新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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高評価たくさん、ありがとうございます! の更新です。
なので、深夜投稿ですか鬱回ではありません。


問い、問い、問い

 

 物言いたげな三人の視線を無視して、利奈は再び問う。

 

「貴方は、本当に味方なんですか。白蘭を敵だと思っていますか」

 

 正一は目を見開いている。

 

 その表情を見るぶんには、悪い人だと思えない。しかし、性質が善であるか悪であるかはどうでもいいのだ。白と黒は簡単に入れ替わるのだから。

 問題は、どちらに転ぼうが変わらない芯を、彼が持っているかどうかなのだ。

 なにがあっても復讐を果たすと誓った利奈のように。

 

「私は――白蘭を殺せます。殺せって言われなくても、殺すなって言われても……殺します。だって、あの人はとてもひどいことをしたから」

 

 正義感からの行動ではない。あくまで私怨だ。しかし、それが一番強いのである。

 だれかのためにという行為は、そのだれかがいなくなれば指標を失うけれど、自分のためならばいつまでも胸に据えておける。

 ――XANXUS様のためにというのはつまり、XANXUS様を敬愛する俺のためでもあるのだ! ――と、レヴィは力説していたが。

 

「貴方はその覚悟がありますか? 白蘭をその手で殺せますか?」

「それくらいにしとけ」

 

 リボーンから制止がかかり、利奈は一度言葉を切った。

 正一は青ざめた顔で唇を震わせている。それでも、合わせられた視線を逸らそうとはしなかった。

 

「……僕は」

 

 おなかに当てた手を握り締めながら、正一は続ける。

 

「……僕には、白蘭さんは殺せない……と思う。だれかの手助けはできても」

「どうして」

 

 こうして寝返っているのに。

 白蘭を倒すための手伝いはできるのに。

 

 見つめる利奈のまっすぐな瞳に正一は脂汗を浮かべ、それでも答えた。

 

「……友達、だったから」

 

(友達?)

 

 なるほど、正一に対する白蘭のあの気さくな態度は、腹心の部下相手だからではなく、友達だったかららしい。

 それならば、いまだに正一が白蘭をさん付けで呼んでいることにも説明がつく。

 

「友達だったんだ――全部思い出すまでは。

 白蘭さんを倒すために、ほかの世界の記憶がない状態で出会って、仲良くなって。それで……こうなって」

「どういうこと? 思い出すって――」

「相沢殿、もうそれ以上は」

 

 聞こえるうわ言に詰め寄ろうとしたら、今度はバジルに制された。

 しかし、たとえバジルが割り込んでいなかったとしても、それ以上は問い詰められなかっただろう。それほどまでに、正一の顔は真っ青だった。

 

「ごめん、僕には出来ないんだ。……でも、信じて」

 

 苦しそうにお腹を押さえる正一の瞳は誠実なものだった。

 これが演技や嘘なら、これまでの特訓はすべて無駄だったことになる。

 

「……わかった。貴方の言っていることを信じます」

 

 正直言うと、まだ納得はできていない。

 それでも、苦しそうに内心を吐露する正一を見たら、もうこれ以上は聞けなかった。

 

「……ありがとう。うっ――」

 

 とうとうしゃがみこんだ正一が、肩で息をし始める。額には大粒の汗が滲んでいた。

 

「大丈夫ですか、入江殿!?」

「うん……気にしないで」

「……っ」

 

(どうしよう、私のせいだ……! 私が追いつめちゃったから)

 

「早く病院に……!」

 

 焦って叫ぶと、ぎょっとしたように正一が顔をあげた。

 

「え!? あ、大丈夫! ただの神経性の腹痛だから」

「大丈夫じゃないです! ……って、え?」

 

 神経性の腹痛とはいったい。動きを止めた利奈を見て、正一は罰が悪そうに眉を下げた。

 

「ごめん。緊張したりストレス感じるとお腹痛くなる体質で――すぐに治るから、気にしないで」

「でも、顔色が」

「本当にすぐ治るから! 大丈夫、ちょっといろいろ考えちゃっただけで――うん、よくなってきた」

 

