ボンゴレアジトに戻った利奈は、すぐさま出迎えに来てくれた京子たちと感動の再会を果たした。
フゥ太が気を利かせて、二人に声をかけておいてくれたらしい。
「あんただれー?」
「もう忘れちゃったの? 沢田君たちの友達の利奈だよ」
「利奈ぁ?」
「わかんないかあ。寝てたもんね」
了平と同じように、ランボも十年前の姿になっている。
この世界のランボは利奈を庇って怪我を負い、そしてそのランボを守るために利奈はランボから離れたのだが――会えなくなったのは残念だった。
「こっちの子は?」
「この子はイーピンちゃんです! ランボ君のお友達で、お手伝いも率先してくれるすっごくいい子なんですよー」
女の子が両袖を合わせてぺこりと一礼する。格闘技を習っているのか、お辞儀がきれいだ。
「この子も十年前から来た子なの?」
「はい! ハルたちと一緒でした」
女の子も同意の声を上げたけれど、日本人ではなかったようで、言葉がまったくわからない。
雰囲気と服装から察するに、中国語なのだろう。
「にい、はお?」
「!」
嬉しそうに女の子が利奈が言った言葉を繰り返す。
やっぱり中国語だったらしい。
「それじゃ、夕ご飯の準備に戻ろっか。ここではね、私たちが家事を引き受けてるの」
「そうなの? じゃあ、私も手伝うよ」
「助かります! みなさんよく食べられるから、作る量が多くって大変だったんです!」
「ふふ、なんか調理実習みたいだね」
確かに、同じ学年のみんなで食事を作るなんて、まるで調理実習のようだ。
「イーピン、も!」
「もちろんイーピンちゃんもお願いね。今日はロールキャベツ作るんだー」
「おいしそう! ……ところで、ロールキャベツってどうやって作るの?」
手伝いに名乗りを上げたものの、料理の経験どころか、知識すらゼロに近かった。
母親を手伝ったりすることもあったけれど、味噌汁のみそを解いたり、カレーが焦げ付かないようにかき回したり、そういった補助的な作業しかやったことがない。
(……二人とも、料理スキル高すぎない?)
一緒に台所に立ってわかった。レベルがあまりにも違いすぎる。
「お兄ちゃんがいっぱい食べるから、私も料理作ったりしてたの」
「ハルは将来お嫁さんになったときのために修行を積んでいましたので! 肉じゃがはお父さんからも太鼓判をもらっていますよ!」
「ランボさんはねー、ブドウ食べるのが得意ー」
「そっかー、ランボ君はブドウが好きなんだねー」
イーピンはイーピンで生地を綿棒で伸ばしていた。
身振り手振りから察するに、肉まんの類を作るつもりなのだろう。
(どうしよう……。私、ハンバーグですら焦がしそうなのに)
同学年の二人がここまで別格だと、とてつもなく肩身が狭い。
しかし料理初心者が張り切ったところで怪我するのは目に見えていたので、おとなしくサラダに使う卵を茹で始めた。
(……食材の捌き方ならスクアーロに教わったんだけどな)
刃物の使い方の延長として、魚と鳥の捌き方は教わっている。
魚を三枚に下ろしたり、鳥を部位ごとに切り分けたりはできるけれど、今日の夕ご飯はロールキャベツだ。出番がない。
ちなみに、鳥の捌き方を教わった初日はごっそりと食欲を削られ、鳥の羽毛で溺れ死ぬ悪夢を見た。牛と豚に挑戦する前に日本に帰れたのは幸運だろう。
遠い目をしながらレタスをちぎっていく。
「いいにおーい。今日はなに?」
料理が佳境に入ったところで、ぞろぞろと男子勢が集まり始めた。
「ロールキャベツだよー」
「ご飯はもう炊けてます!」
「んじゃ、俺よそうわ。獄寺、茶碗出してくれ」
「あ? 命令すんな!」
フゥ太は味噌汁のお椀を取り始めたし、綱吉は冷蔵庫を開けてパックジュースを取り出している。了平はオロオロしながらも、京子に言われて席に着いた。
「おらよ、茶碗出して――」
「……」
切り終わった茹で卵をサラダに乗せていたら、茶碗を抱えた隼人と目が合った。
「ふん!」
「ヘッ!」
互いに高速で目を逸らした。
「あ、相沢さん」
「なあに?」
愛想よく答えると、綱吉が微妙にひきつった表情をしていた。見ていたらしい。
「飲み物なにがいい? いろいろあるんだけど」
「どれでもいいよ」
「そ、そう? えと、じゃあ、リンゴで」
綱吉が持つお盆にリンゴジュースが乗せられる。
それらをひとつひとつ席に置き始めた綱吉は、ハルとランボのあいだが一席空いているのを見つけ、足を止めた。
「なんかここ席が空いてるけど、だれの席?」
「クロームちゃんの席です……」
水を注ぎながらハルが応える。
「クロームちゃん、帰ってから一回もご飯を食べてないんです」
「えっ!」
