新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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賑やかな歓迎会

 恒例の修行が始まり、利奈はケーキを食べながらそれを眺めた。

 フルーツタルトを食べながらディーノの冴えた鞭捌きに感嘆し、ミルフィーユを食べて涙を流す。

 

(お、美味しすぎる……!)

 

 風紀活動関連で美味しい物は星の数ほど食べてきたけれど、涙を流すほど感動したのはこのミルフィーユが初めてだった。

 哲矢が気を利かせて買ってきてくれた紙コップの紅茶を啜りながら、サクサクのパイ生地触感を楽しむ。

 

「相沢、このあとの予定は?」

 

 ケーキがほとんどなくなったところで哲矢に声をかけられる。

 修行の邪魔にならないように屋上の入り口の上に座っているから、動き回る二人がよく見える。

 

「ないです。夜に歓迎会がありますけど」

「そうか。なら、風紀財団の施設に顔を出してみないか? 地下にもあるが、地上にもビルがあるんだ」

「それ、初めて聞きました」

 

 雲雀恭弥ほどの悪名――ではなく名声があれば、ビルのひとつやふたつ、簡単に用意できるだろう。

 自腹を切ったのか、貯めに貯めた活動費を使ったのか、はたまた後ろ暗い人たちに金を用意させたのか。いずれにしろ、きれいなお金で建てられたものではないだろう。

 

 立ち上がった利奈は、スカートをはたいてから三百六十度を見渡した。

 さすがに並盛町すべてを一望することはできないが、この視界のどこかに、財団のビルがあるのだろう。

 

「で、どうだ?」

「行きます! 私、草壁さんとヒバリさん以外だれにも会ってないです」

「そうだな。お前の班――五班だったか。大木たちも揃ってるぞ」

「ほんとですか!?」

「ああ。並盛を出てるやつもいるが、大木に竹澤に……近藤か。その辺りはな」

 

 中学生の時の班割りを口にしながら、哲矢が車の鍵を取り出す。

 十年前の班割をよく覚えているものだと思いつつ、鍵を受け取った。

 

「先に車に乗って待ってろ。ロマーリオさんと話がある」

「ん? 今日の話か?」

「ええ。一応店の候補はあるんですが、ロマーリオさんの希望もお聞きしたくて」

 

 ロマーリオ相手だと、哲矢の敬語もしっくりとくる。

 スーツ姿の二人が端末を弄りながら話している姿は味があったが、会話を聞いていると、どうやら飲みに行く話をしているだけらしい。

 上司二人が全力で戦っているのに呑気だなと、未成年の利奈は生温い目で眺めた。

 

「――それで、未来で働いてるところに行ってたの?」

 

 手持ち無沙汰そうに視線をさまよわせながら、クロームが尋ねた。

 

「うん。結構立派なビルでね、中もすごくきれいだったんだけど、全然見る余裕なかったや。みんなすごかったから」

 

 シャツのボタンを外して、ハンガーにかける。

 それから髪飾りを外して頭を左右に振ると、視界の両端に髪が映った。

 

「……髪、伸びた?」

「そうなんだー。晴の炎っていうの浴びたら、髪とか爪とかすごい伸びたの。

 髪はいいけど、ほかの毛は伸びてほしくないよね」

 

 万能に思える活性化の力にも、思わぬ落とし穴があった。

 足に炎を当ててもらったあとにその欠点に気付いたので、そのときはすぐさま風呂場へと駆け込んだ。

 

(髪の毛も洗ったり乾かしたりするの大変だったけど、あそこのシャンプーいい匂いだったなあ。髪の毛サラサラになったし)

 

 ベッドに置いておいた長袖のインナーを頭から被ると、オレンジ色のニットを渡された。

 それもまた頭から被って、スカートの下からショートパンツを履く。

 

「クローム、制服で行くの?」

 

 部屋に戻ろうとしたらドアの前でクロームが待っていたのだけれど、クロームはいつもと同じ、おなかの開いた黒曜中学校の制服を着用していた。

 ほかのみんなは私服だから、このままだと浮いてしまいそうだ。

 

「私の着る? クロームが好きなのあるかわからないけど」

 

 片隅にある服の山を指差すと、クロームは激しく首を横に振った。

 

「大丈夫」

「一応見てみない? たくさんあるから、着てないのもいっぱいあるよ」

「う、ううん。大丈夫。気にしないで……!」

「そう?」

 

 あたふたと動揺するクロームにそれ以上勧めることもできず、利奈は着替えを終えた。

 

 いやがっているようには見えないけれど、遠慮されてしまっている。

 だいぶ打ち解けてきたと思っていたけれど、まだまだ溝は埋まっていないらしい。

 

(もっと仲良くなれるんなら、いいんだけどね。

 でも、おそろいとかやってみたかったかも……)

 

 利奈が黒曜中の制服を着ればすぐにでもおそろいになれるけれど、それをやったら、また風紀委員をクビになりそうな予感がしている。

 下手したら学校すら退学になりそうだ。おそろいの代償が恐ろしすぎる。

 

(恐ろしいっていえば、竹澤さんとか佐藤さんとかが恐かったな。

 勢いよく来るから殺されるかと思った……)