 おなかをさすりながら正一が立ち上がる。

 リボーンが小さく息をついた。

 

「それでよくメローネ基地を束ねてこれたな」

「僕もそう思うよ。……緊急事態だからってごり押しできたけど、内心ずっとヒヤヒヤしてた」

 

(あれ、なんか……)

 

 改めて正一をまじまじと観察する。

 ホワイトスペルの隊服からラフなTシャツに替わって、この前よりもだいぶ身近に感じられる。いや、それより――

 

「……前と性格違いません?」

 

 高圧的なエリートみたいな印象だったのに、今日はビクビクしてばっかりでまるで別人だ。話し方も表情も、姿勢すらも変わっている。

 それとなく指摘すると、正一はパッと頬を赤くした。

 

「あ、あれは演技してたからだよ!」

「演技? ……頭がいい?」

「それだと、今の正一が頭が悪いみたいになる」

 

 ここにきてスパナが声を発した。

 スパナは態度の急変はとくに気にしていなかったようで、他人事の顔をしている。

 

「しょうがなかったんだ。毅然としてないと、僕みたいにヒョロヒョロした人間はすぐ舐められちゃうし。

 ……ただでさえ日本人は童顔で背が低いから」

「えっ!? じゃあ、こっちが素なんですか!?」

「えっと……はい」

 

 露骨に驚くと、申し訳なさそうに肯定された。

 

(あれが演技!? 嘘でしょ!? 凄く自然だったのに! 

 逆ならともかく!)

 

 敵の油断を誘う演技ではなく、敵に舐められないためにしていた演技。

 別人だと言い張られたら信じるしかないほど、性格に違いがありすぎる。

 

「正一、本当はすごく神経質で臆病。作った物見ればわかる」

「う、否定はしないけど。

 で、でもそれは神経質だからじゃなくて慎重っていうんじゃ――」

 

 痛いところをつかれたのか、正一は弱々しく反論した。

 しかしスパナは譲らずに首を振る。

 

「正一は神経質。ウチが作ったメカに細かい注文たくさんつける」

「それは君が図面をどんどん改造していくからじゃないか!」

「違う、改良」

「勝手に変えたら同じだよ!」

 

(……仲いいんだなあ)

 

 こうしてスパナと話しているところを見ていると、基地では相当無理していたことが明らかになる。

 今から思えば、基地での態度も、高圧的ではあったものの、威張ったり脅かしたりは一切していなかった。部屋も清潔だったし、食事やシャワーにも気が配られていた。

 彼の主張を信じるのなら、本来は味方であるはずの利奈にいろいろと配慮してくれていたのだろう。

 

「……でも別人みたい」

「え?」

 

 聞き返されたが、利奈は言い直さなかった。

 かわりにと歩み寄れば、次はなにかと身構えられた。心配しなくても、手に武器を隠したりはしていない。

 

「自己紹介しとこうと。

 相沢利奈です。並盛中二年生、風紀委員」

「あ、ああ……」

 

 差し出した手を、正一が握り返す。

 ひんやりと冷たいのは、体調が悪いせいだろう。

 

「僕は入江正一。ミルフィ――元ミルフィオーレファミリー。

 今はボンゴレファミリーに入れてもらったばかりの、しがない技術屋さ」

「ボンゴレファミリーになったの? リボーン君」

「ああ。ツナがわりとあっさり認めた。あいつは意外と懐が広いところがあるからな」

 

 確かに綱吉は懐が広すぎる。自分を狙っている脱獄囚の一味まで仲間にしている点からいっても。

 とはいえ、クローム自身は罪のない、いい子だ。判断自体は間違っていない。

 

 手を解くと、横からもう一本、利奈に向けて手が伸ばされた。

 手の先を追うと、舐め終わったのか飴を咥えていないスパナの顔があった。

 

「うちもまだ挨拶してない。あんたの名前、ちゃんと教えてもらってない」

 