綱吉の驚く声を聞きながら、利奈はぽっかりと空いている空間に目をやった。
クロームもこのアジトにいると知ったのは、食事の準備があらかた終わってからだった。
仕事をしているジャンニーニたちの分は、最初によそって部屋まで届けたのだけど、まさか京子が運んだ方がクロームの分だったとは知らなかった。
あとから知らされたときは驚いたし、京子たちもまさか利奈がクロームの友達だったとは知らなかったようで、二人にも驚かれた。
そうと知っていれば、届けるついでに声をかけていたのに。
「でも、ご飯食べられるくらいには回復したって聞いたけど」
「お部屋の前にはご飯置いてきたんだけど……でも、いつも手をつけてくれないの」
京子が眉を下げる。
食欲がないのか、体の具合が悪いのか。繊細な子だから、なにか不安があって食べ物が喉を通らなくなっているのかもしれない。
黒曜中のみんなはいないし、ただでさえ心細いだろう。
「人の心配するのはいいが、お前らもちゃんと食っとけよ。
これから死ぬほど忙しくなるんだからな」
リボーンの言葉で、綱吉たちが一瞬体の動きを止めた。
「なんで休み中にそんなこと言うんだよ、感じ悪いなー」
「そりゃあ、これ食い終わったら俺に付き合ってもらうからだ。お前らに」
「ええ!?」
「ちょっと付き合って?」
「語尾にハートマークつけんな!」
今日までは休養期間だったらしいけど、どうやら前倒しで修行が始まるらしい。
利奈には縁のないことなので、頂きますの大合唱のあとにロールキャベツを口に入れた。
(! おっいしーい!)
二人の手によって作られたロールキャベツは、キャベツがほろりと崩れ、肉汁が口いっぱいに広がる最高の出来栄えだった。
久しぶりに食べるご飯との相性は抜群で、利奈は嬉々としてご飯を口に頬張った。
「んー! やっぱりご飯美味しー!」
「そういえば、利奈さんはイタリアにずっといたんですよね!」
京子の横からハルが顔を出してくる。
「イタリアのお話聞きたいです! どんなところにいたんですか?」
「私も知りたいなー。イタリア行ったことないから」
キラキラした瞳で見つめる女子勢と違い、こちらを見る男子勢の目は牽制を孕んでいた。
綱吉はハラハラしすぎるあまり、箸を逆に握っている。
(そんなに見なくたって言わないよ)
内心鼻を鳴らしながら、にっこりと二人に笑いかける。
「それがさ、私ずっとお屋敷から出られなかったから、全然イタリア観光してないの。
でもね、お屋敷がすっごく豪華でね――」
住人たちの話には触れずに、お城で見たものや食べたものの話を広げていく。
そこだけなら普通にホームステイの話だったので、隼人以外は興味を示していた。
うっかり射撃場があったことも喋ったけれど、海外の話だったので二人はすんなりと聞き流した。
「いいですねー! ハルもそんなお城みたいなおうち、泊まってみたいですー!」
「でしょー。最初は全然落ち着かなかったけど。それにみんなも、またいつでも遊びに来ていいって言ってくれたし」
「へ、へー。そうなんだ」
綱吉が若干目を逸らす。
社交辞令の言葉だと思いたいだろうが、彼にとっては残念ながら、建前ではない。住所も記憶済みである。
「ねえ。ちょっと聞いておきたいんだけど――」
「うん?」
一通り話終えたところで、京子が心持ち距離を詰めてきた。
「獄寺君となにかあった?」
その瞬間、利奈と綱吉の動きが止まった。
ほかのみんなには聞こえていなかったようで、雑談しながら食事を続けている。
「なんで?」
「さっきから二人とも目を合わせてないし……」
「それに利奈さん、獄寺さんを見るときの目がすごいですよ。こんな感じになってます」
睨むように目を細めるハルに、利奈は苦笑を浮かべた。
なるほど、そんな目で見ていればすぐになにかあったと気付くだろう。
(まあ、悪いのは獄寺君……っていうか、みんななんだけど)
ちらりと綱吉の顔を窺うと、ビクッと身体を震わせた。
目が言わないでくれと訴えている。
(言ったらバレちゃうもんね。沢田君たちが隠し事していることが)
――メローネ基地からの帰り道。
綱吉たちから明かされた衝撃の事実に、利奈は思わず大声を出した。
「京子になにも話してないの!? ほんとに!?」
信じられないものを見る目で彼らを見ると、彼らは一様に、きまり悪そうに視線を外した。
彼らがこの世界に来てから、もう半月以上経っている。
それに、了平以外はメローネ基地でミルフィオーレファミリーと激闘を繰り広げたはずだ。
それなのに、京子たちは一切事情を知らされていないなんて、そんな無茶なことがあるのだろうか。
「なんで話してないの!?
