話になったのに、プレゼントまで……。
本当にうれしいです。みんな、ありがとう……!」
「恩に着といてくださいー。それでちゃんと恩を返してくださいねー」
「倍で返せよ。また死んだら殺すからな」
「ベルったら物騒なんだから。……でも、身体には気をつけるのよ?」
ルッスーリアの言葉に、利奈は大きく頷いた。
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食事のあと、お世話になった雷撃隊のメンバーにお礼を言い終えた利奈は、キャバッローネからの迎えを待つために、一階のエントランスへと向かった。
所持品はすべて、ボストンバッグに詰め込まれている。
来るときには衣服の入った紙袋ひとつだけだったのに、出るときにはバッグいっぱいの大荷物。寒さ対策に着せられたコートと相まって、なんだか旅行にでも行くみたいな格好だ。
どちらかというと、これから帰るのだけど。
「このコートってヴァリアーの制服でしょ? もらっちゃっていいやつなの?」
首元のファーを撫でながらフランとベルに尋ねる。
袖口から覗く腕時計がうれしくて、ついつい口元が緩んでしまう。
利奈を保護する任務を受けたのがこの二人なので、最後の見送りもこの二人になった。
キャバッローネの迎えが来れば、彼らの任務は終了だ。
「いいんじゃね? どうせ余ってるやつだろうし」
「そうそう。実質タダみたいなものなんでご遠慮なくー。
でも、それ着てるせいで敵に狙われるってことはあるかもしれないですねー」
「ふえ!?」
不穏な言葉に素っ頓狂な声が上がってしまう。
「冗談ですよ。エンブレムついてないやつですし、似たようなコートその辺で売ってますから。よほど運が悪くなければ目はつけられませんってー」
「シシッ、こいつめちゃくちゃ運悪いから、もしかしたらもしかするかも」
「やめてよ! ……脱いだ方がいいかな」
ここまできて、また襲われてはたまらない。
半ば本気で脱ごうとした利奈だったが、コートを脱ぐ前に迎えが到着した。
キャバッローネからの身元引受人は、利奈を見るなり大声で叫んだ。
「利奈!」
顔を上げた利奈は驚いて、そして次の瞬間には走り出していた。
行儀も忘れて広げられた両腕のなかに勢いよく飛び込むと、利奈は迷うことなくその人物の名前を呼んだ。
「ディーノさん……!」
「利奈! やっぱり利奈なんだな! よかった、無事で……!」
背中に腕が回され、ギュッと抱きしめられる。応えるように抱きしめ返した。
「ディーノさん、どうしてここに?」
キャバッローネからの迎えで知り合いとはいえ、まさかボスであるディーノが迎えに来るなんて。思ってもみなかったサプライズに、利奈は顔をほころばせる。
(ディーノさんが来るんだったら教えてくれればよかったのに! びっくりしちゃ……え?)
嬉しさいっぱいで顔を上げた利奈は、揺れるディーノの瞳に言葉を失った。
十年前と変わらない温かい眼差しが、悲哀に沈んでいる。
「ごめんな……! 俺、お前があんなことになってたのに、なにも知らなくて。会いにも行けなくて!
最後に顔合わせたのだって、ずっと前だった……!」
「ディーノさん……?」
「痛かったよな……。怖かったよな……。もう、大丈夫だぞ」
「……ディーノさん」
(ディーノさんが見ているのは私じゃない。こんな顔、知らない)
利奈の知っているディーノは、震える手で頬に触れたりなんてしない。
こんな悲しそうな顔で利奈を見つめたりはしない。
戸惑ったままディーノと見つめ合っていたら、背後から冷めた声が聞こえた。
「あのー、それ、二人きりのときにやってもらえますー?」
「……あっ」
場違いなほど間延びした声に、ディーノが我を取り戻す。
腕の力が緩んだので利奈も手を離すと、そっとディーノが後ろに引いた。
「悪い悪い、なんのことだかわかんないよな……。気にしないでくれ」
苦笑しながら頭をくしゃくしゃと撫でるディーノの顔は、利奈が知っているいつものディーノだ。
でも、そうでないことを知ってしまった。
彼にとっての利奈は、この時代で死んだ相沢利奈であって、それはきっと変わらない。おそらく、この時代の恭弥にとっても。
「まさかお前が来るとはな。こんなとこ来てる余裕あんの?」
「暇なんですかねー」
「いや、どこもかしこも大忙しだ。
でも、利奈は俺の教え子の部下だからな。それに、俺の友人でもある」
使用人が止めるのも聞かずに、ディーノは利奈の荷物を持った。
「それとついでに、キャバッローネボスとして、次の作戦についての書類を持ってきた。
XANXUSに渡しておいてくれ」
「そっちがついでかよ」
封筒を受け取ったベルが中身を確認する。
チラチラと漏れるオレンジの炎に一瞬驚いたものの、ほかの三人は平然としているので、そういうものなのだと判断した。匣から動物が出てくる方がよっぽど奇想天外だ。
「で、戦線はどんな感じ? 奇襲しかけるっつってたけど、お前から見てどうよ?」
「……厳しいだろうな。作戦がうまく嵌まれば城を陣取って拠点にできるだろうが、ミルフィオーレがそう簡単に奇襲を許すとは思えない」
「だよな。まっ、失敗したらしたで、俺らがさくっとトップの首取れば済む話だけど」
「そっか。暗殺部隊だから暗殺は得意だよね。
指揮を取る人を殺しちゃえば、隊が混乱して動きが鈍くなるだろうし」
「とはいえ、あっちもプロだ。すぐに指揮官を変えて……ん? ……んんんん?」
しれっと話に混ざった利奈に気付き、ディーノが目を瞠る。
その視線を受けて、利奈は即座に動揺を顔に滲ませた。
「ごめんなさい、ゲームみたいだなって思って、つい……」
「あー……その、あんまりこういうのに興味持たないほうがいいぞ。
ゲームじゃないんだからな」
「はーい……」
眉を下げたら、フランの呆れ顔が視界に入った。
ディーノが見ていない隙にウインクで目配せを送る。
(よくやりますね)
(内緒ね)
――雷撃隊には、暗殺知識のついでに兵法も仕込まれている。
ただし、生兵法は大怪我のもとということわざもあるそうで、あくまで知識として蓄えておけとも教わった。言われなくても、利奈の能力では指揮側にも兵士側にも回れないのだが。
二人に別れを告げ、門の前に停められていた黒塗りの車へと案内される。
車に乗りこむ前に屋敷を振り返った利奈は、最上階のXANXUSの部屋を見上げ、それから頭を下げた。
陽光がまぶしくてよく見えないけれど、きっとそこにいるのだろう。
結局、来たときも帰るときもまともに挨拶ができなかった。
(また会うことがあったらお礼――言えないんだろうな、たぶん)
名前を呼ばれ、屋敷に背を向ける。
まだ馴染んでいない髪飾りが、光を反射して小さくきらめいた。