 そういえばスパナにも本名を伝えていなかった。

 律儀に自己紹介を求めるスパナに笑みをこぼしつつ、利奈はスパナの手を両手で包んだ。

 

「改めまして、相沢利奈です。これからもよろしくね」

「ん。うちはスパナ。好きな食べ物は飴。職業はメカニック。

 ……ジャッポーネは自己紹介で名刺を配るって聞いたけど、持ってないの?」

「プッ!」

 

 噴き出したのは正一だった。堪えるためにそっぽを向くが、プルプルと体が震えている。それでも元同僚として助言が入った。

 

「スパナ、それはサラリーマンだけだよ」

「残念」

 

 ひょっとしたら、自分の名刺もちゃんと用意していたのかもしれない。

 無表情に引き下がったから判断がつかないけれど、日本好きのスパナなら、それくらい用意していてもおかしくはない。

 

 場の空気が和んできたところで、リボーン、続いてバジルがピクリと入り口に反応した。

 

「どうやら、ツナたちが来たみてーだな」

「え?」

「ええ、そのようです」

 

 利奈の耳にはまだなにも届いていない。

 

「……しかし、さすがですね、リボーン殿。機械越しで気配が伝わりにくいというのに」

「長年の勘と年季の差だな」

「……え?」

 

 ツッコミどころしかないリボーンの発言に疑問を呈したところで、広い空間に声が響いた。

 

「相沢さん!?」

 

 聞きなれた声が聞こえる。この世界では、違う声になっていたけれど。

 入り口に立つ綱吉は、中にいる利奈を見て目を丸くしていた。あまりの驚かれぶりに、気恥ずかしさを覚える。

 

「ひ、久しぶり」

「なんでここに――いや、それよりも、ミルフィオーレに攫われたって聞いたけど、いったいなにがあったの!? あと、ヴァリアーでなにかされなかった!?」

 

 気持ちはわかるけれど、矢継ぎ早なうえに、簡単に答えられる質問がない。

 しかし利奈が口を開くより早く、了平が大声を出した。

 

「なにぃーー!? そんなことがあったのか!?」

 

 了平が驚愕するが、武と隼人はそんなに驚いていない。

 ここに利奈がいることには驚いているみたいだけど、利奈がどこにいたのかはすでに知っていたようだ。あのメッセージを見ていたのかもしれない。

 

「ヴァリアーというと、先日拳を交えた相手ではないか! そんなところでいったいなにを――」

「やめろ! お前が口開くとめんどくせーんだよ!」

「なにを言う! 行方不明になっていた後輩が敵陣に捕らえられていたと聞いて、なにも思わないやつがどこにいる!」

「まあ、そうっすよね。それについてはあとで説明しますんで、とりあえずは話を進めさせてもらっていいっすか?」

 

 さすが武。運動部だけあって、先輩を立てつつも話の主導権を握っている。

 

(みんな変わってなくてよかった……って、ん? 変わってない?)

 

 変わってないどころか、一人とてつもなく変わっている人物がいる。

 そう、一番声の大きい了平が、利奈の知っている姿ではなくなっている。

 

「笹川先輩!? 笹川先輩まで変わっちゃったんですか!?」

「む? 俺は変わりないぞ! しいていうなら、お前たちを探す日本五周旅で極限にたくましく――」

「そういうことじゃねえんだよ! 筋肉仕舞え! 話が一向に進まねえじゃねえか!」

 

 隼人の言う通りだ。むしろ後退している気がする。

 

「了平も入れ替わったぞ。

 そういえば、お前の修行をサポートしたって十年後のあいつが言ってたな。どういう修行だ?」

「え……」

 

 言えるわけがない。白蘭を殺すための暗殺講義をみっちり半月受けていたなんて。

 しかも、その成果をついさっき披露しかけていたことなんて。

 

「そんなことより、リボーン! なんで相沢さんがここにいるんだよ! まさかお前が連れてきたのか!?」

「あ、いえ、拙者です。

 相沢殿が、スパナ殿に会いたいとおっしゃられたので、拙者が護衛を」

「スパナに? なんでまた……」

「お世話になったの。ミルフィオーレファミリーに監禁されてたときに」

「袖触れ合うも他生の縁」

「入江――さん、とも自己紹介したよ。前にも会ってたけど」

「そ、そっか……」

 