だって、いきなり十年後とか言われて、地下に閉じ込められたりしたらおかしいって思うでしょ!? なにやってんの!?」
憤慨しながら代表者である綱吉に詰め寄った。
詰め寄ったぶん綱吉が後ろに下がるので、距離は埋まらない。
「っ、それは、二人を不安にさせたくないから――」
「そんなの、なにも教えてもらえない方が不安になるじゃない! 信じらんない、勝手すぎ!」
なにも知らなければ、なにもできない。
それがどれだけ心細く苦しいことなのか知らないから、そんなことが言えるのだろう。
「……わかった。戻ったら私が全部話す」
「ええ!? ちょ、それは困るんだけど!」
「は!? なにが困るの? まだ隠すつもりなの?」
「だって、マフィアが関わってるなんて、言えるわけ……!」
「本当のことならしかたないでしょ!」
綱吉は知っている側の人間だから、そんな悠長なことが言えるのだ。
利奈だって、なにも教えてもらえずにヴァリアー邸で保護されていたとしたら、不安に押し潰されそうになりながら一日一日を耐え忍んでいただろう。
友達がそんな状況に置かれていると知って激昂しないでいられるほど、利奈は大人ではない。
「沢田君たちは間違ってるよ。そうやって隠し事するの、よくないと思う。
京子と三浦さんがかわいそうだよ」
「うっ」
「十代目、こいつの意見を聞く必要はありません」
口ごもる綱吉を守るようにして隼人が前に立つ。
敵意がむき出しなのは、綱吉に声を荒げたせいだろう。
「黙っていれば言いたい放題言いやがって……!
十代目には十代目の考えがあるんだ! いきなり出てきて偉そうなこと言ってんじゃねえ!」
「おい、獄寺」
武が引き止めようとしたが、それよりも先に利奈は隼人との距離を詰めた。
前のめりになって隼人を睨みつける。
「その言い方はないでしょ! 言っとくけど、私の方が先に来てるんだから!」
「それがどうした! お前はこっちの事情なんて知らねえだろうが! 関係ないやつは黙ってろ!」
「っ――」
「獄寺!」
――利奈の頭に血がのぼっていたのは幸いだった。
でなければ、その言葉が決定的な一打となって、二度と埋まらない溝を生みだしていただろう。こちらの事情を知らないのは、彼らも同じだったのだから。
だから、利奈が右手を翻して渾身の力で隼人の頬を打っても、まだ最悪の状況とは言わなかった。
「ぬおっ!?」
「ひいっ!?」
「おっと」
隼人より先にほかの三人が声を漏らした。
打たれた本人は束の間、放心して、それからたちまち鬼の形相になった。
「てめえなにしやがる! ぶっ殺されてえのか!?」
「やってみれば!? 私を殺せるんならね!?」
「んだとぉ!」
「や、やめてよ、二人とも!」
「そうだ! 極限に落ち着け!」
ヒートアップした二人が胸ぐらを掴みあったところで、男子三人が隼人を押さえつけた。
しかし利奈が手を離そうとしなかったために、了平が間に入る形で二人の距離を引き裂く。そうして首だけ動かして隼人を叱責した。
「なにをやっているのだ、獄寺! 相手は女だぞ!」
「お前の目は節穴か!? 今のどこに手加減する要素があんだよ! 先に手を出したのもこいつだぞ!」
指差す隼人の手を武が払う。その目は真剣なものだった。
「いや、今のは獄寺も悪いだろ。関係ないってことはないんだからよ」
「……うん、山本の言う通りだよ。俺たちが巻き込んだんだから」
「……っ」
隼人の葛藤は武の言葉にか、それとも綱吉が賛同したことにか。
とにかく、隼人は自分の主張を呑み込んで拳を収めた。
そうなると利奈も矛を収めるしかなく、無言のまま服を握り締めた。手のひらは鈍く痺れていた。
(――なんて、言えるわけないし)
「さっき喧嘩したの。獄寺君があまりにも横暴だったから」
「そうなんですか? 獄寺さん、ちょっとそういうところありますけど――」
ちらりと顔色を窺うハルを、隼人はすかさず睨みつけた。
ハルがひええと悲鳴をこぼすが、隼人は無言を貫く。頬は若干赤くなっていた。
(……顔叩いたのは悪かったかも)
訓練で慣れていたせいで、後先考えずに全力で叩いてしまった。
殴り返されていたとしても文句は言えなかっただろう。
(でも、私は悪くない。隠し事してる沢田君たちが悪いんだもの。うん、そうに決まってる!)
しかし、それはそれとして、綱吉たちの方針にひとまず従うことになった。
京子の兄である了平に、お願いだから京子にこんなひどい世界の話をしないでくれ! この通りだ! と土下座されたからである。
先輩である了平が、妹の友達でしかない利奈に、頭を地面につけてまで懇願したのだ。さすがに無下にできなかった。
「利奈」
眉をしかめながら食事をしていたら、リボーンに声をかけられた。
「イタリアのことで聞きてーことがある。片付けが終わったらお前もちょっと付き合え」
「……いいよ」
どうせ、イタリアの話ではないのだろう。
このぶんだとクロームを訪ねるのは明日になりそうだと、利奈は苦い気持ちごと食べ物を飲み込んだ。