 

 腕を伸ばされて反射的に避けてしまったけれど、避けていなかったら頭が取れるほど揺らされていたに違いない。

 財団のビルに入ってから、ずっとそんな感じだった。

 

「そんなにみんな驚いてたの?」

「もうすごかったよ。……えっと、なんか私、危険な目に遭ってたみたいで」

 

 こんなタイミングで未来の自分が殺されているなんて言えるわけがない。

 利奈は適当に言葉を濁した。

 

 ――この世界の利奈は、利奈が来る前に殺されている。

 だから彼らは今の利奈の姿に亡くなった利奈を重ねて、どうしようもない気持ちになってしまったのだろう。

 

 受付に立っていた女性は、利奈を見るなり泣き出した。

 女性社員たちは悲鳴を上げながら崩れ落ちた。

 見知った委員の人たちはさすがに落ち着いていたけれど、何人かはつらそうに眉をしかめていた。

 

 相沢利奈は愛されていたのだ。

 しかし、その利奈と今の利奈は繋がってはいても別人である。

 だから彼らの傷を目の当たりにしても、利奈にはどうすることもできなかった。

 されるがまま、言われるがままに甘えることしかできなかった。

 

「お菓子いっぱいもらったの。クロームにもあとで分けてあげるね」

「ありがとう。……?」

 

 唐突に部屋のドアが開いた。

 イーピンがひょっこり顔を覗かせたと思ったら、押しのけるようにしてランボが飛び込んでくる。

 

「ランボさんが直々に迎えにやってきてやったぞー! 褒めろー!」

「ランボ!」

「ランボ君、イーピンちゃん突き飛ばしちゃだめだよ」

「突き飛ばしてないもーん! イーピンが勝手に止まったんだもーん!」

 

 ランボは全力で走ってきてしまったらしい。

 イーピンはまだ怒っていたけれど、ランボはどこ吹く風で部屋の中を走り回る。

 

「ちょっ、ランボ君、だめだってば!」

「なにこれ? もしかしてー、もしかしてー。ランボさんへのプレゼント!?」

 

 片隅に積まれた荷物に目を輝かせているけれど、それはさっきクロームに勧めた服の山である。

 

「全部私の服だよ」

「なんだー、つまんないのー」

 

 途端にはしゃぐのをやめたランボの現金さに、苦笑いしか浮かばない。

 このランボが十年後にはああなるのだから、人というのはわからないものだ。

 もしかしたら十年後の利奈も、色気たっぷりな大人の女性になっていたり――しないことは、十年経っても変わっていないというみんなの証言で理解している。ちょっと夢を見てみただけだ。

 

「んじゃ、行こっか。迎えに来てくれてありがとね」

「あ、ありがとう……」

 

 利奈に合わせてクロームがお礼を言うと、イーピンがにっこりと微笑んだ。

 クロームも頑張って微笑むから、あまりの微笑ましさに利奈の頬も緩む。この調子でどんどんみんなと仲良くなってほしい。

 

 四人で食堂に行くと、もうすでに全員が揃っていた。

 

「――えっと、それじゃあ、笹川先輩へ十年後の世界へようこそと、イタリアから来てくれたバジル君と相沢さんにいらっしゃいで――乾杯!」

「乾杯!」

 

 たどたどしい綱吉の音頭とともに、歓迎会の幕が開く。

 今日はみんなグラスに好きな飲み物を注いでいるし、立食パーティーだから椅子もない。

 好きなものを好きなだけ食べられるし、好きに動いてもいい。

 

「クロームちゃん、来てくださったんですね! 体調はもう大丈夫ですか?」

「……あっ」

 

 すぐさまやってきたハルと京子にクロームが焦り出す。

 好物を皿に取っていた利奈は、クロームに袖を掴まれてやっとそれに気付いた。

 

「来てくれてありがとう。

 ほんとはクロームちゃんの快気祝いにもしたかったんだけど、クロームちゃん、参加できるかわからなかったから。

 だから、クロームちゃんも怪我が治っておめでとう」

 

 京子がグラスを差し出すと、ハルも同じようにグラスを掲げた。

 

「……っ」

 

 クロームに目で助けを求められる。

 引っ込み思案な妹ができたような気持ちになりながら、利奈は二人に同調するようにグラスを持った。

 

「じゃあ、クロームが元気になったお祝いに――かんぱーい!」

「かんぱーい!」

「えっ、あ、……かん、ぱい」

 

 コチンっと控えめにグラスが音を立てる。

 クロームは真っ赤な顔で縮こまってしまったけれど、京子たちはニコニコと顔を見合わせている。

 

「ところで、ハルさん?」

「はひ?」

「京子とクロームはちゃん付けなのに、なんで私はさん付けなの?」

 

 共同生活を一緒に暮らしている京子がちゃん付けなのはわかる。

 でも、ほとんど話したこともないクロームがちゃん付けされているのに、なぜか自分だけさん付けされているのには引っかかっていた。

 

 キョトンとした顔のハルにむうと唇を尖らせると、ハルはあれ? と首を傾げた。

 