 綱吉は複雑そうな顔をしている。

 あと十分ほど早く着いていたら、正一同様胃を痛めていたかもしれない。

 もっとも、綱吉たちがいたら、理性を失うことはなかったのだけれど。

 

「お前ら、京子たちはどうした。先に返したのか?」

「あ、うん。壁とか崩れてて危ないからって、チビたちと一緒にビアンキに送ってもらった。

 二人がなにしてるかもわからなかったし――そうだ! これ、差し入れのお弁当です」

「わあ、助かるよ」

 

 思い出したように渡された包みを、正一は嬉しそうに受け取った。

 

「と、ところで相沢さん。さっきの続きなんだけど――」

「なんだったっけ?」

 

 了平のせいで、綱吉がなんと言ったかすっかり忘れてしまった。

 聞き返すと、綱吉は困ったような焦った顔で瞳を左右に動かした。

 

「えっと……と、とりあえず、相沢さんはどこまで知ってる? この世界のこと」

「どこまで……って言われても」

 

 彼らがどこまで知っているかわからないのだから、答えようがない。

 彼らより先にこの世界に来たとはいえ、自由の身だった彼らに比べれば、情報源は格段に少ないのだ。

 知ったかぶりしているみたいになるのもいやで、利奈は言葉を濁した。

 

「じゃあ、ヴァリアーってなにかわかる?」

「ボンゴレファミリーが誇る最強の暗殺者集団……ってみんなは言ってたけど。ボスはXANXUSで、守護者も全員言えるよ」

「なんてこと教えてんの!? ……いや、しばらく生活してたんなら、それくらいは……」

 

 後半は独り言になっているが、綱吉は気を取り直すように次の問いを出した。

 

「ミルフィオーレはわかる?」

「ボンゴレファミリーと抗争しているマフィアでしょ。ブラックスペルとホワイトスペルがあって、スパナがブラック、正一さんがホワイト。ボスは白蘭」

「ばっちり全部把握してんじゃん! じゃあボンゴレは!?」

「最後に一番簡単なのきたね。

 大人になった沢田君がボスやってるマフィア。この世界来る前から沢田君がボス候補だって知ってたけど」

「なんでそんな前から知ってんのーーーー!? なんなの!? じつは相沢さんもマフィアの人だったりするの!?」

「あっはは!」

 

 反応は面白いけれど、過大評価にもほどがある。

 骸からあらかじめ聞かされていたとはいえ、綱吉以外はそんなこと重々承知していただろうに。

 

「十代目。その――じつはリング争奪戦最終日に、こいつ戦いに参加してたんすよ」

「……え? ええええええ!? どういうこと!? なんで!?」

「そうか! あのとき沢田は極限に戦っていたな!」

「ハハッ、それじゃしょうがねーのな」

「お、俺だけ!? 知らないの俺だけーー!?」

 

 参加したと言っても、画面端でウロチョロしていただけだ。

 利奈がいなければ恭弥が深手を負うこともなかったぶん、足手まといと言われても文句は言えないだろう。

 

「まあ、その辺りは帰りにでもねっちょり聞かせてもらえ。

 そろそろ帰らねーと、こいつらの邪魔になる」

「はっ! そうだった! ご迷惑をおかけしまして!」

「いやいや、僕たちは全然かまわないよ。でも、帰るのならくれぐれも気をつけてね」

「ふん、お前に言われなくってもわかってるっつーの!」

 

 ここから先は完全に内輪の話である。

 道すがら互いの情報をすり合わせることにして、一行はメローネ基地跡地をあとにした。

 

(みんな、私の知ってるみんなだ。学校の帰り道みたい)

 

 ここにきてようやく、本当の意味で知り合いと再会できた利奈は、帰り道のお喋りを心ゆくまで満喫した。

 ――隼人と盛大に口喧嘩を始めるまでは。

 


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