新米風紀委員の活動日誌   作:椋風花

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逃れられない運命

 物事には何事も長所と短所がある。

 殺風景で代わり映えがないとみんなで評していたアジトにも、いいところはあった。階層さえ把握できていれば、目当ての部屋に必ず辿りつけるという点だ。

 時間はかかるものの、一部屋一部屋しらみつぶしに調べていけばそれで済むのだから簡単である。

 

(まあ、予想通り遠回りになったけど)

 

 生まれつき方向音痴の利奈と、部下がいなければすべてにおいて音痴であるディーノ。

 そんな二人が、すんなりとスパナの元へと辿りつけただけ上出来だろう。

 ディーノにはエレベーターのボタンを押し間違えられたけれど、すぐに正しい階を押し直したので問題はない。こればっかりは、日頃の下働きの賜物である。

 

「スーパナ!」

 

 膝に抱えたパソコンに夢中になっているスパナに声をかけると、ピクリと背中を動かしてスパナが顔を上げた。口にはいつものとおり、飴を咥えている。

 

「……利奈か」

「作業中ごめんね。お弁当箱貰いに来たんだけど、食べた?」

 

 床にあった弁当箱をスパナに渡される。ほかの弁当箱と同様に空っぽだった。

 

「どれも美味しかった。

 小さな箱におかずがたくさん。日本の食文化は興味深い」

「量足りた? 今なにやってるの?」

 

 パソコン画面には設計図らしきものが映っている。

 見やすいようにスパナがパソコンをずらしたので隣に座った利奈だったが、すぐに理解を諦めた。画面に書かれていたのは、すべてラテン文字だった。

 

「……で、これなに?」

「超軽量小型酸素ボンベの案」

 

 スパナがキーを叩くと、完成した酸素ボンベのイメージ図に切り替わった。

 酸素ボンベというと、スキューバダイビングで使う、口で咥えるマスクと筒状のボンベを思い浮かべるけれど、これは口元を覆うタイプのマスクと、リュックに似た形の小型ボンベだ。

 

「医療用マスクを参考にしてみた。チューブ型も考えたけど、鼻も覆えたほうが利点が多い。これなら有毒ガスにも耐えられる」

「へえー。じゃ、あれは泳ぐときの服?」

 

 床に置かれている方のパソコンの画面を指差す。

 そちらは見た目が標準的なウェットスーツだった。

 

「そう。ステージがどうなるかわからないから、水中戦も考慮しておいた方がいいと思って」

「水中でバトル……寒そう」

「大丈夫。耐寒・耐熱素材の準備はできてる」

 

 カチャカチャとキーボードを叩くスパナを眺めていたら、ぬっと頭上に影が差した。

 顔を上げると、不思議そうな顔をしたディーノに見下ろされていた。

 

「あっ、ごめんなさい!」

「ああ、いや。ずいぶんと仲がいいんだなと思って」

 

 除け者にして気分を害してしまったかと思ったけれど、スパナとの親密さを気にしていたらしい。そういえば、スパナと顔見知りであることをすっかり伝え忘れていた。

 

「メローネ基地でいろいろお世話になってたんです。

 いつもご飯とか持ってきてくれてて」

「日本人だったから。ウチ、日本が好きなんだ」

 

 理由を聞くたびに、日本人でなかったらどうだったのかと複雑な気持ちになるけれど、スパナは重度の日本好きなのだから仕方がない。

 それに、もし仮にあのときスパナと出会っていなくても、どうせここで巡り合っていたのだ。縁というものもあなどれないものである。

 

「そうか。……よくしてくれるやつもいたんだな」

 

 優しい顔で呟くディーノに、チクリと胸が痛んだ。

 いやなことを聞かないでいてくれる優しさに甘え切ってしまっていたけれど、ずっと気にかけられていたのだろう。この時代の利奈が死んでいるから、余計。

 

「俺の妹分が世話になった。

 俺はディーノ。キャバッローネファミリーのボスだが、いまはツナたちの家庭教師だ」

「スパナ。元ミルフィオーレの技術者で、今はボンゴレの技術者。よろしく」

 

 二人が握手を交わす。

 そういえばとスパナがこちらを向いた。

 

「あのときはウチが利奈のとこに行ったけど、今は逆になってる」

「そうだね。ご飯持ってくるのも私のほうだし」

「名前も知らなかったし、また会うとも思ってなかった。人生、どうなるかわからないな」

 