「そ、そういえばそうですね。全然気付きませんでした……。

 あれ、利奈さんはなんて呼んでくださってましたっけ?」

「ハルちゃん。そだ、ハルって呼んでもいい? そっちの方が呼びやすいんだよね」

「いいですよ。えっと、じゃあハルは――利奈ちゃん、でいいですか?」

「もっちろん」

 

 早々にわだかまりが解けたところで、利奈はようやく好物のクリームコロッケを口に運んだ。

 さっくりとした衣にトロッとしたクリーム。噛むたびに混ざり合って、頬が落ちそうになる。

 

「これも二人が作ったの? すごいね!」

「利奈が好きって言ったでしょ。作ったことなかったから、レシピ見ながら頑張ったんだよ」

「一緒に唐揚げもたくさん揚げたんですよ。やっぱりご馳走に唐揚げは外せませんし!」

「人気だよねー。いっぱい作ってよかったあ」

 

 唐揚げの山はみるみる小さくなっている。男子が次々と皿に持っていくからだ。

 なくなる前にとひとつ頂くと、ジュワッとした肉汁とニンニクの香りにまたもや破顔した。

 二人とも、今すぐにでもいいお嫁さんになれるだろう。――それにひきかえ。

 

「私、たぶん作り方見ても作れない……」

 

 焦がすか生焼けにする未来しか見えない。

 二人との差にしょんぼりしていたら、きれいな手に肩を叩かれた。 

 

「心配しなくても、練習すれば作れるようになるわよ。

 私も愛する男のために腕を磨いたものだわ」

「ビアンキさん」

 

 大人の笑みを湛えるビアンキに顔を上げる。

 十年経ったビアンキは美しさにますます磨きがかかっていて、同性でもドキッとしてしまう。

 

「そうですよ! 料理は愛情です!」

 

 力強く同意するハル。

 

「好きな人のために作ってたら、自然と上達しちゃうものです。

 かくいうハルも、いつも愛情をたっぷりと注いでますよ!」

「へえ……」

 

 確かに、好きな人に食べてもらうためになら頑張れそうだ。

 綱吉がいるから、毎日一生懸命に努力しているに違いない。

 

「ラブの力は何物にも勝る力なんです! ハルはいつもツナさんのことを想って――」

「え、俺がなに?」

 

 当然といったら当然だが、自分の名前を聞きつけた綱吉がこちらに顔を出した。

 ハルの目が真ん丸に見開かれる。

 

「あ、沢田く――」

「はひいいいいいい!」

「ぎゅふ!」

 

 悲鳴を上げたハルに飛びつかれ、利奈は奇声を発した。

 皿の上のシュウマイが落ちそうになる。

 

「ふ、ふふふ不意打ちは卑怯です! ハルのハートがオーバーヒートしちゃいます!」

「ハル、私も死ぬ゛からやめで……!」

「お、おい! ハル、やめろ! 相沢さん痛がってるから!」

「ツナさんが悪いんです! 乙女の会話を盗み聞きするから!」

「はあ?」

 

 どちらかというと、当人がいる場所で乙女の会話を始めたハルに非がある。

 しかし利奈は呼吸をするので精いっぱいだった。

 

「どうした。愛人同士の揉め事でも起こしたのか、ツナ」

「リボーン!? やめろよ、そういうドロドロした冗談!」

 

(それだと私、嫉妬で殺されるやつ!)

 

 とはいえ、赤ん坊のリボーンが来たからか、ハルはようやく落ち着きを取り戻した。

 

「まったく、ツナさんはいつでもドキドキさせるんですから」

「そういうのやめろよ。お前が勝手に暴走しただけだろ」

 

(暴走っていったら、笹川先輩危なかったな)

 

 勢いに任せて打倒ミルフィオーレ・白蘭を掲げ、すかさず隼人に羽交い絞めにされていた。妹には黙っていてくれと土下座までしたのはなんだったのか。

 

 それからは適度にみんなと話して、適度に料理を頂いた。

 歓迎会も半ばといったところで、クロームに控えめに袖を引かれる。 

 

「……私、部屋に戻る」

 

 人の多さに疲れたのだろう。少しぐったりとしていた。

 

「一緒に行こうか?」

「ううん、大丈夫」

「そう? あっ、皿なら私片付けるよ。ゆっくり休んで」

「うん。……ありがとう」

 

(無理させちゃったかな。料理はちゃんと食べてたけど)

 

 皿の上の料理はきれいに完食されているし、グラスも飲み干されている。

 疲れているだけだろうと判断して、利奈は空の食器を流しに運んだ。

 

 流しにはすでに空になった大皿やトングなどが置かれている。水で軽く汚れを落とし、ほかの食器と一緒に水につけこんだ。

 こうしないと汚れがこびりついて落ちにくくなると、母親に教わっている。

 

 蛇口を締めてから、後ろに人が立っているのに気付いた。

 水の音で足音が聞こえなかったが、利奈が終わるのを待っていたようだ。

 

「あ、食器もら――う、けど」

 

 言葉が途切れる。出しかけた手が引っ込む。

 後ろに立っていたのは、冷戦状態のはずの隼人だった。

 

 

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