 それは未来に来たときからそう思っている。

 未来に来てから驚きの連続で、常にそれを超える驚きが待ち構えているのだから、人生は波乱万丈だ。もっともそれは、並盛町に来てからずっととも言えるのだけれど。

 

「お茶淹れてくる。お茶しかないけど、いい?」

「かまわないぜ。悪いな、作業中に」

「手伝いますよ」

「大丈夫。そこで待ってて」

 

 のっそりと立ち上がってスパナがお茶を用意し始める。

 ポットと湯呑みはすでに準備済みだった。

 

「にしても、いろいろと揃えられてるな。アジト自体はまだ未完成だってのに」

 

 どっかりと腰を下ろしたディーノが室内を見渡すので、利奈も辺りを見渡した。

 ここは開発室なのか、よくわからない機械や工具が備えられている。

 技術の授業で使ったことのある、板を切る細いのこぎりみたいな工具もあるし、使い方にまるで見当のつかない装置も多い。うっかり触ったら大惨事になりそうだ。

 

(今のディーノさんは絶対に触っちゃだめなやつだ。壊れる)

 

 好奇心を引かれているのか、ディーノの身体はそわそわと揺れている。

 立ち上がろうとしたらすぐにでも押さえつけられるようにと監視していたら、いつのまにかお茶を淹れ終えたスパナが、湯呑みをお盆に載せて戻ってきた。

 そしてはたと立ち止まる。

 

「いけない、卓袱台出すの忘れてた。あそこにあるの、出してくれる?」

「おう、わかっ――」

「私やります! ディーノさんは動かないで!」

 

 卓袱台を取る途中で転んで、機械を暴走させる未来が見える。

 あっけにとられた顔の二人を無視して卓袱台を引きずり、折りたたまれていた四つ足を順番に伸ばして卓袱台を完成させた。

 ここに来てから調達したもののようで、真新しい木の匂いがする。

 

「はい、できました」

「ありがとう。これ、どうやって座るんだ?」

「座布団で正座するものだけど、埃が出るから持ってこなかった。適当に座って」

 

 お茶をこぼさないようにと、スパナが慎重に腰を下ろす。

 揺れる水面は茶色で、香ばしい匂いが漂っている。ほうじ茶のようだ。

 

「いい匂い。なんか、おせんべいとか食べたくなっちゃう」

「いいね、日本人らしい感想だ。飴ならあるけど、舐める?」

「わーい、頂きます」

 

 スパナの飴はスパナのお手製で、手作りだからか優しい味がする。

 メローネ基地を出る際にたくさんもらっていたけれど、おいしかったからあっという間に舐め終えてしまった。

 

 だから、色とりどりの飴に目を奪われてしまうのも、仕方なかっただろう。

 飴に意識を持っていかれた利奈は、先ほどまで警戒していたディーノを完全に視界から追い出してしまっていた。

 

「変わった形の飴だな。もしかして手作り゛っ!」

「っ!?」

 

 気付いたときにはもう遅かった。

 卓袱台の下に足を淹れようとしたディーノは、その足の長さゆえに目測を誤り、卓袱台のふちに足を突っ込んだ。

 するとどうなるか。一点に成人男性の体重を掛けられた卓袱台は、そのまま回転を始めるのである。

 上になにも載っていなければ卓袱台が腹に当たるだけで済んだのだが、とても間の悪いことに、卓袱台にはみっつの湯呑みと飴があった。飴が散らばり、狙いすましたかのようにお茶がすべてディーノにかかる。

 

「うううううあっちーー!?」

「ディーノさーん!?」

 

 湯呑みの割れる音に続き、二人の悲鳴が響く。

 

 ――余談だが、お茶にはそれぞれ淹れる温度に適温がある。

 紅茶は沸騰直後。ハーブティーは一呼吸おいて。煎茶は湯冷ましして。玉露はさらに湯冷ましを重ねて。

 お茶の味は淹れる温度で決まり、とくに日本茶は茶葉によって細かく温度が設定されている。

 

 親日家のスパナがそれを怠るはずもなく、ほうじ茶が一番おいしくなる温度を選び、さらに急須と湯呑みを温めて冷めないようにしていた。

 ――ちなみにほうじ茶の適温は、紅茶と同じく沸点に達したお湯である。

 

「これは日本の伝統、卓袱台返し……!」

 

 興奮した声でスパナが呟いたが、だれもそれに頓着できなかった。

 100℃近いお湯を浴びたディーノは、のたうち回りそうになるのを妹分の手前、なんとか耐えているところで、利奈は苦しむディーノをハラハラと見守ることしかできない。

 

「ディーノさん! ディーノさん大丈夫ですか!?」

「あっちい! 水! 水はないのか!?」

「ああわわわ、お湯しかないです!」

 

 よりにもよって半袖なので、ほとんどノーガードで熱湯を浴びている。

 このままだと皮膚を火傷してしまう。

 

「シャツ、脱いだ方がいい」

「そうですね、さっさと脱いで――」

 

 とんでもないことを口走りかけて、利奈は赤面した。

 ディーノがシャツの裾を両手で掴んだので咄嗟に目を逸らすが、熱くなった頬の温度は引かなかった。 

 

「あー、死ぬかと思った。

 悪い! せっかくのお茶台無しにしちまって、湯呑みも粉々に――弁償する」

 

 服を脱いで落ち着いたのか、申し訳なさそうな声でディーノが謝った。

 

「気にしなくていい。湯呑みはストックがあるから当面問題はない」

「いや、すぐに新しいのを用意させてもらう。

 とりあえずはここの掃除を――利奈?」

 

 名前を呼ばれた利奈は顔を上げたが、すぐにまた俯いた。

 上半身裸のディーノなんて、直視できるはずがない。

 

「えっと、その、わ、私、掃除用具持ってきます!」

「じゃあ、うちはタオルと着替えになりそうなの持ってくる。その恰好じゃうろつけないだろ」

 

 綱吉たちならいいけれど、女子チームが見たらびっくりしてしまうだろう。ハルなんかは悲鳴を上げるに違いない。

 下を向いたままスパナに続いて部屋を出ようとした利奈だったが、耳馴染みのない音が聞こえて、足を止めた。

 

「ねえ、なんか変な音しない?」

「ん? ……そうだな、動物の足音みたいな――変な、音が――」

 

 こちらを振り返ったスパナの声が不自然に途切れる。目線は利奈を通り越して後ろに向いている。その瞬間、利奈はリング争奪戦のころの事件を思い出した。

 ディーノが飼っているカメは水を浴びると狂暴化する。それはお湯であっても同じはずだ。

 

「うわああああ!」

 

 再び聞こえたディーノの悲鳴。

 確信をもって振り返った利奈は、その確信が確定してしまったことに絶望しながら後退った。

 

(シャツの化け物……!)

 

 ディーノが脱ぎ捨てたシャツが、細胞分裂でもしているかのように隆起している。

 中に入っているエンツィオが巨大化しているだけだと頭ではわかっているが、なかなかにグロい光景であった。

 エンツィオのことを知らないスパナは少し固まっていたものの、我に返った瞬間に室内に入り、パソコンを一台回収して戻ってきた。

 

「よし」

 

(よしじゃない!)

 

 脳内で突っ込む。

 得体のしれない化け物を見て、すぐさま仕事道具を守ろうとする姿勢はプロなのかもしれない。しかし今はそれどころではない。

 

「エンツィオ!」

 

 ディーノが叫ぶ。

 シャツの首からエンツィオの尻尾が出て、反対側からエンツィオの顔が覗いた。シャツの胸元は甲羅で裂かれたものの、それ以上は巨大化せず、エンツィオが小さな唸り声を上げた。幸運にも、掛かったお湯の量は少なかったようだ。

 

「……亀?」

「ディーノさんのペット! 水に入ると大きくなるの! プールに落ちたときはプールよりも大きくなって、学校が大騒ぎになって!」

「……へえ!」

 

 なぜかスパナは目を輝かせる。好奇心の塊のような人だ。

 

「こっちに来るなよ! 狂暴化してるからこの大きさでも油断はするな!」

「っ、ディーノさん! 危ない!」

 

 ディーノの注意が逸れた隙を狙って、エンツィオがディーノに突進した。

 利奈の声でディーノは咄嗟に横に避けたが、そこにはひっくり返った卓袱台があって――

 

「あれは痛い」

 

 バランスを崩したディーノが、卓袱台に背中を強打する。

 今度こそディーノは悶絶したが、それを気にしている余裕は利奈にはなかった。

 

「ひやあああ、こっち! こっち来る!」

「ドア閉めて」

 

 突進してくるエンツィオに恐怖を感じながら、指示通りドアを閉める。

 すると轟音とともにドアが軋んで、利奈はサッと顔を青ざめた。

 

(これ、外に逃がしたら大変なことになる……!)

 

 シャツより少し大きいくらいでこれなのだ。

 もしなにかの拍子にさらに水を浴びたりでもしたら、基地が内側から破壊されかねない。

 

「なるほど、狂暴性も持ち合わせているのか。基地の耐久実験に使えるかもしれない」

 

 スパナはエンツィオの生態に興味を持ったのか、パソコンにデータを打ちこみ始めた。

 

「今それやってる場合……!?」

 

 今度こそ声に出して非難すると、それもそうか、とスパナはパソコンを閉じた。

 

「このままだとなかの機械が壊されかねない。どうすればいい?」

「乾けば小さくなるけど……乾くの時間かかりそう」

「わかった、じゃあ動きを封じればいいんだな」

 

 それよりも、エンツィオと閉じ込められているディーノが心配だ。今のディーノでは、エンツィオを捕縛することはできないだろう。

 かといって、ロマーリオを呼びに行く余裕はない。すぐにでも鎮静化させなければ。

 

「あれ、そんなところでなにしてるんだい?」

 

 状況にそぐわない声音に首を動かすと、ボサボサ頭の正一がいた。

 煮詰まっていたのか起きたばかりなのか、とにかくボサボサ頭だった。

 

「正一、ちょうどいいところに。知恵を貸してくれ」

「うん? スパナがそう言うなんて珍しいね。どうしたの?」

「まずはこれを見てくれ」

 

 ドアの電源を切ってから、ゆっくりとドアを左右に押し開ける。

 そして作った隙間に正一を呼び寄せ、なかの様子を確認させた。室内を見た正一は、ゆっくりとドアから顔を離した。

 

「……まだ寝ぼけてたかな。シャツを着た亀が部屋のなかを動き回ってたんだけど」

「夢じゃないです」

 

 そう思いたくもなるだろうが、これは現実だ。

 正一が苦笑いを浮かべる。

 

「やっぱり夢じゃないのか……。いったいだれの匣だい? ボンゴレ匣の暴走だろ?」

「……匣兵器じゃないんです」

 

 消え入りそうな声で答えると、正一の目がこれでもかというほど見開かれた。

 

「匣兵器じゃない!? じゃあ、あれはなんなんだ!?」

「キャッバローネボスのペットらしい。本人もなかにいる」

「ええ!?」

 

 そういえば、ディーノはどうなっているのだろう。

 二人と一緒になかを覗きこむが、見えるところにディーノの姿はない。

 

「ディーノさん! ディーノさん、どこですか!」

「ここだ! 鞭が絡まって動けなくなっちまった……!」

「もう!」

 

 とうとう苛立ちすら隠し切れなくなって利奈は叫んだ。

 エンツィオは動かないディーノを襲うつもりはないらしく、室内を自由に闊歩している。そして、もてあました狂暴性を発散するかのように、機械に体当たりを繰り返していた。

 

「どうするんだい、あれ。このままじゃ室内の機械が全部壊されるぞ」

「それは困る。ウチ、まだほとんど使ってない」

「僕もだよ。

 ねえ、君はあの亀について詳しいのかい? 対処法を知ってる?」

「え、えっと――」

 

 話を振られた利奈は、前回のいきさつを説明した。

 動きを封じればなんとかなるだろうが、動きが早いうえに、突進されればこちらが返り討ちに遭う。小さければ小さいで厄介な相手だ。

 しかし利奈の拙い説明である程度の目星がついたのか、すぐさま正一は電話をかけた。

 

「ジャンニーニ、なにも聞かずに僕たちのいる階の冷房を最大にしてくれ。

 ……ああ、すぐにだ。時間がない」

 

 毅然とした口調と声音。それ以上は不要だった。ガクン、と音がついたかのように温度が下がっていく。

 みるみるうちになかでの物音が少なくなって、やがて静寂が訪れた。

 

「なるほど。爬虫類は寒さに弱い。温度を下げれば活動を止めるというわけか」

「へー!」

 

 そういえば、前に見かけた爬虫類館も、熱帯みたいな空気を放っていた。

 亀の特性を瞬時に見抜いた正一に感心していたら、室内からやや情けないディーノの声が届いた。

 

「だれか、助けてくれ……寒い」

「あっ」

 

 半裸で床に転がっているディーノにとって、ここはもはや地獄だろう。

 三人はすぐさまドアをこじ開けた。

 

 

 

「せっかくだから、開発中のウェットウェアを着てみてほしい。試着した人の感想が欲しい」

「いや、遠慮しとく」

 




七百字程度のあらすじで終わらせた話を、せっかくなので書き下ろしました。
九倍のボリュームになるとは思ってませんでしたが。
元の文を活動報告にあげてますので、興味がありましたら流し読みしてみてください。
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